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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【12】記憶の奥底

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42.言えないこと

 堰に落ちた幼い俺は、地元消防団に発見され、事なきを得る。
 誰にも言わずに外に出て遊んだこと、危ないから近づかないよう注意されていたにもかかわらず、堰の縁で遊んでいたことを、回復したあと両親にこっぴどく怒られた。

「でもね、川の中には小さな女の子が居たんだよ。僕とおんなじくらいのね」

 何故堰に落ちたのか――。
 あの日幼い俺に何があったのか、同じ時間に迷い込んでも全くわからなかった。
 ただ一つはっきりしたのは、その“女の子”というのが美桜だったということ。幼い日の芳野美桜と俺は出会い、また遊ぼうと約束を交わしていた。それがどんな意味だったかはさておき、俺は自分でそう言って、彼女が首を横に振ったことを記憶していた。

 美桜ももしかしたら、同じように記憶していたのだろうか。俺と、出会っていたことを。


 すっかり元に戻った身体を見てホッとしていると、幼い美桜が肩をすくめてサッと母の影に隠れるのが見えた。
「ねぇ、誰? りょうは?」
 幼かった俺に見せていたのとは全然違う怯えたような目で、美桜は俺をチラチラと覗き見ていた。
 同じくらいの背丈だった美桜が、今は俺の背丈の半分くらい。細くて脆い、か弱い存在に見える。
 俺はそっと腰をかがめて、美桜に視線を合わせた。
「俺が、凌なんだけど。信じてくれるわけ……、ないか」
 友達になった小さな男の子が消え、高校生の男が現れたんだ。信じろという方が難しい。
「わかんない……。でも、お兄ちゃんはりょうとおんなじ匂いがする」
 美桜はそう呟いて、難しそうな顔をした。
「この子は匂いで能力を感じるの。不思議よね」
 美幸が美桜の頭を撫でると、美桜は恥ずかしそうにまた、母の後ろへ身体をすっかりと隠してしまった。
 もうこんな幼い頃から美桜は、能力の片鱗を覗かせていたのか。
「もっと、怖がられるかと思った。俺、強面だから」
 安堵のため息を吐き言うと、
「そんなことないわ。凜々しくて、素敵だと思う」
 美幸はとんでもない言い方をして、俺を驚かせた。
「ものは言い様だな」
 皮肉を込めたテラの言葉に納得し軽く頷くが、美幸はそんなことないわと否定する。
 正直なところ、女性の容姿に対する褒め言葉というのはお世辞でしかないだろうし、話半分程度にするのが妥当だろう。相手を貶してしまえば会話しにくくなる。この何とも居心地の悪い雰囲気を切り抜けるには、彼女のセリフはそうならないための処世術的なものだったに違いないと、自分自身を納得させるしかない。
「ところで……、俺が元の時間軸に戻る方法って、あるのかな」
 立ち上がりながらテラと美幸に目配せすると、テラは少し思案してから、
「戻ろうと思えば直ぐにでも戻れると思うが」と、美幸の方に視線を向けた。
「ディアナに会えば、戻してくれると思うわ。彼女なら、時間を超える方法を知っているはず」
 ――ディアナか。
 参った。まさかここで、彼女の名前が出てくるとは。
 俺は思わず額に手を当てて、深くため息を吐いた。
 ディアナにいい思い出はない。恐ろしい勢いで迫られ、生死の狭間をさまよった。即座に力の使い方を覚えろと砂漠に投げ出された挙げ句、時空嵐に飛ばされてこんな所に来てしまった、その、諸悪の根源だ。
 会うのが怖い……と言ってしまうのは簡単だが、事態が事態だけにそういうわけにもいかないだろうし。
