挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【13】悲劇

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

44/134

44.決意

 竜というのは、どうやらただの獣ではないらしい。
 人と共に戦い、空を飛ぶだけじゃなく、必要とあらば人間に変化することもできるし、魔法だって使える万能生物のようだ。
 初めて会ったときにテラが言っていた。『“この世界”で竜は人間と同等、もしくはそれ以上の存在』であり、『“世界の狭間に最も近い生き物”』なのだと。
 世界の狭間というのが、“表”と“裏”の間という意味なのだとしたら、竜は二つの世界を自由に行き来できる存在なのか。はたまた、“人間”と“魔物”の間、そのどちらにも属さない特別な存在という意味なのか。
 どちらにせよ――1匹の好奇心旺盛な竜がいて、そいつが干渉者・芳野美幸に興味を持ち、子を産ませたと、ディアナはそう言った。二つの世界、二つの種族の間に生まれた決して歓迎されるべきではない子。それが、美桜。
 馬鹿らしい。
 いくらディアナの言葉だからって、簡単に信じられるはずはない。
 美桜が、竜の子? 馬鹿な。
 彼女はどこからどう見ても、普通の女子高生だ。そりゃ、男なら誰もがドキリとするくらいの美貌で、どこか浮き世離れしたような雰囲気を持ってはいるけども。父親は人間じゃない、しかも、レグルノーラにしか存在し得ない竜だなんて、そんな滑稽な話があるか。
「信じられないと、言いたげだな」
 ディアナは眉間にしわ寄せ、向かいのソファに座る俺の顔を覗き込んできた。
「そりゃ当然……。彼女のDNAでも調べたんですか? それとも、誰かが現場を目撃していたとか? 客観的事実がなけりゃ、そんな話、誰も信じませんよ」
「この世界でも医学はそれなりに発達してるからね。調べたよ。結果、美幸自身にも僅かながら変化があった。身体の組織に、竜にしか存在しない細胞がいくつか発見された。表面に出ないほど微細な量だったが、それこそが竜に犯された客観的な証になった。美桜も、同じように検査を受けた。やはり、美幸と同様、竜の細胞が身体の至る所にあった。ただ、見た目は全く人間と同じ。お前の言う遺伝子レベルで、彼女は人間と殆ど大差ない。美桜が竜との合いの子だなんて、情報が無けりゃ判断は難しいほどだ。だけどね、その生まれながらにして持ち得た魔力は、明らかに人間のそれじゃない。あの子はあんなにも幼いのに、大人と同じように魔法を使う。お前も干渉者なら、力の使い方に苦労しただろう。あの子はそれを、あの歳で平気でやってのけるのだよ」
 遺伝子とまで言われると、ぐうの音も出ない。
 俺を納得させるためにそんなことを言っただけなのかもしれないし、実際とんでもない数値が出ていたのかもしれないが、ディアナの言葉はザックリ胸に突き刺さった。
 隣で泣き崩れたままの美幸。その背を擦り、膝の上で解放し続けるテラ。そして、真実を受け入れろとばかりに向かいで凄むディアナ。
 広い応接間の中でも息苦しいのは、ディアナの吐き出す紫煙のせいじゃない。想定の斜め上からとんでもない事実を突きつけられた故の衝撃。
「つまり、美桜は半竜半人だと」
「恐らくは。未だに竜の姿になんて、なったことはないようだけどね。何らかのスイッチが入れば、変化してしまうかもしれない。だがそれは、誰にもわからないこと。竜が人間に化けるのと同じだとは思わない方がいいだろう。最悪、彼女の意識自体が消し飛び、ただの1匹の竜になってしまうかもしれないだなんて、警戒している輩も多い。まだ小さいウチなら何とか止められるだろうが、成熟した竜は人間の力じゃ簡単に押さえきれないからね。仕留めるなら今のうちってところだろうさ」
「でも竜は、この世界では特別な存在なんじゃ」
「“合いの子”は歓迎されないと、何度も言った。人間の血が混じったらどうなるかなんて、どこにも記録がない。だから恐れおののいてるんだ」
