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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【19】侵食

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77.“レグルノーラ”とは

 仰々しい議題を提示した芝山に、少なくとも須川はどん引きだった。
「ちょっと。何コレ。今日はそういう集まり? 私帰っても良いかな。凌、どっか行こうよ」
 立ち上がって腕を引っ張ってくる。
「落ち着けよ。面倒くさがらないで、少し話聞こうぜ。須川には悪いけど、俺はこの議題に興味あるんだ。ま……、堅苦しいのは司会が司会だから仕方ないとして、もう少し付き合ってくれないか」
 須川の目を見てなだめると、彼女は何故か顔を赤らめて、
「怜依奈って呼んでって言ってるのに。つれないなぁ」と口をすぼめる。
 こういう仕草は美桜にはなくて、可愛いっちゃ可愛いんだけど。
「昼、俺が何か奢ってやるから。な」
 古賀が困ったような顔をしてだめ押しする。
「……ファミレスとか連れてってくださいよ、先生。私パフェ食べたい。キングパフェ」
「キング……、わ、わかった。連れてってやるから」
 一瞬、古賀は躊躇した。わかる。あそこのファミレスだ。女子に話題の超キングサイズパフェがあるところ。高さ30センチ超のデカい器のヤツだ。絶対一人じゃ食えないわけで、となると、みんなでつつくのは確定。けど、甘い物好きの女子は二人しか居ない……つまり、俺らにも生クリームの餌食になれと。そういうことか。
 古賀は連れてってやるといった後で俺と芝山、陣を順番に見てうなずきを求めた。食えるよな、食えよなと無言で訴えてくる古賀に、皆口を貝のように閉じて目を逸らした。
「ひ……昼は先生のおごりで確定って事でいいとして、ちょっと見てもらいたいモノがあって」
 気を取り直して話題を切り替えると、芝山は自分のデイパックをテーブルの上にドンと置いて、何やらゴソゴソ漁り始めた。
 A4の――文書だ。束を取り出し、一人一人に配って歩く。10枚ほどの綴りで、細かい字がギッシリ両面に刷られている。表の左角に文書のタイトルが。
「並行世界レグルノーラに関する考察……(1)レグルノーラとは(2)干渉者の存在(3)悪魔の出没と対策(4)魔法の体系と応用……なんじゃこれ」
 思わず声に出して見出しを読んでしまった。
 文書化したいって言ってたけど、これがそれか。芝山のヤツ、補習して俺の纏めプリント作って塾行って、その合間にこんな物まで作ってたのか。馬鹿か。
「ボクが“向こう”で得た知識を纏めた物だから、かなり穴だらけだと思うんだ。この資料の空白を埋めたいし、埋めることで新たな発見があるんじゃないかと思って。どうだろう。何もないところで議論したって始まらないだろうって、大急ぎで作ったんだけど」
 ホワイトボードの前に戻り、芝山は得意げだった。
 例えるならば参考書だ。項目ごとに見出しがあり、注釈があり、読む人を飽きさせないためか挿絵や写真まで差し込んである。画像はネットからの拾い画だろうが、文章の内容に沿った物が添えられている。
 凄い、凄いんだけど。
「字が……極端に小さいな。どうしてA4に4ページ集約して印刷したんだ。よ、読めない」
 古賀が目を細めて字と格闘している。
「そうね。せめて集約は2ページまでよね」と美桜。
「紙とインクの節約です。それに、2ページ集約だと倍の厚みになる。持ち運びも大変だからね」
 もっとスマートな方法はなかったのかと苦い顔をして芝山を見る。ヤツは自分の文書の読み返しで忙しいらしく、全く気が付かない。
「で、読んでわかると思うけど、あちこち抜けてるんだ。ボクは殆ど砂漠で、船内の資料が知識の出所だからね。美桜とか陣君なら、もっと細かいところまで知ってるんじゃないかな。その辺、教えてもらえればありがたい」
