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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【17】新たなる干渉者

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69.波乱の予感

「来澄、お前最近モテモテじゃん」
 不意に話しかけられ、俺はハッと意識を戻した。
 補習の合間だった。暑さと疲れから居眠りをしてしまったらしい。頭を上げ、口から垂れていたヨダレを慌てて腕で拭って、声の主に目線をやる。
 峰岸健太。ちょいと前まで偶に一緒に下校する程度の仲だった。
「あ、いや。別に、そんなことないけど」
 咄嗟に答えた。余計なことを言うと何かしら詮索されそうで、俺は本題に入らぬよう誤魔化し、適当に笑って見せた。
「そうかぁ? だって、芳野と付き合ってるって聞いてたのに、今は須川だろ? どっちも変わり者だけど、顔は上の上に上の下だし。羨ましいよな。どうすればそうそう女子にモテモテになるわけ?」
「さぁ。俺が知りたいけど」
 峰岸の声はどうもあまり好意的でないように思えて、俺はそっと目を逸らした。
「モテる男は余裕だねぇ~! すげーな。女の趣味ってわかんねぇ」
 わざと大声を張り上げ、パンパンと手を叩く。
 何だ。俺が何したよ。
 ムッとしたが、いちいち反応するのも馬鹿臭い。無視を決め込んで小指で耳をほじり、ふと窓側の席に目をやった。今日は須川は来ていない。該当の補習が終わったからか、何か用事があったのか。
 ダンと大きく机を叩く音がして、誰かが立ち上がった。芝山だ。
「峰岸君」と声を低くし、芝山は眼鏡の位置を直しながら振り返った。そのまま彼はギッと峰岸を睨んだが、さらさらのキノコヘアが邪魔してあまり格好良くは見えない。
「人を妬むのは結構だけど、それ以前に君は自分で好かれようという努力はしていると思う? 来澄君が女子に好意を持たれるのはそれ相応の結果だってこと。第一今はそんなことに気を取られていないで、しっかり補習に取り組むべきじゃないか。それとも、君はすっかり余裕で履修テストに合格できるのかな」
 クラス委員らしくビシッと決めるところは決め、それからフンと鼻息を漏らす。優等生的な言葉に、俺はどう反応していいのやら。一応、俺に気を遣ってくれてるんだよな? また誤解を生むようなことにならなければいいが。
 チッと舌打ちし、峰岸は席に戻っていった。
 何だろう、最近女子からだけじゃなく、男子からも変な目を向けられるようになってきた気がする。
 大体、人間関係なんて築こうとして築けるものでもない。どうにか他人とコミュニケーションを取らなければと焦っているウチは空回りばかりだし、逆に面倒なことには巻き込まれたくないと思えば思うほど、周囲は嫌というほど絡んでくる。
 別に、望んでたわけでもなければ、こっちからアプローチしたわけでもない。それに、モテてるってのは気のせいで、単に振り回されてるだけなんだが、そんなことを言おうものなら更なる攻撃を受けかねない。ここは黙って、放置プレイに徹するのが吉だろう。
 しかし、人間ってのは面倒くさい。
 誰が誰と付き合おうが、誰と誰が仲良くしてようが、どうでもいいじゃないか。それが自分の人生にどれくらい大きな影響を与えると思っているのか。俺には理解できない。
 朝や昼の、主婦層ターゲットの情報番組なんかはその最たる例だ。芸能人の誰と誰が付き合っていて、誰と誰が不倫して。だから何。そういうことにエネルギー使うくらいなら、もっと別の方向へ関心を向けるべきじゃないのか。
 峰岸の変な嫉妬心を垣間見て、俺は心底馬鹿馬鹿しく思った。
 そんなことより、俺にはもっと大事なことが沢山ある。
 レグルノーラに関係する人間はもしかしたらもっともっと多くて、互いに存在を知らないだけかもしれないのだ。物理の古賀がそうだったように、力の大小の違いはあれど、俺たちよりも長い間レグルノーラを行き来している人間が潜んでいる可能性はかなり大きい。
 注意深く周囲を観察し、彼らがもし悪意を持ってレグルノーラに干渉しているのだとしたら、その黒い力を素早く察知しなければならない。
 残念ながら、須川は大ボスじゃない。彼女が俺に敵意じゃなくて好意……だと本人は言っているが、そういう感情を持っていると告白したあの日から、彼女の周りの黒いモノは殆ど消え去った。しかし、学校の中を歩いていると、まだまだ変なもやが立ちこめている。それがどこから来ているのか、集中力が足りないせいか、直ぐに判断できないのだ。

