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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【14】美桜の居ない日

51/125

51.難題

「公序良俗に反する行為は見過ごせませんよ。来澄君……!」
 と、あちこちではやし立てられる。辛い。
 それもこれも、芝山のヤツが興奮しすぎたせいだ。
 久々に学校に来て、やっと落ち着いたと思ったところだったのに。新たな問題が発生した。
「あれ、来澄って、そっち系だった?」
 峰岸始め、クラスメイトが騒ぎ立てるのを、うるさいと一蹴したいところだが、苦笑いでやり過ごす。ただでさえ自信のない顔が相当に歪んでいたことは想像に難くない。女子共のヒソヒソ声もやたら聞こえてきて、逃げたい気持ちでいっぱいだった。
 当の芝山はというと、何かおかしなことでも起こりましたかねと言わんばかりに、いつも通りすました顔で机に向かっている。あの神経の図太さは見習いたい。眼鏡をクイクイあげる仕草をしながら、授業中、変なアイコンタクトを送ってくるが、俺には意味が分からない。これ以上の妙な動作は、それこそ周囲の誤解を生むだろうに、ヤツはそういう方向への想像力が欠如しているようだ。
 休み時間になると女子共が芝山の前に集まって、
「ね、二人の関係はいつから? ねぇ、いつから?」と好奇の目で聞いていた。芝山は流石に顔を真っ赤にして、
「来澄君とはそういう関係ではありません。もっと深い関係ですから」などと、更に誤解を生む発言をした。これがマズかった。
 キャーキャーと奇声を上げる女子共は、奇っ怪な集団と化して、どっちが攻めだの受けだの、やっぱり来澄君が攻めでしょ顔的に、だとか、いやいや、ここで芝山君が攻めだった方が萌えない? だとか、意味の分からないセリフを俺たちにも聞こえるように連呼してくる。他に考えることはないのかというくらいクラスの話題はそのことばっかりで、俺はただ、美桜が休みで良かったと胸を撫で下ろした。
 彼女がその場にいたら、怒り狂うどころの話ではなかっただろう。人気の無い場所に呼び出された挙げ句、言いたいことは向こうでとレグルノーラに連れて行かれて、その後バシバシと言葉の猛撃に遭い、更にこれでもかと攻撃を浴びせられていたかもしれない。いや、逆にアレか。変態と罵られ、近づかないでと冷たくあしらわれていた可能性もある。
 この妙な雰囲気で盛り上がっているのも、もしかしたら美桜が居ないからかもしれない。彼女が居たら、馬鹿じゃないのと場を白けさせてしまっていただろうから。
 授業中もやたらとあちこちからの視線が気になり、ノートを取りながらチラチラその方向を確認してしまった。男子は特にコレと言って普段と変わらない感じだったが、女子は酷かった。ヒソヒソ隣同士でメモをやりとりしながらこっち見てニヤニヤしているのが数組。こっちを見ては肩を震わせた女子が数人。何を想像しているのか知らないが、何故に女という生き物は変な方向にイメージを膨らませるのだろう。昨日黒い気配を発していた様に見えたあの須川怜依奈さえ、口元を緩ませて俺の方を見ていた。それほど、衝撃的な出来事だったということなのだろうか。


