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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【11】地の果て

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36.逆上

 自分の力で文字を学び、魔法陣まで錬成できるようになった芝山。勉強熱心な性格が幸いし、(おさ)として帆船の連中に尊敬されるまでになったということらしい。さすがはクラス委員、納得だ。
 俺には到底出来そうにない彼の地道な努力に、賞賛の拍手を送りたい気分だ。
 オンラインゲームなんかでよく、本来の目的を忘れ職人に没頭する話を聞いたことがあったが、まさか身近にそういうヤツがいたとは。普段の努力や才能をそのまま異世界でも発揮できるなんて素晴らしすぎる。例え姿形が変わっても、(おさ)の中身は芝山哲弥に違いなかった。
「魔法陣に触れて、“現実世界”の自分の肉体をイメージする。そうしたら、あっという間に戻れる。また戻ってくるとき、ボクは教室のゲートを使う。芳野美桜の力が影響してない場所では飛べないからだ。来澄なら――、もっと自由に行き来できるんだろうけど」
 チラッと芝山は俺を見て、魔法陣に興味を注ぐよう、強要してくる。
 詰まるところ、試したいんだろう。自分以外の干渉者にもこの魔法陣が通用するのかということを。
 願ったり叶ったりだとは思わないか――。
 そんな言葉が頭を掠める。
 いい加減、砂漠には飽き飽きしていたところだ。帆船に救われたとはいえ、未だ出口のない場所に立っている。そこに突如としてどこでもドアが現れたんだから、使うかと聞かれて、ハイと言いたい気持ちがないわけではない。
「どうする?」
 芝山は使うだろと、暗に答えを指定してきた。
「そうだな……」
 そこまで言って、でもその先が言えない。
「やめた方がいいんじゃないのか」
 と、テラ。入り口の書棚に寄りかかり、いぶかしげな顔をして魔法陣を見つめている。
 狭く薄暗い空間に描かれた魔法陣は、直径一メートル大。筆か何か、太めの筆記具で道具を使い、丁寧に円を描いている。魔法陣の中心にはダビデの星形。円と星の間は、細かい幾何学模様。芝山なりの美意識がそこにはあった。
「なんだよ、ボクは来澄を思って提案しているだけじゃないか。いくら上位の干渉者とはいえ、長い間“こっち”に居続けると負担がかかる。定期的に“向こう”に戻り、体力回復してから砂漠を抜けた方が得策じゃないかと言ってるんだ」
 芝山が突っかかると、テラは更に顔をムッとさせた。
「不完全な魔法陣だ。作成した側の必死さは感じ取れるが、そもそもコレを赤の他人が使ったところで、書き込まれた呪文どおりの動きをするのかどうか。お前の言うところの“キョウシツ”とか言う場所と、この“帆船”を繋ぐ通路としての魔法陣だというなら話はわかる。が、この魔法陣にはそんなこと、全く書かれていない。“自分がレグルノーラに意識を飛ばした最後の地点”だとか“再び戻ってくる”だとか、言いたいことはわかるが、結局は術者のイメージに頼り切ったような書き方だ。これじゃ、使う方だって覚悟がいる」
 声量を抑えてはいたが、テラの機嫌は確かに悪くなっていた。トントンと組んだ腕の上で指を動かし続けている。
 あごを上げ、上から目線で芝山を睨み付けるも、芝山は芝山で、そんなの威嚇にもなっていないねという風に更にツンとした態度でテラに反論した。
「この魔法陣は“向こう”から来た干渉者しか使わない想定で作ってある。さっきも言ったけど、これはあくまで“ボク仕様”だ。二つの世界を行き来することのない竜には無縁の話じゃないか。ボクは来澄に提案してる。――さあ来澄、どうする? 戻るか、残るか」
 芝山の眼鏡がまた、キラリと光った。
 この場で決めなくちゃならないのか。
 魔法陣の前でお前のためだと言い切る芝山と、書棚の前で止めろと訴えるテラ。二人が鋭い目線を同時に向けてくる。
 こういうのは、何度経験しても慣れない。
 決断だとか選択だとか、ここしばらくそればっかり迫られて、その度に自分がどんどん追い詰められていくのをひしひしと感じる。
 仮にコレが一つの分岐点だとして――、戻るか戻らないか、どちらを選んだらどうなるか。
