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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【11】地の果て

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35.二次干渉者

 およそ、砂漠の帆船には不釣り合いな光景だ。
 大航海時代風の船長室に、制服の男子が二人。テラを挟み、互いに間合いを計るようにして対峙している。
 芝山は丸っこい頭をこちらに向け、ギリリと奥歯を噛んだ。
「芳野美桜は……、彼女は、この世界を“ボクら”に教えてくれた。二つの世界を繋ぐ架け橋だ。彼女という器がなければ、“ボクら”はここに来ることができなかった。彼女の周囲で発生する(ひず)みこそが“ゲート”であり、その恩恵を受けてこその“干渉”だ。あの教室で美桜と空気を共有することで、“ボクら”は新しい世界への扉を開けた。会話を交わすことも、目を合わすこともないけれど、それでも彼女は“ボクら”に力を与えた。君は……、そんな“ボクら”とは全然違う。会話もする、接触もする、二人で一緒に行動する。一体……、一体君は、芳野美桜のなんだっていうんだ」
 優等生らしい解説だ。
 つまり美桜は、知らず知らずのうちに、あの教室にゲートを発生させていたと。彼女の部屋にゲートがあったのも、ジークの家にゲートがあったのも、同じ理由か。たしか、何度も利用すればゲートになり得ると、そんな話を聞いたことがあった。
「彼女が発生させたゲートに、巻き込まれる形でレグルノーラへ足を踏み入れた……。そういう、こと?」
 そんなこと、あるのだろうか。
 恐る恐る尋ねると芝山は、「ああ」と小さく呟いた。
「彼女の力は強大だ。だからきっと、影響されたんだ。知らないうちに、ボクは能力を身につけていた。いや、もしかしたら、潜在的に持っていたのかもしれない。何度も行き来するウチに、砂漠の存在を知った。そして偶然帆船に出会ったことで、ボクの存在意義が決定づけられた。ボクはこの世界で、この砂漠で生きるために存在しているのだと」
 両手に力を込め、熱く語る芝山。教室では絶対に見ることの出来ない、彼の一面。
 美桜とのことがあってから、芝山からは睨まれてばかり。あまりいい感情を持ってはいなかった。そもそも、興味がなかった。彼がどんな人間だろうが、どうせ短い高校生活の中で偶然同じクラスになっただけで、今後同じ時間を共有することなんてないと高をくくっていた。
 それが……、砂漠の真ん中で出会うことになろうとは。
「“二次干渉者”、だな」
 と、テラ。
「二次……?」
「凌や美桜のように、自らの能力で他世界に干渉することの出来る者を“一次干渉者”と呼ぶのに対し、彼のように、一次干渉者の影響によって新たに干渉能力を持った者をそう呼ぶことがある。あくまで分類上だ。二次干渉者は、一次干渉者の影響下でしか能力を発揮できないという点で、一次干渉者と大きく違っている。美桜の力の大きさを考えれば、二次干渉者を複数生み出していても不思議ではない。彼が時折挟む複数形から察するに、彼以外にも数人、同じ方法で干渉能力を身につけた人物が周囲にいるのではないのか。そして、彼はそれが誰なのかを知っている」
 テラの言葉に驚き、俺は本当なのかと芝山の顔を確かめる。
 芝山は苦笑し、フッと短く息を吐いた。
「そこまで知ってるなんて。何者なんだ、君の(しもべ)は」
「何者と言われても……」
 テラはそっぽを向いている。そういえば、(おさ)……もとい芝山の追求に、口を堅くして何も話さなかったのだと聞いた。
「りゅ……竜だよ。テラは、竜だ。なんでこんな姿で船に乗っているのかは、俺も知らないけどな」
「竜……! まさか。人間じゃ、ないのか?」
「少なくとも、俺が契約を交わしたのは竜だ。黄色の翼竜。どうもこの世界じゃ、“向こう”の常識は通じないらしいな。巨大な竜が人間の姿に変わるだなんて、物理法則に反してる」
「失礼だな。(あるじ)のピンチに寄り添おうと姿を変えただけなのに」
 テラは振り向き、フンと鼻息を荒くした。
 ……慣れない。