「だけど、だけど未来では、少なくとも俺の居た未来では、美桜は頼りにされてた。命を狙われている風には見えなかったし、市民部隊のライルとも仲が良さそうで。おかしいじゃないですか。あなたの言うこととはまるで逆だ。彼女は未来で、この世界を襲う悪魔と戦ってる。竜との間にできた子供だなんて、忌み嫌われた子供だなんて、悪い冗談だ。俺を困らせるためにみんなで嘘をつきあってるとしか思えない。第一、ここは本当に過去なのか。悪い夢を見せられてるだけじゃないのか」
「悪い夢なら、その方がいい。だが、コレは現実」
「現実だなんて、どうやって判断すれば。こんな……、こんな無茶苦茶な話、どうやって信じれば」
 乱暴にキセルを置き、ディアナはスッと立ち上がった。ローテーブルの縁を回り、俺の真ん前に立って、歯を食いしばり、目を見開いたかと思うと、大きく右手を挙げた。
 バシンと激しい痛みを左の頬に感じた直後、俺の身体は半回転し、ソファの座面でバウンドした。凄まじい平手打ち。骨まで響く、強烈な痛み。
 乱れた赤いドレスを直しながら、ディアナは息を荒げ、凄んだ。
「その痛みが、現実の証だ。信じるか信じないかは、お前の勝手。未来で事が好転しているのだとしたら、これから現状を変える何らかの出来事が起きるという合図だ。私たちはそれに、これから望まなくちゃならない。未来からやってきて口を挟むだけのお前と、これ以上話を続けても無駄だ。私たちはこれから森へ行く。帰るならとっとと自分の時代に帰るんだね」
 ディアナはフンときびすを返し、今度はグルッとソファの後ろを回って、美幸とテラの方へ向かった。
「あ、あの」
 俺は頬を擦りながら、肝心なことを聞かなければと立ち上がった。
「ディアナなら、元の時代に戻る方法を知ってるんじゃないかと聞いて」
 元々ここへ来たのは、このため。
 美桜の秘密を聞くためじゃない。
「まがりなりにも干渉者なら、魔法陣を描いて、そこに飛び込めばいいじゃないか」
 ディアナの答えはつれなかった。
「まぁ、相当正確な魔法陣じゃなきゃ、どこへ飛ぶかわかったもんじゃないけどね」
 フフンと鼻で笑われたところを見ると、俺がまともに魔法陣を描けないことを見透かされたのか。
「ディアナ……。ちゃんと話を聞いてあげて。凌は未来で美桜を守ってくれているのよ」
 鼻をすすり、涙を拭きながら美幸が顔を上げると、ディアナは「冗談だよ冗談」と、大げさに手を上げた。
「時空嵐にもう一度飛び込めば、元に戻れるだろう。そのとき、しっかりと自分の行くべき場所と時間をイメージすることを忘れないように。それが嫌なら、私が魔法で戻してやるさ。けど……、今すぐ戻りたいかい? それとも全てを見届けてからにする?」
「それは……」
 早く帰りたいのはやまやまだけど。
 帰宅後、自分の部屋で意識を失ったことを思い出す。砂漠へ連行され、帆船に救われて、森へ辿り着いたと思ったら時空嵐に巻き込まれて過去へ。この間、“向こう”での俺の身体はどうなっているのか、そもそもどれくらいの時間が経過しているのか、考えたら早く帰りたい気持ちはある。
 だけどコレはある意味チャンスみたいなもの。誰も教えてくれなかったことを知る、絶好の機会。
 あとどのくらいの時間を過ごせば肝心の出来事に出くわすかわからないが、このあと、何かが起こるんだってことは確かなんだ。だとしたら、迷っている場合じゃない。
「時空嵐はもうゴメンだ。魔法で、ディアナの魔法で戻して貰いたい。全部、終わったあとで」
 言うとディアナは大きな唇でニヤッと笑い、目を細めて小さく頷いた。
「未来の私が寄越した干渉者が最悪なヘタレ小僧でなかったことに感謝する。あの小さな美桜が、忌み嫌われた子供がどうやって皆に受け入れられるようになるのか、私自身興味もある。覚悟はできてるんだろう。目を背けず、全てを受け入れる覚悟が」
「できてるよ。とっくに」
 心臓を鷲掴みにされたあの時から。いや、もっと前から。
 思えば身体の変調も、徐々に和らいできている。頭痛も吐き気も、いつの間にかしなくなっていた。そんなこと、いちいち考えていられないほどいろんなことが起きているだけかもしれないけれど。
