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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【15】学校の黒いもや

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60.ユニオン

 魔法陣を出すまでもなく、不意にテラの気配を感じた。レグルノーラのどこかで呼ばれるのを待っていましたとばかりに鋭い反応を見せるテラに、俺は申し訳ない気持ちで一杯だった。
 腰掛けたソファの真後ろに実際テラが現れるまで、さほど時間はかからなかった。ソファの裏側から手を伸ばし、俺の両肩に手を触れると、テラはどこか嬉しそうに「呼んだか」と言った。時と場合というのを感じ取ったのか、きちんと人間の姿をしているようだ。俺は振り向いて、その悪人面に「呼んだ」と答える。
「よぅ」とシバは右手を挙げてテラに挨拶し、
「なんだ、帆船の(おさ)も一緒か」とテラは苦笑した。
 向き直って美桜の方を見ると、彼女は目を丸くして静止している。顔つきは全く違うが、“臭い”とやらでテラの正体を見破ってしまったのだろうか。だとしたら、俺が過去の世界で出会っていたことも芋蔓式に思い出してしまうかもしれない。そう思うと、静まりかけていた心臓がまたバクバクと激しく鳴り始めた。
 ジークはと言うと、驚いたような顔をして、それから眉をひそめ、何かを考えていたようだ。唇をペロッと舐めて、それから顔を渋らせて右手を小さく前に出してごめんなさいと手話で語ってくる。どうやらジークの方は気が付いたらしい。これがあまりよろしくない状況であるってことに。
「竜、なの? 本当に? あまりそういう“臭い”はしないけど。でも、なんだろう、懐かしい“臭い”がする」
 それみたことか。
 美桜はやはり“臭い”に反応していた。姿を変えていたとしても、個体の放つ“臭い”はそうそう変わらないだろう。てことはつまり、いずれ全てがバレてしまうってことで。
「まさか……美桜か」
 オロオロと目を泳がせている俺に、後方からの不意打ち。
 テラの言葉は更なる衝撃だった。振り向いて喋るなと口を塞ごうとしたが、間に合わない。
「美幸の若い頃にそっくりだ。美しく成長したな」
 あ……嗚呼。もう、ダメだ。そんなこと言っちゃ。
 頭を抱えてソファに縮こまる。
「どうして母の名を? あなた、誰」
 美桜が首を傾げている。
 お終いだ……。どうやってフォローしたらいいのか全然わからない。
『何がお終いだ』
 テラの声が頭に響く。
 だって、このままじゃ、せっかく必死に隠してきたことも全部喋らなくちゃならなくなる。それだけは避けたい。
『隠す必要があるのか? 私にはその必要性が感じられない』
 そうは言うけど。じゃ、どこをどう隠せばいいんだ。
 テラが美幸の竜だったって、そんなこと言えるわけないじゃないか。
『何を危惧しているのかわからないが』
 そこまで言うと、テラはゆっくりとソファの裏側から美桜の隣へと進み、美桜の手を取ってひざまずいた。
「お久しぶり、美桜。私のことを覚えていてくれただろうか。あなたの母、芳野美幸の竜“深紅”と言えば、思い出してもらえる?」
 銀髪のピアス男とは思えない紳士的な動きに、目を疑った。腕の刺青も厳つい服装もそのままなのに、何故か“深紅”だった頃の、優男の姿が浮かんでくるようだ。
「しん……く? 本当に?」
 美桜は立ち上がり、テラの赤い瞳をじっと見つめている。
「あの時はまだ、小さな子供。私のことなど、忘れてしまったかな」
 美桜を見上げるテラの目は優しかった。
 だからだろうか、美桜はとうとう、思い出したらしい。差し出された手を辿り、ギュッとテラにしがみついた。
