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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【13】悲劇

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47.炎

 俺の体力が奪われていくのを、ヤツらは面白がっている。
 そんなことはよくわかっていた。
 ここより先の未来からやってきて、なんら問題が解決していないこともちゃんと理解してる。だけど、だからといって、目の前で悩み、苦しむ人が居るのを見捨てるなんて、できない。
 五人衆の連中は隙なく攻撃をしかけてきた。各々連携し、互いの利点をわかり合って。
 最初から勝ち目のない戦いを挑んでしまった。それでも後悔はしていない。何もせず、傍観しているくらいなら、ボロボロになって抵抗した方が幾分かマシだ。
 足を生やした巨木が枝を伸ばし、幹をくねらせて襲いかかってくるのをかわしながら、俺はそうやって、行為の正当性を自分自身に言い聞かせた。
 タイラーの氷攻撃で傷付いた箇所がヒリヒリ痛む。血が出ていく感覚。防具のことを考えてはみたものの、上手くイメージが浮かばず、グローブ止まり。触れたことのないものを頭で映像化するのは苦手だ。実際見て覚えるならともかく、センスのない俺の頭で防具をデザインし、具現化するのはハードルが高すぎる。
 持っていた槍を振り回し、必死に抵抗するが、木の化け物にはさっぱり通用しない。枝先を掠め、葉を落としたところで、本体には傷が付かないのだ。しかもそれが何体も。これじゃ、五人衆をやっつけるどころか、この場でくたばってしまいそうだ。
 武器を、変えるしかない。
 あの太い幹をたたっ切るには何がいい。木ならば……斧か。デカい斧。俺に、振り回せるか。――そんなの、心配してる場合じゃない。振り回すしか、ないんだ。
 槍を放り投げ、斧をイメージする。
 ついでにゴブリンみたいな防具をイメージすれば、具現化できるか? 
 追いつけ、俺の想像力。
 手には大きな斧。腕に装甲、頭には鉄兜、それから身体には鉄の鎧――、足には太めのブーツを履いて。格好悪いが、ゲーム画面で見慣れたそれなら、少しはイメージできる。重くて、動きづらいはずだ。重心が低くなって、それで斧を遠心力使って振り回すはず。
 と、木の化け物が、俺の胴体めがけ、水平に枝を振ってきた。太い枝が迫る。
 来い、来い、大きな、斧!
 両手の中に、ズッシリと、今まで感じたことのない重みを感じる。よし、来た。斧だ。コイツを迫りくる枝に押し……当てる。
 バギッと激しい音を立て、枝が折れた。これなら。
 身体もズシンと重くなる。防具が、来た。デザインはどうしようもないくらいダサいが、とりあえずこれで。
 削られていく体力、重くなった足を、前へ、前へ、運んでいく。
「うりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
 斧なら、ダメージが入る。幹に斜めに切りかかると、そこからバギッとひび割れて、化け物は次々にバランスを崩していく。ここに、魔法を掛け合わせれば。
 木には火だ。炎の魔法を斧に宿す。持ち手から刃先へ、魔法陣をスライドさせ、斧に炎を纏わせた。
 振り回した斧が幹に当たり、炎が木に引火する。一体、一体、なぎ倒す。
 倒されて尚、木の化け物たちは起き上がり突っ込んできた。火の付いた枝を何度も叩き付けられたが、ようやく装備した防具に守られ、致命傷は避けた。
 炎が激しくなると、ヤツらは動きを弱める。折り重なるように草地に転げ、終いにはただの丸太に姿を変えていく。
 そうやって、全ての化け物に火が付き、攻撃の手が弱まったところで、俺はふと、すっかり自分が五人衆の罠にはまったことに気が付いた。ヤツらは俺の相手を木の化け物たちにまかせ、蔓の籠の前に集まって、何かを始めていたのだ。
 う……、迂闊だった……!
 目の前の敵を倒すことばかりに夢中で、術者がそこに居なくなったことに全く気が付かなかった。
 俺は重い斧を放り投げ、美幸たちが捕らえられている籠へと急いだ。
 ちっくしょう、鎧が重い。上手く走れない。兜も途中で投げ捨て、必死に駆ける。
 サイモンを中心にして、彼らは籠を取り囲んでいた。蔓の一部が鋭利な刃物で切り取られたように開いている。美幸が、籠の外に。小さな美桜は、籠の中で蔓に縛り付けられ、身動きを取れなくされている。気を失っているのか、項垂れ、声もない。テラと黒竜の子も、やはり籠の中で蔓を絡められ、自由を奪われている。
「何を、する気だぁッ……!」
 真ん前まで突っ込もうとするも、刀傷からは血がだくだくと流れていたが、ものともせず立ちふさがるバド。上半身服をはぎ取って、隆々とした筋骨があらわになっている。

