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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【12】記憶の奥底

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39.時空嵐

 帆船は徐々に速度を緩めた。
 森の緑色が視界に入り、砂と湿気が混じっただけだった風に清々しい緑の匂いが混じってくる。木々のラインがハッキリとしてくると、否応なしに胸が高鳴った。
「砂地が終われば、船は進めなくなる。森までは車両で移動する」
 甲板の上から森を眺めながら、(おさ)は言った。
「車両?」
 俺が聞くと、
「物資調達のために森へ入るんだ。市民部隊の支援者が適度に集めてくれる食料と水を引き取りに行く。辿り着く時間軸は様々だが、市民部隊はいつでも支援してくれるし、街まで出ていくこともある。砂漠じゃ、得られるものが限られているからな。少しでもいろんなものを調達しておかないと。本当はもっと効率的に旅ができればいいんだが、食い物だけは背に腹かえられないところがある。いくらコックが優秀でも、節約には限界があるしな。なにせ、見ての通りの男所帯。食わなきゃ、動けなくなる」
 (おさ)は苦笑いした。
 船内の水は、魔法で出しているのだとは聞いていた。調理場では意外にも火を使っておらず、“あっち”でいうところのオール電化状態だった。実際、火事でも起きたら消しようがないというのが、理由らしい。
 糞尿はバイオ分解して肥料にし、船内の一部に作られた小さな農園でちょっとした野菜を作っていたし、いわゆる“太陽光発電”のようなもので作られたエネルギーを照明やら保冷に利用していると聞いた。
 ファンタジーとSFの間のような、奇妙なバランスで、この世界は成り立っているのだ。
「来澄には後でエアバイクをあてがってやる。森からは別行動だ」
「え? いいのか」
 突然の申し出に、俺は目を白黒させた。
「お互い、この世界に居続ける目的が違うからな。私はまた、砂漠へ戻る。そうして、ゆっくり時間をかけながら、砂漠の果てを目指すつもりだ。お前にはお前で、“世界を救う”とかいう途方もない目的があるんだろう。どっちが先に目的を達成できるか知らないが、報告は“あっち”で、というのはどうだ」
 (おさ)はニヤリと笑いを浮かべ、天を指さす。
「わかった。じゃ、あっちで」
 俺も釣られて人差し指を上に向けた。
 まもなく停泊すると言って、(おさ)は操舵室に消えていく。その後ろ姿に、テラはフッと軽く息を漏らした。
「なんだかんだあったが、いい“仲間”ができたんじゃないか」
「仲間? まあ、そうかもしれないけど。芝山とはここでお別れだ。もう、砂漠に入ることはないだろうしな」
「先のことは誰にもわからない。断定的表現を使うべきではないと思うが。それに、“向こう”ではそれなりに身近な存在なのだろう。強い味方になりそうじゃないか」
「ハハッ。だといいけど」
 美桜のことがあってから、やたらと変な視線を向けてくる芝山の顔を思い出した。“向こう”では、本当にいけ好かない、感じの悪い奴程度にしか思わなかったのに。人生ホント、何が起こるかわからない。
 進路方向に、うっすらと緑色の地面が見え始めた。丈の短い草が、砂漠の終わりを告げようとしている。
 海ならば、砂浜ではなく桟橋のある港に横付けするのだろうが、砂漠ではそういうわけにはいかないらしい。森と砂漠がキッチリ隣り合っているようなところでもあれば、そこに停泊すればいいのだろうが、植物には根っこというモノが存在するわけだから仕方ない。
 木造の船は更に速度を落とし、やがて止まった。大きな碇が下ろされ、帆はしっかりと畳まれていく。
 乗組員たちが慌ただしく作業するのを傍目に、俺はテラと二人、邪魔にならないよう気をつけながら、船の横に垂らされた金属製のステップを慎重に下った。
 その最中、視界の角で何かが動いているのに気付いた。ふと目をやると、船体の横、砂地より二メートルほど高い位置に大きなハッチがあるのが見えた。大きな帆船の内部は三層に区切られているのだが、その一番上の階層にあたる部分が大きく口を開けている。大型トラック――というより、巨大なホバークラフトと言うにふさわしい車輪のない乗り物が数台、中でエンジンを吹かしているのが見える。
「かなり大きなエアボートだな。あれで物資の調達をするというわけか」
 久方ぶりの地面に足をつけながら、テラが言った。
 エアボートの周囲では数人の乗組員たちが、出立の準備をしていた。荷台に大きな四角い装置を幾つか積み上げ、器具で固定している。冷蔵庫のような箱や、タンクのようなものもある。
 その手前に、一台の小さなエアバイクが見えた。見覚えのある中年男が丁寧に汚れを拭き取っている姿が目に入る。ザイルだ。
 テラに続いて地面に降り立ち、俺は彼に声をかけ手を振った。気付いたザイルはこちらに顔を向け、今行くと大声で叫び返す。
 ザイルにも相当世話になった。船に助けられてから、芝山の勘違いが解消するまでの間は特に。彼がいなかったら事態は収拾しなかったかもしれない。船の中では中間管理職的な扱いなのだろうが、実際、彼が上手いこと、(おさ)と他の乗組員たちの仲を取り持っているからこそ、帆船の平和が保てているのではないかと思う。
