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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【19】侵食

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79.疑惑

 階段の途中で空気の層がクッキリと分かれていた。冷房の付いていない2階へ近づくと、重々しい空気の塊にぶち当たった。かといって階段の途中なんて半端なところで話なんかできるわけがない。暑苦しいの承知で俺と陣は2階に上がり、未使用の会議室の一つへ駆け込んだ。
 室温40度を超えを思わせる異常な熱気が充満した室内で、俺と陣はようやく落ち着いて顔を見合わせた。サウナに入ったみたいに毛穴という毛穴から汗が噴き出して、Tシャツもパンツの中もびしょ濡れだった。
「おい、なんだあの話の流れ」
 陣の責任じゃないと分かっていつつ、そんな言葉が突いて出た。
「僕に聞くな。しかし……、参ったな。ここでかの竜の話題が出るとは思わなかった。あの流れじゃ、ここで触れるべきじゃないところまで話が及びそうだ。どうにかして話題を逸らさないと面倒なことになる」
 陣は苦々しく下唇を噛んだ。
 テーブルも椅子も会議室の隅に重ねられてがらんとした室内に、陣の声は良く響いた。内緒話をするにはあまり良い環境じゃない。
「“向こう”で喋らないか」
 声のトーンを落とし、小さく言うと、
「ああ」
 意図を組んだらしく、陣も小さくうなずく。
「どこにする?」
「どこでもいいけど、できるだけ誰にも話を聞かれないようなところ」
「“ウチ”……いや、ダメだ。凌はどこか思い当たる?」
「そう、だな。思い切って人気(ひとけ)のないところに行くか」
「任せる」
 陣が俺の手首を掴む。連れてけってことらしい。
 うなずき、それから目を閉じる。
 人気(ひとけ)のないところ、森……砂漠……、その間……。