 従順とはとても言いがたいが、まがりなりにも俺と契約したあの竜が、目の前の銀髪男だとは。声からして絶対に自分と同世代じゃないというのには納得できた。けど、絶対に近寄ってはいけない系のおじさんに、“(あるじ)”と呼ばれるのは気が引ける。
 テラ本人はそんなこと、微塵も気にしていない様子なのだが。
「船に乗り込むには、竜のままでは都合が悪かったのだ。こうして再会できたことに、むしろ感謝して欲しいくらいだ」
 プライドが高い竜は、主従契約を結んだとしても下手(しもて)に出ることはないらしい。相変わらずのツンツンぶりは、まるで美桜のようだ。
「信じられないのであれば竜に戻っても良いが、この場で実行すれば船が壊れる。甲板に出るか……?」
 テラは芝山に向かい、どうする、と首を傾げる。
 馬鹿馬鹿しいと芝山は小さく言って、頭を掻いた。
「わかった。もう、疑わないよ。本当にいい(しもべ)を持ったな、来澄。心底羨ましい。……彼の言うように、知ってるよ、何人か。芳野美桜の影響で能力を身につけたヤツを」
「――本当か?」
「この状況で、嘘なんか吐くわけないだろ。同じクラスに……、少なくともボクの他に三人はいる。もっとも……、レグルノーラにいるとき、ボクは常に“ (おさ)”の姿。しかも砂漠にいるからね。一緒に行動したことはないし、向こうはボクのことを知らない可能性だってある。けど、“ここ”へ“落ちてくる”過程で何度か見かけた。教室の中で、授業中に“意識を飛ばしている”連中を」
「誰だよ」
「さぁ……誰だったかな。中には女子もいたみたいだけど」
 具体的な名前は言えないのか……、言いたくないのか。
 どちらにせよ、悪魔の原因となり得る能力――干渉能力を持った人間が身近にいたというのがわかっただけでも収穫だ。
 そしてそれが、美桜の力によってもたらされていることも。
「しかし、来澄がその、“一次干渉者”だっていうのも驚きだな。つまりは、周囲に美桜がいようがいまいが、自在に“この世界”に行き来できるということなんだろ? 君もてっきりボクらと同じなのかと思ったら――、違うんだな。まさか上位の干渉者だったなんて。見る目が変わる」
 芝山はチラリとテラを見て、またギュッと、唇を噛んでいる。
(しもべ)と契約できるということは、それ相応の力が認められている証拠。いくら砂漠で敵なしと言われるようになったとしても、ボクは魔物と敵対して完全に打ちのめすことが出来るわけじゃない。注意を逸らし、追い払うのが精一杯だ。船を動かす能力も、姿を変える能力も、誇れるものだと信じていたけど――、衝撃だ……。自分よりずっと高い能力を持った干渉者が、よりによって来澄だったなんて……」
 敵意を持っているわけじゃない。
 テラも気付いたのだろう、俺を庇おうと広げていた腕をそっと下ろし、ため息を吐いた。
 そして背中越しに一言。
「凌、君は“表”でも人望がないのだな」
「ほっといてくれ……」
 頭が痛い。
 面と向かって、お前なんぞ底辺の底辺に収まっているのが似合っていると言われた気分だ。
「君を砂漠で見つけたとき、何があったのかと色々勘ぐった。あちこち傷だらけだし、息も絶え絶えだった。しかも一人きり。しばらく都市部へ行くことがなかったから、一体何が起きているのか、美桜とのことはどうなっているのか、正すいいチャンスなんじゃないかとここへ呼んだんだ」
 言いながら芝山は、さっきまでテラを座らせていた椅子にどっしりと腰を下ろした。スッと足を組むが、どうも締まりがない。(おさ)の格好をしていたなら、きっと世の女性どもが惚れ惚れする動きだったのだろうが、今の芝山は制服姿で足も短く背も低い、キノコカットのメガネ君だ。いくら格好つけたとしても、てんで決まらない。
 なんだろう、変に身構えた自分が馬鹿らしくなる。
 偉そうなことを言っても、相手は同じ高校生だ。
 力が認められ、“(おさ)”と呼ばれるまでになったのだとしても、ザイルが言っていたように、感情のコントロールが未熟だったり、変に萎縮したりする。
 芝山は船にいる間、ずっと気を張っているんだろう。でなければ、長い間変化(へんげ)していられないだろうし、船を動かし続けることも難しいはずだ。キッチリ、真面目な性格の芝山だからこそ、(おさ)というポジションにしっくり収まったんだ。