 エアバイクに跨がり、ザイルはゆっくりとハッチを降りた。人混みを避け、空中を滑るようにして砂地へやってくる。静かな排気音と共に俺たち二人の前に現れると、ザイルはバイクを停めて両手を差し出した。
「お二人には本当に世話になりました。コレはウチの(おさ)からの贈り物です。どうか、受け取ってください」
 黄金色の砂地に浮かぶ、真っ白なエアバイク。ジークと乗ったときのものより少し小さいが、洗練されたデザインは、レグルノーラの科学の粋を見るようだ。
「ありがとう。ザイルも、いろいろと面倒見てくれて助かった。芝山の……、(おさ)のこと、よろしく頼むよ。虚勢張ってるだけで、まだまだ子供だからさ。扱いにくいかもしれないけど、根はいいヤツだから」
 ザイルはヒゲだらけの顔を涙で濡らしていた。決して綺麗な絵面ではないが、俺の胸にもこみ上げてくるものがあった。
「元気で。いつか自分の家に戻れることを、祈ってるよ」
 右手を出すと、ザイルは何かを噛みしめるように、顔をくしゃくしゃにした。ゴツゴツした両手が、俺の手を包み込んでくる。
「リョウも、テラの兄貴も、元気で。皆、あんたたちの活躍を祈ってます」
 過度に期待されるのは嫌だ。
 でも何故かそのときは、俺が何とかしなくてはと、心から思ってしまったのだった。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 帆船からエアボートが次々に飛び出し、森へ向かっていくのを見送ってから、俺たちは森へ向かうことにした。大きな車体が一列に並んで砂煙を上げて走って行く様は、なかなかの迫力だった。
 (おさ)とは特に別れの挨拶などしなかった。“あっち”に行けばクラスメイト。否が応でも会うことになる。互いに成果を報告し合う、それだけで十分のような気がした。
「さて、我々も」
 帆船の前には俺たち二人と、エアバイク一台のみ。船内にまだ人は残っているものの、保守要員のみの必要最低限という感じに静まりかえっている。
 よし行こうと、エアバイクに手をかけるが、二人で跨がるのは辛そうだ。
 ジークのときの印象もあって、自分は後ろに掴まっていればいいと思っていた。けど、今回はそうそう楽には行かないらしい。
「君はエアバイクで。私は竜になって空を飛ぼう。(おさ)もそのつもりでバイクを寄越したようだ」
「へ?」
 テラは親指でクイと船の上を指さした。見ると(おさ)が船縁に寄りかかり、こちらを眺めている。
「ま、そういうことだ」
 言うなりテラの身体は光を帯びた。長身の男性のシルエットは一度球体に変化し、それから大きく広がっていく。思えば、テラが変身する様子は初めて見る。いつもは気がつくと同化していたり、違う姿になっていたりするんだから。
 光は羽を伸ばし、首を伸ばし、やがて竜の姿になった。パンと光が弾け、黄色の翼竜が現れると、改めてその大きさに息を飲む。コレが今まで人型になって自分の側についていたとは、信じられない。
 テラはバサバサと羽ばたいて上空に舞った。大きな身体が光を遮り、ただでさえ暗い視界が更に暗くなる。竜は船に別れを告げるように空中を数回旋回した。キィと甲高い声を上げて。
 長が船上で手を振るのが見えた。ホントに竜だったのかと、口が動いていた。
 竜は降下し、エアバイクの直ぐそばまでやってきた。俺はヘルメットを被り、バイクに跨がって、エンジンスイッチを押す。大丈夫、一度間近で操作方法は見たんだから乗れるはずだ。
 車体が浮いたのを確認して、地面から足を離す。フワフワとした、独特の乗り心地に慣れるまで、少しかかる。スピードを上げ、砂埃を立てながら、エアバイクは進んだ。
『案外上手じゃないか』
 竜に戻ったテラが脳内に話しかけてくる。
「まぁね」
 自身など全くないが、適当に相づち打って、運転に集中した。バイクの免許なんて持ってない。操作方法はあやふやだ。だけど、イメージで何とかなる世界なら、運転くらいできるだろうという勢いで。
 時速何キロくらいで走っているのか。周りの景色はズンズン後ろへと消えていく。面白いようにスピードが出るのは、車輪がないからだろうか。最初はスピードに目が追いつかずしどろもどろしていたが、徐々に目が慣れ、ハッキリと景色を楽しめるようになっていた。
 地面の草丈が、徐々に増していく。初めはグラウンドに生えた小さな草くらいだったのが、公園の草丈、水辺の草丈までぐんぐん伸びていく。車体に草が絡まぬよう、高度を調整して走る。一面砂の色だった景色が、やがて濃い緑色に変わっていった。
 緑の匂いが強い。
 もう少しで森だ。
 そう思うと、一気に緊張感が増す。
 いよいよ、砂漠を抜けるのだ。
『砂漠と森の間には見えない時空の狭間がある。そこを上手くすり抜けなければならない。自分の行きたい時間軸を強くイメージし続けるだけでいい。簡単な話だ。雑念が入れば、どこへ飛ぶかわからないから、注意しろ。私は君と同じところへ行けるよう、後ろに回る』
 それまで並行に飛んでいたテラが、エアバイクの後ろへ移動した。
 森というのが、木々の生い茂るところという意味なら、もう少しでそこに到達する。背の高い木々が徐々に近づいてきている。
 ぶつからないよう、木と木の間をすり抜けるようにしなくては。バイクは大丈夫だと思うけど、テラはどうだろう。大きな身体が木に当たりはしないだろうか。スピードを落として、慎重に入った方がよいのだろうか。
 もしものときは姿くらい簡単に変えるだろうに――、余計なことを考え、集中力を欠いたのがあだとなる。考え込みすぎた俺は、何度も呼びかける、テラの声に気付かなかった。

