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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【10】窮地

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29.砂漠の試練

 “裏の世界・レグルノーラ”を構成する要素は、極めて単純だ。“都市”と周囲の“森”、それを囲う“砂漠”が全てで、その先には何も存在しない。言い方は少し違ったような気もするが、美桜はそんなふうに俺にこの世界を紹介した。
 砂漠は森を侵食して徐々に都市部へと迫り、人の住むところをじわりじわりと奪っている。
 地球でもこの世界でも、砂漠というのはあまり生産的ではない位置づけだ。水は枯渇し、植物は枯れ、動物は屍と化し、岩は砂となる。
 こんなところに一人で放置されるなんて、最悪以外の何ものでもない。
 途方に暮れた俺は、今後のことを考えて鬱になっていた。
 自分の装備を確かめる。
 半袖ワイシャツとスラックス、下着、スニーカー。ポケットにはスマホ、ハンカチと、財布。あとは、ディアナが置いてった茶色い布袋が大小二つだ。
 布袋の小さい方には水、大きい方には乾物が。干し肉らしきものと、パン、レグルの言葉で書かれたレトルトパウチっぽい何かがいくつか入っている。一番奥に、一抱えほどのモノがつっかえているが、それが一体何なのか、ひっくり返さないとわからなさそうだ。こんな砂地で、しかもいつサンドワームがやってくるかもしれない状況で荷物を広げるのは賢明じゃない。とりあえず、食い物の確保だけはできている。俺はそっと袋を閉じた。
 とてもじゃないが、これでしばらく生き延びろと言われても、返答に困る。
 生ぬるく湿った風が肌に当たり、ブルッと背中を震わせた。
 砂漠だってのに、ここはそんなに暑くはない。東京の真夏の暑さより幾分か我慢できる程度。だが、空が常に曇っているせいか湿度だけは異常に高くて、居心地が悪い。しつこくまとわりつく空気が、時折肌を撫ぜては去っていくのだ。
 足元をふと見ると、何かの骨が見えた。小さく細い動物の骨。この場にとどまっていたら、俺もいずれこうなってしまうのだろうか。
 こんなところ、さっさと出ないと。
 ディアナが去る前に見えたサンドワームは、あれから姿を現さない。今のうちに町の方へ進まなくては。
 確かディアナの乗った赤い翼竜は、あの方向へ――。
 顔を上げ、おぼろげな記憶を頼りに遠くを見た。
 あれ。
 確か足元の枯れ草につま先を向けた、その先だった、はず。いや、それともあそこにあった岩の方角か。
 待て。
 ディアナの乗った竜の影はどの方向に。太陽は、日の光はどこから射していた?
「ヤ……ヤバイ。これは、完全に……」
 わからなく、なってしまった。
 目指すべき方向が、さっぱりわからない。
「マジかよ……」
 頭を抱え、かがみ込んだ。
 俺は一体、この先どうすれば。
 闇雲に進んだところで、街にたどり着かなかったら、俺はどうなってしまうんだろうか。
 ――ザザッと大きく砂の動く音がした。
 顔を上げ、前後左右を確認。7時方向、砂山がモコッと不自然に動いた。
「来る」
 大きな袋に小さい方も突っ込み、ひもで結わえて肩に担ぎ、1時方向へ逃げる。
 重い。ずっしりと肩に荷物の重みがのしかかってくる。
 袋の奥にあった妙なモノのせいかもしれない。しまった。もう少し慎重に中を見ておけば良かったと後悔するが、もう遅い。
 スニーカーには案の定、砂が入り込んできた。ざらざらと気持ち悪い上に、足がどんどん重くなる。
 少しずつ、砂山が近づいてきていた。
「――チッ」
 ただ走って逃げてるばかりじゃ駄目だ。なんとかしないと。
 こんなときはどうすればいい?
 武器を出して近くまで寄ったところで、俺に勝ち目などないだろう。絶望的なくらい大きな砂山だ。あの中に隠れている本体は、相当巨大はなず。
 ジークと一緒にダークアイに襲われたときに出した光の弾、あれっぽいので倒せないか。
 思考をフル回転させながら、必死に逃げる。
 こんなところで死ぬのは嫌だ。
 頭が、また痛くなってきた。ズキズキする。息が苦しい。足がもつれ、小石でつんのめる。
「あ!」
 担いでいた袋が宙を舞った。
 ヤバイ、思ったが、身体が追いつかない。
 軽く結んだ袋の口が緩み、砂地に中身が散乱する。
「なにやってんだ、俺!」
 四方八方に散らばった保存食。この状況で、まさか食い物まで失うのか。
 それは嫌だ。
「畜生!」
 空の袋を拾い上げ、手当たり次第、落とした荷物を拾っていく。
 食い物に砂が付いた。最悪だ。けど、ないよりはマシ。
 急に失速したせいで、また頭痛が激しくなる。
 なんなんだ。なんで俺、こんなことになってんだ。
 ザザザッと砂を揺する音が、どんどん大きくなってくる。迫ってる。確実に、迫ってる。
 早く。早くしなきゃ。
 早く、早く、早く早く早く……。
 汗がダラダラと、全身からこぼれ落ちた。
 助けてほしい。何かにすがりたい。
 そう思っても、誰もいない砂漠の真ん中、サンドワームが襲ってくる恐怖から逃れる方法は見つからない。
 結局は自分だけが頼り。俺が自分自身の力で状況を打破しないと、この先、進むどころか生き残ることさえ難しい。
 そんなこと、言われなくったって十分わかってる。わかってるのに。