     □■□■□■□■□■□■□■□


 疎らな木々、砂地に草。振り返れば広大な砂漠。
 まともな人間なら絶対に来ることのないだろう森と砂漠の間。
 ここならば多少声を荒げても大丈夫だろう。
 ――と、陣が居ない。連れてけって言ったクセに、俺一人か。
 どうなってるんだと首を傾げていると、ふと手首に感触が戻った。ジークだ。
「忘れてると思うけど、僕の本体は“こっち”だからね。一旦自分の身体に意識を戻してから君の力を辿ってきたんだ。これには案外高度な魔法を要して……って、え?! 何ここ、砂漠?」
 口上垂れつつ目を開けて唖然としたらしい。ジークは俺の手首から手を離すと、そのまま両手を挙げ、酷く驚いていた。
「大げさだなジーク。ここはまだ森だから。戻れるって」
 時空嵐に遭わなければなと頭の中で言葉を続ける。
「こんなところ、来ようと思ったって来たくないってのに。君は何を考えてるんだ」
「悪いな。絶対に誰にも話を聞かれないような場所って考えたら、ここしか思い浮かばなくて。それはさておき、どうするんだよ。あの話の流れじゃ、美桜はかの竜に興味を持って探し始めるぞ。そうしたら、きっと自分の秘密も全部知ってしまう。それだけは阻止しなくちゃならない。名案はあるか」
「あったらあの場で喋ってたよ」
 ジークは曇り空を見上げて長く息を吐いた。
 砂漠からの風は温い。けど、さっきの蒸し風呂状態な会議室に比べるとずっとマシだ。肌に張り付くような湿り気のある空気すら、心地よく感じてしまう。
「だよな」と俺もひと言呟いて、足元の短い草を蹴飛ばしながら頭を掻きむしった。
「話を聞いていると、美桜はやっぱり自分の素性についてはハッキリとした情報を持っていないように見えた。となれば、できるだけ余計な情報を与えずに過ごしたいところだろ。あの古賀の指摘だってあながち間違っちゃいないし、だんだん隠し通せる状況じゃなくなってきてるってことなんだろうけどさ」
「古賀先生の指摘?」
「『かの竜が現れたことと、“あっち”でも“力”が使えるようになっていることと、何か関係があるんじゃないのか』ってヤツ。この間の美桜の部屋のことだって、結局はそれが原因なんだよ。かの竜の動きが活発化したことで、色々手が終えない事態が発生してるってこと」
「ん? つまりどういうこと? もっとハッキリ言ってくれないか」
「あ~、もう。ジークの分からず屋。わかったよ、もっとハッキリ言うよ。つまりね、かの竜の力は確実に、その血を引く美桜にも影響を与えてるってことだろ。どういうメカニズムかはわからないけど、かの竜が出没するようになってから、急にいろんなことが起きた。いや、正確には出没するようになった直前から、いろんなことが起きてる。例えば、二次干渉者。美桜の力が強いからって、普通に考えてそうそうポンポン現れるもんじゃない。美桜が入学した頃から、つまりは1年と少し前くらいから、状況は変わっていたんだよ。美桜は多いときは日に何度も教室から“こっち”に飛んでた。只でさえ強い力でバンバン飛んだせいで、それが“ゲート”になり、巻き込まれるようにして二次干渉者が生まれた。多分あの学校にある“ゲート”の殆どは美桜が原因なんだろ。大きくなった“ゲート”は“力”を使いやすくした。だからやたらと“黒い影”や“変なもや”が見える。美桜は“臭い”で感じてるみたいだったけどな。“引き寄せてる”って言い方が正しいかどうか。多分そういうことなんじゃないかと思うんだけどどうだろう。ここ最近、特にそれが顕著になってきた、だから須川があんな大蛇を出した」
「――それだけじゃない。多分美桜の周囲には“力”を使いやすくするフィールドがある」
 ジークは俺の言葉を遮り、力強く言った。
「フィールド?」
「これはあくまで僕の推測だけどね。あの学校にやたらと干渉者がいる理由、ゲートがたくさんある理由はそこにあるんじゃないかと。悪魔の力を持った干渉者――例えば怜依奈みたいに、本来ならばまっとうな干渉者になり得そうな才能の持ち主が抱いた悪意が、悪魔の力となってレグルノーラに影響を与えてしまっているのも、もしかしたら美桜の力の範囲つまりフィールド上で力を暴走させているだけなのかもしれないと仮定したらどうだろう。狭い範囲で起きている様々な事柄を説明するのにこれほどしっくりくる説明はない。本人の意思とは関係なく、美桜はいろんなものを巻き込んでしまっている。あまり考えたくはないけど、かの竜が更に動きを活発化させ、その力の影響が更に大きくなっていけば、この間の怜依奈みたいなことが今後いつ起きてもおかしくないだろうね」
 二人とも、言いたいことはほぼ同じ。
 最近起きてる様々な事象は全てかの竜の影響であり、美桜の影響でもある。
 美桜にそれを悟らせぬよう、全てを終わらせる。それが最大の目標だが、現実的には難しいだろうことも、当然ジークだってわかっているはず。だからこそ、その続きの言葉が出てこない。
 二人して渋い顔して立ち尽くし、ただ沈黙を続けた。
 だだっ広い砂漠の奥で一際高く砂煙が立ち上った。サンドワームが地中を這っては出、這っては出て静かな画面の中を移動していく。幸いこちらには向かってくる様子はないが、いつぞやに戦ったことを思い出して、ブルッと背中が震えた。

「シバの帆船がこの先、砂漠の果てでかの竜に出会うことになったらどうする」

 ぼうっと地平線の先を見つめていたジークがぽつりと言った。
「どうするって」
 俺もその目線の先を追うように、砂漠の向こうへ目をやった。
「砂漠の果てに何があるのか、そんな冒険心だけじゃ済まされない。そもそも、彼は何に焚き付けられて砂漠の果てを目指してるんだ?」
 何に。
 知ってる。
 話を聞いたことがある。

