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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【15】学校の黒いもや

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57.焦り

 かの竜、“ドレグ・ルゴラ”には、冷徹で残忍という言葉が見事に当てはまった。彼は自分の感情一つでレグルノーラを破壊できるほどの能力を持っているのだ。そこに何があるか、目の前に居るのは敵か味方か。主観のみで判断し、邪魔者は徹底的に排除する。だのに、人間に化け、社会に溶け込んで目標に近づくしたたかさも持っている。あんなのを敵に回すような恐ろしいこと、できるわけがない。
 だが……、看過できる存在ではないのは確かだ。
「ドレグ・ルゴラは禁忌の一つ。何であんなものに関わった?」
 騒ぎが落ち着くと、テラはものすごい剣幕で俺の襟元を掴んできた。
 赤い目をギラギラ光らせ、眉間に深い皺を刻んだテラの表情からは、怒りと同時に焦りのようなものが感じ取れた。
「む……向こうが俺を探してた。何の目的があってか探ろうと」
 目を逸らすと、
「馬鹿か! 君は大馬鹿者か!」
 興奮のあまりテラは唾を思いっきり飛ばして叫んでくる。
 一見厳めしいバンドマンのような出で立ちをしたテラの、怒ったときのこの迫力の凄まじさ。
 俺は思わず肩をすくめ、歯を食いしばった。
「かの竜に関わったらどうなるか、君は過去の世界で学習しなかったのか。美幸が何のために命をなげうってまでこの世界を救ったのか――、君に美桜を託したのか。全てが無駄になってしまうところだったんだ。まさかとは思うが、相手の正体を知って近づいたな? ……やはりそうか。だとしたら、私は君のことを守り切れなくなる。あんな恐ろしいものに無防備で立ち向かうような愚か者を、どうやって守ればいいのだ。いいか、凌。どの世界にも触れてはいけないモノが存在する。“知らない方が幸せ”というヤツだ。君は触れればただれるとわかって劇薬に触れるか? 食べれば死ぬとわかって毒を喰うか? 君のやったことはそういうことだ。かの竜に関われば、ただでは済まない。死ぬなんてものじゃない。君はこの世界の消滅を早めてしまったかもしれないんだぞ」
 あまりに力みすぎたか、胸ぐらを掴んだ手は、プルプルと震えている。
「わ……、悪かった。もっと慎重に動くべきだった」
「当然だ!」
 と今度は、掴んでいた手を思いっきり放した。突き飛ばされ、足がもつれ、必死に立て直すと、またテラはまくし立てるように話し続けた。
「よりによって、だ。君は私に何の相談もしなかった。ひょいひょいと気ままに現れては消えていくあるじの気配を必死に辿り、やっと出会えたと思えばこんな状態だった私の気持ちも考えろ。何のための契約だ。“互いの命が尽きるまで、我は竜を信頼し、竜は我に尽くす”と、アレは何だったのだ。ようやく力を発揮できるようになってきたあるじを少しは見直していたというのに、君はどうしてこうもあっさり、私を残念がらせることができるのだ。そういう才能だけは秀でているのだな、君という男は!」
 テラのヤツ、喋りすぎだ。
 お喋りな中年のおばさんじゃないんだから、そんなに喋らなくってもいいじゃないか。
 両耳を塞いでいると、テラは鬼のような形相でむんずと俺の両手を頭からはぎ取った。
「人の話を聞け!」
 人じゃないし……、お前、竜だし。
 平謝りしてもなかなか許して貰えず、その日“表”に戻れたのは、体力の限界をとうに超えた後だった。


