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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【14】美桜の居ない日

55/125

55.キャンプ

 白い雲に覆われた空は、次第に暗くなった。日が落ち、空は赤やオレンジに黒を足したような色で染まっていく。
 竜は雲の下を悠々と飛んでいった。
 高いところは得意ではないけれど、ジークの運転でエアバイクに乗ったときよりもずっと安心していられたのは、首長の竜の背が案外心地よかったからかもしれない。広い背中にしっかりとくくりつけられた鞍に、ウィルと二人で跨がった。複数人乗っても大丈夫なように鞍は元から大きめで、しっかりと掴まるための金具まで用意してあった。ウィルによると、戦闘時だけではなく、緊急事態時の人命救助でも竜を使うらしい。
 どうやら、レグルノーラでの竜というのは、俺が想像していたのとは全然違う位置づけのようだ。神聖なもの、不可侵なもの。賢く、意思を持つ、人間以上の存在。そういう神秘的なものっていう括りじゃなくて、人々の暮らしそのものに直結した存在らしいのだ。
 眼下には街並み。ディアナの住む塔から放射状に延びた道路や水路が蜘蛛の巣のように広がり、森の側ギリギリまで伸びていた。人が住めるのは、森に囲まれた部分だけ。森は野生の魔物の住処だと言うし、砂漠は見てきたとおり人が住む以前の問題だった。徐々に砂漠に侵食されていく森は、どんどん狭くなり、いずれ街さえ呑み込んでしまいそうな勢いだという。時空嵐が森を削っているのだと、これは身をもって体験したからよくわかる。
 キャンプはその森の中に張られている。魔物避けの巨大な結界と、多数の武器、そして能力者。それらが、街から逃れた大勢の人を必死に守っているらしい。
 この地独特の生温い風も、竜の背では少し、気持ちが良かった。
 ウィルは竜を操りながら、様々に俺のことを聞いてきた。どうやってレグルノーラに来ることになったのか、美桜とはどんな関係なのか、戦いには慣れたか、どんな魔法が得意なのか。とりとめない会話だったが、自分の中で情報を整理するいい機会にもなった。話し下手な俺と違って、ウィルは俺を飽きさせないよう、ずっと気を遣って話を続けてくれた。それが、なんというか、言葉に表せないほど、ありがたかった。
 日が落ち、すっかりと辺りが暗くなった頃に、ようやくキャンプのある森の入り口へと辿り着く。複数の松明で囲われた草地は、竜の発着場。そこにゆっくり着地して背を降りると、竜はキャンプのスタッフに手綱を引かれて、えさ場へと歩いて行った。
「夜になってきたけど、時間は大丈夫?」
 ウィルが言う。
「あ、大丈夫です。まだもう少しなら、居続けられると思います」
 干渉者には時間制限があるってことを、彼は知っているようだ。滞在時間の長さは能力の大小の問題だけじゃなくて、集中力や体調にもよる。時間が来れば肝心なところで“向こう”に戻ってしまうとあって、そういう質問をしてきたんじゃないだろうか。
「僕自身キャンプに来るのは久しぶりだから、ちょっと挨拶して回らなくちゃならない。君はどうする?」
「そう、ですねぇ……。俺なりにあちこち歩いてみます」
 これ以上手間をかけさせるのも悪いし、できれば目的の人物に早めに出会ってしまいたい。それこそ、時間がなくなってしまえば、振り出しだ。
 ウィルにありがとうと礼を言って、それから俺は、ゆっくりと周囲を見渡した。
 木々に囲まれたキャンプ内には、松明があちらこちらに見受けられる。発電機でも持ってきて電気を付けてしまえばいいのになんて思ってしまうけど、森は魔物の住処だと言うし、もしかしたら獣除けも兼ねているのかもしれない。
 厚手の幌で囲われた四角や三角のテントが小さな街を形作っていて、中から漏れた光が淡く生地から透けて見えた。人影が揺れ動き、食べ物の匂いが立ちこめ、それから楽しそうに会話する人々の声があちこちから響いている。テントは簡易的すぎて、ここで長い間暮らすというのはどう考えても難しそうだ。レグルノーラに季節という概念があるのかどうかもわからないが、寒い季節、雨の季節なんかが来たら、きっと暮らしてはいけないだろう。
 テントが五つほど集まって一つの塊を作り、それがいくつも点在して街を作っている。通路の角に武装した市民部隊の兵士が立って周囲に目を光らせ、夜のとばりが降りたキャンプを守っていた。
