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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【8】塔の女主人

23/125

23.警告

 白い塔は、同心円状に広がる都市を見守るかのように、摩天楼の真ん中で静かにたたずんでいる。
 ジークの運転するエアバイクは、戦闘ですっかり放心状態の俺を乗せて、塔の中腹にある展望台へと向かっていた。空中に浮かぶ桟橋が見える。どうやら、エアバイクやエアカーで直接乗り入れできるようになっているらしい。他にも数台停車している。
 展望台の中には見物客と思われる市民がぞろぞろ。そういうところは、東京タワーやスカイツリーと何ら変わらないようにも思えた。
「あそこに、会わせたい人がいる」
 風の音に混じって、ジークが呟いたのが耳に入る。
「塔の上、全てを見渡せるところで君のことを見ていたらしい。あの人の目に君がどう映ったのか、僕にはわからない。だが、やたらと期待をしていた。今のうち気を引き締めておいた方がいい」
 彼の言葉は心なしか緊張していた。ピリピリとした声を聞くと、さっきまで丸めていた背中が急にシャッキリする。
 それにしても、また“期待”か。この世界の住人は、こんな足手まといに何を“期待”しているのか。俺には未だ理解できない。
 エアバイクを桟橋に停め、俺たちはゆっくりとエアバイクを降りた。バイクはそこから自動的に専用の駐車場へと送られていくらしい。
 桟橋は、下を覗くと足が震えて動けなくなりそうなとんでもなく高い所にあった。直ぐ下には乗り物を一時停止させるための床が別にせり出していたが、それ自体を支えている細めの金属と狭い床は、ちょっとの力で折れてしまいそうなくらい頼りない。そう思うと急に具合が悪くなる。さっき食べたリゾットが胃から逆流してきそうだ。
 側にあった手すりに掴まり呼吸を整える俺を置いて、ジークは先に先に進んでいく。
「凌、何やってるんだ。もしかして、気持ち悪くなったとか?」
 振り向くジークに無言でうなずき、腹をさすり、口を押さえてアピールする。
「本格的に気持ち悪くなるのはこれからだ。第一、僕は君をここに連れてくることに、あまり賛成ではなかった。あの人がどうしてもって言うから、危険承知でここまで来たけど、そんな調子じゃ会わせる意味がない。君にはもっとシャンとしててもらわないと困るんだけど」
 自分で『連れて行きたいところがある』とか言っておきながら、このセリフ。連れてきたかったのか、連れてきたくなかったのか。変な弁明して、彼は一体何がしたいんだろう。
 桟橋から続く通路を抜け、いよいよ展望台に入ると、少しは気分が晴れた。やっと地に足が着いたというか、立っていても危なくない場所に来たというか。エアバイクに乗っていたときは、風を感じていたせいかあまり意識しなかったが、人間、地に足を着けないと不安になるモノだ。
 一面ガラス張りの展望台からは、レグルノーラの街並みが一望できた。近未来と古めかしい街並みのアンバランス感がこの世界の曖昧さを象徴している。普段は目にすることのない地平線まで続く砂漠も、ここからはよく見えた。その先には何もない。レグルノーラは、この視界にある全てで完結しているのだろうか。
 そうやってキョロキョロしている俺を、ジークはため息吐きながら面倒くさそうに誘導する。
「ほら、こっち。上の階。小さい子供じゃないんだから、ちゃんと付いて来いよ」
 エレベーターホールのような場所で一旦止まり、ジークは上を指さした。
 壁の案内図には、このホールとその直ぐ上の階、それから更に上の階の見取り図が書いてある。展望台自体が三層になっているようだ。図には注釈が添えてあるが、俺にはさっぱり字が読めない。
「気持ち悪いのは直ってきた?」
「え? ま、まぁ……」
「なら、背筋伸ばして、呼吸を整えろ」
 ジークはそう言って、より一層厳しい顔をした。
「“第一印象が大事”って言うだろ。君がこれからどう扱われるかは、最初の一瞬にかかってる。失敗したら、“この世界”には二度と来られなくなる可能性もある」
 いつになく真面目な顔で言われると、緊張感が増す。これから会う人物は、どうやらかなりの強者らしい。ジークのあからさまな態度から、俺にだってそんなことすぐにわかった。
 俺はようやく吐き気の引いてきた胸を何度かさすり、深く深呼吸した。
 エレベーターに乗り込み、上の階へ。その間、ジークは一言も喋らなかった。ほんの数十秒だったが、妙に長く感じる静けさに、俺は息が詰まりそうだった。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 目的地の三階フロアへ着き、またジークの後をとぼとぼと付いて歩く。
 塔の中は、殆ど“あっち”の世界と変わらないような、それより幾分か近未来化しているような不思議な空間だ。会話のない間、気を紛らわそうと辺りを見回していたが、基本的な技術や文化はどこも一緒なのかもしれないと思う程度に見覚えのあるものも、あちこちにあった。
 壁には格調高そうな絵画が飾ってあったし、通路両脇の扉の横には、きちんと部屋の名前がかけてある。一方で、通路を無人で徘徊する円盤型の機械のようなモノに出会ったり、通路の途中で突然人が現れたりする。
 科学的なのか、魔法的なのか。未だわからない。
 確か、美桜が言っていた。『“レグルノーラ”そのものが抽象的なのよ』と。不確定で、曖昧で、どこか不安定な。この世界に関われば関わるほど、その言葉の意味がわかってくる。
 これから出会う人物がどんなか想像も付かないが、もしかしたら、この抽象的な世界の中で権力を持っている人なのだろうか。ジークの背中を見ていると、何となくそんな予感がしてしまう。 
 通路の一番奥、木製の仰々しい扉の前で、彼はようやく立ち止まった。
 息を整え、コンコンとノック。
「失礼します。先生、ジークです。例の彼を連れてきました」
 少し上ずった声でジークが話しかけると、了解したとばかりに扉が静かに開いた。
 変に姿勢を正したジークの後ろについて、そろそろと室内に足を踏み入れる。
 が、妙だ。部屋の中が明るすぎる。風を少し感じる。
 ふと顔を上げたところで、俺は思わず目を丸くした。