「ボクのことは大抵喋ったぞ。助けもした。だから早く教えろよ。君は、芳野美桜の何なんだ」
 俺の口元が緩んでいるのに気がついたのか、芝山は眉間にシワを寄せている。
 参ったな。何だか場に締まりがない。
 それでも、芝山がきちんと喋ってくれた分、そして砂漠の真ん中で拾ってくれた分を返さなければ。
「わかった……話すよ……」
 力を抜き、頭を掻きながら、俺は言葉を探した。
「美桜は――」
 互いにとって、どんな存在なのか。美桜とも何度か問いを交わた。でも、結局答えなど出ていない。答えを出してはいけないのだと、そう結論づけていた。
 だから今更、芝山に言われたところで、どう答えたらいいのか。単純には言い表せない。
「美桜は俺のことを――、多分……そうだな。干渉者仲間だとは認識しているようだったな……」
 最低限、それだけは言える。
「そんなことは聞いてない。来澄、君はふざけてるのか」
 芝山はムッと唇をへの字に曲げた。
 テラまでも、あきれ顔で額に手をやり、目を固く瞑っている。
「ふざけてるわけじゃなくて。本当に。彼女の気持ちなんて全然わからない。彼女は無理やり俺を“この世界”に連れ込んだ。飛んでくれば大抵臨戦態勢。成り行きで魔物を退治し、成り行きで能力を解放された。俺の意思なんてどこにもない。今だってそうだ。急に砂漠に落とされて、何とかして帰ってこいとディアナに高笑いされて。女性の考えていることはさっぱりわからない。特に美桜は、どうして俺なんかに声をかけたんだか……、未だハッキリしない。誘うように迫ってみたり、かと思えば突き放してみたり。俺の方が彼女に聞いたくらいだ。『俺は美桜の何なんだ』って」
 求めていた答えではないことは知っている。
 だがしかし、これ以上の答えはない。
 俺と美桜は、そういう関係だ。いつまでも平行線上にいて、くっつきも離れもしない。互いの感情は決して交わらないんだ。
「まぁ、彼女らしいと言えば、らしい……かな」
 芝山は唸りながら、一方でなんだそれと首を傾げた。
「でも……、安心した。彼女の“あの言葉”は悪い冗談だったんだと確信できた」
「“男女の仲”……ってヤツか」
「そう、それ。完全にボクは君のことを、美桜の処女を奪った悪い男だと思ってしまうところだった。ありえないけどね。でも、確かめなくちゃと、あのときは無我夢中だった」
 少し前に出回っていた下品なコラージュ写真。そういえば、あれからどうなったのか。今更のように思い出す。
「奪えるわけないだろ、そんなもの……。俺には美桜を押し倒すことなんてできない。そりゃ、そういう仲になれるならと思ったりもしたけれど。無理だな……一生、無理だ」
 そのとき俺はよほどおかしな顔をしてしまったんだろう。
 芝山は急に噴き出し、こみ上げる笑いをじっと堪えていた。
「おい、何がおかしいんだよ」
 ムッとして芝山に尋ねると、テラまでが、
「そうだな。一生無理だろうな。君のような体たらくでは、美桜に太刀打ちできない。あり得ない噂を流されたものだな。美桜に同情する」
 壁際のチェストに寄りかかり、傑作だと声を上げて笑い始める始末。
「なんだよ……。人が真面目に答えてるのに」
「真面目は真面目なんだろうけど。なんだ……、来澄も結局、ボクらと殆ど変わらないってことか……。いや、振り回されてる分、それ以下か」
 腕を組んで肩を震わせる芝山。
 からかわれるのは慣れてるが、ここで、こんな話題で盛り上がられると癪に障る。
「男女の仲を否定した割に、芳野美桜と結構仲良くしてたじゃないか。あれは、どう説明するんだ」
 気がつけば、芝山の口元は、すっかり緩んでいた。
「あれは……、別に仲良くしてたわけじゃなくて、美桜とレグルノーラに出没する魔物を倒すため、策を練ってたんだ。彼女は“この世界”を救いたいと言った。俺はその手助けを――、させられてたんだよ」
 最初は、受動的に。
 今はもう、ディアナとの約束で逃げることすらままならないが。
