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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【15】学校の黒いもや

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59.干渉者、集う

 美桜は相当気が立っている様子だった。
 無理もない。今まで飼い犬だと思っていた男が突然とんでもないことを言い出したんだから、美桜にとってこれほど気に障ることはないだろう。が、いつまでも美桜に隠れているわけにもいかない。今のままだと、俺は巻き込まれた事の重大さに押しつぶされそうなのだ。
「場所、移そうか?」
 俺は恐る恐る、美桜の目を見た。
 透き通るような瞳の奥に怒りの炎がチラチラと揺らめいているのがわかって、なかなかに寒々しい。ゴクリと唾を飲み込み、反応を覗う。
 美桜はしばらく無言で、俺と芝山、陣の顔を代わる代わる見ていた。奥歯をギュッと噛み、唇を震わして感情を押し殺す。こんな表情は、今まで見たことがない。
 教室の中はいつの間にかがらんとしていた。廊下を通る人も疎らになり、この一角に残るは俺たち四人だけになっていた。
「芝山君、あなたも“干渉者”だと、私にはそう聞こえたけど」
 沈黙を破っての一言に、芝山はビクッと背筋を極端に振るわせた。
「あ……、うん。はい。まま間違いなく、そう言った」
 眼鏡を直しながら答える芝山は、妙にどもっていた。
「ふぅん。でも、あなたからはそういう“臭い”はしなかったわ。どういうこと」
 窓からの光が反射して、美桜の眼鏡がキラリと光った。
 男三人顔を見合わせ、互いにどういうことだよと目を泳がせる。
「二次、干渉者だから、じゃないかな」
 恐る恐る俺が言うと、陣がわざとらしくポンと手を叩く。
「二次。なるほど、君は二次干渉者なのか。だったら無理もない。二次干渉者は一次干渉者の影響下でしか動けないし、個人が持つ力も一次干渉者の影響があってこそ。気が付くのは難しいと思うよ」
 突然呼ばれて険悪な雰囲気なんだから、陣も相当面食らったはずだ。が、状況を少しだけ理解したらしく、その表情は少し晴れたようにも見えた。元々二次干渉者捜しを手伝えと言われていた手前、これで少しは申し訳が立つ。やるじゃないかと陣がウインクしてくるのに、俺は小さくうなずいて答えてやる。
「え、ちょっと待って。陣君も? 何でそんなことを知って」
「いいからいいから」
 戸惑う芝山の肩を、陣はポンポン叩いて誤魔化している。
「まぁいいわ。とにかく“向こう”に行けるのよね、芝山君も」と美桜。
「え、あ、ハイ」しどろもどろに答える芝山。
「なら、“向こう”で話しましょうよ。ジーク、部屋貸して」
「へ?」上ずった声で反応する陣に、
「飛ぶなら中庭からの方がいいのかしら。それとも、ここからでも大丈夫?」
 美桜は淡々と質問を重ねていく。
「ここから。ここからでいいよ。……って、どうしてウチ?」
「他にどこでゆっくり話し込めばいいのよ。芝山君、こっちの席に座って手を貸して」
 美桜は自分の座っていた席の直ぐ隣の席に、芝山を案内した。無理やり座らせ、それから恐る恐る出された芝山の右手をギュッと握る。芝山は電気が走ったようにぴくりと目を見開くが、美桜にとってそんなのはどうでもいいことらしい。
「時間、かかるかもしれないから、あなたたちも座ったら」
 俺と陣に促すと、美桜はんんっと咳払いした。
「芝山君の実力がわからないから、誘導するわね。私の意識に乗っかって、付いて来て。凌もジークも、準備いいわよね」
 空いている席に座った俺たちを確認して、美桜はスッと左手の人差し指を立てた。
「いちにのさんで飛ぶわよ。いい? いち……にの……さん!」


     □■━━━━━・・・・・‥‥‥………


