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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【17】新たなる干渉者

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68.偶然か必然か

 人にものを教えるのは苦手だ。第一、自分でもよくわかっていないのに、どうしたら他人に自分の知識を伝えることができるんだって話な訳で。要するに、須川怜依奈にレグルノーラへの行き方を説明するのにはかなり時間がかかった。
 何となくわかっている二つの世界の関係や、一次と二次の干渉者の違いなんかを適当に説明していくとあっという間に時間が流れていった。ただ、それがどのくらい須川に理解できたのかは謎で、ただ機嫌悪そうな顔でうなずくばかり。これでは話がどのくらい飲み込めているのかもわからず、どこまで話を掘り下げたらいいのかわからない。こうなってくると、美桜のスタンスが何となく理解できるようになってくる。つまりは、説明など要らないから身体で覚えろというヤツである。
 芝山は苦い顔で俺の話を聞いていたが、2時前になるとそろそろ時間だからと手を振って帰って行った。そもそも芝山に勉強を教わるため部室に来ていたというのに、当初の目的は果たせなかったことになる。そうだ。俺の夏休み序盤は補習で埋め尽くされている。本来ならばこんなことをしている場合ではないのだ。
「芝山も帰ったし、ここも暑いし、とりあえず今日はこのくらいで。後は明日以降ってことで」
 二つの世界をどうやって行き来しているのかということまでザックリ説明を終えたところで、俺は帰ろうかと立ち上がった。
 もういい加減結構な時間が経っていたし、第一暑い。早く涼みたいのだ。
「ええっ、どうして。今すぐ連れてってよ」
「あのさ。そりゃ行こうと思えば行けなくもないけど、さっきも言っただろ。精神力の問題。向こうに行くだけの気力がないと行くに行けないの。暑いから、俺は涼しいところで飛ぶよ」
「じゃ、じゃあ、図書室は。あそこ、勉強してる人もいるし、本が傷まないよう年中適温だから、冷房入ってるでしょ」
「え……っ、図書、室?」
 しまった。断り文句を間違えた。面倒だから帰りたいとでも言えばよかったか。
「いいでしょ? 時間はある?」
「あ、うん、まぁ」
「じゃ、決まりね。行こう」
 須川はそばかす顔に満面の笑みを浮かべて立ち上がると、開け放していた部室の窓に鍵を掛け、荷物を持って俺を図書室まで引っ張っていった。
 強引だ。
 なんだろう、俺の周りの女はどいつもこいつも強引だ。
 美桜といいディアナといい須川といい。なんだってこう、俺の話を全然聞かずにやりたい放題なんだ。
 もうすこし俺が相手の気持ちを読んだ方がいいってことなのか、とりあえず付いてこいといえば付いてくると思われてるだけなのか。いずれにせよ、絶対俺のことを下に見てる。まぁ、誰かの上に立ったり主義主張があったりするわけじゃないから、仕方ないといえば仕方ないんだけど。

 須川が言ったとおり、図書室は涼しく静かだった。夏休みも図書委員には貸し出し等の仕事があるらしく、入り口で二人ほど黙々と業務をこなしていた。本棚の奥に設置された広めのテーブルに教科書や参考書を広げて勉強しているヤツも何人かいる。当然目当ての本を探しているヤツも何人かいるわけで。要するに、静かだけれど人目に付く場所だ。
 陣が須川を誘うときに言っていた『図書館で何度か会った』というのは本当かもしれない。彼女はいつも本を読んでいたし、今だって迷いなく、気に入りらしい窓際の席に座った。書棚の陰になって、入り口からは見えにくい席だ。隣に座るよう促されたが、それは嫌だなとテーブルの向かい側に腰掛けた。
「で、どうすればいいの」
 須川は嬉しそうにヒソヒソ声で身を乗り出した。
「そ、そうだな……。手、貸して」
 正直、どうしたらいいのか俺にもわからない。ただ、何も知らない人間をレグルノーラに連れて行くんだ。アレしか思い浮かばない。
 右手をそっと差し出す須川。どこを触ればいいのか全然わからないけど、とりあえず、手首を上からギュッと握る。一瞬須川がビクッと身体を震わしたが、そんなことより、俺が誰かを連れて行くことなてできるかどうか、そっちばかりが頭を巡る。
「目、つむって。それから、頭を空っぽにして身体が地面に沈み込んでいくようイメージする。俺が何とか引っ張るから、付いてくる気持ちで」
「う……うん?」
 ま、最初は仕方ない。俺だって美桜に連れて行かれたあの日、何が起きてるのか全然わからないまま、本当に無理やり飛ばされたんだから。
 須川が下を向き、目をつむる。眉間に力を入れて何かを構えている。
「力、抜いていいよ。じゃ、行くよ。いち、にの……さん!」


