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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【15】学校の黒いもや

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58.黒の出所

 目の前のキノコ頭を両手で抱え、そのまま廊下に叩き付けたい衝動に駆られた。
 恐る恐る美桜の顔に目をやると、マスクで口元は見えなかったが、眼鏡の奥で目を見開いているのがわかった。彼女も同じことを考えているに違いない。『なにを言い出すのだ』と。
 授業と授業の合間の、ほんの少しの休み時間にこんな話切り出すもんじゃない。芝山を思わず睨み付けたが、ヤツは眉をキリッとさせ口角を上げた。俺の意図は全く通じていないらしい。
「もう一度言おうか、レグ」
「やめろ芝山。美桜……、後で時間、くれないか。昼か、放課後か」
 廊下に俺の声が響いた気がして、俺は一気に汗だくになった。
 しばしの沈黙の後、美桜はフフと笑う。
「人前で下の名前で呼ぶなんて珍しい。わかったわ。じゃ、放課後」
 俺の顔をギロリと睨む美桜。例えようのない寒気に襲われて、背中に激震が走る。
 美桜はクルッときびすを返し、スタスタと教室に戻っていった。
 深くため息を吐く俺に、芝山が一言。
「芳野美桜って、あんなんだっけ」
 嗚呼そういえば、芝山は美桜の本性を知らない。
「あんなんだったよ。最初からな。ところで……えっと、次の現国に?」
「飛べよって話」
「あー……そうだった。了解。善処する」
 日本史の時間に努力したが、何もできなかったことを思い出した。
 まぁ、どうにかなるだろう。さっき、何かを掴みかけた気がしたんだ。
 ほんの少しだけ前向きな気持ちで、俺はそう答えた。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 授業開始前に、美桜が小さな紙切れを寄越した。
 可愛い桃色の紙に薄いインクで花模様が描かれている、如何にも美桜好みの一品だった。部屋と同様、持ち歩く文具や小物も少女趣味で、彼女によく似合う。四つに折りたたまれた紙を開くと、綺麗な文字で何か書かれていた。

『どういうことなのか、あとでキッチリ説明してもらうわよ』

 戦慄した。
 同時に、芝山に対し殺意が湧いた。
 前方の芝山を睨み付けるが、俺の視線など全く気付かぬ様子で授業を受けている。この憤りをどこにぶつければいいのやら。
 手の中で紙をクシャクシャに丸め、……もう一度開く。『説明してもらう』か。どこをどう説明すればいいのか。余計な心配をかけぬよう、ある程度俺の身に起きたことを話さねばならないなんて、難しすぎる。
 机の上に腕を組み、じっと紙切れを見つめた。
 説明……するなら、俺より話し上手な芝山やジークの方がいいだろう。無理かもしれないが、ジークにはこっちに合流するようお願いしよう。問題は、放課後まで美桜が我慢してくれるかどうかだな。
 シワを伸ばした紙を栞のように教科書に挟み込み、ため息を吐いた。
 とりあえず今は、美桜のことより芝山の言う二次干渉者のことにでも集中しようか――、俺がそう思った直後だった。
 視界の隅に、黒いものが映った。
 初めは気のせいだと思っていた。目の前が霞んだだけだと。
 目を凝らす。美桜の周囲にはやはり青緑ばかりが漂っていて、黒ずんではいない。大体、美桜の気配そのものには濁りがない。複雑に色が混じり合っているとはいえ、透明度が高いのだ。
 だが、視界を遮るように漂ってくる黒いものは、まるで不透明水彩の絵の具のように歪みながら周囲の色を呑み込んでいく。
 出所を探らないと。
 嫌が応にも焦りが募った。
 教室中をグルッと見まわす。なんだ、これ。色を感じる能力が邪魔して、視界が真っ黒になっていく。これじゃあ、目視で対象を探すのは無理だ。となれば、別の方法で。
 芝山が言っていた、アレだ。『現国の時間に飛べ』、それしかない。
 美桜の力に乗っかって、か。黒いもやの中から青緑色の気配をたぐり寄せる。美桜の気配。様々な困惑と運命が混じり合った悲しげな気配。目の前の席にいるんだから、やってできないことはないはず。
 俺がこんな妙な努力をしているとも知らず、美桜はきちんとノートを取っているようだ。美桜には“独特の臭い”とやらが届いていないのか? 風邪、だから? 右手が動いている。左手で髪を掻き上げる。黒板を見て、またノートに目を落とす。
