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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【16】蓼食う虫

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62.一方的な

 自分の思い通りにならないことを誰かのせいにするなんて、実に愚かしい。上手くいかないのは結局、自分に原因があるからだ。
 人間は打算で動く生き物。誰かが何かをしてくれたことに対し、反応する。自分に対し好意を持って欲しいと思えば、距離を縮める必要があるだろう。遠くの親類より近くの他人とは良く言ったもので、結局はどれほど距離が近しいか、それが信頼関係というヤツを深くしていくのだ。
 だから、何の接点もない須川怜依奈に好意を持たれていたことには全く納得できないし、俺と美桜が一緒にいることに対し妙な嫉妬を感じられるのは心外だった。
 明らかに敵意むき出しで俺と美桜を睨み付ける須川からは、黒い邪気のようなものが立ち上っている。が、恐らくこれが見えているのは俺だけ。他のヤツらには感じることができないのか、腰を落とし美桜を庇おうと両手を広げる俺を、芝山も陣も不思議そうな顔で見ていた。
「どうしてって、そりゃ彼女は」と、芝山は話を続けようとするが、
「来澄君から離れてよ」須川はギラギラと怒りで滾った目で美桜を睨み付け、話を遮った。
 須川の威嚇が通じたのか、美桜は大人しく俺の背中から少しだけ、距離を取った。これでいいかしらと教室の出入り口まで後退ると、気持ちを落ち着かせるように、細く長く息を吐いていた。
 半分振り返って美桜の表情を確認する。普段大人しい須川に恫喝されて動揺しているのか、顔を強張らせてじっと須川の方を注視している。
 黒いもやがどんどん濃くなって、視界を塞ぎ始めた。机の上に漂う黒い不定型な物体は、心なしか“ダークアイ”と呼ばれるレグルノーラの魔物によく似ているような気がする。
「来澄君も、芳野さんのことが好きってこと……? 本当に、付き合ってるんだ?」
 須川の目が、怖い。
 なんだあれ。俺に好意なんて持ってるような目か?
「す……、好きとか嫌いとか、そういうことじゃない。須川、お前……」
 信じたくないが、“悪魔”の“力”を持ってるのか、なんて。どう切り出せばいい。
 黒いものはうねりながら、教室の隅々にまで広がっていった。無関係のクラスメイトのところにまで広がるそれは、開け放たれた窓や出入り口から少しずつ外に漏れ出していた。
 ダメだ。これ以上放ってはおかれない。
 両手を前に突き出し、前方で空っぽの魔法陣を錬成する。みんなが見ている前で……? そんなの、構ってられる状況じゃない。
「凌、何してるの?」
 美桜が聞く。当然だ。
 須川の側で芝山も陣も目を丸くしている。
「何も見えてないのか? 感じないのか? それこそ、どうにかしてる」
 教室の中に、生温い風が吹いてくる。外からの風じゃない。ねっとりとした、黒い風。外に外にと広がっていた黒いもやが、教室の中央でスピードを上げて凝縮し、ハッキリとした黒い物質へと変化していく。
「まさか」陣が気付いた。その、まさかだ。
 魔法陣に文字を刻むのが早いか、黒い物体が大きな蛇の姿に変わって口をあんぐりさせて牙を向けるのが早いか。
 ――“長い鎖と冷気で黒い魔物の動きを封じよ”
 文字が光る。魔法陣が発動する。
 中心から細い鎖が飛び出し、四方八方に広がって黒い魔物を拘束していく。
 そうなって初めて、美桜の目にも芝山の目にも、そしてまだ教室に残る数人のクラスメイトにも、異界の魔物の姿がハッキリと見えたようだ。驚き、叫ぶ声が無数に響き渡る。ある者はひっくり返り、ある者は廊下へ叫びながら逃げ出した。それでいい。逃げるなら逃げてくれ。余計な犠牲は出したくない。中には魔物の方じゃなくて、魔法を使ってる俺の方を見て驚いていたヤツもいたようだけど、もう、どうにでもなれ。
 更に力を注ぐ。
 冷たい風が魔法陣から噴き出させ、これ以上広がらぬよう、黒い魔物を冷やしていく。悶え、うねり、奇声を上げて暴れる大蛇を冷気で押さえる。冷たければ少しは動きづらくなるだろうっていう単純な考えによるものだったが、それなりに効果はあるようだ。心なしか大蛇の動きが鈍ってきた。