 戻るとしたら――、少し心に余裕は出来るだろう。芝山の言うとおりに再びここに戻ってこれるのなら、部屋でディアナに襲われ床の上で力尽きた肉体を、せめてベッドの上まで移動するくらいできるかもしれない。だが、本当にここに戻ってこれる確証があるのか。逃げてはダメだと念を押し、心臓に刻まれた呪文が発動してしまう恐れだってある。
 もし仮に戻らないとして――、“こっち”に飛んでから随分時間が経つ。自分の精神力でレグルノーラに滞在できる限界はとうに超えている。砂漠を抜けるまで数日単位でかかるのは間違いなさそうだし、記録的な長期滞在に身体が堪えきれるのか自信はない。時間の流れが違うとディアナは言ったが、長い間“こっち”に居続けることで、何かしら“向こう”の自分に弊害が生まれるのではないかという懸念もある。それこそ少し前、昏睡状態に陥って何日も意識が戻らなかった、それと同じように。
 どっちにしろ、自分に待ち受ける未来は、とてもまっとうではない気がするんだが気のせいか。
「ほ、本当に、戻ってこれるのか……?」
 どう場を持たせたらいいのかわからず、必死に捻り出したセリフが、コレだった。
 芝山はニヤッと笑みを浮かべ、テラはカチンときたのか目頭をピクピクさせた。
「何度も言ってるけど、ボクはコレで二つの世界を行き来してる」
「こ……このチビめっ! 我が(あるじ)をそそのかす気か。凌も凌だ。いい加減な態度は止めろ。自分で描いた魔法陣以外は使うべきではない。術者には術者なりのこだわりがある。君の魔法陣と彼の魔法陣は、似て非なるものだ。独学の二次干渉者が何を言おうが、関係ない。君にはやるべきことがあるだろう。魔女ディアナの言葉を一つ一つ思い出せ。寄り道なんかしている場合ではないのだ。まずはこの砂漠を抜けること。私が君を運べるならそうしたいところだが、なにせ君は重いし距離も長い。とすれば、道は一つ。この船で森まで運んでもらうしか方法はないはず。そこから先、自分が行くべき時間軸にたどり着けるかどうかはまた別の話かもしれないが、君なら魔法でどうにでもできるはずだ。まずは物理的な障害を取り除く。最優先事項だ。わかりきったこと、何を悩んでいる」
 テラの大きな手が、俺の手首をむんずと掴んだ。
「何を考えているのか知らないが、これ以上凌に余計なことを吹き込むな。君が例え、“表”で凌と親しい関係にあったとしても、ここでは私が凌のパートナーだ。(あるじ)をみすみす危機に陥れるような真似は絶対にしない。君はこの船の(おさ)として砂漠を抜けてくれれば、それでいいのだ」
 言いながらテラは、俺の身体をいとも簡単に引き寄せた。あまりの勢いに俺の足はもつれ、船長室の縁に並んだ棚の角に背骨を強打した。
 痛い……! 
 テラに解放された手で背中をさすりさすり、姿勢を直して二人を見る。
 腰を落として両手を広げ、俺を庇おうとするテラ。その先には――、(おさ)の姿へ徐々に姿を変えていく芝山。
 さっきの逆再生だ。背を伸ばし、髪の長さと色を変え、服装を変え。すらりと筋の通った美青年が、怒りの表情でこちらを見つめている。
 芝山はゆっくりと魔法陣の間から船長室へ、歩を進める。テラと俺はジリジリと下がり、彼が完全にそこから出てくるのを待った。
「チビって……言ったな……」
 芝山は(おさ)の声で確かにそう言った。
「それがどうした」
 よりによってテラも、そんな返事。
「砂漠の中で知った顔に出会った。それだけでボクは舞い上がってしまっていた。協力してもいいと、微塵でも感じたボクが愚かだった。こんなに無礼な輩がうろついてたんじゃ、まともに船を運航できる自信もない。今すぐ……船から立ち去ってもらおうか」
 心なしか、空気が変わった。
 芝山の、(おさ)の周囲に風が流れている。微風だが徐々に強くなっている。
「去れよ。特にお前だ……、テラとか言う。来澄だけならまだしも、君は話にならない。来澄の(しもべ)だか竜だか知らないが、この船の中ではボクが……、私が一番権力を持っている。従ってもらおうか。嫌なら、立ち去ってもらう他、ない」
 不意に芝山の方向から突風が吹いて、ドンと船長室の扉が外側に開いた。
 足元をすくわれるような風圧に、俺もテラも壁に手を付く。
「聞こえなかったのか。出ろよ」
 堪忍袋の緒が、切れたらしい。
 逆上すると手がつけられなくてと、ザイルも言っていた。あの時だって――美桜が俺と交際してるだなんて嘘を吐いたあの時だって、芝山はいつものクールさをひっくり返すようなキレ方をしてた。