「面倒なことになってるな」と、芝山は言った。
 午前中の補習が全て終わって、暑苦しい三階の部室へ二人肩を並べて階段を上りながらの会話だ。
「俺、峰岸のヤツには嫌われてる印象、なかったんだけど。今日突然だぜ」
 背中を丸め、のしのしと足を運ぶ。暑い空気は上に行くという、それを肌で実感しながらの移動だ。
「峰岸君だけじゃなくて、彼の友人の何人かも、君のことをあまり良くは思っていないようだ。敵が多いな、来澄は」
「ほっとけ。しかし、同じように女子と絡んでも、陣は全然標的にならないじゃないか。アレはどういうカラクリ? イケメンには何か無条件で好かれるスキルでも備わってんの?」
「来澄は急にモテたように見えたからじゃないか。ちなみに、陣君は女子だけに優しいわけじゃなくて、まんべんなく優しい。中身が大人だから、その辺上手いよね」
「ハッ。そういうこと? ま、最初から敵わない相手だから別にどうでもいいけどさ。そういえば、古賀に言われたんだ。活動と銘打って集まれないかって。その辺も、ちょっと相談したいんだけど」
「古賀先生? え? 何で?」
「ま、それはおいおい……」
 部室の戸を開け、いざ入ろうとすると、先客がいた。
 それどころか、部室内には涼しい空気が漂っていた。
「よ。来たな」
 窓際の席に座っていた大柄の男性がスッと手を上げる。
「あれ、古賀先生。いらしてたんですか」
 芝山は事態が飲み込めず、俺と古賀の顔を何度も見比べた。
 古賀はニヤニヤと何か言いたげに口元を緩めている。
「今日はテニス部の方が休みだからな。ちょっと顔出しと、差し入れ」
 クイクイと古賀が親指で示す先には扇風機。更に、部室の隅には四角い白い箱。
「扇風機と冷蔵庫! どうしたんですか、これ」
「ああ、これか。一人暮らししてたときの家電。ウチの納屋に置きっ放しだったんで、捨てるよりはいいかと思ってな。クソ暑くて困ってただろ」
 古賀は椅子に深く腰掛け、腕組みして如何にも褒め称えよとアピールしているように見えた。期待に応え、芝山が深々と礼をして「ありがとうございます!」と言うので、俺もとってつけたようにとりあえず頭を下げた。
「ま、座れや」と、古賀はまたニヤニヤして立ち上がり、おもむろに冷蔵庫のドアを開けた。
「今朝早くから電源入れてたから大丈夫かな……、お、冷えてる冷えてる。これ、俺からの差し入れね。箱買いしておいたから、順次冷やして飲むように。後は各自補充しろよ」
 長机の上にポンポンと三本の缶ジュース。天然水サイダーとは気が利く。
「あざーっす」
 コレばかりは自発的に声を出さざるを得ない。
 うだるような暑さの毎日が続いて、その上連日の補習ときたもんだ。涼しい自宅で快適にダラダラ過ごしたい派としては、どうにかして補習をさっさと乗り切り、残りの夏休みゴロゴロしたい。まだ折り返しにも来ていないこの補習期間、炎天下での通学と蒸し風呂のような教室での缶詰は結構堪える。
 いわば、生命のオアシス的なサイダーの登場。喉を通る炭酸が、この上なく心地いい。
「安売りの品物だが、役には立ちそうだな」
 古賀は満足そうに小さくうなずき、俺と芝山に向かい合うようにして座り直した。
「……と、ここまでは前段。芝山、『Rユニオン』の活動方針、考えたのお前か?」
 突然話題を振られ、芝山は裏返った声で返事した。
「わかる人にはわかる、わからない人にはわからない。ああいうの、好きだな。まさかと思ったが、お陰で仲間に出会えたってわけだ。そこは素直に感謝したい。理由はわからないが、同じ状況の人間が狭い範囲にこれだけいるってのは、何かがあるんだろうな。その辺、もし詳しいことを知っているなら知りたいし、俺に何か出来ることがあるなら協力してやりたいんだが。……どうした、芝山。何か困りごとでも?」
「え、いや。あの、先生。一体、何の話」
 ハンカチで額から流れ落ちる汗を拭きながら、芝山は顔を引きつらせていた。
 本当はこれからゆっくり説明するはずだったのにと、俺は仕方なく、
「干渉者なんだよ。古賀先生も」
「へ? え? ええ?」
 芝山は気の抜けたような変な驚き方をして、俺と古賀を何度も見比べた。
「多分、二次。言われてみればぼんやりと色が付いているようにも見えなくはない。余程神経を集中させないと判別は難しい。要するに、一次と違って二次はわかりづらいんだよ。だから見つけにくい」
「何だ、“二次”って」と古賀。
「干渉者は“一次干渉者”と“二次干渉者”に分類されるんです。自力でレグルノーラに飛べる“一次干渉者”は、力もハッキリとしていて、仲間同士である程度見分けが付くんです。一方の“二次干渉者”は“一次干渉者”の影響下でしか動くことができません。誰の影響下にいるかはそれぞれ違うと思うんですが、この学校では多分美桜の影響を受けてる人の方が多いかな」
「美桜っていうのは芳野美桜のことか? 何で彼女が」
「説明すると長くなりますけど、美桜の力、結構大きいんで影響を受けて二次干渉者になった人は多いんじゃないかと」
 ふぅんと古賀はわかったようなわからないような声を出した。
 ま、当然至極の反応だ。
「……あれ、でも先生、昨日“向こう”来てましたよね? 美桜は補習には来てないし。てことは、違うのか」
 頭を掻きつつ悩んでいると、芝山が何か思いついたように小さく手を上げた。
「あの、先生。ここ最近うまく“向こう”に行けなかった期間とか、ありませんでしたか。
例えば、行きたいなと思ったけど、普段と違って行く前に意識が途切れる、みたいなことは」
「ああ~、あるよ。しょっちゅうな。長期休暇中や土日は上手くいかないし、自宅じゃ飛ぶことすらできない。だから最初は、教師生活からの逃亡願望の表れかとも思ったくらいだ。そういや、ここ半月くらいは学校でさえまともに飛べないときがあって。スランプだなと思ってたら、最近急に行けるようになった。……それが?」