「こんばんは。あの……」
 恐る恐る声をかけると、
「さっきの竜で連れてこられた人? キャンプの受付ならこの奥。大きなテントがあるから、中へどうぞ」
 どうやら街から逃れてきた避難民だと思われたらしく、兵士の男が優しく案内してくれた。ホントは違うんだけどなんて、そんな反論はする気もない。俺は深々と頭を下げて、彼の案内した場所へ向かった。
 夜になり、すっかり外は冷え込んできた。薄い市民服の生地じゃ身震いがする。両手で腕をさすり、肩をすぼめながら歩いた。何か暖かいジャケットでも……と考え、ふと思いついたのが某衣料品メーカーのダウンジャケットで、あれ案外暖かいんだよな、薄いけどと手触りを想像すると、不意に身体が温かくなる。気が付くと黒い腰までのダウンジャケットを羽織っていて、“イメージの具現化”が以前よりずっとスムーズに行えるようになっていることに驚いた。一応“能力”は“覚醒”しているわけで、それを使いこなせなきゃ意味がないと砂漠に放り投げられたあれは、やはり何かしら効果があったんだ。そう考えると、苦手だがディアナには感謝すべきなんだろう。
 空は相変わらず真っ黒で、星なんて見えそうにない。ぼんやりと闇に浮かぶ木々のシルエットは不気味で寒々しさを増長させる。夜行性の鳥の鳴き声に混じって、野生動物なのか魔物なのか、遠吠えも聞こえてくる。
 過去の世界に飛んだとき、幾晩か森の小屋で過ごしたけれど、そのときは全然気づきもしなかった薄気味悪い雰囲気が、森の奥に広がっている。そう考えると、やっぱりウィルと一緒に動けば良かったかなと後悔し始めてしまう。が、今更そんなこと言ったところで彼の居場所さえわからない。仕方なしに案内されたテントへ向かうしかないのだ。
 しばらく歩いて行くと兵士が言ったとおり、大きめのテントが目に入った。間口を大きく開けたテントの中にはテーブルやら椅子やらが並んでいるのが見える。入り口の両隣にやはり兵士が銃を持って立っており、俺の姿を見るなり一斉にこちらを向いた。兵士は中に向かって何か合図を出す。すると中から女性が一人、やってきて、
「新規の避難民の方ですか」と叫んでくる。
「いいえ。少し、聞きたいことがあって」
 思っていた答えと違ったからか、女性は少し戸惑ったような動きをして、「どうぞ中へ」と手で合図した。
 入り口の兵士は厳つい顔で上から下までジロジロと俺を眺めてきたが、丸腰なのを確認すると通って良しとあごを動かした。俺はまたそこでもぺこりと頭を下げ、テントの中へと入っていく。
 教室よりも少し広いくらいのテント内はパテーションでいくつかに区切ってあった。手前は集会所のようになっていて、会議用なのか大きめのテーブルと、沢山の椅子が几帳面に並んでいる。奥に進むといよいよ受付のような場所に出て、俺はそこでで足止めされた。
 長いテーブルと椅子が数脚、後ろには小さめの棚がいくつも積み木のように重なっていて、テーブルの上には書類やタブレット端末のようなものが無造作に置かれている。こんばんわと挨拶する若い男女は、ここの係員のようだ。
「もしかして“表”の人?」
 案内した女性が、俺の顔をまじまじと見つめながら恐る恐る尋ねてきた。
「そう、ですけど。何か」
「あー……やっぱり。その変なモコモコ服、見たことないなと思って」
 どうやらダウンジャケットに違和感があったらしい。受付の二人も顔を見合わせてうなずき合っている辺り、この格好は目立つ、奇異なものに映るということなのだろうか。美桜や芝山と違って、完全に“こっち”に馴染むのはまだまだ先のようだ。
「“干渉者”って変わってる人が多いから、もしかしたら“こっち”の“干渉者”って可能性もあるかなって思ったんだけど、それにしてはなんだか妙に浮いてるなって」
 女性が言うと、受付の二人もうんうんとうなずきながら苦笑いする。なんとも微妙な雰囲気だ。
「ところで……聞きたいことって」
「あ……、はい。知り合いに聞いたんですけど、このキャンプに俺のことを探してる人が居るらしくて。俺の名前、“凌”って言うんですが、背の高い男性が俺の知り合いに『知らないか』って尋ねてきたそうなんです。わかりますか? 上から下まで真っ黒い服を着た、切れ長の目をした華奢な男性……。名前は確か“キース”……」
「――“キース”ね!」
 パンと、俺の隣で女性が手を叩いた。
「いるいる。ちょっと前に合流した“干渉者”なんだけど、多分彼だと思うわ」
 え……? “干渉者”……?