 そんな合図で飛べるか。
 思ったが、口にはできなかった。
 全身にトゲを生やしたような今の美桜に、何を言っても無駄なのはわかってる。
 だからこそ、時間をかけてゆっくりと話し合いたい。
 美桜のためにも。


     ………‥‥‥・・・・・━━━━━□■


 ごちゃごちゃとした配線が印象的なサーバールーム。暑い夏の世界から飛んで来た俺たちにとっては涼しすぎるくらいガンガン冷房の入った部屋。ジークの自宅に、俺たちはいた。
 “表”と“裏”を繋ぐ“ゲート”の一つ――恐らく、ジークが何度もここから学校の中庭に飛んで、必然的に“ゲート”になったと思われる場所。
 一番最後に俺が辿り着いたらしい。陣郁馬の格好のままでジークが、美桜の手を握った芝山は帆船の(おさ)の姿になって、それぞれ室内に立っていた。
「芝山……君?」
 美桜は目を丸くし、目の前の美青年を凝視している。握った手を慌てて放し、手の感触が本当だった事を何度も確かめているようだ。
 無理もない。背の低いキノコカット男子がスラッとした長身の金髪美青年に化けてりゃ、誰だって卒倒する。
「あれ……、もしかして砂漠の?」と陣。
 長の姿になった芝山は、こくりとうなずき、
「帆船の長シバ。そう、名乗ってる」
 俺はそこで初めて、長の名前を知った。シバ。テツじゃないのか。芝山哲弥の、テツじゃ。
 名前に驚き目を白黒させていると、シバは俺の方をチラッと見て、
「砂漠では来澄に世話になったし、色々と協力してやろうと思って」
 突然俺に話題を振る。
 “砂漠”というワードに俺がビクリと反応していると、案の定美桜はまた俺を睨み付けてきた。マスクを外し、スカートのポケットに突っ込んでから、ギュッと唇を噛んでみせる。
「“砂漠”って、何」
 だ、だよな。
 なんと説明すればいいのか。
 詰め寄ろうとする美桜を陣はそっと止めて、
「まず落ち着こう。向こうの部屋に移動して。お茶も出すから」
 この一言で美桜は少し思いとどまったらしく、深く息を吐いていた。
 扉を隔てた向こうには、趣味のいいあの部屋があった。前に来たときは落ち着いて見ることができなかったが、こう眺めてみると、なかなかに金がかかっている。天井のシャンデリアなんて、前は目にも入らなかった。床に敷き詰められた絨毯だって、よく見たら結構お高そうな細かい文様が編み込まれている。“こっち”の世界の代物か、それとも“あっち”から運んできたのか判断しがたいが、少なくともサーバールームにいるよりは落ち着ける。
 革張りのソファに案内され、俺とシバが隣同士に、白木のローテーブルを挟んで美桜が座る。
「待ってて。今お茶湧かすから。その間に喧嘩しちゃダメだよ」
「わかってるわよ」
 美桜がふてくされたように言う。しかし彼女は、少しでも気に入らないことがあろうものならテーブルをひっくり返しそうな雰囲気だ。
 美桜はかけていた眼鏡をそっと外して、ローテーブルの上に置いた。元々目なんか悪い方じゃないくせにかけているんだと、俺は勝手に思っている。これは自分と周囲を切り離すための小道具なんじゃないか。そんなことを考えて眼鏡を見ていると、隣から小さく「可愛い」の声。シバが思わず漏らしたそれに、お前はこれから何が起ころうともそう思い続けられるのかと、微妙な気持ちになる。
 腕組みをして、美桜はソファに身を預けた。
「隠しごとだらけね」
 美桜の声は張り詰めていた。
「私がどれだけ信頼していても、あなたがそんな態度だったんじゃ、今後一体どうすればいいのか、途方に暮れるわ。やっと見つけた“干渉者仲間”だと思ったのに。あなたは私のことをそうは捉えてくれていなかったということなのかしら」
 当然とも言える彼女の言葉に、俺は言葉を詰まらせた。
 言いたいことはわかる。
 ものすごくわかる。