 銀色の鎖ででグルグル巻きにされた体長10メートル近い黒大蛇は勢いを失って机の上に落下した。一抱えもある胴の重みで机と椅子が大きく震動し、いくつもなぎ倒された。机の中からいろんなものが飛び出して、床一面がメチャクチャになっていた。
「ひぃっ!」
 拘束されても尚バタバタとのたうち回る大蛇に、芝山が変な声を上げた。
「ダ……、“ダークアイ”……?」
 陣がぼそりと呟いたが、本物のダークアイとは違って、コイツには目玉はない。ダークアイになる直前の、べっとりした物体に似てる。それがまとまって蛇の姿になったのか。
 須川を見る。
 驚いたような、何かしでかしてしまったというような顔。両腕を抱えて黒大蛇を覗き込み、目を何度もしばたたかせている。
「“悪魔”の一人だったってわけ……? 須川さんが? 凌は知ってたの? 知ってたから反対してたの?」
「知ってたわけじゃない。そう、感じてただけで」
 教室をグルッと見まわす。思い切って魔法を使ったせいか、関係者以外みんな逃げ出してしまったようだ。その方が都合いい。余計な人間がいると、変に気を遣わなきゃいけなくなる。
「酷い言い方。“悪魔”……? なにそれ」
 首を傾げる須川。
「悪意を持って世界に干渉する力を持っている人間を、レグルノーラでは“悪魔”と呼ぶんだ。他意はないよ」
 陣は言いながら、須川の肩に手を当てる。
「レグ……、何? あんたたち、何なの」
 須川は感情をむき出しにして陣の手を思いっきり払いのけた。
「もしかして、無意識に干渉を……。だとしたら最悪なパターンだな」
 干渉者には俺たちのようにハッキリと異世界へ飛んだと認識しできる人間と、意識せずに異世界へ飛び干渉している人間がいると聞いた。須川が後者だとして、これはそれほど重要な事項じゃない。問題は、どんな気持ちで干渉してるかってこと。感情が力に大きく影響を及ぼす“レグルノーラ”という世界において秩序を正す“救世主”になるか、混沌に陥れる“悪魔”になるのか。
 無意識なる悪魔が最悪だというのは、つまり、何が悪いのかわからない、理解しようのない状態だってことだ。
「何が最悪なのかわからないけど……、この……気持ち悪いの、何なの。来澄君はさっき、なにをやってたの」
 やはり、自分が大蛇を産みだしたことに気が付いていない。
「それは、須川さんの“心”が生み出したんだ。俺とみ……芳野さんのことをどう思ってるのかわからないけど、きっと良くは思ってないんだろうな。それが、形になって現れた。俺はそれが広がらないよう、食い止めただけだ」
 蛇はまだうねっている。魔法の鎖もいつまでもつか。
「ふぅん」
 須川は納得したような、悟ったような顔で、蛇を見下ろした。
「どういうわけかはわからないけど、私の心、なんだ。だとしたら、納得する。私、芳野さんのこと、大嫌いだから」
 やっぱり。
 美桜の方を振り返ると、彼女は彼女で、煮え切らない思いを胸にじっと堪えているように見える。
「芳野さん、誰とも喋らないクセに、来澄君とは喋るよね。抱き合ったり、手を絡めたり、家に連れ込んだり。気持ち悪い。自分が綺麗だから何しても許されるの? 来澄君、ずっと迷惑そうにしてた。それに気付かないなんて酷いと思わない? ……って、少し前まで思ってた。付き合ってるなんて聞いても納得できなかったし、変な噂だって噂に過ぎないはずって、思ってたのに。……来澄君、最近になって変わったよね。どうして芳野さんを庇うの? 芳野さんのこと、どう思ってるの」
「どう……って」
「本当に、付き合ってるの? 付き合わされてるんじゃないの? おかしいよ、来澄君」
 そりゃ、俺だっておかしいとは思うけど。
 それ相応に理由があるわけで。
「須川さんには関係のないことよ」
 我慢の限界か、美桜が背後でそう言った。
「関係……ない……? 関係ないわけないじゃない。私、あんたなんかより先に、ずっと来澄君のこと、好きだったのよ。突然現れてかっさらってった泥棒猫に何がわかるって言うの」
 ……目をぱちくりした。
 幻聴か。
 理解しがたい言葉が聞こえた。
 芝山は尻餅をつき、陣は噴き出している。俺自身はポカンとするしかなくて。
 え、今、何が起こってる?