     □━□━□━□━□━□━□━□


「本当にゴメン」
 昼休み、便所で芝山が俺を呼び止めた。
「いいよもう。そんなの」
 手を拭いて教室に戻ろうとする俺に、面目なさそうな顔を向けてくる。
「でも、同じ“仲間”として、今後も頼む……! お願い……!」
 偶々、他には誰も居なくて丁度いいとでも思ったのだろうか。それとも、女子の目に付くところで喋れば、また妙な噂の種になるとでも思ったのだろうか。
 芝山は両手を合わせて深々と頭を下げた。
「いいって言ってるだろ。面倒くさい。で、授業中行ってみたのかよ。“あっち”に」
「まぁね。もしかしたら、来澄の方が相性いいのかもしれない。ストレスレスで飛べる」
 ニヤッと口角を上げる芝山。同じ動作でも、(おさ)のときとどうしてこんなに印象が違うのだろうかと思ってしまうほど、締まりない。
「そういう来澄は行かないのかよ」
「今はそういう気分になれない。気が散って、飛ぶどころの話じゃないんだよ。誰かさんのせいで」
「ああ……、悪い。本当に悪い」
 そこまで言うと、芝山は便所に誰も居ないことをわざとらしく確認し、耳を貸せと俺の肩を叩いてきた。
「砂漠に、飛べそうか」
「ハァ? また戻れなくなったらどうすんだ。止めてくれよ」
「別に砂漠でなくてもどこでもいい。要は、“向こう”で少し、話がしたい。“向こう”がダメなら、“こっち”でも構わない。二人で、“向こう”の話ができる時間を取って貰えないか」
「それ……、急ぎ?」
「急ぎ。“向こう”と“こっち”じゃ時間の流れが違うからな。早いに越したことはないと思うけど」
 眼鏡を光らせる芝山の勢いに圧倒される。
「わ……、わかったよ。放課後、時間とってやるよ」
「ありがとう。じゃ、後で」
 芝山が嬉しそうに去って行く。
 ぼっち飯も終わったし、便所も終わったし、後は次の授業まで人目を避けて過ごそうか。男はともかく、女子共のあの妙な熱狂ぶりは頭が痛い。
 幸いなのは悪意が感じられないこと。澱んでいた空気が少し晴れたというか、なんだろう、つまらないことかもしれないけど、彼女らは状況を楽しんでいるだけで、誰かを極端に傷つけようだとか、貶めてやろうだとか、そういう感情で俺と芝山を見ているわけではないらしいということだけだ。ちょっと前までは『来澄君、気持ち悪い』『話しかけにくいよね』的な話しか聞かなかったことを考えると、芝山との件でちょっとだけ、周囲との距離が縮まったような。これは不幸中の幸いなのだろうか。
 中庭にでも行こうかと、夏のギンギンした日差しを感じながら廊下を歩いていた。小さな噴水を囲うようにして、様々な背丈の木々が生い茂っている中庭は、人気(ひとけ)のない穴場スポットだ。各階の廊下や教室から見渡すこともできるが、木陰の下は死角になっていて、人目に付きにくいのだ。花壇の植物や、飛んでくる虫たちにも心癒やされる。俺には今、癒やしが必要なんじゃないか。そんなことを考えながら、下足に履き替えて中庭へ向かった。
 昼休みも折り返しを過ぎていた。弁当を食べ終えて帰り始める何人かとすれ違いながら、奥へ奥へと進んでいく。
 どこで休もうか。どうせなら転がれるところか、ゆっくりスマホをいじれるベンチなんかが空いてると助かるんだが。
 キョロキョロと辺りを見まわし、やっとその場所を見つける。桜の近くに一つ、誰も座っていないベンチがあった。丁度よく向かいの教室の窓にはカーテンがしてあって、俺一人でゆっくりと時間を過ごせそうだった。
 ゆっくりと腰を下ろし、ズボンのポケットからスマホを取り出して、昼休み終わるまでここで過ごそうとベンチの背に身体をゆだねたとき。
 土を踏む音が一際大きく耳に入った。
「無事に戻ったんだね」
 茶髪の男が立っていた。背が高く、ヒョロリとした彼は、口角を上げて俺のことを見下ろした。目尻の下がった優顔は、ポケットに手を突っ込んで、
「あのあと、なかなか会うこともできなくて、どうしたのか気になってた。大体のことは聞いたんだけど、やっぱり直接会って、情報を共有したいと思ってさ」
 親しげに話しかけてくる。
 誰だ。
 俺は手に取ったばかりのスマホをポケットに戻し、男を睨み付けた。
 何の話をしてる。預けていた身体を起こす俺に、男は「わからない?」と両手を出して、早く気付けと妙な合図を送ってくる。
「ここ、“ゲート”の一つだよ。うちのサーバールームと繋がってる。ここを経由して、毎日通学してるってわけ」
「“ゲート”……、“サーバールーム”……って。まさか」
「まさか?」
「ジーク……、なのか?」
「当たり。ここじゃ、陣郁馬って名前だけど。2-Aの。俺のこと、知らない?」
 じん、いくま。じ……いく。なるほど、捻りがないって、美桜が笑ったのを思い出した。
 顔は悪くないし、ファッションとか、インテリアとか、そういうのには凄く気を遣ってセンスもいいのに、ネーミングだけは残念だったわけか。
「絡まないヤツのことはあんまりわからないからなぁ。それより、ホントに、ジークなのか……? 証拠は……?」
 眉をひそめる俺に対し、陣郁馬と名乗った男は、
「何を見せたら信じる? 魔法?」
 言いながらベンチの隣に無理やり腰掛け、不敵に笑う。