「邪魔するな。これから、禁忌の子を焼くのだ」

 な……、何を言ってるんだ。
 美桜を、焼く?
 生きて……、生きているのに?
「やめ……っ、止めろ! 子供だぞ? 4歳の、小さな子供の何に怯えてるんだ。いい加減にしろ」
 バドに体当たりしたが、更に強い力で押し返され、転がされる。それでも立ち上がり、何度も何度も突っ込んだ。
 何を考えてるんだ、コイツら。
 何を守ろうとしているんだ。
 目の前の小さな非力な女の子を、何故焼き殺そうだなんて思うんだ。
「美桜ぉぉぉぉ――!! 目を覚ませ! 覚ませよ! お前が、この世界を救うんだろ?」
 だらんと下がった小さな頭は、ピクリとも動かない。
「テラ! テラ、起きろ! 何気絶してんだ馬鹿!」
 黄色の竜も、身動き一つしない。
 美幸は? 美幸は何をしてるんだ。
 術に嵌まったのか、目を見開き、口を半開きにしたまま、地面に膝を付いて遠くを見ている。
 何だよ。何だよ、コレ。
「声をかけても無駄だ。強力な魔法をかけたのだから」
 タイラーが冷たく言い放つ。
「全ての元凶はこの女。かの竜と出会わなければ、こんなことにはならなかったのだ」
 止めなきゃ。
 どうにかして止めなきゃ。
 物理攻撃はもう無理だ。体力が持たない。
 魔法、なら。魔法なら何とかなるか。
 こんなとき、どんな魔法を打てばいい? 誰か。誰か教えてくれ。
 はじき飛ばしたらいいのか、それとも爆発させればいいのか。
 そんなことをしたら、美幸が巻き込まれる。じゃ、どうすれば。
 考えを必死に巡らせても、答えなんて出ない。
 何が“干渉者”だ。何が“能力の解放”だ。
 俺自身が自分の考えをしっかり持たなきゃ、何にも変わらないんだって、思い知らされただけじゃないか。
 バドに何度も転がされながら、俺は自分が涙を流しているのに気付いた。無力感、絶望感で、ガタガタと歯が震えた。
 蔓が、赤い光を帯び始める。五人衆のかけた魔法が発動する。
 チリチリとあちこちから火が付き、緑の籠が、徐々に赤い炎で染まっていく。
 消さなきゃ。早く、早く火を消さなきゃ。
 無駄かもしれないとわかっていながら、俺はバドに向かうのを止めて火の付いた籠に向かい、魔法陣を描いた。水色に輝く二重円の間に日本語で“大量の雨を降らせ、火を消せ”と書き込んでいく。
 水だ。水があれば。大量の雲で覆われた世界なんだ。その雲を集めて雨を降らせれば、火だって消えるかもしれない。そんな切なる願いを込めて。
 文字が全て埋まると、魔法陣から水色の大きな光が上空へ向かって飛び出していった。光は空で弾け、その場に黒い雨雲を作り出す。ボタボタと雨粒が落ち、身体が濡れていく。
 これで、これで炎は。
 徐々に勢いを増し、スコールのように降り注ぐ雨。
 しかし五人衆は姿勢を崩さず、ただ燃えていく籠の方ばかりを見つめている。
 消え……ない。消えてない。それどころか、炎は徐々に勢いを増していく。
「なんで……、なんで消えないんだよ」
 愕然とし、膝を地に付いた俺に、サイモンが言う。
「発想は良い。が、我々の魔法はそれを上回るのだ」
 こうなったら……、こうなったら自力で籠の中からあいつらを引っ張り出すしかない。都合良く、全身ずぶ濡れだ。炎の中に飛び込んでも、多少は持つはず。
 大きく息を吸い込んで、籠の中へ向かう。
 愚かだと五人衆が嘲笑するのを横目に、俺はただ、みんなを救いたくて。
 人ひとり分通るのがやっとの隙間、火が当たり、ひりっとするが、どうでもいい。外から手を伸ばし、まずは黒い竜の子を。しかし、籠の隙間はとても狭くて、竜の身体は通れそうにない。ここを、まず切らないと。
 さっきの斧だ。斧でたたっ切ればどうにかなるかもしれない。
 放り投げた斧を手の中にイメージする。そうすれば武器が戻ってくるって、誰が言ったんだっけ。美桜か。テラだったか。
 重みを思い出すと、ふと手の中に持ち手の感触。できた。やればできる。
 今度はその斧に、水系の魔法をかけてやれば。
 思いっきり高く掲げた斧に、振りながら魔法を宿し、蔓へ打ち当てる。ザグッと、蔓が切れていく感触。これを続ければ。
 炎がだんだん強くなっていくのが見える。籠の中で美桜と竜たちを縛り付けている蔓にも、火がつき始めた。
 マズい。時間がない。
 早く。
 早くしろ、俺。
 早くしないと、みんなが。
 一人焦って斧を振り回している間、背後では五人衆が改めて美幸を中心に置き、円陣を組んでいるのが見えた。
 そっちも……、そっちもかよ。
 ギリリと奥歯を鳴らすが、身体は一つ。どちらを、どちらを優先する。