 言いながら芝山は俺の隣の席に戻り、ペンケースからシャーペンを取り出した。メモる気満々のようだ。
「……砂漠?」古賀が顔を上げる。
「芝山、何だ砂漠って」
 そういや、古賀はそれぞれの立ち位置を知らない。
「ボク、砂漠で帆船の(おさ)をやってるんです」
(おさ)?」
「はい。砂漠を旅してて。美桜と来澄はそれぞれ魔物や悪魔と戦ってるし、陣君はそもそも“こっち”の人間じゃないし。色々です」
 名前を出された陣が頭を抱えて「言うなよ……」と声を漏らす。
「シバ、僕のことは簡単に話して欲しくなかったな。トップシークレットだよ。第一、彼が僕たちの味方かどうかまだハッキリしないのに」
 親指で古賀を指し、腕を組んで顔をしかめる陣。芝山は事の重大さにまだ気が付いてないらしく、首を傾げている。
「それぞれに立場というモノがあるだろう。君は簡単に帆船の(おさ)であることをバラしたが、仮に帆船を悪用して砂漠の魔物を森や都市部に引き入れようとしている輩だったらどうする。君はそれを事前に察知できるのか。悪いが僕はまだ彼を信用していない。逆に君が彼を信頼するに至った経緯を説明して欲しいくらいだ」
 仮にも教師を隣にして“彼”などと。陣はあからさまに機嫌を悪くしている。
「そんなこと言ったって。先生、だよ? 信頼するだろ。な、来澄」
 芝山が俺に同意を求めてくる。
「『な』って言われても」
「困るわよね。“こっち”での上下関係と“向こう”での関係は分けて考えてもらわないと」
 陣の隣で美桜がため息交じりに呟く。
「美桜もかよ」
 芝山は残念がっているが、こればかりは仕方ない。だって、そのくらい色々面倒くさいことになってるんだから。
「なんだ……。せっかくレグルノーラの事を話せる仲間を見つけたと思ったのに。簡単には話してくれないんだな。俺が教師だからか?」
「いや。関係ない」陣がピシャリと言い放った。
「相手が誰だったとしても、戦いで絡んだわけでもない、素性も知れない相手にみすみす自分の全てをさらけ出すことはできないと言ってるんです。そこは慎重にしておかないといけない。今後同じようなことが起きたとき、今回のが前例となって、誤った判断をしてしまうことがあったら大変だ。懸念事項が増えて、より神経をとがらせなきゃいけない状況になってるんだから、甘い考えで接触したり安易に情報を与えたりするのはよろしくないと、そういう話をしてるんです」
「随分な言い様だな。それはアレか。都市部で猛威を振るったっていう“ダークアイ”と関係が」
「それだけじゃありません。ところで“先生”は“向こう”で何を? 少なくとも僕とは絡んだことはありませんよね」
「何って……、アレだ。特にすることもないし、畑仕事と機械いじりをだな」
「それだけですか? 僕は何となく嫌な物を感じる。気のせいかもしれませんが、少なくとも僕らとは違う物を持っているような気配がするんですが」
「ええぇ……」
 古賀は眉をハの字にして背中を丸くした。
 俺が見た限り、確かに古賀はゆるゆる異世界ライフを満喫しているだけだったが。
 陣は一体古賀に何を感じているのだろう。
「奇遇ね。私もよ。先生、私たちに隠しごとなんかしてないですよね。場合によっては記憶と干渉能力を消去する強制魔法を発動しなくちゃいけなくなるかも」
 足を組んで身を乗り出し、まじまじと古賀を見つめる美桜。何だかわからないが、あまりよろしい雰囲気ではない。
 冷房が急に冷たく感じてきて、ブルッと身震いする。
「君らが何を感じ取ってるのかはわからないが、本当に何もないから。市民部隊の方に問い合わせてくれればわかると思うけど、エアカーの改造の手伝いはしてるよ。それだけ。後は本当にゆるりゆるりと過ごしていただけだ。魔法なんて全然使えないし、ただ“向こうの世界”に迷い込んでぷらぷらしてるだけってのもつまらない。だから、好きな機械いじりで少しでもレグルノーラの役に立てればって思ってさ」