 一人思い悩んでいると、美幸は柔らかな手をそっと差し出し、俺の左手をギュッと握りしめた。
「大丈夫。一緒に頼んであげるから」
 美桜とそっくりなのに――、母子でもここまで違うのだろうか。高校生の美桜なら、同じセリフでも全然違った表情になるに違いない。
 美幸は、美桜の持ち得ない天使の笑みを向けてきた。
 ドキッと心臓が高鳴って、顔が火照る。相手は過去の人間で、しかも同級生の母親なのに。
「あ……ありがとう、ございます。助かります、美幸さん」
「美幸でいいわよ。凌君」
「え、でもそういうわけには」
「私たち、それほど年は変わらないのよ? 気にしないで」
「気にしないでって言われても」
「君は高校……何年?」
「2年です、17です」
「私は20歳だから、3つしか違わないじゃない。ね、だから、気にしないで」
 は、20歳――?
 つまり美桜は、16のときの子。清楚そうな彼女が、そんな幼くして母になったなんて、一体何があったのか。変な妄想にかき立てられる。
「でも今からディアナのところに行くとなると……、美桜はそろそろ帰った方がいいかもしれないな」
 テラはそう言って、美幸の後ろに隠れた美桜をヒョイと抱き上げた。
 眠たそうに目を擦る幼い美桜。疲れたけど、まだ起きていたい。例えるならそんな表情で、テラの肩に身を預けている。
「帰るって、どこに?」
「“向こうの世界”だ。昼寝の合間、就寝後なんかを利用して、美桜はちょいちょいこっちに来ている。美桜にとって、二つの世界を行き来するのは夢の中で遊んでいる感覚なのだろう。まだ、ほんの子供だからな。それに、こうやって別世界にやってくることが、美桜にとっていい逃げ場になっているのかもしれない……と、口が滑った」
 美幸の視線を避けるようにして、テラはんんっと咳払いする。
 幼い美桜は咳に反応し、ピクッと身体を動かしたが、次第にグッタリと力を抜き、やがて目を閉じた。
「おやすみ、むこうで」
 美桜の額に美幸がキスした瞬間、幼い身体はスッと消え、跡形もなくなってしまったのだった。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 アパートを出て、俺たちは塔へと急いだ。
 薄暗い空はそのままで、道の両側にびっしりと並んだアパート群も、その奥に見える高いビル群も、見慣れた光景と同じだった。
 ただ、少し違うのは人通り。俺の知っているレグルノーラには、これほど人は居なかった。ダークアイが出てから閑散としたのもあるが――、それより以前、干渉者に成り立ての頃、美桜とたまに出没する魔物を倒して歩いていた頃より、この時代はずっと、人が多く暮らしていたようだ。
 屋台が道々に並び、威勢の良いかけ声と共に新鮮な食べ物を売りに出す。そこに群がる人、人、人。煌びやかな看板に、大きな文字や映像が映っては消えていくビルの壁。ひっきりなしに通るエアカーやエアバイク、空には小型の飛行機や竜が飛び交う。
「随分熱心に観察しているようだが、その格好で、君の方が悪目立ちしているのは自覚しているのか」
 隣を歩くテラに注意されて改めて気がつく。そういえば相変わらずの制服姿。すっかり忘れてしまっていたが、市民服にでも着替えなければ、ここでは浮いてしまうのだ。
「自覚はしてても、服装を変える術がない」
 急ぎ足で進みながら答えると、美幸はクスッと笑い、
「私も最初はそうだったかも。でも、溶け込もうと思えば直ぐに変えられるわ。アレンジして自分のセンスに変えるのも、案外楽しいものよ」
 それはファッションに興味のある女性の言い分であって、俺のように普段何の気なしに適当に過ごしている身には高いハードルなのだが、彼女には理解しがたいだろう。
 まぁ、悪目立ちするのには慣れているし、今更だから気にせずいるしかない。