『わかっているなら、何故動かない』

 ふいに、頭の奥に低い声が響いた。
 誰だ。
 ここには誰も、いないはず。
 手を止め、顔を上げる。人影は、ない。

『考えるより先に行動しろ。このままでは、砂漠で死ぬ』

 聞いたことのない、若い男の声。
 ついに幻聴が。
 “覚醒”以後、身体に負担がどんどんかかって、“あっち”でも“こっち”でも追い詰められて、ついにおかしくなってしまったのか。
『敵の方を向いて、片手を突き出せ。そこに、熱風を乗せろ』
「誰だ! どこに」
『いいから、私の言う通りにしろ』
 ビクッと、背筋が伸びた。
 声はかなり威圧的だが、悪い気はしない。
 持っていた布袋を足元に一旦置き、謎の声に従って敵の方に向き直った。
 グネグネと、砂が上下していた。距離は……数百メートル。明らかに距離が縮んでいる。
 にしても、“熱風を乗せる”って、どういうことだ。――いや、考えていても埒があかない。この世界での魔法の使い方なんて、鼻からわからない。だったら今まで通り、頭でイメージしたモノをぶつけるだけ。
 右腕を突き出し、左手で肘を支える。大きく開いた手のひらから、熱風を出すイメージを、頭の中で膨らませていく。
 手の中に、一度周囲の空気を集めるんだ。ありったけの熱と、水分、光を凝縮させる。
 肩幅以上に開いた両足でグッと踏ん張り、目を閉じて更にイメージを高める。
 大丈夫、できる。
 集中しろ。なんのために“覚醒”した。“能力の解放”ができているなら、こんなこと、他愛もないはずだ。
『そう、それでいい。私の合図と同時に、力を放出するんだ。いいな』
「わ、わかった」
 地中をうごめくサンドワームの気配が音になって、耳の奥まで響いていた。
『5……4……3……2……』
 ザバァーッと、おぞましい音の波が押し寄せる。
 蟲は、直ぐそこまで来ているのだ。
『――1! 今だ!!』
 声に従い、気を放った。
「……っぅをりゃぁぁぁぁあぁぁぁあああ――――!!」
 反動で身体が後ろに反り、飛ばされそうになるのを必死に堪えて、恐る恐る、目を開ける。
 蟲が。
 大きな牙を大量に生やした、巨大な蟲が。
 俺の放った大きな火の玉を食らって悶えている。
 行けたか?!
 ぬか喜びもつかの間、
『相手はひるんでいるだけだ。デカい剣を出せ。早く!』
 またも声の主が俺を急かす。
 デカい剣……、両手剣か。どのくらいデカけりゃ……、とか迷ってる場合じゃない。持てる限界の大きさ、俺の身長と同じくらいの、幅の広い鋼鉄の両手剣を。
 グッと右手を握る。そこに剣があるのをイメージして。
「出た!」
 デザインイマイチ、どっかのゲームのパクリ剣だけど仕方ない。白い皮生地の巻かれた柄を両手で握り直し、前傾姿勢で蟲に向かい走ってゆく。
 そこから先は、言われなくったって大体わかってる。
 飛び上がり、蟲を斬るのだ。
 高く、高く飛び上がる。見えない階段を上がり、蟲の頭より高く、高く。
 何メートル? そんなのわからない。
 自分の背の何倍、何十倍も上へ、上へ。
 蟲の牙が眼前に見え、一瞬足がすくむ。――すくませてる場合じゃない。
「裂けぇ……ろぉぉおおおおおぉぉ――――!!!!」
 振り上げた剣を思いっきり振り落とした。
 ガツンと、鋼の鎧に当たったかのような衝撃。腕に跳ね返った振動が、身体中を伝う。
「クソッ」
 もう一回。
 今度は下から突き上げる。固い。
『剣に魔法の力を混ぜるんだ。さっきの炎を剣にまとわせろ』
 声は簡単に言う。
 重力に引っ張られ、地面に向かって落っこちそうになるのをグッと堪え、更に数歩、見えない階段を上がった。
 全身びちょびちょで、顔にもダラダラと汗がこぼれてくる。
 息は上がるし、頭も胸も腹も痛い。
 苦しい、辛い。逃げたい。
 ――はずなのに、何故か頭の中は澄み切った空のように晴れていて、謎の声の言う通り、必死になって魔法の力を剣にため込もうとしていた。
 こんなこと、今までなかった。
 追い込まれているってのに、なにを楽しそうに。
 思いながら、剣に炎を宿す。鋼鉄の剣が真っ赤に燃える。これなら行けるかもしれない。
『刻め! 粉々に!』
「わかって……、るって!」
 左上から右下に、剣先を落とす。炎をまとった剣は、サンドワームの固い装甲を驚くほど綺麗に裂いた。