 ――空の、上だ。

 塔の中にいたはずなのに、気がついたら宙に浮いている。でも、足はしっかりと床を踏みしめている感触を保っている。
 どうなってるんだ?
 下を覗いて、足がすくむ。
 レグルノーラの街並みが遙か下に小さく見える。剣山のように、ビル群がそそり立っている。
 さっきの桟橋の比じゃない。エアバイクの後ろに座ってたときには感じることのなかった、変な浮遊感もある。
 前を歩いているジークは、見えない床の上を迷いなく進んでいるように見えた。
 怖くないのか?
 それとも、俺にだけこの景色が見えているのか?
 冷や汗が出る。血の気が引く。
 手が、足が、震えて止まらない。

「なるほど、間違いなく“表の世界の干渉者”みたいだね」

 低く艶っぽい声がする。
 ジークじゃない。大人の女性の声。
 誰だ。

「術は“表の人間”にしか、かからない。“干渉能力”が高ければ高いほど、術に嵌まりやすい。お前が見ているモノは、私が見せているモノ。高いところが怖いのか。当然だ、それが人間の本能なのだから」

 姿が、見えない。
 立ちすくんだまま、頭を左右に動かした。
 ジーク以外の人間は見当たらないが、なんだろう、とてつもなく大きな存在が目の前にいることだけははっきりとわかる。強くて、だが柔らかく、全てを包み込むような力が溢れている。
「先生、何をなさってるんです?」
 ジークが見えない誰かに向かって問いかける。
「腕試し。潜在的な力がどれほどあるのか探っているのさ。今彼が見ているのは、最近恐怖を感じたモノ。空中戦が怖かったのか、ここが高すぎたのか。すくんで動けないのはそのせいさね。まぁでも、思っていたよりも少しだけ、いいモノを感じる。美桜が気に入っただけのことは、あるということかな」
 パチンと、誰かが指を弾いた。
 ふうっと空の景色が消え、エレベーターが止まったときみたいに身体が少し浮いた。
 急に視界が暗くなる。目をしばたたかせて改めて辺りを見回そうとしたが、俺の身体は安堵からか、砕けたように倒れてしまった。
「おい、大丈夫か」
 歩み寄るジーク。
 ブルブルと頭を震わせ、俺は何とか気力を持ち直そうと踏ん張った。
「だ、大丈……夫」
 四つん這いになって惨めな姿を晒している場合じゃない。立ち上がらないと。
 気が抜けたら、せっかくここまで来たのに“あっち”に戻ってしまうじゃないか。
 敷き詰められた幾何学模様の絨毯から視界を離し、ぐっと首を上げる。ジークの後ろに、やっと声の主の姿が見えた。