「じゃ、早速森へ行くけど、いいかい」
 ディアナは俺と美幸、それからテラに目配せして、スッと右手を差し出した。
「手を乗せて」
 美幸が言うので、俺はソファの背後を回って、ディアナのところへ足を運んだ。
 ディアナの手のひらに、美幸、それからテラ、そして俺の手が重なる。
「目を瞑って」
 ディアナの合図で目を閉じると、すうっと身体が浮くような変な感覚が襲った。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 森の中にひっそりと佇むその小屋には見覚えがあった。
 美桜に何度か連れてこられた、あの小屋だ。
 丸太作りのロッジで、部屋の隅々に思い出の品が飾られていた。埃まみれで蜘蛛の巣まみれで。だけどそこは、美桜にとってとても大切な場所のようだった。
 ディアナの言うとおり、室内は俺が未来で見たときよりずっと綺麗に掃除されていた。柔らかな木の香り、涼やかな風、葉のこすれる音。癒やしの空間がそこにあった。
「3年以上誰も使ってなかったから、掃除には結構時間がかかったけど、ここなら直ぐにでも生活できるはず。井戸水も引いてある。電気は通ってないから、ロウソクを使うか、魔法で何とかしておくれ。森の奥、本当に人目の付かないところにあるから、よっぽどのことがなきゃ見つからないと思うけどね」
 ドレスからホットパンツに衣装替えしたディアナが、丈長のコートを翻してロッヂの中を案内する。かまどのある台所、トイレとシャワールーム、納戸、それから二階の寝室。いつ来てもいいように、生活に必要なものは一通り用意してあったようだ。
「魔物が寄りつかないよう、周囲に結界が張ってあるから安心して。追加の竜はあとで届ける。美桜と契約させてやるといい」
 ずっと不安そうな顔をしていた美幸だったが、この小屋が随分気に入ったらしく、少しずつ表情を緩めていた。
「ありがとう、ディアナ。何から何まで」
 また泣きそうになる美幸の頭を、ディアナは優しく撫で、胸に引き寄せた。
「馬鹿だね、美幸。コレは私の罪滅ぼしなんだから、あんたは何も気にしなくてもいいの。全てはあの竜を止められなかった私のせいなんだ。あんたと美桜は被害者なんだから、責任なんか感じなくていいんだよ」
 豊満な胸に抱かれ、美幸は安心したように、小さく微笑んだ。
「ディアナのせいじゃない。悪いのは私。彼が竜だと気付かなかったのがいけないの。……おかしいね。二人とも、自分のせいだなんて」
「ま、お互い、あまり思い詰めるのは良くないってことだね。前を向いて歩いこう。じゃ、私は戻るから。食材は度々届けるようにするよ。深紅、美幸と美桜を頼む。それから凌も、しっかり守ってやっておくれ」
 美幸の身体をそっと引きはがして、ディアナは消えた。
 俺たちはしばらく、彼女の居た場所を無言で見つめていた。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 アパートから荷物を運び出すのは全て魔法で行うと、美幸は言った。いつだったか、美桜が自宅マンションから武器類を転送させたのと同じ方法で行うらしい。正確な魔法陣を描き、一つ一つ、荷物を運び出すにはかなりの精神力を要する。とりあえずのところ、必要最低限のものだけ転送させ、あとは後日ということになった。
 キッチンの棚にはあらかじめディアナが用意していた食材がいくつか陳列してあった。日持ちのする根菜や葉物野菜が少し。ハム、ベーコンは塊で置いてある。数日は何とかなりそうな量だ。
 勝手口から外に出ると、かまどと暖炉用の薪がうずたかく積んであった。綺麗に切りそろえられた薪で、断面が真新しいところを見ると、コレもつい最近用意したばかりのようだ。
 だんだんと日が傾き、夕暮れ時が近づいてきていた。
 レグルノーラは相変わらず白い雲に覆われていて、直射日光は拝めないが、このくらいの時間になると、夕日に染まった雲の色が美しい。濁ったオレンジ色、そこに少しずつ赤色の絵の具を垂らしたように色が変化していく。時間経過と共に黄色からオレンジ、赤、紫、それから黒へと変わっていく空の色は、幻想的で、どこか懐かしい。