「やた!」
『その調子で、どんどん行け! “強いイメージ”を描けば描くほど、“ここ”ではそれが現実になる。――それが、“干渉者”の“力”だ』
 やれる。一度実感したことで、力がどんどんみなぎってくる。
 始めは手応えがあり過ぎて痺れていた手も、少しずつ崩れていく蟲の形と反比例するかのように、痛みを感じなくなっていった。
 グチャッ、グチャッと、茶色い体液が飛び散り、俺の制服を汚していく。粘っこく、生臭いそれは、肌に当たると強い刺激を与えた。
 その上、本体から生えた無数の触手がうねうねと動き回り、俺を捕まえようと伸びてくる。喰おうとしているのか。剣を振り回し、俺は触手を次々に切り落とした。ドチャッ、ドチャッと、蟲の身体は次々と肉塊になって崩れ落ちていった。
 あまりに生々しく、汚い、光景。
 普段なら目を逸らしてしまいそうなそれが、今は不思議となんでもない。
 砂から出ていたサンドワームの身体が殆ど千切れたところで、声は言った。
『そこまでやれば十分だ。後は逃げろ。必死で。砂の中には、今切り刻んだ何十倍もの長さの本体が潜んでいる。頭を再生されないうちに、遠くに離れるんだ』
「な、何十倍って――、え? 再生?!」
 ふと力が緩んだ。同時に、見えない階段がなくなり、身体がバランスを崩して真っ逆さまになる。
 落ちる。
 何十メートルか下の地面に防具もないまま落ちたら、俺は。
 両手に掴んでいた剣も、いつの間にか消えた。
 受け身、受け身の体勢をとらないと。背を丸めて、肩をすぼめ……なんて、一瞬でできるわけ。
『――チッ。これだから、放っておけん』
 舌打ちが聞こえた。
 ヒョウと生ぬるい風が肌を掠り、バサバサと何かが羽ばたく音が――。
 グイッと、何かが俺の足を掴んだ。落下が止まり、思い切り宙に身体が舞い上がる。
「な、なんだ?!」
 足首を、黄色の鉤爪が握っていた。濃い砂色をした、それは。
「りゅ、竜!」
 真っ逆さまになったまま空を見上げると、俺の足首を持ったまま羽を広げる、巨大な爬虫類の姿が目に入った。後頭部の長い、鋭いくちばしを持った賢そうな翼竜は、キュルルッと声を上げると、『最悪の対面だな』と苦笑いした。
「まさか、さっきまで聞こえていた声って、おま……」
『そういう呼ばれ方は気にくわないな。せっかく助けてやったというのに』
 バサバサッと竜は羽ばたいて高度を上げた。
 眼下には、さっき戦ったサンドワームの肉塊とディアナに渡された布袋が。
「に、荷物! 水!」
『そんなもの、“イメージ”を高めて呼び寄せれば良い。君は自分の力の使い方を、まだよくわかっていないようだ』
「え? 呼び寄せ……? は?」
 要するに諦めろと、そう竜は言ったらしかった。
 今すぐにでも水をがぶ飲みしたい気分だってのに、逆さ吊りにされ、餌みたいに運ばれ、パニックも良いところだ。
 大体、竜なんていつから。
 一人っきりで砂漠の真ん中に置いていかれたはずじゃ……。
『まさか、私のことを、彼女はなにも言わなかったわけではあるまい?』
「彼……女って、ディアナ? 砂漠を抜ける話?」
 水と食料を与えられ、サンドワームを倒せだの砂漠をどうにかして抜けるだの言われ……。竜のことなんか、これっぽっちも。
『布袋の底の卵を、お前は割った。私はそこから現れた。“新しい(あるじ)は新米の干渉者だ”と彼女は言っていたが、これでは、あんまりではないか……』
「――あ! アレか!」
 食料の入った袋の底に、確かに何か大きなモノが引っかかっていた。確認はしなかったが、小石に引っかかってつんのめったときに、俺はどうやら荷物をばらまくのと一緒に卵を割ってしまったらしい。
 よく見ると、散らばった荷物の一部に白っぽい卵の殻が。
 あそこから竜が……、そして今、俺の足を。
『君の身体を運んだまま遠くまで飛ぶのは難しい。一旦着陸して、ゆっくり話をしようじゃないか。新しい、私の“(あるじ)”よ』
 バサリバサリと、竜はゆっくりと羽を動かし、風を掴む。
 地平線の向こうに、森とビルの先っぽが見えた。
 あの方角へ――と思うのも裏腹、竜は逆方向、サンドワームと戦った場所から少しだけ離れた岩山へと向かっていった。
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