 そうやって諦めていたのに、
「ちょっと待ってね」
 美幸は歩道の真ん中で、ふと足を止めた。
「凌君、少し、いい?」
「え?」
 立ち止まり、美幸に目をやると、彼女はパチンと指を弾いた。
「はい、できた。気に入らなかったら教えて。直ぐに変えるから」
 何ができたのだろうと首を傾げた俺を、テラが見てプッと笑った。
「似合わんな」
「似合わないって、何が――あっ!」
 スルスルとした変な生地。濃いグレーの市民服が、自分の身体に張り付いていた。
 いつの間に。
「ホラ、行くよ。急がなくちゃ」
 俺が一人であたふたしている間に、美幸とテラは随分先に行ってしまった。
「ちょ、ちょっと待って」
 俺は慌てて二人を必死に追いかける。
 それにしても芳野美幸という干渉者は、かなりの能力の持ち主に違いない。帆船のザイルが言っていた、ランクというやつで能力の高さを表すとしたら、上位ランクに入るのだろう。
 幼い俺と今の俺を分離して、幼い方だけ“向こう”に帰したり、指先一つで俺の服装をひょいひょい変えたり。あっさりやってくれたが、実際は相当難しい魔法だってことくらい、俺にだってわかる。
 その美幸にくっついているテラも――ここでは深紅と呼ばれていたが、あいつだって、実はものすごく優秀な竜なのかもしれない。
 本当は聞きたいことがいっぱいあるのに、どうしてだろう、隙がない。
 俺が何かを聞き出そうとすると何かが起こる。まるでみんなが意図的に俺に何か隠し事でもしているようなタイミングで、だ。
 戻る前になんとしてでも聞き出さなければ。13年前の今――、“ここ”で一体何が起こっていて、何がレグルノーラを変え、何が美桜を変えたのか。美幸が命を落とす理由、美桜が心を閉ざした理由も、悪魔が頻出するようになった理由も、すべて“ここ”にあるはずなのだから。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 どういうわけか、美幸もテラも乗り物には乗りたがらなかった。ジークのときみたいにエアバイクでスイスイ飛んでいけば近いだろうに、長い距離をひたすら歩き、時折周囲に目配せして安全を確認しているようにも見えた。
 過去のレグルノーラ見物を兼ねた分悪い気はしなかったが、二人の様子はどうにも合点がいかない。急いで行こうと言う割に、何故こんな非効率な移動しかできないのか。それこそ息切れして、後半はろくに会話もできなかった。
 途中途中狭い路地を通り、建物の影を通って、まるで何かから隠れているかのよう。
 俺のことを『誰の手先』だと勘違いしていたことから察するに、トラブルに巻き込まれていそうなことだけは確かなのだが、それを二人にどう尋ねればいいのか。歩きながらそればかり考えた。
 ようやく塔の玄関口、真下に広がる広場に到着すると、美幸は歩を緩めて表情を明るくした。
「あの高い展望台にディアナは住んでいるのよ」
 巨大な塔は真下から眺めると、先っぽが天に突き刺さっているのではないかと思えるくらい、高くそびえていた。全てを見渡せたあの展望台も、針穴に通したビーズ玉のように見える。
 塔の周囲は公園になっていて、大きな広場と、生い茂る木々、長い遊歩道が街と塔を完全に隔離していた。憩いの場を求めた市民らが集う場とでも言えばいいか、ところどころに見える噴水やオブジェの側でゆったりとした時間を過ごす市民の姿が散見できた。
「ここまで来れば安心だと思うわ。なにせ、ここはディアナのお膝元なのだし――」
 美幸が言いかけた途端、空気がズッシリ重くなる。美幸もテラも、気付いたのか顔を険しくして周囲を覗っている。
 黒いわけではない。重い、ただひたすらに重い空気の層が俺たちの周りを取り囲む。干渉者とはまた違う、だが、殺意めいた気配。