「“異世界からの干渉者が、世界を救うという伝説”――、それを実現させるために……? そんなこと、来澄は本気でできると思ってるのか? ボクも何度か乗組員に聞かれたよ。『能力が使えるってことは、干渉者なんじゃないか』とか、『もし異世界から来たのであれば、この世界を救ってくれないか』とか。残念ながら、ボクはそんな力は持ち得ない。それより、この砂漠の謎を解く方が面白いと思うけどね」
「なんだよ、砂漠の謎って」
 俺の、この言葉を待っていたのだろう。芝山は椅子にふんぞり返って、まず聞けやとにんまり笑った。
「レグルノーラは、砂漠に囲まれた世界だ。砂漠が世界の殆どを占める。白い雲で覆われ、太陽の光すら届かないこの世界は、確かにボクらの常識とはかけ離れている。水はどこから来るのか? 何故砂漠の中を船が走るのか? 竜はどんな生態系を持っているのか? 考えてもきっと答えは出ない。なぜならここは――、レグルノーラは、恐らくボクらの住む地球とは全く別の次元に存在する世界だからだ」
 芝山は断定的に、仮定を語り始めた。
「魔法にしたっておかしな話だろ。どう考えても、物理的に辻褄の合わないことばかり起きてる。だけれどそれは、この次元では当然のことなんだ。誰も不思議に思わない。この砂漠の先には何もないという常識、砂漠が時空の狭間にあるという常識を。初めてこの話を聞いたとき、ボクは真っ先に思った。中世における天動説を()で行ったような世界が存在しうるのかと。ボクらの住んでいる地球より科学も魔法も発達している世界で、そんなことを真面目に語る人間がいるなんて、滑稽じゃないか。砂漠の先には何かが隠れている。地の果てがあるとしたら、それを見るのも一興かもしれないし、或いは別の都市や森が見つかれば、世界のあちこちに出没する魔物についても、新たな発見があるかもしれない。レグルノーラの人間にそれができないのであれば、ボクがやってやる。そう思って、船を走らせ続けているのさ。ま……、来澄ごとき低脳な人間には、理解し難いだろうけどね」
 フンと、芝山は強く鼻を鳴らした。
 最後の余計なセリフさえなかったら、拍手をしてやりたいところだ。
「ところでさ。崇高な目的はわかった……けど。確か、砂漠では安易に“向こう”に戻れないと聞いたんだが。どうしてるんだ? いくら時間軸が都市部とズレているって言っても、戻る手段がなきゃ、こんなことできないんじゃ」
 すると芝山は、またククッと鼻を鳴らす。
「戻る手段がなければ、作ればいいじゃないか」
「え? どういうこと?」
 仕方ないなと舌打ちし、芝山はすっくと椅子から立ち上がった。
 壁際に並んだ棚の一つ、天井まで届く大きめの書棚の前で芝山は立ち止まり、その横にそっと手をかけた。書棚の一部がゆっくりと後方にずれ、人が通れるほどの隙間が現れる。
 こっちだと芝山は合図して中に入っていく。
 テラと顔を見合わせ、俺も恐る恐る後に続く。
 書棚の隙間を抜けると、そこには小さな空間があった。二畳程度しかない、明かりのない部屋。薄暗く、家具もカーペットも何も置かれてはいなかったが、壁には大きな魔法陣が描かれている。几帳面な字で――しかも、レグルの字で呪文が刻んであった。
「砂漠に出たばかりの頃は、どうやって“元の世界”に戻ればいいのかわからなかった。森や都市とも時空がズレているし、一度出たが最後、思った通りの場所に戻るのは困難だ。数日砂漠をさまよって森に辿り着き、船を下りたところで意識が戻って……なんてことを何回か繰り返した。食料や水分補給のために、定期的に森に戻るようにはしていたけど、効率は悪いし、うっかりすると自分が想定していたのと全然違う時間や場所に戻ってしまいそうになる。だったら、確実に戻れる方法を作り出した方が得策だ。幸い、船には書物が沢山積んであった。そこで魔法陣の書き方を知り、色々試した。今はコレを使って、自分が最後に意識を飛ばした時間と場所へ戻っている。――来澄、君もやってみるか?」
「え?」
「見たところ、かなり長い間砂漠をさまよっていたようだし。ただ、この魔法陣を使って飛んだところで、森を抜けられるわけじゃない。ここから飛んだら、ここへ帰ってくる。そういう風に作ってある。なにせ、ボク仕様だからね。それでも良ければ――使ってみる?」
 思いがけない、芝山の提案だった。
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