     □■━━━━━・・・・・‥‥‥………


 沈む。
 大丈夫。須川の手の感触が、ちゃんとある。
 薄目を開けると、怯えて身体を丸める須川の姿が目に入った。
 まるで初めてバンジージャンプするみたいな決死の表情。
 ほんの数ヶ月前は、俺も彼女と同じだった。
 何も知らず、何も考えられずに、ただレグルノーラに飛ぶことだけを強要された。
 美桜はあのとき、ホントはどんな気持ちで俺のことを連れてってたんだろう。


     ………‥‥‥・・・・・━━━━━□■


 雲を抜け、街並みを眼下に臨む。二つの世界の境界線を抜けて風を切り、俺と須川は異界の大地に降り立っていた。
 初めて図書室から飛んだからなのか、いつもの小路じゃないところに着いてしまった。周囲を見まわす。ここは街……ではなく、中心部からは随分外れた場所。かといって、森の側にあったキャンプとも位置が違う。視界の奥には欧米の田舎町みたいに疎らに煉瓦造りの家が建ち並んでいて、柵で囲まれた草地に牛や羊に似た動物が放牧されている。要するに、農村ってヤツだ。
 人が生きていくためには当然それを作る手段が必要なわけで、この世界ではそれが一体どこからやってくるのかさっぱり見当が付かなかったが、どうやらここが第一次産業の中心地らしい。見事なまでの田畑に牧場。のどかな風景が広がっている。
 何か物足りなく感じるのは、日の光が分厚い雲ですっかり遮られてしまっているからだろう。なぜかしらレグルノーラはどこにいっても曇り空で、晴れた日なんて一度だって経験したことがない。この曇天にも隠された秘密がありそうだが、それを知る日が来るのかどうかは甚だ疑問だ。
 異世界に辿り着いたのだと須川が理解するまで数分。目をそっと開け、俺の顔と周囲の景色を見比べて、腰から砕けるように草地にへたり込んだ。
 初めてレグルノーラに連れてこられたとき、俺も似たようなものだった。そう思うと、何だか懐かしいような恥ずかしいような気持ちになる。
「図書室じゃ……ない。何コレ」
 俺は須川に手を差し出して、
「異世界ってやつだよ。俺たちの身体は今図書室にあって、意識だけがこっちに来てる。でも、ここにもちゃんと肉体はあるし感覚だってある。慣れるまでは意味がわからなくて混乱するけど、まぁ、面白くはあるよね」
 本当は面白さより不可解さが勝っているのだが、あえて前向きに発言してみる。
 須川は俺の手に引っ張られ、やっとこさ立ち上がったが、頭の方はまだ混乱しているようだ。
「俺もこの界隈は初めてだし、ちょっと歩こうか」
「ま、待って。膝が。膝がまだ震えてる」
 足元を見ると、須川は変に内股になって立ちづらそうにしている。
「大丈夫かよ須川」声をかけると、
「“怜依奈”でしょ。ちゃんと下の名前で呼んでよね、凌」
 何故に自分に好意だか敵意だかわからないモノを持って攻撃してきた女子を下の名前で呼ばなければならないのか。まさか二人っきりなのをいいことに、既に恋人気分じゃないだろうな。
「はいはい“怜依奈”ね。で、動けないようなら待ってる? 農場のど真ん中だけど」
「ちょ……! そこはさ、負ぶったげようかとか肩貸そうかとか、そういう話にはならないの?」
「はいはいはいはい。元気そうだし、自分で歩こうか」
「最低! 冷徹! 女子には気を遣いなさいよ!」
 須川はへっぴり腰で俺の腰にしがみつこうとシャツの裾を掴んでくる。本当に辛そうだ。それに、肩まで震わしている。
「何かここ、寒いんだけど。凌は平気なの?」
「ま、慣れてるからな。上着は……、そっか。夏だから着てないのか」
 “こっち”に来慣れてる俺と違って、須川は図書室にいたまんまの格好。上履きに盛夏仕様の制服じゃ寒いのか。スカートだしな。
 ブレザーくらい出してやるか。女子用のそれを頭に思い描き、手に重みを感じたところでスッと須川の肩にかけてやる。
「サイズ、合ってるかわからないけど」
 突如として現れたブレザーに驚いて須川は手を離し、目を丸くして物を確かめる。
「あり……がと?」
 袖を通すと丁度よかったらしい。困惑しながらも一応の礼を言って、須川は頬を赤らめた。
「ホラ、行くぞ」
「え、待ってよ。凌ってばぁ!」