「かの竜の居所を教えて貰おう」

 サイモンが言っているのが聞こえる。
 俺はそれを横目に、蔓の切れ目から穴を広げた。火の付いた蔓を掴むに、グローブは丁度いい。籠の中へ飛び込む。灼熱地獄だ。大きく息を吸い込めば、気管がやられてしまう。唇を噛みしめ、それぞれの位置を確認する。

「かの竜はどんな姿で迫り、どこへ飛び去ったのか。かの竜は何のためにお前と関係を持ったのか」

 斧を振り上げ、蔓を根元からたたっ切った。黒竜の分、それからテラの分、そして美桜の――。高い位置にある蔓は、斧では切れにくい。が、切るしかない。思いっきり高く斧を振り上げ、落とす。まずは右。蔓がブチッと切れると、美桜の身体が大きく傾く。それから左。ドサッとまだ火の付いていない草地に落ちる美桜。よし、これで。

「知らないとは言わせない。――ラース、やれ」

 入り口側にいた黒竜の子を、籠の中から引っ張り出す。美桜を運び出すにはまずコイツをどうにかしないと、入り口が塞がって進めそうにない。子供とはいえ、自分より大きな竜を引きずるには体力が要る。五人衆との戦いで、無駄に体力を浪費したことを悔いた。力がなくても、あるんだとイメージすればこの身体は動くのか。レスラー並みの体力で軽々と竜を運べるんだと思い込めば持てるのか。

「……術に嵌まったようだぞ、サイモン」
「よし。では再度聞く。かの竜はどんな姿をして、どこへ消えたか。何のために子を孕ませた」

 引きずっても引きずっても、黒竜の身体はなかなか籠の中から引きずり出せなかった。
 雨で濡れていて、持ちにくいのも原因の一つかもしれなかった。
 火が迫る。
 時間が、時間がない。

「彼は、黒い服に身を包んでいました。切れ長の目が印象的でした」

 炎の中の美桜と、五人衆に囲まれた美幸を交互に見る。
 これは、俺が招いたことなのか。それとも、決まっていた出来事なのか。
『とにかく、悲しいことが起こったのだ』と、テラは言った。悲しい、どころじゃない。そんな簡単な言葉で言い表せるようなことじゃない。

「彼は、私と関係を持つことは運命だと言いました。何も怖がることはない、二つの世界は繋がり、この曖昧な世界にいよいよ決着が付くのだと。関係を持った後、彼は白亜の竜に姿を変え、砂漠へ向かって飛んでいきました。砂漠の果て、世界の狭間で、すべてを見守るのだと言っていました」
「砂漠の果て、とは、森の向こうに広がる、この世界を囲う砂漠のことか」
「はい。それが、白亜の竜の住処なのだとも言いました」