     □■□■□■□■□■□■□■□


 来澄凌は変態らしいという変な噂は、次の日になってもまだ絶えなかった。しかし、当の俺はそれどころではない。後先考えず行動するのがあだとなって、どんどん物事がよろしくない方向に進んでいるような気がする。
 例えば美桜との関係。彼女の出生の秘密を知ってしまった、それを隠しながら今後接していかなきゃならない。だって、彼女自身どこまで自分のことを知っているのか、俺には探りようがないからだ。
 例えばディアナとの関係。美桜とは関わるなと強く言われたにもかかわらず、彼女は俺に美桜の過去を見せた。レグルノーラを救うと俺に決意させるためとはいえ、あんなものを見せられたら、俺は美桜との関係をもっと強くしてしまうかもしれないというリスクはあったはず。美桜との距離を保ちつつ、美幸との約束を守っていくというのは案外難しそうだ。
 そして、芝山。あいつのせいでドレグ・ルゴラに目を付けられた。……なんて言ったら芝山は怒り出すだろうが、あいつが変な情報を寄越したから、うっかりかの竜を探してしまった。好奇心からとはいえ確かに近寄るべきじゃなかったと、テラに怒鳴られてから後悔する。けど……、もしかしたら、そうなるべくしてなったのかもしれないし、芝山には二次干渉者捜しを手伝って貰わなきゃならないから、文句ばかり言うわけにもいかないわけで。
 でもって、ジーク。彼は彼で、俺の力を買いかぶりすぎていて、面倒だ。“表”でも“裏”でも精力的に活動する彼に敬意を抱きつつ、結局面倒なところを押しつけてくるのには辟易している。そもそも、ディアナと引き合わせたのも彼だった。ディアナとの出会いがなければ、俺は単なる美桜の腰巾着のままだったのかもしれないと思うと、それなりに感謝はするが……、二次干渉者捜しもそうだ、俺は雑用じゃないんだからと心のどこかで思ってしまう。勿論、だからといって抵抗しようとか反発しようとか言う気は全くないのだが。
 机に伏して長いため息を吐いていると、開けっ放しの教室の入り口を潜って美桜が現れた。まだ具合が芳しくないらしく、マスクをして、肩で咳をしている。
 モブ状態の俺とは違い、彼女はやはりクラスでも浮く存在。昨日一日休んだだけだというのに、何故かしら教室内はざわめいていた。朝のぼんやりとした空気が、彼女の動きと一緒にうねっていく。
「ホントに具合、悪かったんだな」
 前日レグルノーラで見かけたことを思い出し、そんな風に声をかけると、美桜はぴくりと眉を動かし、俺を睨み付けた。
「だから言ったじゃない。熱、あったの。今は咳と鼻水だけになったけど。私だって具合くらい悪くなるわよ。夏風邪なの」
 前の席に荷物を机に下ろして、ドシンと椅子に腰を下ろす美桜の息は、少し荒かった。
 声も少し、枯れているようだ。いつもと違って、少し濁っている。
「凌の臭い、やっぱり変」
 と、美桜は後ろを向いて改めて言った。
 レグルノーラでも同じことを言っていたが、ここで蒸し返すのか。
「風邪引いてるからだろ」
「そうじゃないと思うけどなぁ」
 美桜は何度も頭を傾げて、腑に落ちない顔をする。
「そういえば、凌はどうして“あそこ”へ? いつもの小路からは随分離れているし、“ああいうの”苦手だったように記憶してるけど。どういう風の吹き回し?」
 遠回しに言ってくるが、しっかり伝わる。あの件だ。
「あれね……」
 どう言い訳すべきか。彼女が納得いくような理由が思いつかず、しばし沈黙する。
 まさか、芝山の名前を出すわけにはいかないだろう。とすると、これしかあるまい。
「“陣郁馬”に頼まれた。“向こう”で部隊の方の支援をして欲しいって」
「え? 彼と“こっち”で接触したの?」
「あ、ああ。昨日の昼休み。びっくりした。確かに、捻りのない名前だった。どうも“向こう”で結構苦戦してるから、どうにか力を貸して欲しいとかで。断り切れず、“向こう”に飛んだ」
 へぇと、彼女は目を丸くして何度もうなずいた。椅子に背を預けて腕を組み、首を傾げる。
「“こっち”では接触しないはずなのに。彼は何を考えたのかしら」
 背中越しに呟く美桜に、俺はさあねと適当に言い返した。
 ジークが俺に協力を求めているのは間違いじゃない。昨日頼まれたのは二次干渉者のことだったけれど、そんなこと、美桜には言えないし。どうせ、俺に接触していることはいずれバレるんだ。彼には悪いけど、こうでも言っておかなければ、収拾が付かなさそうなんだから仕方ない。
「ま、いいわ。とりあえず、ノート貸してくれない」