「これしきのことで戻ってしまうようなら、相手にするのはよそうと思ったんだけどね。第一関門クリアといったところかな」

 赤と黒の、女だ。
 黒い肌、ウェーブがかった黒髪の、妖艶な大人の女性。
 胸元がガバッと開いた、燃えるような深紅のドレス。こぼれ落ちそうな豊満な胸。腰から大胆に入ったスリットからは、むっちりした太ももとガーターベルトが覗いていて、厚底のブーツは、ただでさえ長い足を更に長く見せている。
 その引き締まった顔は、どことなく、森で見た少女に似ていた。
「サー……シャ……?」
 朦朧としつつある意識の中で、俺は一度だけ会った、美桜の幼馴染みの名前を呟いていた。
「娘に話を聞いたよ。それで興味を持ったのさ。なかなか、面白そうな男じゃないか」
 ジークに肩を借り、ようやく立ち上がる。
 先生と呼ばれた女は、赤い口紅で彩られた唇をニッとさせて、俺の方に近づいてきた。
 よく見れば、思ったほど背丈はない。俺より少し小さいくらい。それでも、存在感からなのか、かなり大きめに見えてしまう。
「凌、と言ったかな。お前の力を見極めたくて、無理言ってジークに連れてこさせた。見てくれは悪いが、なかなか良い素材だな。これからどう化けるか、楽しみで仕方ないよ」
 うふふっと、女は笑った。
 大人の女性にそんなことを言われるとは思わず、俺はどうしたら良いのか、苦笑いで返した。
「先生、からかうのはよしてください。凌が困ってます」
「困るくらいがちょうどいい。ジーク、お前だって、私と初めて出会ったころは、今よりもっとウブで、もっと素直だった。いつの間にか私より大きくなって、可愛げもなくなったがね」
「先生……、俺が先生と出会ったのは、九つのときですよ。そりゃ、今と違うのは当たり
前で……って、そんな話、しに来たわけじゃなくて」
 んんっと、咳払いし、ジークは改まってスッと、彼女の前に手を向けた。
「凌、紹介するよ。彼女は僕の恩師、ディアナ。塔の番人であり、“裏の世界の干渉者”のまとめ役。市民部隊に指示を出したり、都市部へ魔物が侵攻しないよう、各所に連絡をしたり、“悪魔”除けの結界を作ったりと……、何でもこなす凄いお方だ」
 わかった? と、ジーク。
 彼が普段と違ってラフな格好をしていなかった理由は、ここにもあったのか。恩師と会うのに“表”に感化されたような格好じゃ、示しが付かないだろうからな。TPOをわきまえたってことか。
 そういうことだったら、俺ももう少し格好を考えてくるべきだった。寝坊して、その辺にあったTシャツとジーンズで済ませてしまったことを、今更のように後悔する。
「普段私のことをどう思っているかはさておき、無難な紹介ありがとう。ジーク、悪いが、お前はここで。私はこの男に用があるのでね」
 弟子に出会って早々、ディアナは突き放したように、ジークに退去を命じた。
 ……ってことは、俺はここに、彼女と二人きりになるわけで。
「ちょっと待ってください。いくら何でもそれは」
 ジークも、ディアナの提案には反対のようだ。俺も、見ず知らずの他人と二人っきりになるのは御免だ。せめてジークが隣にいてくれないと不安なんだが、俺の気持ちなど無視するように、ディアナは更に強い口調でジークに帰れと言った。
「早く本題に入らなければ、凌の集中力がもたないだろう。駆け出しの“干渉者”にしては、かなり長い時間“こっち”にいる。お前と一緒だと話したいことの半分も話せないんだ。悪いが、今日は帰ってもらおうか」
 黒い切れ長の目でギロリと睨まれ、ジークは数歩、後退った。
 大丈夫かと、目線で俺の方を確認しながら、
「わかりました……。じゃ、凌。また“向こう”で」
 ジークはありきたりの挨拶をして、ゆっくりときびすを返した。
 マジかよ。もうちょっと粘ってくれても良かったのに。
 バタンと自動でドアが閉まり、室内には俺とディアナの二人きり。偉い人の部屋なのに、他に使用人の姿もない。
 どっかの王朝の宮殿のような、落ち着かないくらい豪華なシャンデリアから、彫刻、絵画、家具。傷を付けたら一生かかっても弁償しきれないような、豪華なモノばかり。こんなところで、今出会ったばかりの年上の女性と二人きりなんて、長くもちそうにない。本題に入るなら、さっさと入ってもらいたいくらいだ。
 ディアナはふぅと長く息を吐くと、こっちへ来いと俺を部屋の奥へ案内した。
 そこにあったのは、明らかに高級だと一目でわかる革製の大きなソファ。レースのカバーがふんわりとかけられたワインレッドのそれに腰かけるよう、ディアナは言った。