 黒竜の体の下に自分の身体を潜らせて、担いだ。重いが、引きずるより少しだけ、楽だ。歩いて、歩いて、何とか全身を引きずり出し、息を吐く。次は、美桜。テラには悪いが、小さい方が先だ。
 再度雨に濡れ、大きく息を吸い込み、籠へ戻っていく。防具の隙間、布地の服は焼け焦げ、ボロボロだ。鉄の鎧自体も、変な熱を帯びて、重いし、熱い。だけれど、そんなことを言ってる場合じゃなくて。俺のことなんかより、美桜を。美桜を助けないと。

「砂漠の果て……か。まさか、禁断の地に身を潜めているとは」
「決着が付くということは、つまりこの世界を滅ぼそうと」
「だろうな。我々の手の及ばぬところで、なんと恐ろしいことを」

 幼い美桜を抱き上げる。煤で汚れた顔をそっと拭い、胸に耳を当てる。大丈夫、鼓動はある。息もある。
 俺自身、ズタボロだった。立ち上がるだけがやっと。
 でも、弱音なんか吐いていられない。助けないと。ここで、俺が助けないと。誰が。
 ゴオッと、大きく炎が揺れた。焼け焦げた蔓が、どんどん下に落ちてくる。
 逃げなきゃと、歩を進める。一歩一歩が、重い。足に、腰に、腕に、重しがかかって、思うように動けない。限界が、限界が近づいている。
 足元に落ちてくる蔓を避けながら進む。もう少し、もう少しで籠から抜け出せる。そう思ったところで、蔓で形成された大きな籠が、その形を失い始めた。見上げると、天井から、接合部の一番重いところが支えきれずに落ちてきて――。
 もうダメだ。目を瞑ったのと同時に、何かが覆い被さってきた。
『大丈夫だ。行け、凌』
 テラだ。
 目を覚ました凌が、落ちてくる蔓たちを背で受け止めていた。
 竜の表情など読めない。ただ、あちこち焼けただれた皮膚が、痛々しいのだけはよく分かる。
 俺は無言でうなずき、出口へ急いだ。
 あと少し、あと少しで。
「――何を、しているのかな」
 目の前を、ロッドとラースが塞ぐ。
「助けられては困るんだよ。禁忌の子が育てば、確実に世界が滅ぶ」
 蔑むように二人並んで、こちらを見ている。
「それは違う。何度も言ってるが、美桜は世界を救おうとするのであって、滅ぼそうとはしない。何が怖いんだよ。何に怯えてるんだよ。なぁ……!」
 ドンと、魔法ではじき飛ばされた。美桜と二人、籠の中に転がる。
 とりつく、島もない。
 美桜を抱え、再度外へ出ようと試みるも、まだやるかと二人はニヤニヤして魔法陣を構えてくる。
『限界だ、凌。早く』
 テラの声が頭に響く。
 わかってる。わかってるけど。
 話の一切通じないヤツに話をするなんて、無理だ。
 どうすれば突破できる。どうすれば。

 ――落雷が鳴り響いた。

 激しい稲光が直ぐそばに落ち、あまりの眩さに目をくらませた。
 ウワッと声を上げ、尻餅をつく。腕の中の小さな美桜をギュッと抱きしめる。

「とんでもないことをやらかしてくれたじゃないの」

 低い女の声。……ディアナ。
 目を開ける。声の方に顔を向けると、赤い服に赤い三角帽子、赤いマントを羽織ったディアナが、竜の背に乗って降りてくるところだった。
「あんたらのやり方は、とてもまともじゃない。私のやり方があんまりに優しかったから、嫌気が差したのかぃ。人間として超えてはいけない一線てのがあるはずだ。それすら、忘れてしまったようだね、五人衆の皆々様は」
 言いながらディアナが竜の背から降りると、空気が一変した。
 長い木の杖を持ち、その先っぽを五人衆の方へ向けたディアナは、怒りに打ち震えているように見えた。
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