 今日の時間割をチェックしながら、美桜は言った。
「あ~、いいけど、俺の字、汚いよ」
「知ってる」
 渡したノートを無造作に受け取りながら、美桜はフゥとため息を吐いた。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 夏休みは直ぐそこに迫っている。つまり、二次干渉者を捜せというジークからの難題を、俺は早急に何とかしなければならないのだ。
 芝山の助言通り、美桜に乗っかってレグルノーラに飛んでみるか。だがそんなこと、一度もやったことはない。
 以前は確かに、一人では何ともならず、美桜の力を借りていた。彼女の手に触れ、ゆっくりと目を瞑り感覚を研ぎ澄ませば、彼女と共に“向こう”に飛ぶことができた。自転車に手を添えるから自分で漕いでみなさいと、そういうことだ。接触から非接触へ、少しずつだが彼女の介助なしに飛べるようになっていった。
 彼女と共に地面に吸い込まれていくような錯覚は、今はもうない。自分の力だけで飛べるようになると、以前の感覚はすっかりと忘れてしまったのだ。
 彼女の力の渦に呑まれる蟻になりなさいと言われて、はいわかりましたと、そう単純にはいかない。
 考えを改めなければいけない。
 今まであまり感じようとしなかった“芳野美桜の力の範囲”を肌で感じ取り、そこに身を委ねる方法を短期間で身につけなければならない。
 ある意味数学の問題よりも難しいそれに、俺は頭を悩ませた。
 彼女の力は確かに凄い。その影響力も大きいはずだ。そんなのはわかりきってる。
 難しいな。芝山のヤツは簡単に二次干渉者の影響元を変えることもできたってのに。……って、俺の魔法が成功したお陰か。うむ。
 イマイチ頭に入らない日本史の授業を聞きつつ、俺はぼんやりと二次干渉者について考えていた。美桜の影響下で意識的、または無意識的にレグルノーラに飛んでいる人間が芝山入れて少なくとも3、4人。今、この瞬間にも彼らは“向こう”に意識を飛ばしているかもしれない。それを、どう探るか、だ。
 頬杖をつき、黒板を眺めながら考える。
 開け放った教室の窓から、学校の外の些細な音が聞こえていた。車の排気音や、風で葉がこすれる音。野鳥の鳴き声や、グラウンドで他のクラスが体育の授業をしている音。
 耳が様々な細かい音を捉えるように、俺の第六感も、教室に渦巻く力の波動を感じ取れないだろうか。“ゲート”という目に見えない時空の歪みを感じ取れれば。その力を借りて異界の地へ飛ぶ誰かの意識を、感じ取ることができれば。
 集中するんだ。
 前の席に座る美桜の背中を見つめながら、俺はじっと神経を研ぎ澄ます。
 彼女は今、レグルノーラへ飛んでいるのだろうか。いや――そんなことはなさそうだ。教科書をめくる手が見える。意識がこちら側にある証拠だ。それでも、何となく目の前が歪んで見えるのは、やはりゲートの影響ということなのかもしれない。
 そもそも、ゲートがどんなものか目視でわかるのかどうかすら怪しいが、俺はどうやら色や歪みを察知する能力を身に着けているということなのだから、悪意に繋がる黒い気配だけじゃなくて、別の色も見えて然るべきだ。魔法が発動するときに魔法陣がその効果によって様々な色に光り輝くように、穏やかな気配には暖色系の、凜とした気配には寒色系のオーラが見えてもいいのじゃないか。美桜が臭いによって干渉者を感じるように、俺にだってきっと何かが見えるはずだ。
 美桜は……、何色というのだろう。色彩には疎い。深めの青に深めの緑色を足して混ぜたような、複雑な色を纏っているように見える。そこに白が混じってマーブルになり、完全に溶け合うことのないそれが、美桜の周囲に広がって教室の端々にまで伸びている。
 残念なことに、これが自分の目を通して見えている光景なのか、それとも脳内で勝手に作り出してしまったものなのか、俺に判断する術はない。
 昏睡から目覚めた後、俺の目には世界が歪んで見えた。様々な色が混じり合って本当の色なのか錯覚なのかもわからず、頭痛に悩まされた。
 今見えているこれも――、彼女の放つ力が見えているのかどうか。
「来澄、教科書の125P下から2行目読んで」
 日本史の男性教諭の声で目が覚めた。
「あ、あ、はい」
 目をしばたかせて慌てて立ち上がり、教科書をめくる。
 授業中に何かやろうとするのは、やはりハードルが高い。
 せめてもう少し心に余裕のありそうな授業のときじゃないと難しいか。俺は指されたところを読み終えて、ゆっくりと息を吐きながら席に着いた。