 だからって、何でも喋れるような状態じゃない。それをどう伝えたらいいのかわからなくて、ジークや芝山に頼ったんだ。……直接的にお願いをしたわけじゃないけれど、頭の切れる二人なら、何となく察してくれるんじゃないかと、そんな願いを込めて。
「芝山君にしたって、変身能力にまで長けてるなんて。しかも帆船の長ですって? 勿論、砂漠の帆船の存在は知ってたわよ。だけど、同級生がそれを率いていただなんて、どうやったら想像できると思うの」
 美桜に見つめられ、シバは少し顔を赤らめた。
「ま、まぁそうだろうね。私自身、まさか異世界で自在に力を使いこなせる能力を持っていたなんて想像もしなかった」
 長い髪を掻き上げる姿は、相変わらずキノコカットの印象とはほど遠い。足を組んで座る様子さえ、普段の芝山とはまるで別人だ。
「み……芳野さんの力が及んでいたお陰で、私の道は開けた。感謝している」
 イケメン顔でキリッと話すシバに若干の嫌悪感を抱きつつ顔を見ると、ここぞとばかりに美桜に爽やか顔を向けていた。この切り返しの素晴らしさは見習いたい。
「私の力……? そんなに影響力があるとは考えたこともなかったけど」
「ま、本人は気付かないモノだよ。自分の顔が見えない、自分の臭いがわからないのと一緒」
 奥の扉が開き、陣がトレイにティーセットを載せて入ってきた。手作り茶菓子は流石になかったが、個包装の洋菓子をいくつか皿に並べたものを一緒に持ってきたようだ。テーブルの中央に菓子を置き、それから四人分、それぞれの席の前に紅茶を置くと、陣はようやくよいこらせと美桜の隣に座った。
「ま、どぞどぞ。話、続けて」
 添えられた砂糖をカップに注ぎ入れ、グルグルとティースプーンでかき混ぜながら、美桜は頬を膨らませていた。そんな顔をしてちゃ、せっかくの紅茶も美味しくないだろうに、とことん機嫌が悪いらしい。
「ジークこそ、もうそんな格好止めたらどう。ここはレグルノーラよ。学校じゃないんだから」
「え? ダメかな。結構気に入ってるんだけど」
 紅茶をすすりながら、陣は首を傾げた。
「陣君は……、一体何者? 頭が良くて女子にモテてるのは知ってるが、この世界と……“レグルノーラ”とはどういう関わり方を?」
「あ~、そうだよね。ちょっと待って」
 シバの質問に何を思いついたか、陣はテーブルにカップを置いて姿勢を正した。それからパチンと右の指を鳴らす。次の瞬間、そこには見慣れた長身の白人男性が。
「僕の本当の姿はこれ。“裏世界”と呼ばれるここ“レグルノーラ”の“干渉者”。陣郁馬ってのは“表”での仮の名前で、本当の名前は“ジーク”。君のことは知ってるよ、芝山哲弥君。学年で何本指かに入る秀才だしね。でもまさか君が帆船の長だったなんて、ちょっと意外だな。凌がどうやって君を探し出したのかにも興味があるけど、まずはお互い“二つの世界”を行き来する同士、仲良くしようじゃないの」
 ジークはスッと右手をシバに向けて差し出した。シバは面食らったようにしばらく目をしばたたかせていたが、「……よろしく」と観念したように右手を差し出し、ジークの熱い歓迎の握手を受けていた。
「来澄がレグルノーラに来るようになった経緯は前に聞いた。けど、“裏の世界の干渉者”である君が学校に紛れていたのにはどんな訳が? まさかそれも“悪魔”と何らかの関わりが?」
 シバが尋ねると、ジークはハハッと乾いた笑い方をして、後頭部に手をやった。
「話が早いな。そう。つまりは、“悪魔”の原因探しをしてるわけ。美桜の行動範囲にはあっちこっち“ゲート”ができてるようだったんだけど、特に学校は生活の中心になっていることもあって、二次干渉者も多く発生してた。もしかしたら、ここから探れば効率よく“悪魔”の原因が探れるんじゃないかと思って」
 と、そこまでジークが言ったところで、俺は心臓をドキリとさせた。
 待て。何か今、あまり良くないことを言ったぞ。『美桜の行動範囲にはあっちこっち“ゲート”ができてる』、だって?