 日の光さえ差せばもっと美しいだろうと思うと、広大な景色が酷く勿体ない物に見えた。光を欲して伸びる牧草や野菜達にとっては過酷な環境なのではないかと思えてならない。
 日が差さなくなったのはいつ頃からなのか。この世界ではそれが当たり前で、植物は雲を抜ける僅かな光だけでも十分光合成できるよう進化しているのかもしれないし、そのぶん肥料を与えることで栄養価の高い作物を生産しているのかもしれない。ま、その辺は俺の知ったこっちゃないわけだが。
 突然の来訪者に興味を持った家畜たちが柵越しに集まり、モーモーと牛のような鳴き声を上げる。牛にしては毛深く丸っこい、変な生き物だ。
 須川は気持ち悪がって俺の脇にピッタリ身を寄せてくる。どちらかというと可愛い系女子の部類に入る須川にすり寄られるのは悪い気はしないが、美桜がどこからか見ていてさっきを飛ばしているように感じるのは何故だろうか。
 農場に伸びる小道を進んでいくと、小屋に行き当たった。周囲には整然と耕され作物の植えられた畑がいくつかの区分に分けられて広がっている。蝶がちらちらと飛び、ブーンと小さな蜂のような音が聞こえた。
 と、ここまでは単にのどかな田舎町の散策だったのだが、小屋の中をそっと覗き込んだとき、その状況は一変した。
 煉瓦造りの小屋だった。木枠の窓に薄いガラスがはめ込まれていて、そこががらんと開いていた。俺と須川は何の気なしにそこから中を覗き、目を丸くする。およそ農場の平穏さに関連性のないものがそこに居座っていたからだ。
 思わずアッと声を上げた。それが、中に居た誰かに見つかった。
 中の人物はのっそりと立ち上がり、その大きな物体の陰から俺たち二人を見つめている。
 ヤバイ。
 咄嗟にそう感じて頭をかがめたが、中の人物はすっかり俺たちの存在を認識していて、こともあろうかぐるりとその物体の前に回ってきて、窓枠から顔を出した。

「来澄……と、須、川?」

 低い男の声だった。
 心臓が貫かれるかと思うほど激しく鳴って、俺はなかなか声の方を向けなかった。
 先にその男の正体を知ったのは須川の方だった。
「古賀先生」
 古賀、というと、確か物理の。まさか。
 俺はゆっくりと頭を上げ、その人物の顔を確かめた。
「やっぱり来澄だ。なんでお前らがここに」
 日焼けた顔を出していたのは、物理教諭の古賀明。色黒で筋肉質な古賀は、白い目玉を大きくして俺たちをまじまじと見つめている。