「“ドレグ・ルゴラ”だ」

 俺の言葉に振り向いたジークの目は、見開いていた。
「俺の記憶が確かならば、芝山は人間に化けたかの竜にそそのかされた。前に言ってたんだ。砂漠を渡る方法を教えたのも、確かそいつだ。只の二次干渉者に過ぎなかった芝山が自在に砂漠を行き来してること自体に、もっと疑問を持つべきだった。なぁ、ジーク。もしかしたら、俺たちの知らないところで結構ヤバいことになってないか。芝山を……あの帆船を止めた方がいいんじゃないのか」
 俺はフラフラと無意識に砂漠に向かって歩き出していた。
 そんな俺の左腕を、ジークはしっかと握って自分の方に引っ張り寄せた。
「砂漠に行けば、帰れなくなる。知らないのか」
「知ってるけど」
 死に急ぐなとでも言いたげなジークの顔をまともに見ることができず、俺はそっと目を逸らす。
「今行ったところで僕たちにできることは何もない。帆船と“表”を自在に行き来してるシバに、直接“向こう”で伝える方法だってある。違うか」
「だけどあの状況で芝山にどう説明すれば」
「かの竜がどれだけ危険か、必死に説くしかない。けど、かの竜と美桜の関係については絶対にバレないように、だ。正直なところ、かの竜が何故美桜を産ませたのか、彼女がどんな力を持ちうるのか全然見当も付かない。当然、美桜は一人の干渉者として正しく育ったとは思っている。けど、その中に流れるモノを考えると、余計な刺激は与えないのが一番なんじゃないだろうか」
 言いたいことが、痛いほどわかる。わかるだけに、尚更どうして良いかわからない。
 左手を掴むジークの手を無造作に払い、俺は深くため息を吐いた。
 悔しいが、こんな所までジークを引っ張ってきても、何の解決策も出てこない。立ちはだかるモノが強大すぎて、何をしても非力で、手の打ちようがないのだ。
 それこそ、誰にも言わず、協力も仰がず、全てを解決することなんて難しいんじゃないのかと思い知らされる。
 情報の共有は難しい。この状況を理解してくれる“味方”がどれくらい居るのか……少なくとも、アイツらには言えない。レグルノーラにだって、力を貸してくれる人が居るのかどうか。
「情報を隠すには、その情報を知っている人間の数が少ないほどいい……って、言うよな」
「ああ」
「ならやっぱり、俺とジーク、二人でやるしかないと思うんだ」
「それがどんなに大変なことかわかって言ってるんだろうな」
「当然。悪いけど、俺には呪いがかかってるから。レグルノーラを裏切るようなことは絶対にない」
 ディアナがかけた呪いが、心臓に刻まれている。この世界を救うまで、この呪いは解けることがない。
「……いいだろう。で? どうする。これ以上話を広げられると、結局はかの竜に辿り着いてしまう」
「結局そこに戻ってくるんだよな。さっきも言ったけど、名案なんてない。いっそ、ここからは喋れる、ここからは喋れないってのを明確にすれば、その他は全部喋りたいところだけど」
「となると、思い切って美桜のこと以外は喋ってしまう、とか?」
「その方が何かと楽だろうね」