「言い過ぎよ。私のことをなんだと思ってるの。ただの一干渉者にそんな力、あるわけないじゃない。そんなことより、凌はいつの間に砂漠へ? 私に隠れて一体何をしていたの? 入院した辺りから、何かがおかしいと思っていたのよね。ディアナも何も教えてくれないし。ジークだって! 私を避けてたでしょ。みんな、私に隠れて何かしているってことだけはわかるんだけど。どうなの。この際だからハッキリさせてもらうわよ。凌の臭いが変わったのも、絶対に気のせいじゃないと思うの。風邪だからとか、鼻が詰まってるからとか、そういう問題じゃない、根本的に、何かが変わったんでしょ?」
 ズイッと、美桜が身体を起こして俺に迫った。
 怒った顔も、相変わらず可愛い。が、迫力が。
 この、ピリピリした空気が苦手だ。それに、どう説明すればいいんだよ。チラッとジークを見るが、半笑いで困ったような顔をしているし、シバもありゃりゃ怖いねとばかりにお茶をすすって目線をずらした。
「ディアナに、何されたの。言いなさい、凌」
 頭にふと、ディアナに押し倒されたあの瞬間がよぎった。
 顔どころか身体中が熱くなる。あんなこと、説明しようがない。
「凌。隠しごとは良くないわよ。今後のためにも」
 わかってるよ。だけどさ。
 口をもごもごさせながら困っていると、益々美桜が機嫌を損ねていく。
 俺は一か八か、声に出した。
「か……、“解、放”……」
「解放?」
「“能力の、解放”。眠っていた力を、引き出してもらった」
「そうなの? ジーク」
「俺もそう聞いてる。かなりの強い力が引き出されて、それで何か変化が出たんじゃないの?」
「そうかしら。でも、入院中も、退院直後も、おかしな臭いはしなかったと思うけど。それだけじゃないでしょ? 砂漠は? あなたたち二人は砂漠で出会ったの?」
 俺とシバを交互に睨み付ける美桜。
 シバは軽くうなずいてにこやかに答えた。
「そう。砂漠で倒れてた。私が見つけなかったら、どうなっていたか。そういえば、君の相棒の……彼は? 普段は一緒じゃないのか」
「相棒? 何それ。凌に相棒が居るの? 私、聞いてないわ」
 嗚呼。話の流れが上手くいかなかったらしい。テラのことは言いたくなかったのに、あっという間にバレてしまう。
「居たよ。金色の竜だ。普段は人間の姿をしていたけど、かなり頭の切れる男だ。あれ? この話、み……じゃなかった、芳野さんは知らないの」
「“美桜”でいいわ。どうせ私のこと、みんなは陰で呼び捨ててるんでしょう。にしても、へぇ……、竜ね……。しかも、人間の姿に化けるなんて、普通じゃないわよね。そんなランクの高い竜とどこで契約を結んだの? いつの間にそういう展開になっていたのかしら」
 やっぱり。
 完全に怒ってる。
 助けてくれとジークに向けて必死に目線を送る。気付いてはいるはずなのに、ジークは一向に助け船を出してくれない。
 畜生。
 どうにでもなってくれ。
「さば……砂漠。砂漠に、無理やり連れて行かれて」
「誰に」
「ディアナに」
「それで?」
「力が解放されても、使えないんじゃ意味がないからって。置いて……いかれた」
「砂漠に?」
「そう」
「それで帆船に助けてもらったと」
「そう」
「竜は? 竜は出てこないじゃない」
「砂漠で」
「砂漠に竜は居ないわ」
「ディアナに貰った」
「ディアナが? 竜を?」
「くれた」
「まさか」
「ホントに」
「証拠は?」
「え?」
「竜と契約したってことは、竜を呼び出せるってことよ。本当に凌が砂漠に行っていたと言うなら、砂漠で竜と契約したって言うなら、ここに連れてきて。そしたら今の話、信じてあげるわ。砂漠の時間は都市部とは違うってくらい私だって知ってるんだから。あそこなら短い時間に何かが起こったのだとしても不思議じゃないわ。砂漠で力を付けて、それで今の凌があるってことなんでしょ? 雰囲気が変わったのも、力が出せるようになったのも砂漠に行ってからだって言うなら、見せてよ。証拠を」
 美桜はそう言って、あごを突き上げた。
 眉間に寄せたシワが、怖い。
「証拠ってったって……」
 俺の竜は、美桜の母親の竜。確かに、人間の姿になったときの見てくれは随分違う。だけど、小さい頃の記憶がまだあるなら、気が付いてしまうんじゃないのか。俺が過去に行って全てを見てしまったことを。
 せめてそこの部分だけは内緒にしておかないと。俺が美桜のことを全部知ってるなんて、絶対に知られてはいけない。
 美桜があんな凶悪な竜の血を引いているだなんてことを知ったら、きっと悲しいことが起こってしまう。
「呼び方、わからないの?」
 空気を読まないジークが、美桜の隣で口を出す。
「いや、あの、まあ」
 なんと返事をすればいいのだ。
 できれば呼びたくない。そう答えられたらなんと楽か。
「念じればいいんだ。竜の名を心の中で呼んで、自分のところに引き寄せるようイメージすればいい。自信がないなら魔法陣でも使えばすんなり呼べると思うけど」
「じょ……助言、ありがとう」
 最悪だ。
 絶対に呼ばなきゃ怪しまれる。
 仕方ない。呼ぶしかない。
 どこで何をしているかわからない、相方の竜を。
 お願いだから、これ以上話を複雑にしないでくれよと祈りながら、俺はテラを呼ぶ。
 額に拳を当て、意識を集中させる。
 呼びかけに応じろ、テラ。
 この世界のどこかにいる俺の(しもべ)
 残念ながら、緊急事態だ。お前の主が……ある意味窮地だ。
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