「立ち話も何だからね。遠慮なく、座るがいい」
 ぺこりと頭を下げ仕方なく腰を下ろすが、妙に落ち着かない。豪華すぎる内装が原因なのか、それとも、室内に充満する花の香りが原因なのか。
 膝をピッタリくっつけて、肩を強張らせていると、
「取って食おうってわけじゃない。ただ、話がしたいだけだ」と、ディアナは笑った。
 まるで小動物を愛でるような優しい笑い方に、少し気を許してもいいのかもと思いかけるが、これから何を言われるのか考えると気が重い。
 何畳くらいあるのか……、とにかく部屋の中はだだっ広かった。さっきエレベーター前で見た見取り図を思い出す。確か、このフロアの殆どがこの空間だったはずだ。
 ディアナも向かいのソファに腰かけ、グッと足を組んだ。ドレスのスリットから覗いた太ももが交差し、放り投げられた足の先がこちらに向いた。
「真面目な話、美桜から、どこまで話を聞いてる?」
 手前のローテーブルの角に置かれた小箱から、彼女はキセルを取り出し、器用に刻みタバコを指先でつまんで丸め始めた。
 随分古風な物が好きなんだな。それとも、“こっち”の嗜好品はコレが(おも)なのか。
 丸めたモノを火皿に詰め、何で火を付けるのだろうと興味深く見ていると、彼女は指をパチンと軽く鳴らした。指先に小さな魔法の火がともる。それを火皿に近づけ、タバコに火を付けると、彼女は安心したように指先をこすって火を消した。
「あ……、すまないね。どうもコレがないと、真面目な話ができなくて」
 ソファに身を預けキセルを吸う彼女は、少し疲れているようにも見えた。
「美桜は恐らく、殆ど何も喋っちゃいないのだろう。あの()は誰かと話をするのが苦手だし、何より喋りたくないことの方が多すぎて、お前にどう情報を提供したらいいのか相当迷っているはずだ。ジークだって、美桜の手前、喋りたいことの半分も話せてないはず。あの二人、互いの関係がギクシャクするのを嫌って本心を語ろうとしない。そういうところは変に似ているようだね」
 煙がもわっと彼女の口から吐き出される。が、思ったより嫌な臭いがしない。煙に混じった花の匂いが、それを緩和させているのだろうか。
「誰だって自分の居場所を壊されたくないモノさ。だから、ある程度の所までは“干渉”するけど、ある程度の所からは“干渉”を控える。――でもね、そんな駆け引きばかりしていては、解決できることだってできやしない。私たちが持っている、“互いの世界に干渉する力”も似たようなモノ。どこかでズレてしまった関係は、どこかでしっかり直してやらなくちゃならない。少し暴力的かもしれないが、“力”で解決しなきゃならない問題も、あるってことさ」
 言ってる意味わかるかなと、ディアナは目で合図した。
 身に覚えがありすぎて、どう言ったらいいかわからないけれど、確かに彼女の言う通り。それは、経験から何となく推測できる。
「大事なことは目に見えない。本当に伝えたいこと、知らなければならないものは、表沙汰にならない。“二つの世界”が微妙な関係を保ちながら共存していたことも、互いに“干渉者”と呼ばれる能力者を持ち、常に交流していることも、ずっと秘密にされてきた。だが、このままではその関係も崩れてしまうだろう。このまま“悪魔”の力が強まれば、“向こう”の一般人も“この世界”のことを知ることになる。それは“向こうの世界”の人間にとって、好ましいことではないはずだ」
「そう……思います」
 相づちを打ちながら、俺はディアナの仕草をじっと観察していた。
 彼女は何を思って俺をここに呼んだのだろうか。彼女の言う“大事なこと”って、一体。
 ぼんやりする俺に、ディアナは腰を浮かしてグッと迫った。黒くはっきりとした瞳が、俺のことをじっと見ている。艶やかな肌と赤い口紅が眼前に迫る。
 一瞬胸が高鳴って、一気に体温が上がった。

「――美桜は、あの()は、何者だと、思う?」

「ハァ?」
 突拍子もない質問に、声が裏返った。
「な、何者って、言われても」

「ジークは違う意味で言ったようだが、私はあいつとは別の意味でお前に警告しよう。美桜とは、行動を共にしない方が良い」

 え、ちょっと待って。
 意味が。

「もう一度言うよ。美桜とは一緒に行動するな。特に、“干渉者”として、この世界で行動を共にしてはいけない」

 ディアナの眼は澄んでいて、冗談を言っているようには思えない。
 が、俺は直ぐに、その言葉を飲み込むことができなかった。
+注意+
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