 ――パキッと、小枝を踏んだような音が響いた。

 ジークと二人、森の方に向き直る。
 人影? まさか。誰も来ない、来るはずのない場所だぞ。

「来澄? と……、誰だお前」

 木陰に色黒の男。中年の、日本人。――古賀。

 俺もジークも、咄嗟に構えていた。ジークは銃を、俺は剣を。
 明らかなる敵意を向けられ、古賀はかなりビビっていた。木陰から顔を出してわざとらしく両手を挙げ、
「おいおい、物騒なもの向けるなよ。心配で来てやったのに」
 顔を引きつらせながら苦笑いしている。
 古賀は10メートルほど離れてはいるが、一体いつからそこに居たのか。下手したら、聞かれたくない話も全部聞かれていた……?
「どうやってここに」
 引き金に指をかけ、いつでも発砲できますよと威嚇しながらジークが訊く。
「どうやってって……、そりゃアレだ。2階に上がってったヤツが居たから、何してんだと思って付いてったんだ。そしたら、閉め切った部屋に来澄がいて、汗びっしょりで立ったまま気を失っていた。大丈夫かと声をかけても反応がない。で、まさかと思って肩に掴まり目を閉じたら――ここに居たんだ。う……、嘘じゃないぞ」
 嘘かどうかなんてどうだっていい。それより、
「今、何を聞きました? 先生」
 ジークの低い声が響く。
「ちょ、ちょっと待て。そもそも君は誰だ。どうして来澄と」
「そんなことはどうだっていい。どこから話を」
「どこからって……ふ、二人でやるしかないってところから、かな」
「嘘だ」
 パァンと乾いた音がしたかと思うと、ジークの放った弾丸が古賀の隠れていた木の幹に穴を開けた。
 ヒイッと声を上げ、古賀がよろける。
「次、嘘を言ったら撃ちますよ。さぁ、本当のことを。今、何を聞きました?」
 冷徹なジークに観念したのか、古賀が恐る恐る口を開いた。
「か……かの竜の話題が出て、もしかしたら空耳かもしれないが……、帆船を止めるだとか、美桜、というのが芳野のことなのかどうか、彼女が……その、かの竜の……子供だとか」
 やっぱり。
 聞いてしまったらしい。一番聞かれたくないことを。
「凌、来い」
 ジークは銃口を古賀に向けたまま、クイとあごで俺に合図した。その表情は冷たい。言われるがまま後を追い古賀の真ん前まで行くと、ジークは俺にこう言った。
「記憶を消す魔法をかける。力を貸せ」
 古賀の背中に周って両腕を掴み自由を奪った上で銃口を彼の頭に突きつけたジークは、普段とはまるで人が違っていた。この物騒な状態に理解が追いつかないのか、古賀は眼を丸くし口をパクパクさせている。
「このまま脳天ぶち抜いても構わないが、記憶を消すぐらいで止めておくと言っているんだ。感謝しろ」
 古賀の額に小さな二重円、空っぽの魔法陣が現れる。刻まれていくレグルの文字。
「ちょ、ちょっと待て。話を聞いてくれ」背中のジークに古賀が懇願するも叶わず、
「凌、力を」ジークがギロリと俺を睨む。
 俺は剣先を下に向け、渋々左手のひらを古賀の額に向けた。
「来澄、お願いだ、話を、俺の話を聞いてくれ」
 まるで悪役の最後のあがきのようにも見える。そもそも敵か味方か、古賀に関してはまだ判別が付いていない。話を聞いたところでどうなるかも、わかったもんじゃない。
 教師にこんなことをするのも気が引けるが、俺は左手に力を集中させ、魔法陣に力を注ぎ始めた。
「い、言わない。誰にも言わない。ってか、お前ら、一体何を企んで」
「企んでませんよ。何も」
 古賀の額に刻まれた魔法陣が光り始める。
 魔法陣の文字が徐々に額に染みこんで――、時間が止まってしまったかのように、古賀は表情を固めて動かなくなった。
 魔法陣が全て額に吸い込まれたのと同時に緊張がほぐれ、古賀はそのまま草地に倒れ込んだ。
「凌はどう思う?」
 各々武器を消滅させながら、倒れた古賀を見下ろす。
「どうって?」
 ジークは肩で息をし、額の汗を腕で拭った。
「彼には何かがある。僕はそう思う」
 “向こう”へ行けば、一応教師と生徒という関係。日本人としては立場が上の人間を疑うだとか敵対視するだとか、そういうことは避けたい気持ちもある。しかし。
「普通の二次干渉者に、俺たちが飛んでいるところを探って付いてくるような力があると思うか」
「ないだろうね。少なくとも、シバや怜依奈はそんなこと、できやしないだろう」
「だよな」
 確か美桜も、古賀には妙なモノを感じていた。それがなんなのか、ハッキリとはわからないようだったが。
 考えられる敵対勢力は確かにある。
 あまり詳しい事情はわからないが、例えば塔の魔女ディアナに反対する勢力。これは、10年前に暴走して、幼い美桜を殺そうとしたヤツらだ。彼らの残党が居る可能性がなきにしもあらず。
 そして、ドレグ・ルゴラ。何を考えているのかさっぱりわからない辺境の竜。砂漠の果てへ飛び去ったのは見たが、人間に混じってコソコソ悪巧みをしていたようだし、善良な市民をそそのかして悪事を働かせる可能性もある。
 どちらにせよ、歓迎はできない。
「問い詰めて、みるか?」
 顔を上げると、ジークは眉間にしわ寄せながら、
「頃合をはかりながら、徐々に、だな」
 と、もやもやした気持ちを吐き出すように呟いた。
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