「来澄君の優しさにも、気遣いにも、気が付いてやれないような人に取られたなんて、我慢ができなかった。私がもっと早くに告白していれば、芳野さんに取られずに済んだのにっていつも思ってた。来澄君が私のこと全然眼中にないのは知ってたけど、それでも、強引な芳野さんよりずっと、私の方が来澄君のこと愛してるって自信もあった。来澄君をこれ以上拘束しないで。自由にさせてあげてよ。芳野さんのような人がいると、迷惑なの。わからないの?」
「ちょ……ちょちょ、ちょっと待って。何? 何言ってんの須川さん。俺の方が何言われてんのかよくわからない」
 思わず口を挟む。
 美桜と、須川。二人がバチバチとにらみ合ってる中に割って入って、落ち着けと手で合図する。
「モテまくりだな」
「よ、モテ期到来」
 男二人が適当に合いの手を入れるが、俺に突っ込む余裕などない。
「そもそもさ、俺と須川さんの接点て何。俺、そんなに好かれることした覚えない」
「その謙遜が、好き」と、須川。もう、わけがわからない。
「今でこそクールだけど、昔はもっと話しやすかったよね。忘れ物したときは良く貸してくれたし、泣いてるとハンカチ差し出してくれた。私、まだ覚えてるんだ。来澄君がハッキリとみんなに『やめろよ』って言ってくれたこと。『守ってやる』って言ってくれたこともあったよね。中学で離ればなれになったけど、高校一緒で、本当に嬉しくて。でも、どう話しかけたらいいのかわからないくらい、来澄君、大人になってて。私、ずっと見つめるしかできなくて」
 え、いつ? いつの話?
 覚えがない。
 第一、今の話だと、小学生のときに一緒だった……?
「す、須川って、高校から一緒だったんじゃなくて?」
 本当に覚えていない。
「苗字違うからわからないかな。益子って言えばわかる?」
 須川が微笑みかけてくる。
 ましこ……ましこ、れいな。
「ま……まっし? 五年まで一緒だった“まっし”?」
 満面の笑みで微笑む須川。
 だんだん……思い出してきた。そうだ。そういえば小学生のときちょっとした事件があったんだ。
 いわゆるいじめのようなものがクラスで起きていて、その被害者が益子怜依奈、今の須川怜依奈だった。須川は以前、もっと髪が長くて、眼鏡をかけていた。あまり可愛い部類ではなくて、田舎顔で訛りがあった。東北出身の両親の影響でイントネーションが不自然だった須川は、授業で妙なことを言ったのがきっかけで、完全にはぶられてしまったのだ。
「あのとき、『いちまる』で笑わなかったの、来澄君だけだったんだよ。知ってた?」
 東北の一部では、どうも『(まるいち)』のことをそう呼ぶらしく、クラスの誰かが変だ変だと騒ぎ立て、そのうちに田舎者だのダサいだの、やんややんやと騒ぎになって、気が付いたらいじめにまで発展してしまっていた。
 あまりにも馬鹿らしい発端に、俺は我慢がならなくてやめろと言ったんだと思う。それは俺にとって、気にすべき問題ではなかった――俺自身が、あまり人から好かれていなかったこともあって、こんなことぐらいでいじめになるのは馬鹿馬鹿しいと思っていた――から、庇おうとか優しくしてやろうとか、そういう意味で言ったわけじゃなかったと思うのだ。
 忘れ物がどうのってヤツも、多分隣の席になって、渋々貸した程度のこと。ハンカチだって、泣いててみっともないと思えば差し出すし、気に入らないヤツには言いたいことを言ってしまう方だったのだ。
 ただ……『守ってやる』というのは全然覚えがない。須川の完全な思い込みから生み出されたねつ造された記憶じゃないのか。
「わ、悪かった。まさか“まっし”だなんて思わなくて。気付かなくて……」
 須川はそばかすだらけの顔を真っ赤に染めて、
「いいの。覚えてなくても大丈夫。私が覚えてるから」
 だからといって思いを募らせすぎだし、理想を追い求めすぎだ。
「で、でも。あれから何年も経つし、俺だって須川だって、あの頃とは違う。俺がどういう風に誰と関わっていようと、須川には関係のないこと。美桜……芳野さんにも芳野さんの事情があって、俺は彼女のことを守ってやらなくちゃならない。本当に申し訳ないんだけど、須川、妙な感情を向けられてもハッキリ言って迷惑っていうか……あ」
 しまった。
 本音が出てしまった。
 男二人がこのあほんだらと口をパクパクさせている。
 血の気が引く。
 また、やってしまった。
「迷……惑、なんだ。ふぅん」
 須川の肩が細かく震えだした。
「そっか。迷惑か。芳野さんは迷惑じゃなくて、私が迷惑なんだ。へぇ……」
「あ、あの、違っ。言葉の綾というか。君の思いには応じられないというか」
「迷惑よね。綺麗でもない、可愛いでもない女子に告られても、全然嬉しくはない、よねぇ」
 黒い大蛇が、うねりを強くする。
「好きって感情を抑えるのって、結構、難しいんだぁ……」
 鎖が、千切れ出す。魔法が消えかかってるんだ。
 ブチブチ切れて、ジャラジャラと床に散乱しては消えていく鎖。真っ黒くねっとりとした大蛇が、教室の中央で首をもたげる。
「私の“心”が生み出したんだったよね。コイツ。だとしたら……、食べちゃおうかな。芳野さんも……来澄君も」
 須川はそう言って、薄笑いした。
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