「やっぱり、“Rユニオン”の“R”は“レグルノーラ”の“R”だったんだな」

 ドキリと、耳元で大きく心臓の音が鳴り響いた。
 何を言ってるんだ、この人は。
 俺は2、3歩引き下がって、古賀から距離を取ろうとした。
 どういうことだ。古賀も、まさか干渉者……? そんな気配、どこにも。
「ちょっと入っていかないか」
 俺の気持ちを余所に、古賀はニカッと笑って俺と須川を中へ招いた。
 須川は素直に入り口の方へ足を向けたが、俺はなかなか行きたいという気持ちにはなれず、その場でしばらく黙り込んでしまった。
 当然だろ。だって、俺たち生徒だけじゃなくて、教師の方にまで干渉者が居たってのは、ちょっと想像できなかったし。大体、偶々適当に顧問になって欲しいと芝山が声をかけた相手が古賀で、その古賀が干渉者だったなんて、そんな話、出来すぎてる。
「ホラ、入ろうよ、凌。先生が呼んでるよ」
 わざわざ須川が引き返してきて、俺の腕を引っ張った。気が進まない。だって、どう考えてもおかしすぎる。
 重い足取りのまま、壁伝いに歩き、開けっ放しの広い入り口から壁の中に入る。中は外よりまた一層ひんやりとしている。仕切りのない薄暗い空間に、ドンと存在感のある銀色の物体。その前に立って古賀はニカニカと不敵に笑みを浮かべていた。
「俺の他にも同じように“こっちの世界”に飛んでこられる人間が居るとは聞いていたが、まさかそれがお前達だったなんてな」
 腕組みし、白髪交じりの頭を何度も振って、さも感心したかのように何度もうなずく古賀。この様子、まさか本当に偶然なのか?
「お前達はいつからこっちに?」
「ご、五月頃から。須川は今日が初めてで」
「なんだ、意外と経験浅いんだな」
「先生はいつから」
「去年……の、今頃からかな。一年近く経つ」
 つまり、美桜が入学し、その頃から徐々に影響を受けてたと? 彼が美桜の二次干渉者ならという話だが。
「せ……、先生はここで何を。その後ろにあるのは何なんですか」
「あ、これか? これはな」
 古賀はサッと脇に避けて、それから尻ポケットに入れていたリモコンを取り出し操作した。
 パッと照明が付き、銀色の物体が照らし出される。
 それは巨大な甲虫のような――丸いフォルムに羽を生やし、背中の部分に座席を有した乗り物だった。座席は二つ。前と後ろ。後ろに大きめの排気管。丸く縁取られたフロントガラスがシャープさを増している。軽自動車大のそれは、圧倒的な存在感でそこに鎮座していた。
「エアカーを少し改良して、上部を取り払ったんだ。空中戦はエアバイクだと不安定だし、エアカーじゃ動きにくいし。真ん中の代物が出来ないかと試行錯誤半年、かな。使う日が来るかどうか疑問だったけど、どうやら街中で魔物が暴れまわってるって話も聞いたし、少しでも役に立てないかと思ってな。上手くいったら大量生産してもらう。竜に乗れない能力者もどんどん空中戦に参加できるようになるだろうし、エアカーより小回り効くから結構役に立つと思うんだ」
 古賀は誇らしげに語った。
 待てよ。話を聞く限り、古賀はかなり細かいことまで知ってる。しかも、俺の知らないところにまで人脈を持ってる。
「せ……、先生は魔法、使える人?」
 恐る恐る聞くと、古賀はハハハと苦笑いした。
「いいや。世界を行き来するところまでは出来るんだが、そういうのは使えなかった。正確には、使えると聞いて努力してみたが、そういう才能はなかった。だから、機械いじりしたり野菜作ってみたりして、異世界ライフというヤツを満喫してる。どうやら“こっち”では、思い描いたとおりにものを作ることはできるようだからさ。授業の合間、部活の後、そういうちょっとした時間を利用して、ちょくちょく来てるんだ。いい気晴らしになる。そういう来澄は何してるんだ? バリバリと魔法使って戦闘に参加とか?」
「ま、そんなとこです」
「へぇ~、意外だな。運動が得意なら運動部にでも入れば良いのに。そういえばこの間教室で騒ぎがあっただろ。魔物が出たとか魔法がどうのとか色々耳にしたが、お前まさか関係者じゃないだろうな」
「まぁ、そのまさかで」
 須川に目線を移すと、彼女はばつが悪そうにそっぽを向いた。
「知らないだけでたくさん居たわけか。ここ“レグルノーラ”に関わりのある人間が。ということは、Rユニオンのメンバーは全員、その関係者、なんだな?」
 古賀の尋問に、俺も須川も首を縦に振る以外ない。
「だとすると、色々と俺も話しておきたいことがある。お前達にも聞きたいことがあるし。一度、活動と銘打って集まった方がいいな」
 眉間にしわ寄せ、古賀は何かを考えている様子だった。それがなんなのか、俺たちが知るのはもう少し先のこと。
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