 美桜の鼓動を感じろ。呼吸を。匂いを。
 彼女が放つ、大きな力を。
 シャーペンを握りしめたまま、俺は目を閉じる。耳をそばだて、息を殺す。
 美桜の力の波に呑まれるようにして飛ぶんだ。大丈夫、造作ない。彼女の気配を感じて、そこに全てを委ねるようにすればできるはずだ。
 意識を沈めていく。深く、深く。
 同時に、美桜を強く意識する。
 初めて“レグルノーラ”に飛んだときのことを思い出せ。引きずられるようにして飛んだときのことを。彼女と手を握り合っていたときのことを。
 フッと身体が軽くなった。意識が分離し始めた証拠だ。
 芝山の話では確か、この瞬間に周囲を見渡せと。
 目を、開く。この行為が現実に行われているのか、意識的な問題なのか説明は付かない。が、とにかく目を開く。
 大きな渦が見える。教室が歪み、椅子が落ち、机は宙に浮いている。地上に向かって景色が崩れ、灰色の渦に呑み込まれていくのがわかる。上を見やると、目の前に居たはずの美桜が崩れることもなく、真っ直ぐと前を向いて授業を受けていた。他の生徒たちも同じように宙に浮いて、黒板の前に整列した机と椅子に固定されている。
 芝山は――、いた。俺の下で、必死に手を振っている。まだ、芝山の姿のままだ。声は聞こえないが、どこかを指さし、何か叫んでいる。口の形だけじゃ、何を言っているのかわからない。仕方なく、指さす方向に振り返ると。
 見えた。
 確かに女子だ。
 窓際の。
 一人の女子から黒いモノが噴き出している。
 その女子自身が下に落ちてくるというわけではないけれど、彼女の周囲には黒いもやが立ちこめ、それが教室に伸び、更にこの“ゲート”の中にまで入り込んでいる。
 つまりこれが、“悪魔”の正体。それは必ずしも単体ではないと、話には聞いている。同じような黒いモノが大量に集まって、それがレグルノーラまで到達すると魔物に姿を変えていく。その集合体が“ダークアイ”なのかもしれないと、そういうことか。おぼろげにしか知らなかったものの正体がわかると、それはそれで身震いする。いくら“ゲート”のある教室だからって、こんな……。
 チラリと、その女子と目が合った。
 気のせいでありたい。
 まさか、こっちを見ているはずなんて。
 俺の実体はちゃんと授業を受けているはずで、こうして下から教室を見上げている意識の方と目が合うなんて、おかしいに決まってる。
 どうして、どうしてこっちを見てるんだ。
 須川――。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 あまりの出来事に、頭がぼんやりした。
 意識を教室に戻して、恐る恐る窓際の彼女に目を向ける。
 須川、怜依奈。まさか彼女が?
 にわかには信じがたいが、彼女も“レグルノーラ”に干渉している一人だというのか。
 当然の如く、直接聞き出すのは憚られる。第一、今まで何の接点もなかったんだから。
 俺とは接点がなくても、例えば芝山はどうだ。クラス委員のあいつなら、ある程度全員とのコミュニケーションを取っているだろうし、聞き出せるのでは。……と、最初から他力本願というのも気が引けるが、とにかく彼女が“レグルノーラ”とどんな関係なのか、探る必要はありそうだ。
 芝山のように、姿を変えていれば全く気づきもしないだろうし。
 逆に言えば、姿を変える能力の無い俺のことは、気付かれやすいはずだ。俺が知らないだけで、向こうは俺のことを知っているという可能性もある。
 ただ、これは単に須川が俺たちと同じような“干渉者”として“レグルノーラ”に関わっていると仮定しての話。無意識的に干渉する場合もある、その場合、本人には干渉者としての自覚がないと、美桜がいつだか言っていた。そっちの方だったとしたら、ちょっと、というかかなり面倒なことになりそうな予感がする。
 芝山との答え合わせは放課後、美桜と合流した後で。
 須川の視線が気になる。自意識過剰なのかもしれないが、何となく、彼女の視線はこちら側に向いているような気がするのだ。
 あまり積極的に人の名前や顔を覚えようという気はない。
 自分にものすごく関わりがあったとか、利害関係にあるとか、そういうのでなければ、高校三年間の短い時期に偶々同じ場所にいる人間という程度にしか、同級生を認識していない。
 消極的な考え方なのかもしれないが、元々目つきも悪く人付き合いが苦手なこともあって俺はずっとこのスタンスだった。だから、クラスの男子でもまあまあ仲のいいヤツの名前はフルネームで覚えているが、下の名前だけとか名字だけとか、その他の大勢扱いのヤツは同性でも覚える気がない。