 “向こう”じゃ叫び声を上げるだけで終わっても、“こっち”ではそうもいかない。力が使える。つまりは俺たちに攻撃できるってこと……か。
 風が更に強くなり、棚が震え、中の調度品や食器、本がガタガタと音を出し始めた。このままでは危ない、出るぞと、テラに目で合図する。何であんな奴の言うことなんかと、テラは納得しない様子だったが、こんな狭いところで何かされても困るのはこっちも同じ。風を除けながら、壁を沿うようにしてやっとこさ船長室から脱出する。
 甲板に出ると、だいぶ日が傾いていた。空を覆った白い雲が光を屈折させ、燃えるような赤色に染まっている。マストのところどころに吊された裸電球に明かりがともり、甲板を緩く照らしていた。
「ど、どうしたんですかぃ」
 外で待っていたのか、ザイルが慌てて近寄ってくる。
「離れて! 早く!」
 俺はとっさにザイルと、周囲で働く船員たちに呼びかける。
「近寄らない方がいい。今は……!」
 ただならぬ雰囲気に、マストに上っていた数人が慌てて柱を滑り降りた。舵を握っていた船員も、仕事に一息吐き遠くを眺めていた船員も、手を止めて船縁に寄りかかったり、掴まったりして、じっとこちらの様子を覗っている。
 船長室から(おさ)が風を纏いながら現れると、船員たちは一様に、顔を青くした。何度か経験のある、嫌な経験がまたも繰り返されたというような、悲壮に満ちた表情だ。
「去る気がないなら、力尽くだ。この帆船という聖域を、冒されたくないんでね。元々は竜だとはいえ、今は人間の姿――。来澄は上位の干渉者かもしれないが、そっちはどうだか知れたもんじゃない。一気に片をつけさせてもらう……!」
 (おさ)はゆっくりと腰に手を回した。カバー状の護拳のある長いサーベルが鞘から抜かれ、俺とテラの前に突きつけられた。
 風が甲板をうねるように走り、垂れ下がったロープやランプ、そして帆を不規則に鳴らす。荒波に飲まれたかのように、船も上下左右に揺れ始めた。
 甲板の中央まで逃れた俺とテラは、芝山の動きをじっと観察しながら、どうすれば場が丸く収まるのか、それだけを互いに考え続けた。
「は、話し合おう、芝山。その物騒なものをしまって。自分の船だろ。ここで騒ぐのは得策じゃない」
 テラの背後で呼びかけたが、芝山……もとい(おさ)は、全く聞く耳を持たなかった。
「来澄、君の(しもべ)に良く言い聞かせるんだ。今すぐ船を下りろと。竜にでも何にでもなって、さっさと出て行けと。早く……!」
「む、無茶な」
 いくら広い船だからって、ここで変化(へんげ)して飛び立てっていうのか。それに、言ったところでテラが納得するわけがない。テラはテラで、(あるじ)になってしまった俺の側に居続けるため、人間なんかに姿を変えているんだから。
「できないのか。なら……、こうするしかない」
 (おさ)は腰を落とし、数十メートル先から剣を掲げて走り出した。
 ヤバイ。確実に、狙ってきている。
「テラ、逃げよう。早く!」
 テラのベルトに手を引っかけ、引っ張ろうとするが、案外重い。全然動かない。
「逃げるったって、周囲を見ろ!」
 怯える船員たちが、自分たちに被害が及ばぬよう神にお祈りしていた。果たしてこの世界に神という概念があるのかどうか知れないが――。彼らを巻き込むわけにはいかない。
 とすると、(おさ)の攻撃を受けるしかない?
 それがすなわち、死を意味するかもしれないとしても?
「私は攻撃タイプではないと、前にも言ったな」
「はぃ?」
「単体での戦闘が苦手なのだ。それに、戦いながら君を守る自信もない。悪いが借りるぞ」
「え?」
「身体、借りるぞ」
 肩越しに振り返り、テラは目で何かを合図した。
 わかってる。了承なんて得るわけがない。俺の了承なんてなくても、最初からそうするつもりだったくせに。
 まばたきをした瞬間、テラの姿が目の前から消えた。
 同時に、自分の身体の中に何かが入り込んでくる、あの感覚が蘇る。
 背中には羽の感触。向かい風。一度地面を踏みしめ、それから高く飛ぶ!
「――何?」
 目の前で何が起きたのか、一瞬過ぎて理解できなかったらしい。(おさ)は目を丸くし、きゅっと足を止めた。
 数メートル飛び上がった俺は、風の中心から外れ、ふと息を吐く。
「来澄……、お前、なんだ、その姿は……!」
 竜の羽を生やし上空から船を見下ろす俺を、(おさ)になった芝山は、あんぐりと口を開けて呆然と眺めていた。
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