 美幸は手元の食材で夕食を作ろうと、エプロン姿に変わって台所へ引っ込んでいた。カフェカーテンの向こうで包丁の音が軽快に鳴るのを聞きながら、俺とテラは木製テーブルの真ん中に置いた燭台の炎を見つめ、今後について話し合った。
「いつまで人間の姿でいるつもり?」
 俺が聞くと、テラは長い銀髪の先っぽを指でくるんくるんさせながら、「そうさね」と呟いた。
「美幸がこっちにいる間は、なるべく一緒にいようと思う。案外、この姿を保つのは体力が要る。彼女が“向こう”に戻ったら、或いは夜休んだら、竜の姿に戻ってもいいとは思っているんだが。寂しいだろうから、少しでも長い間居てやった方がいいだろうな」
「さっきから見てると、美幸は俺と違って、だいぶ長い間“こっち”に居られるようだけど」
「“向こう”での生活の合間に“こっち”に飛んで来てるお前とは根本的に違うからな」
「というと?」
「彼女は二つの世界で同時並行的に生きているんだ。どちらかの意識を強くしているだけで、どちらの世界でも意識がある状態を保っていける……らしい」
「え? どういうこと?」
「さぁ。私に聞かれても」
 そんなこと本人に聞けよとばかりに、テラはフンと鼻で息した。
 ディアナが美桜のことを、『息をするのと同じ感覚で、簡単に“こっち”に飛んでこられる』のだと言っていた。美幸も同じように、自在に行き来していると、そう解釈していいのだろうか。
 イマイチ、“向こう”と“こっち”の時間関係がよく分からない。“向こう”で意識を失っている間“こっち”へ意識を飛ばしてる――身体も同時に、というところが意味不明だが――という解釈だったが、今の話だと、二つの世界にそれぞれからだがあって、意識だけ“あっち”に行ったり“こっち”に来たりしていると読み取れなくもない。痛みを感じたり、怪我をしたりすることも考えると、思念体のようなものが“こちら”側にいるってわけでもなさそうだし、どうもこの曖昧さが、心地悪さを生んでいると言っても過言ではないような。
 俺は頭をモシャモシャと掻きむしり、天井を仰ぎ見て唸った。
「わからん」
「何が」
「“表”と“裏”の関係だよ。俺たちが二つの世界を行き来してる、その方法もだけど、並行世界なら身体を“表”に残しっぱなしで“こっち”に来れるわけないし、夢やゲームの中みたいな仮想空間なら、美幸が竜の子を身籠もるわけないだろ」
「そんな細かいこと、考えてばかりじゃ先に進めない。気にするなと言ったら乱暴かもしれないが、気にかけても解決なんてできないと思うぞ」
「そりゃ、そうなんだろうけど」
 分からず屋だなと、口からは辛うじて出てこなかったが、何度も考えた。
 頭の固い竜には何を言っても無駄だった。
 俺の中で、この不可思議な世界が占める割合は日に日に大きくなってきている。こうして“向こう”に戻れず何日も何日も経過するようになると、頭の殆どがレグルノーラに支配されてしまって、“向こう”での孤独や寂しさなんて、どうでもよくなっていく。
 それより、レグルノーラとは何なのか。
 砂漠の果てに何があるのか探し続ける帆船の長たちのように、俺も二つの世界の関係を、もっとじっくり考えたいし究明していきたいとすら考えてしまう。
「そういう君こそ、早く戻りたいんじゃなかったのか。どんどん足を突っ込んで、このままだと永遠に戻れなくなってしまうのじゃないか」
 長い前髪を掻き上げ、テラがニヤニヤしながら尋ねてくる。
 強面のテラもいけ好かなかったが、深紅として美幸に仕えているこっちの姿も、全身モテオーラを放っていて、何だかいけ好かない。
「そのときが来たら、戻るよ。ディアナに頼んで、だけど」
 俺は言いながらそっぽを向いた。
 ベーコンの焼けるいい匂いが、鼻を突いた。それから、野菜の煮える柔らかな匂いも。
 すっかり腹ぺこになったお腹は正直で、びっくりするくらい大きな音でグウと言った。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