「――動くな!」

 ザザッと揃いの足音がしたと思った次の瞬間、俺たちは武装した兵士たちに取り囲まれていた。見覚えのある銀のジャケット。エンブレムを胸に付けた彼らは確か、市民部隊の。
 腰を低くし、銃口を向ける彼らは、明らかに俺たちを狙っている。
 一体何がどうして。美幸とテラに目を向けるが、二人とも何も言わず、歯を食いしばっているだけ。

「動くなよ、異界の干渉者ども」

 言いながら、一歩進み出てくる市民兵。浅黒い肌、黒い短髪の彼は見覚えがある。確か、美桜が贔屓にしていた――。
「ライル、止めて。お願い。私たちはディアナのところへ行きたいだけなの。他に何にもしないわ。誰にも、迷惑なんかかけないから」
 そうだ、ライル。市民部隊のリーダーだと言っていた。翼竜に跨がり、街を上空から監視する、頼れる男だったはず。それに、市民部隊は確か悪魔から市民を守るための自衛団。それがどうして。
 美幸が手を合わせて懇願しても、ライルは動じなかった。
 それどころか、とんでもないことを言い放つ。
「子供はどこだ。あの小さな子供を、どこに隠した」
「か、隠してなんか居ないわ。今はここに居ないだけ。まだ小さいんだもの、いつでもここに居られるわけじゃない。それに、あの子はあなたたちの思うようなことは絶対に」
「母親だからそう思うだけではないのか。美幸、君は自分のしでかしたことの重大さにまだ、気付いていない。どれだけ忠告しても、君たちはこの世界に干渉するのを止めない。しかも、新たな干渉者をまたこの世界に引き入れた。――その若い彼は、新参だな。市民から通報があった。『見たことのない服装の男が街をうろついている』と。いくら君のことを信用しようとしたって、君自身、私たちをいとも簡単に裏切ってしまう。これでは擁護など、できるわけがない。早々に帰ってもらおうか。それができないというなら、私たちは強制的に君たちを排除するしかない。君も、君の竜も、幼い娘を残して命を落としたくはないだろう」
 物騒な話だ。
 美幸は命を狙われている……しかも、市民部隊に。美桜も、理由はわからないが、やはり命を狙われている、らしい。
 乗り物で移動しなかったのも、コソコソ裏道を通ったのも、俺の服装を変えたのも、なるべく人目に付かないためだったのか。
「ごめんね、凌君。巻き込んでしまって」
 こんなときなのに、美幸は申し訳なさそうに謝ってくる。
「それより、どうしてこんなことに。彼らの仕事は、市民を守ること、だろ。なんだって美幸を狙って」
 どいつもこいつも、本気でこちらを狙っている。下手な動きでもしようモノなら、直ぐにでも引き金を引いてやると全身で警告している。
「それは……、それはね……」
 美幸は肩をすぼませて、小さく震えだした。すかさずテラが彼女の肩を支えようとするが、市民部隊がカチャッと一斉に銃を動かすので慌てて両手を挙げる始末。
「ダメだ。君の口からそんなこと、絶対に言ってはダメだ」
 テラが苦しそうに言う。
 その先の、セリフを出そうとしない。
 そんなに、そんなにも大変なことを、彼女はしでかしたのか?
 美幸も、テラも、ライルも、俺の問いに答えようとはせず、ただただ、沈黙を守り続けている。
 膠着状態が続く。重い空気は淀みを産み、息苦しさを増幅させる。
 誰にも言えない、言うことさえ憚られるような、重大な不始末。隠されれば隠されるほど、知りたくなるというのが人の(さが)だが。

「何の、騒ぎだ」

 上空から、声が降りてきた。
 成熟した、低い、女の声。
 空が次第に暗くなり、上を向くと、大きな竜のシルエットが真上に――。
 赤い、翼竜。
 覚えがある。アレは、砂漠で俺を置いてった赤い竜。てことは。
「ディアナ!」
 俺は思わず叫んでいた。
 バサバサと大きな音を立てながら、竜がゆっくり降下してくる。
 その背に乗った赤い服の女は、確かにディアナだ。黒い肌、黒い髪、そして自信に満ちた、あの表情。彼女は間違いなく、俺が知るよりも少し若い、塔の女主人だった。
+注意+
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