「先生は、もしかして来澄の二次干渉者なんじゃないですか。美桜じゃなくて」

「へ?」
 俺も古賀も、変な声を出した。
「だって、俺がレグルノーラに行くようになったのは春からで、先生は去年の夏から向こうへ行けてるんだぞ? それっておかしくないか?」
「おかしくはないと思う。つまり来澄はちょっと前までその自覚がなかっただけで、素質はあったってことかもしれないだろ。美桜に“飛び方”を習う前も、もしかしたら須川さんみたいに、無自覚に飛んでいたのかもしれない。その影響を古賀先生が知らないうちに受けてたって考えたら、まぁ筋は通る。そりゃ、美桜の力は強いけど、来澄の力だって相当なものだ。君の二次干渉者だって、一定数居ておかしくないと思うよ」
 買い被りすぎだろ、いくら何でも。
 思わず渋い顔をしてしまったが、確かに美桜は俺に言った。『“夢”を介して、何度か来ているはず』だと。夢想癖がないわけでなないけれど、そんなことを言われると考え込んでしまう。
 農業用の堰に落っこちて幼い美桜のところへ飛んでしまったあれが、幻覚や夢ではなく現実だったのだと最近知った。あれが全ての始まりだったことに違いはない。俺はあの事故が切っ掛けで周囲に心を閉ざすようになってしまったし、性格もひん曲がった。あの後何度も“向こう”へ行こうとやり方もわからずに試行錯誤したが、意識的に飛ぶことはできなかった。それでも無意識下では何度もレグルノーラへ飛んでいたのだろうか。――それだけの力が、あったと仮定していいのだろうか。
「お、俺と美桜の他にも隠れた一次干渉者が居るかもしれないだろ。そいつの影響とも考えられる」
「ま、そりゃそうだけど」
 芝山は自分の考えをなかなか受け入れてくれない俺にイライラを募らせているように見えた。美桜にも言われた気がするが、俺は自分の力を強いだとか凄いだとか、そういう風に思ったことはない。ただ今生きることに必死なだけだ。
 他の人間と俺の決定的な違いは、レグルノーラに対する裏切りが即死を意味する呪いを塔の魔女ディアナにかけられてしまったこと。当然、美幸との約束や美桜に対する気持ちもある程度原動力にはなっているが、世界を救わなければならないという脅迫にも似た使命が、無理やり成長を促しているのではないかと思うわけで。
「どうしても知りたいことが一つある」
 古賀は両肘を長机に載っけて神妙な顔をした。
「翠清学園高校っていう狭い範囲に、どうしてこんなにもレグルノーラの関係者が居るのかってことだ。Rユニオンを知る前までは、偶然に俺だけ異世界に飛んでしまったのかと思っていたが、そうじゃないんだろう。ユニオンのメンバー五人と俺、他にもゴロゴロいそうな予感がする。何か理由があってここに集中してる。それが何故なのか、お前たちは知ってるんじゃないのか」
 鋭い、ところを突く。
 実に答えにくい質問だ。
 古賀の背後で扇風機が悠々と首を振っている。飲みかけのサイダーには汗がびっしり付いて、長机に垂れた水滴が辺りを濡らした。
 芝山が隣で俺の顔を覗き込む。自分は知らない、君は知っているのかと無言で尋ねてくる。
 知ってる。
 知ってるさ。
 だからこそ、どう答えたらいいのかわからない。そのくらい、事態は複雑化していて、俺一人じゃどうにもできないところまで来ているんだ。
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