 女子のことなんか当然のように覚えようという気力もなく、目立ちたがり屋でファッションにも異性にもうるさそうな数人の女子グループは大抵同じ顔に見えるし、顔が標準より下か上かとか、自分好みかどうかとか、判断するのも億劫だ。
 そんな俺が須川怜依奈と絡んだことは一度もなく――俺の記憶では、だけれども、そういうヤツに四六時中見られていると、寒気がする。
 何の意図があってこっちを見ているのだ。
 お前のような人相の悪い奴は人類の敵だ死ねとでも思っているのだろうか。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 放課後、最初に声をかけてきたのは芝山だった。
「どこで話す? 図書室とか視聴覚室とか、座って話せた方がいいよな」
 荷物を背負いながら俺は首を横に振った。
「いや、あまり聞かれたくない話だし、人気のありそうなところはちょっと。できれば“向こう”の方がいいんだろうけど、お前砂漠以外のところに行けるのかよ」
「誘導して貰えれば行けます。失礼だな。とにかく、ここじゃなんだから、どっか移ろう。芳野さんは?」
 美桜は身支度に遅れて、やっと席から立ち上がったところだった。
 まだ具合悪そうに咳をしているが、朝よりは幾分か顔色がいい。
「私はどこでもいいわよ。芝山君の都合のいいところで」
 歩み寄りながら彼女はそう言って、芝山をギロリと睨んだ。まだご機嫌が悪いと見える。
 俺はチラッとスマホを確認し、廊下を覗いた。
 まだ、来ていないようだ。
「あのさ、ちょっとだけ待って。人を呼んでる」
「人?」
 美桜は首を傾げ、どういうことかと芝山をまた睨んだ。芝山は半笑いして俺の方をいぶかしげに覗き込んでくる。まあいいからと教室の前の方で三人立っていると、また目の前を黒いモノがよぎった。
 須川だ。やっぱり、前に見たのも気のせいじゃなかった。今日のアレも、気のせいじゃなさそうだ。
 俺がじっと須川の動きを観察している、それが癪に障ったのか、美桜は目線を塞ぐようにわざとらしく立ち位置を変える。んんっと咳払いし、「誰を待ってるの」と不機嫌そうに言ってきた。
「まあまあ、いいからいいから」
 先に言えば怒鳴り出すに決まってる。
 黒いモノを抱えたまま須川が教室を去り、他の連中もどんどん帰っていく中、待ち人はなかなか来ずに時間だけが過ぎていった。5分ほど過ぎたところで美桜のイライラは頂点に達したらしく、空いている席に座ってトントンと指で机をつつき始めた。芝山も「誰」と聞いてくるが、ここでは教えられない。やはり、いいから待ってとだけ伝える。
 しばらくすると廊下をバタバタと走る音が聞こえて、ついでに通りすがる生徒に片っ端から挨拶する元気な声が耳に届いた。
 アレッと美桜が反応して立ち上がる。同時に、待ち人がようやく2-Cの教室に現れた。
「待った?」
 爽やかに登場した彼こそが、俺の秘密兵器。面倒な話もきっとうまく纏めてくれるはず。
「ジーク」美桜は思わず“向こう”での名を、
「陣君」芝山は二つ隣のクラスのイケメン男子の名を呼んだ。
「なかなか女子が放してくれなくて。振り解いてくるのに時間かかっちゃった。で、どこまで話を?」
 陣郁馬は爽やかに話を進めようとした。全く空気を読むつもりはないらしく、美桜と芝山が二人して声を合わせ「どういうこと」と俺に向かって言っているのに、
「難しい話だし、どこから話せばいいのか考えてたんだけど、まとまらなくて。それより何より、美桜との約束を破るようなことをして本当に申し訳ないんだけど」
 頭を掻きながらにへらにへらとマイペースに話している。
 ドンと机に手を付いて美桜は立ち上がり、陣に向かって怒りを露わにした。
「一体何がどうなってるの。私に隠れてコソコソと。あなたたち、何を企んでるの」
 ギロッギロッと、俺と陣を交互に睨み付け、更におまけで芝山を睨み付けている。
「まあ、怒るなよ。色々とこっちも面倒なことになってるんだから」
 当然の如く俺のそんな気遣いは火に油を注ぐ結果にしかならず。
「凌、あなたやっぱり、隠し事してたんじゃないの」
 ものすごい剣幕で突っかかってくる。
 俺は闘牛を落ち着かせるつもりで、両手をゆっくりと前に出した。
「て、提案なんだけど。情報の共有がしたいなって」
「ハァ?」
「色々と整理する意味でも、お互いの情報を共有した方がいいと思うんだ」
 勇気を振り絞った一言に、美桜はぴくりと眉を動かした。
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