 竜じゃなくて“干渉者”として潜り込んでいたのか?
「で、今彼はどこに?」
「あー……、ちょっと待ってください。確か今晩は能力者たちの会合が開かれてるはずだから、そっちのテントに……。あった。この地図の……、わかりますか。ここから左に出て、2ブロックほど進んだ後、右に曲がれば大きめのテントがあるので、そこで。ちょっとしたパブが営業してて、その中で会合しているので、行けばわかると思いますよ」
 受付係の男性が手元の地図を広げて教えてくれる。
「『人を探してる』ことはいろんな人に話してたし、『いずれ自分を訪ねてくる人が居たら教えて欲しい』って言って回ってたから。名前までは知らなかったけど、それがあなたなのね。見つかって良かった。早く会いに行ったら?」
 何も知らぬ受付の女性も、にこやかに笑って言う。
「あ……りがとう、ございます」
 煮えきれぬ思いで深々と頭を下げ、俺は足早にテントを出た。
 なんだ。なんだってんだ。
 ほんの少し顔を合わせただけ、まともに会話なんてしなかったはずなのに、彼は俺のことをしっかり覚えている? そんなこと、あり得るのか。
 何が彼の琴線に触れたのか、俺にはてんで見当が付かない。
 彼に会って実際話してみるまでは、本当に彼があのときの……“かの竜の化身”であるかさえわからないのに、俺の心臓はバクバクと激しく鳴っていた。
 案内されたとおり道を辿ると、グラスのマークが入った看板を出す、大きめのテントが目に入った。他のテントよりも沢山光が漏れていて、大勢の話し声と音楽が外まで響いていた。未成年お断りの店のようだが、そんなのはどうでもいい。今は中に入って、真相を確かめるのみ。
 幌を潜り、店内に入る。外で感じたのよりもっと強い食べ物の匂いがテント中に充満していて、俺のお腹は一気にグウと鳴った。料理から出る湯気や煙で、店内はもやがかっていた。小さなテーブルがいくつか。それからカウンター席。あっちでもこっちでも屈強な男たちが背中を丸めて、ワイワイと喋りながら旨そうに酒を飲んでいる。
 キョロキョロ辺りを見まわしていると、エプロン姿のウエイトレスが一人、トレイ片手に近づいて俺をギッと睨み付けた。
「見たところ、まだお酒の飲める年齢じゃないみたいだけど? 何の用?」
 当然の反応だ。
「いや、飲みに来たわけじゃなくて。人捜しです。ここで会合してるって聞いて。呼んで貰えますか……“キース”って人。この中にいると思うんですけど」
 何か思うところでもあるのか、ウエイトレスは益々俺のことを睨み付け、首を傾げた上で、仕方ないなとばかりに振り返って大声を出した。
「キース! こっち! 何か、用があるみたいよ!」
 何ともぶっきらぼうな呼び方だ。キースはここの常連なのか。
 ガヤガヤとうるさい店内では直接本人に声が届かないらしく、伝言ゲームの要領で客から客へ用件が伝わり、ようやくそれらしき人物が反応した。自分かと相手に尋ね、相手はお前だ早く行けとジェスチャーし、そうして立ち上がった男は、確かに上から下まで黒一色で、明らかなる糸目だった。
 記憶にある“かの竜の化身”とは雰囲気が随分違う。張り詰めた糸か、はたまた薄氷の上か、そんなトゲトゲしい空気は一切ない。人なつっこい、優しそうな男だ。
「キース、ここは未成年お断りだから、話は外でお願いよ」
 勝ち気なウエイトレスに念を押されると、キースはわかってるよとウインクし、肩を叩く。それからこっちを見て、
「何の用? 君……どこかで会った?」
 覚えていないのか、しらばっくれているのか。
 とりあえず、彼が俺の予想した人物なのか、確かめる必要がある。
「俺、“凌”です。わかりますか? あなたがずっと探していた“干渉者”。あの日……、美幸さんの最期の日以来、ですよね」
 ――キースの表情が急に変わった。
 細い目を目一杯開いてギョロリと俺を睨み付ける。ビクッと俺が肩を震わしたのを見ると、今度はニヤリと不敵に笑って、
「外、行こうか」
 キースは俺の両肩を、軽く叩いた。
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