 参ったなと古賀は公民館前で購入したお茶のペットボトルを手に取り、グビグビ喉に流し込んだ。尻のポケットから取り出したハンカチで汗を拭い、折り返してまたしまう。その一挙手一投足を陣と美桜はピリピリしながら観察していて、まるで取調室のようだ。
「な……なんなら、行ってみるか? 学校じゃないから行けるかどうかわからないけど」
 すねた子供のようにボソリと呟く古賀。
「行けますよ。行こうと思えば」と陣。
「でもまぁ、わかりました。今回は信頼しましょう。シバがせっかく用意した資料が無駄になるのも勿体ない。議論とやらに戻りましょう。けど、少しでもおかしな動きをしたら、直ぐに疑いますよ。悪魔なのか、それとも別の……なのか、白状するまで徹底的に追い詰めます」
「叩いても埃なんか出ないよ。まず落ち着け」
 古賀は苦笑いし、長くため息を吐いた。
 芝山も、もしかして今回の情報交換会自体があまりよろしい結果を生まないんじゃないかとでも思ったのか、資料片手に肩を落としている。
「司会、司会」
 落ち込む芝山を励ますつもりで芝山を肘で突く。芝山は我に返ったようにきょとんとした顔をして数回うなずいた。
「ねー、私、やっぱり必要ないよね。帰ろうか」
 左隣では須川が両肘をテーブルに付けてほっぺたを膨らましていて、
「パフェどうすんだ。パフェ」と言うと、ハッとしたように「帰るのやめる」と姿勢を正した。
「じゃ……、いいかな。始めても」
 トーンダウンした芝山が、向かい側の三人の機嫌を伺いながら尋ね、三人が三人ともうなずき返したのを確認して話を進める。
「『(1)レグルノーラとは』ここに書いたのはボクなりの解釈と、帆船に保管されていた故人の手記や文献元にまとめたものだ。ボクは“裏の世界レグルノーラ”をいわゆる“並行世界の一つ”だと考えている。だから資料のタイトルにもそう書いた。他のみんなは……どうだろう」
 芝山がこの“並行世界”という解釈に拘っているのは知っていた。だからRユニオン立ち上げ時の活動方針にもそんなことを書いたんだろう。ただ、気になるのはそういう概念じゃ通じないことが色々あるって事で。
「“並行世界”ではなく、まるっきりの“別次元”にあるとも言えるけどね。お互いが影響を及ぼし合う世界のことをこの世界の言葉でどう表現したら良いのか、ハッキリしたことがわからないから“裏世界”なんて言い方をしたりすることもあるんだと思うけど」
 長い足を組み、背もたれに身体を委ねて陣が言う。
「陣君はレグルノーラが“裏”だと言われることについて違和感は?」と芝山。
「さぁね。なくはない。けど、“こっち”がハッキリとした概念や物質で構成されているのと違って、“向こう”は酷く曖昧だ。魔法だって、“こっち”には存在しない。僕ら干渉者は使えるけどね。そういう細々したこと含めて考えると、やっぱり“表”と“裏”に分類するならレグルノーラは“裏”、だろうな。知ってるとは思うけど、二つの世界の関係は鏡みたいなところがあるんだ。鏡と、その鏡から反射した光が壁や地面に写し出す影。同じようで全然違う景色を映し出している。例えば住民。同じ人型をしている、生態系だってさほど変わらない。“向こう”は“こっち”で言う様々な人種が入り交じっているけど、言語も文字も一種類しか存在しない。古代神を崇める宗教はあるけど、それによって紛争が起きることもない。科学技術に関してはどうか。残念ながら、それぞれ別の方向に発達していて、これも全く同じとは言えない。車輪のない車を走らせる技術を“こちら”で確立できないのは、恐らく魔法の概念がないからだろうし、“向こう”で情報伝達系の技術が発達しないのは魔法で事足りるからだろう。とは言いつつ、似ている部分も当然存在する。建築様式だとか武器兵器、植物、動物、食べ物なんかはそうだ。二つの世界で共通している事項は他にもある。“世界の果て”に関してだ。“こっち”で宇宙の果てがどんなかわからず必死に探っているのと、“向こう”で砂漠の果てを探ってるのと、規模は違うけどよく似てる。こういう様々な点を一つずつ検証していくと、やっぱり“表”と呼ぶに相応しいのは“こちら”で、“裏”はレグルノーラなんじゃないかというところに辿り着く。妙な話だけどね。誰がこんな言い方を始めたんだか知らないが、二つの世界の存在を、“向こう”では昔から当たり前に受け入れているんだ」