『凌、左へ旋回しろ、早く! 早く!』

 ようやく届いた声は緊急を要するもので、運転に不慣れな俺は、ハンドルを左右に振りすぎた。
 スピードも出ていた。
 高速で曲がれば身体が振られるなんてこと、考えている余裕はない。バランスを崩し、尻が浮く。車体が左に傾き、身体が半分、宙に投げ出された。それでもハンドルだけは離さぬよう、ぎっちり手に力を込め――。
 進行方向右の奥に、黒い大きなもやが見えた。天まで届きそうなそれは、オーロラ状に波打ちながらどんどんこちらへと近づいてくる。

『“時空嵐”だ! 呑み込まれたら、飛ばされるぞ!』

 テラが大声で注意喚起するも、そのスピードはエアバイクよりもずっと速い。
 待って、今、体勢を整える。
 身体にエアバイクを引き寄せて、もう一度しっかり跨がってから、加速するから。
『時空嵐は森を砂漠に変えていく。早いとこ逃げないと、逆戻りだぞ!』

 ――『おぞましい、真っ黒な気配が迫って、目を瞑った。その、次の瞬間……、俺は、砂漠に立っていたんだ』

 ザイルが言ってたのは、これか。
 つまり、時空嵐が彼と仲間を呑み込んだ。ザイルは助かったけど、あとはどうだったのか。
 あんなものに、呑み込まれでもしたら。
 森を抜けるどころじゃなくなる。
 それどころか、美桜の待つ“向こうの世界”にも戻れなくなる。
 彼女は待ってなんかいないかも知れないけれど。ザイルが家族と会えなくなってしまったように、戻る機会を失ってしまいかねない。
 逃げろ。
 早く。
 音も立てずに嵐が近づいてくる。大きな黒い幕が、直ぐそこまで――。
『遅いぞ、凌!』
 わかってる。わかってるけど、人間には限界というものがあってだな。
 歯を食いしばる。腕が千切れそうだ。
 第一、そんなアクロバティックなこと、容易にできるわけない。今はただ、エアバイクに振り落とされないよう、掴まり続けるのがやっとで。
『チッ……、同化するしかないか』
 それで何とかなるなら、そうしてくれ。
『凌、気をしっかり持て。助かると信じ続けるんだ』
 当たり前だ。こんなところでくたばってたまるか。
 けど――、時空嵐はどんどん迫る。テラの同化が、間に合わない。同化したとして、そこから加速したんじゃ間に合わないくらい、嵐は速くて。

 まばたきしている間に、周囲が真っ暗になった。
 光が、ない。
 何も、見えない。
 音も、聞こえない。

 波のようなうねりに、巻き込まれていく。
 バイクから手が離れ、身体が宙に放り出された。

 嵐に、呑まれる。
 身体が、千切れる。

 何もかも、お終いだってのか。

 レグルノーラを救うことも、美桜の真意を知ることもなく、俺は消えてしまうのか。

 なぁ、教えてくれ……。
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