「覚えてる。覚えてるわ。本当に? 本当にシンなのね? ああ、でもこの“臭い”。間違いない。懐かしい“臭い”。そうか。そうだったのね。あなた、凌の竜になったのね。だから凌から懐かしい“臭い”がしたんだわ」
 首に絡みつくように腕を伸ばして、頬を擦りつける様は、以前美桜の竜リリィやライルの竜フューにしていたのと同じ仕草。頭ではわかっているのに、何故だかテラに嫉妬してしまいそうになる。それほど、美桜は激しくテラを愛撫した。
『な、それほど気にする必要などなかったのだ』
 美桜に抱きつかれながらテラはウインクした。
 ウインクなどされても、全く嬉しくない。どっちにしても、美桜の記憶がどこまで正確なのか、あんな昔のことを思い出さない程度に話していかなくてはならないのは一緒なんだから。
「僕のことは……、覚えてる? いつぞやは迷惑かけちゃって」
 今度はジークがペコペコとテラに頭を下げている。
 いつぞやというのは、多分美桜の竜リリィを連れてきたときのこと。だが、あのときの記憶の一部は五人衆のバドに消されたはず。とすれば、あの日リリィを連れてくるのに苦労した、そのことを言っているのだろうか。
「覚えてるぞ、ディアナの使いだったな。今ではいっぱしの干渉者のようだが」
 ようやく美桜を引きはがしたテラは、身なりを整えて立ち上がりながら、ジークに向かって口角を上げた。あのころジークはまだ年端のいかない少年で、小さな竜を一匹連れてくるのにも苦労していたのだった。
 ジークは改めて申し訳なさそうに眉をハの字にして、俺に謝ってきた。
「悪かったね。もしかして自分の竜が美桜のお母さんの竜だったってこと、言い出しづらかった? ディアナ様のやりそうなことだけど、多分意味があることだと思うから、深く考えることはないよ。ただ……あのときに見た彼とは全然姿が違うから、気が付くのに少し時間がかかったけどね」
 姿が違うというのは、俺が(あるじ)になって、テラの見てくれがトゲトゲしくなったって、そういうことか。竜はその性格も(あるじ)に依存するらしいし、こればかりはどうしようもない。
「ある程度、それぞれに繋がりがあるってことか。興味深い」
 シバが全体を俯瞰したように言った。
 確かに、あちらこちらで誰かが誰かと繋がっている。それぞれの間にそれぞれの関係があって、複雑に絡んできている。
「例えばだが……、“ユニオン”というのはどうだろう」
 シバの一言に、場が止まった。
「ユニオン……? 同盟ってこと?」と美桜。
「そう。同盟。レグルノーラの事情を知ってる者同士の同盟。毎度こうやって“裏”に飛んで来て話をするのも大変だろう。ならばいっそのこと、学校の中でユニオンを形成すればいい。いわゆる同好会的なものを。そうすれば、表だって集まることも不自然ではなくなる。陣君さえよければ、だが」
「え、ちょっと待って。それって、秘密裏にってわけじゃなくて、まさか、堂々と集まろうって話?」
 まさかと思いながらも、隣のシバに質問を寄せる。
 シバは大まじめな顔をして、
「当たり前じゃないか。コソコソしている方が怪しい。それこそ、君と美桜の仲を私が疑ったように、だ。むしろ堂々と集まっていた方が怪しまれずに済む。五人集まれば同好会として生徒会に申請できるし、部室もあてがわれるはずだ。確か二つほど空き部室があったはずだし、問題もないだろう」
「ちょ……ちょっと待って。四人だ。この場には四人しか居ない。今の話、無理だから。竜のテラは“表”には行けないはずだし……、だよな? だから、そういうのはちょっと」
 両手で牽制するも、シバには通じない。
「私も、できれば表沙汰にはしたくないわ。誰もが来られる世界ってわけじゃないし、知らずに過ごす人が大部分なのよ? わざわざそこまでしなくても」