 さすがレグルノーラの住民だけあって、興味深いことを言う。
 芝山はうんうんとうなずきながら、資料の隅の余白に高速でシャーペンを走らせている。
 ついでだ。俺も聞きたいことを聞いておこう。
「陣、ところでさ。意識だけが“向こう”に行ってる、陣の場合は“来てる”状態って事でいいわけ? その辺も腑に落ちなくてさ。例えば“向こう”で飯を食うと、“こっち”に戻ってからも満腹感がある。“向こう”で死ぬと“こっち”でも死ぬ。ディアナは『二つの世界で命は繋がってる』って言ってたけど、実際どうなの。この間芝山が俺の部屋で砂漠に行ってたときちょっとつついてみた感じだと、単に眠ってるっていうか、一時的に意識を失ってるっていうか、そんな感じだったけど」
「細かいことはわからない。正直、どうして二つの世界が繋がってしまったのか、どういう原理なのかは解明されてないんだ。二つの世界を繋いでいる穴――、すなわち“ゲート”が増えた原因は判明してるんだけどね」
 ――“あれ”だなと俺は咄嗟に思い浮かべた。
 それだと言わんばかりに、陣がうなずき返した。
「“神隠し”ってのがあるらしいね、“こっち”には。忽然と居なくなる、消える。そして突如戻ってくることもある。そういうのも、二つの世界を繋ぐゲートが影響していると聞いたことがある。ただ、レグルノーラだけが“もう一つの世界”だとは限らない。レグルノーラとは別次元の世界が“こっち”と繋がって、それが影響して人や物を呑み込んでしまったとも考えられる。不定型な多数の次元や空間がいくつも存在していて、そのどれかと偶々繋がってしまう。その穴、すなわちゲートの大きさ、繋がった先の次元や空間の影響により、変化が起こる。全てを呑み込む、意識だけ呑み込む、幻覚を見る……、いろんなパターンが考えられる。偶々今、この周囲ではレグルノーラとのアクセスがしやすくなっていると僕は考えているがどうだろう。レグルノーラはそれほど広い世界じゃない。だから、狭い範囲にしか影響を及ぼさないのかもしれないし、意識だけ呑み込む形になっているのかもしれない。その辺、美桜の方が何となくわかると思うけど?」
 ふむふむと話を聞いていた美桜だが、突然話を振られ、目を丸くした。
「わ、わかるわけないでしょ。未だに何となくで行き来してるのよ。小さい頃から泳ぎを教えられた子とおんなじよ。理屈なんてわからない。ただ、行けるから行ってるの。そういうの言葉にするの苦手なの知ってるでしょ」
「ありがとう、陣君。えっと、つまりは並行世界と言うより異次元、異空間、異世界って表現の方が合ってるってわけか。勉強になる」
 芝山のメモ、“多数の次元”に幾重もの丸が付けられている。
「陣は大人びてるとは思ったが、喋りも凄いな。普段授業ではあんまり発言しないくせに」
 中身が大人だとは知らない古賀が、感心したように何度もうなずいた。
「次……、(2)の干渉者についてだけど、ボクはここ、文献の内容でしか記述できなくて。一応、書いてあるとおり、『いわゆる“表”側とされる現世界においてはシャーマン、霊媒師、呪術師などと同じ括りとされた』過去があるらしいけども、実際、一次干渉者的にはどんな感じで能力を開花させたのかとか、知りたいんだよね。先天的なモノがあるのか、後天的なモノなのかとか。あとはレグルノーラでの立ち位置とか。陣君見る限り、それぞれの世界に存在してるようだし、そこんところ、ちょっと話が聞ければ」
 芝山はノリノリで、次の議題に移った。
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