     □━□━□━□━□━□━□━□


「何か、変なことしてるでしょう」
 授業が終わるなり、美桜は椅子を後ろに向けて座った。
 白いマスクの上で青みがかった瞳が意地悪そうに睨んでいる。
「べ、別に。やましいことは」
「嘘ね。何を探っていたの。臭いといいさっきの授業中といい、あなた絶対何か私に重大な隠し事をしているわね」
「してないって」
 美桜が交際宣言をしてからひと月以上経つが、休んでいる間に噂も落ち着いたのか、教室で二人喋っていても、コレと言って変な反応をされることも少なくなっていた。お互いあまり人付き合いが上手い方ではないので、同性の友人も少なく……というか、ゼロに近く、授業の合間の休み時間にも便所以外殆ど行き先もない。喋っている内容は殆ど“向こう”の、レグルノーラの話ばかりだが、それが端から見てどう捉えられているかなど、あまり気にしなくなってきていた。
 美桜に詰め寄られ困った顔をしていると、遠くで芝山が眼鏡の端をクイクイさせてこちらを見ている。どうやら言いたいことがあるらしい。
「あー……ちょっと、ゴメン。また後で」
 適当に誤魔化し、芝山の目線の合図に従って教室の外へ。昨日の今日で変な噂を立てられても困るぞとこちらも目で合図を送って、渋々付いていく。
 廊下の隅、あまり人気の無い一角で、芝山はキョロキョロと周囲を覗った。
「あのさ。昨日言ってた二次……の話、やってみたか」
「ああ」
 全く成果は出ていないけど。とりあえずうなずく。
「一人、わかった。女子」
「マジか」
「ああ、多分だけどな。次の授業、現国。飛べよ?」
「飛ぶけど。誰だよ、その女子って」
「ま、いいから。美桜の力に乗っかって飛ぶ時に、チラッと周囲を見渡してみろ。やはりあの方法で間違ってはいなかった」

「――どの方法が、間違っていなかったの?」

 背中に電気が走った。
 み、美桜だ。
 せっかくのコソコソ話を、全部聞かれてしまった。
「芝山君……、あなた、来澄君のこと敵対視してたんじゃなかったの。私と彼が付き合っていることを、あんなに否定して。なのに、どうしてかしら。今朝、妙な噂を耳にしたのよね。昨日、あなたたち二人が抱き合っていたとか……? 私が寝込んでいた間、彼をたぶらかしていたってこと? そういう趣味だったってわけ?」
 血の気が……引いた。ものすごい勢いで引いた。
 恐る恐る芝山の顔を見ると、頭のてっぺんまで真っ赤になって、否定すればいいのに何も答えられずにうろたえている。
 そういや、芝山は美桜のことがかなり好きらしかった。ただ、彼女の本質までは知らないわけで、言葉を詰まらしているのかもしれない。
「……の、話を。来澄とは、そういう関係だ」
 ボソリ、芝山が言う。
「え? 何? 聞こえないわ」
 美桜は腕組みをして、マスク越しに芝山を睨み付けている。
 芝山はキノコ頭を揺らして、下唇をギュッと噛み、俺の方に何らかの合図を送った。それがどういう意味か、俺は彼の口からその言葉が出るまでさっぱりわからなかった。

「“レグルノーラ”の話をしてたんだ。“干渉者”の話を。ボクもその一人だから」
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