 美桜が言うと、シバはその言葉を待ってましたとばかりにニヤッと笑いを浮かべて両腕を組み、背筋を伸ばした。
「二次干渉者を入れれば、五人なんて直ぐに超える」
「そ、そういうこと?」とジーク。
「二次……って何? 芝山君みたいな人が、他にもいるってことなの?」と美桜。
「あと何人か、クラスにいる。他の学年にも、もしかしたら先生の中にもそういう人が居るかもしれない。それくらい、美桜の力は大きいんだ。全く自覚はないようだけどね」
 俺とジークはハハハと苦笑いし、互いに目配せした。
 ムッと顔をしかめる美桜に、ジークはまぁまぁと気を落ち着かせるよう手降りする。
「ま、無理もない。自分の力の大きさなんて、客観的な数値でもない限りわかりようがないんだ。凌の力も大きくはなったけども、美桜の比じゃないしね。美桜が学校で何度も“こっち”に飛んで来てるからこそ、あちこちに“ゲート”ができたわけだし、同じように“二次干渉者”もたくさん作ってしまった。不可抗力ってヤツだよ」
 不可抗力か。便利な言葉だ。
 美幸の魔法を浴びて、この世界の殆どの人間が禁忌の子の存在については忘れてしまったはず。美桜の力が強いのは、かの竜ドレグ・ルゴラの血を引いているからに他ならないが、ジークがそのことについて知っているという保障はない。ディアナもそのことを(おおやけ)にする気持ちもなさそうだったし。あくまで美桜は強大な力を持った干渉者の一人に過ぎないという認識なのだろうか。
「で、その二次干渉者に、芝山君は心当たりが?」
 ジークが尋ねると、シバは待っていましたとばかりに頬を緩めた。
「ある。一人は確実。な、来澄」
「ああ? あ、ああ……。うん。多分、そう、だと思う」
「歯切れ悪いな」
「アレがそうかと言われると、自信はないが。多分……かな……」
 考えごとをして、うっかり自分に話題を振られたのに気が付かなかった。
 誤魔化すようにわざと目を泳がせて、それから恐る恐る、彼女の名を言う。
「須川……怜依奈」
 シバがニヤリと笑った。
「見えたか。お前にも」
「ああ。はっきりと。芝山の言った方法で確認した。アレは間違いなく、俺たちのことを、干渉者のことを知っているような感じだった」
「まさか、須川さんが? 彼女も臭わなかったわ」
 美桜は眉間にしわ寄せ、信じられないという風に大げさに両肩を上げて見せた。
「須川さんが私に敵意を持っているかもしれないっていうのは、ここ数日、何となく感じたけど。原因は大体わかってたから、深く考えなかったし、観察もしなかった。“臭い”があればと思ったけど、その……“二次干渉者”? は、どうやら“臭い”を発しないか、弱いということなのよね? だとしたら、私が気付くのは難しいことだったかもしれないわね」
 短く息を吐いて、美桜はカップを口元に寄せた。須川の話が出た途端、さっきとは違う意味で機嫌を損ねたような、そんな感じがする。
「原因て?」
 シバが個包装の菓子に手を出しながら、美桜に尋ねる。
 俺もカップを持ち上げ、喉を潤そうと一口、茶を含んだ。
「何。簡単なことよ。私が凌と仲良くしているのが気にくわないみたいよ、彼女」
 ――ブハッと、俺は茶を吹き出しそうになって慌てて口を塞ぎ、代わりに酷くむせた。咳き込んで、シバに大丈夫かよと背中を叩かれ、大丈夫大丈夫と顔を真っ赤にしながらうなずき返す。
 ちょ、ちょっと待て。どういうこと。
「須川さんて、来澄狙いだったのか。意外だ」
 シバが面白そうに笑っている。
 止めろ。冗談じゃない。
「意外にモテるみたいよ、“来澄君”。一部ではクールだとか、孤独感が堪らないだとか、言われているようじゃない」
 美桜が続けて半笑いで言う。
「ハァ? 何だよ、それ」
 やっと喉が戻って来て、喋れるようになったが、まだ茶がどこかに引っかかってる。
「からかうのも大概にしろよ。そういうの、迷惑だと思わないのかよ」