「魔法って……。“こっち”でそんなもの、使えるのかよ。物理法則もへったくれもない“あっち”とは違うんだぜ」
「凌ならそういうと思ってた。ちょっと待って。姿戻すから」
 周囲に誰も居ないか念のため確認すると、陣はパチンと指を鳴らした。その音に驚き、まばたきすると、隣にいた男の姿が変わっている。ジークだ。紛れもない、あの優男。高い鼻も、彫りの深い顔も、そしてあの、ブルーの瞳も。格好だけは制服のままだけれど、レグルノーラで世話になったジークが、確かにそこに居たのだ。
「信じた?」
 ニカッと、笑いかけるジークに、俺はただ何も言えず、頷くだけ。
 秘密裏にウチの学校に通って情報収集してるっては聞いてたけど、なかなか接触しようとしなかったジークが、何故突然、俺の前に現れたのか。しかも、このタイミング。美桜が休みの日を狙ったのか。
「察しの通り、美桜が居ない方が何かと都合良かったんだ。前も言ったろ。美桜じゃなくて、僕たちと行動を共にしてくれないかって。その返事を聞きたい」
 ああ、そういえば、そんな話をされた。あれは、レグルノーラのカフェだったか。無理やり呼び出されて、そういう話になって、その後ディアナと会ったんだ。そして、ディアナにも同じような警告をされた。趣旨は、少しばかり違ったけれど。
「直ぐに返事は、難しい。美桜のことを守るって約束したんだ。それを、反故にすることなんてできない。勿論、できるだけ協力はしようと思うけど、美桜のことは美桜のことで、何とか守ってやりたいし。そこは……、悪いけど、譲れないよ」
「そうか……。残念だな。ディアナ様の話じゃ、能力も解放されて、人が変わったかのように急成長したって聞いたもんだからさ。期待、してたんだけど」
「そりゃ、どうも」
 確かに力は付いたかもしれない。が、だからといって、俺と美桜の関係が変わったわけでもないし。むしろ、美桜の母、美幸の死に際の一言が、思いっきり尾を引いてしまっている。あんな風に頼まれて、男として、嫌ですだとか困りますだとか、そんな言い訳したくもない。
「凌は知らないと思うけど、君が入院している間、かなり大変だったんだよ、こっちは。久しぶりに登校して、何か感じなかった?」
「何かって、つまり」
「不穏な空気を、君は感じなかったのか」
 不穏、と聞いて、真っ先に教室で見た黒いもやのことを思い出した。ねっとりした黒い気配が教室に充満していたのだ。
「感じたんだろ、やっぱり。まだ干渉者にしか見えない程度だけど、相当強い悪意が渦巻いている。これが重なれば、いつか“ダークアイ”のように、誰にでも見ることのできるモンスターに姿を変えてしまうかもしれない。これがどういうことか、君には簡単に想像できるはずだけど」
 ジークは俺の顔色をうかがうようにして、じっと覗き込んできた。吸い込まれそうな青い瞳は、俺に覚悟を問いただしてくる。
「そうならないためにも、何かして欲しいとか、そういうこと?」
「話が早い。僕は僕なりにこっちで動き回ってはみるけどね、限界がある。そこをカバーして貰えたら、一番ありがたいわけだ」
「なるほど。でも俺、こっちでも結構美桜に拘束されるぜ。その上で動き回れる範囲でしか協力は難しい。それは、わかってくれる?」
「ハハッ。そりゃ勿論。美桜が凌に相当入れ込んでるのはこっちも知ってるから。で、お願いしたいのは、“二次干渉者の抽出”。特に美桜の影響が強い君のクラスには、何人か美桜の影響を受けた二次干渉者がいるらしい。そこまでは突き止めたんだけど、そこから先は、なかなか踏み込めなくて。もし彼らの中に、悪意を持ってレグルノーラに干渉している人が居るならば、“悪魔”の原因の一つになってしまっているかもしれない。ま、可能性の一つだけど」
 芝山も言っていた。美桜に引き込まれるようにして、レグルノーラへと飛んでしまったのだと。そして、同じ方法で二つの世界を行き来する人間は他にもいるのだと。
「なかなか難易度の高いことを求めるよな」
 口が思わず引きつった。
 だが、実際のところ、向こうは大変なことになっているわけで、わらにもすがる思いでいろいろと探っているんだろうし。今のところ、断る理由はどこにもない。
「見つけたら連絡して」
「連絡?」
 ジークはポケットからスマホを取り出し、持ってるだろと目で合図した。
 そりゃ持っているけども。よりによって、これかよ。異世界感まるでない。
 連絡先を交換すると、ジークは満足そうに頬を緩めた。
「便利だよね、これ。“向こう”じゃこういうの発達してないから。面白い」
「夏休みまであと少ししかないし、探るには限界があると思うぜ」
「――そこを、上手くやるのが、“能力”を“解放”した凌の腕の見せ所、じゃないか」
 無責任な発言に、口をあんぐりさせてしまった。
「大丈夫、できるって」
 根拠もなくジークは言い、ポンポンと背中を強く叩いた。
「さて戻るか。昼休みも終わるし」
 言って立ち上がると、彼はもう、陣郁馬の姿に戻っていて、緩く流した茶髪を掻きむしり、ひとつ、あくびをした。
「頼んだからな」
 言い残して去って行く陣の背中を見ながら、面倒なことになったなと俺は一人、ため息を吐いた。
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