「まぁまぁ。いいじゃないの。人が人を好きになるのに理由なんか要らない。凌、君も隅に置けないな。いたいけな少女の心をいつの間に鷲掴みにしていたんだ。誰かに好かれるということは素晴らしいこと。むしろ誇るべきだ。その……スカワレイナって子がどんな子かわからないけれどね」
 ジークまで……。
 何も言わずにいてくれるのはテラだけか。と思ったら、ローテーブルに両肘を付いて、ニヤニヤと俺の顔を覗き込んでくる。なんだ、なんだこれは。
「と……、とにかく、俺は須川とは何の接点もなかったんだから。突然そういう話になったとしても、全く何の感情も抱けない。そういうもんだろ。まさか芝山、須川をそのユニオンってのに引き入れようとしてるんじゃないだろうな」
「そのまさかだよ」
 菓子を頬張りながら金髪を掻き上げ、何かおかしいことでも言ったかなと頭を傾げるテラに、俺は例えようのない怒りを感じ始めていた。
「まさかって……! なんて説明するつもりだよ」
「説明も何も、端的に話せばいいのじゃないか。『“裏の世界”のこと、知ってるだろ』と。彼女ならこう答える。『知ってる』と。そうしたら、後は仲間に引き入れて同好会を作り、適当に顧問を設定して生徒会に申請すればいい。申請作業は私がやるし、部室さえ手に入れれば、後は放課後だろうが休み時間だろうが、そこで好きに話もできる。今までより自由度は増すし、効率的に情報も交換できる。悪い話じゃないと思うが」
 なんて優等生的な発想なんだ。
 言いたいことはものすごくよく分かる。だけど、だからといって須川怜依奈を仲間に入れようってのは発想が突飛すぎやしないか。
「あのとき俺に見えたのは、黒いものだった。須川があまりよろしくない感情を持って“レグルノーラ”に“干渉”しているのだとしたら、彼女はその提案、受け入れ難いんじゃないのか」
「黒? 凌には色が見えるのかい?」とジーク。
「ああ。今のところ、見ようと思って見るか、ふと見えるか、どっちかなんだけど、干渉者の気配というか、オーラというか、そういうのが見えるときがある。暗めの色は何か良くない感情を持っている人……ではないかと。つまり、須川がいわゆる“悪魔”の一端だったとしたら、その計画は水の泡になってしまうかもしれないだろ」
「そんな後ろ向きなことばかり言ってても、何も始まらないだろ。それとも、来澄は須川が入ると都合が悪いのか」
「いや、そうじゃなくて」
 しつこいぞ、芝山。
「僕はその作戦、意味があると思うよ」
 ジークは賛成の意味を込めてか、シバに向けて一回、ウインクをして見せた。
「“干渉者”として行うべきは“悪魔”の排除。原因となる人間が“あちら側”にいるのだとしたら、その原因を一つずつ潰していくのが理想だ。その、レイナって子の黒色の原因が、もし美桜の言うとおり君と美桜に対する嫉妬心なら、仲間に引き入れることで少しは解決方向に向かうんじゃないかな。それとも君は、レイナに対して特別な感情でも?」
「いや、だからそれはないって」
「なら、問題なんかないじゃないか。レイナが君のことを気にかけてるなら、凌、君が直接頼みに行くってのは?」
「え……? ちょ……、なんだよそれ」
 思わず俺は立ち上がって、ジークを見下ろした。
 いくらなんだって、からかいやすいからって、適当にそんなこと。
「……なんて、冗談だよ、冗談。こういうのは話がうまくないと難しいだろうから。僕と芝山君、二人で行うってのは? イケメンに迫られて悪い気がする女子は居ないでしょ」
 ニッとジークは口角を上げて見せた。
 イケメン……? シバはともかく、芝山哲弥は決してイケメンとは言えないキノコ頭のチビなんだが、大丈夫だろうか。
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