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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【7】土曜の朝

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22.空中の攻防

 気まずい空気が流れた。
 さっき美桜とジークが変な間合いを取っていたとき感じたのとは違う、とても嫌な空気だ。
 美桜が、俺のことを、……『好いてる』?
 そんな馬鹿な話を急に突きつけられて、俺はどういう態度を取ったらいい?
 残念ながらこういった話題には全く耐性がない。今まで、目つきと愛想の悪いブサメン、キモメンと言われてきた自分に、美しさで定評のある“芳野美桜”が好意を抱いているなんて、絵空事にもほどがある。
 ジークはしばらくじっと俺の顔を凝視していたが、重い空気を払拭しようとしてか「嘘じゃないからな」と念を押した。
「冗談だろ。彼女は俺のこと、単に扱いやすい奴隷みたいにしか思ってない」
 予告なく連れ回したり、無理な待ち合わせをしたり、能力以上のことを求めたり。
 それでも何とか彼女との関係を保ちたかったのは俺の方だ。接点のない俺に彼女が声をかけてきたとき、チャンスだと思った。だから何を言われても付いてったし、逆らいもしなかった。
 あわよくば彼女の身体を。そんな下心で動いていた最低最悪の男に、彼女が好意を抱くわけがない。
「何で美桜は、こんな不細工な男がいいんだろうと僕も思った。でもさ、人の趣味ってわからないモノだよね。僕なんかずっと前から彼女に愛の告白してたのに、見向きもされなかった。住む世界が違うからなのか、それとも年が離れているせいなのかって思ってたけど、実際はそんなの関係なかったわけだ」
 ジークは寂しそうに、美桜の消えた方を見つめてグラスを傾けた。
 二人の関係がどんなか、未だはっきりしない。だが、ジークが美桜に好意を抱いているというのは間違いなかったようだ。
「ジークは美桜に直接聞いたの? ……その、俺のことを、どう思ってるか、とか」
「いや。彼女は決して、自分の気持ちを口にしないよ」
 ふぅと長い溜め息。
 口にしなかったということは、単にジークの思い過ごしかもしれないということ。俺はそう解釈した。
 確かに、彼女は今まで自分の気持ちをはっきり語ったことはない。悲惨な過去を教えてくれたときだって、それによって生まれたであろう感情についてはくわしく言及しなかった。
「だからこそ、彼女に何かがあったら君が動くべきなんだ。僕はあくまでサポートにすぎない。今のところ、彼女に一番近いのは君なんだから。けど、だからといってこれ以上親密になるのは止めてもらいたい。今のまま、微妙な距離感を保ちつつ、彼女を守って欲しい」
「……簡単に言うんだな」
 これまでずっと、何かあったらジークが助けてくれるという安心感があったのに、彼はいとも簡単にそれを放棄させる。
 遅かれ早かれ、彼はそうするつもりだった。
 二人っきりになるチャンスを覗っていて、俺にそう切り出そうと決めていたような口調だ。
「僕と君らの世界は遠い。偶々“干渉能力”によって、簡単に行き来できているだけで、それさえ、いつまで可能かわからない。二つの世界の距離が変わったら、恐らく“干渉者”であっても互いの世界に行くことは難しくなるはずだ。だから、美桜と同じ世界にいる君が率先して彼女のために動くべきだ」
 そう、なんだろうけど。
 畜生。
 頭が簡単に事態を飲み込めない。
 美桜が俺を好きだとか、俺が美桜のために動くだとか。
 ジークは勝手だ。いや、俺の周囲のヤツは勝手なヤツばっかりだ。
 俺の気持ちなんか、俺がどう思っているかなんか、どうでもいい。知らないうちにどんどん動いている。知らないところでいろんなことが決まっていて、いろんなことが起きている。
 美桜に“レグルノーラ”のことを教えられたときに、ある程度覚悟を決めていたはずなのに。
 “ダークアイ”の正体について話し合ったときに、気持ちを固めていたはずなのに。
 自由がきかない。
 ここは“心の力を反映する世界”だってのに、モヤモヤが溜まって全然前に進めそうにない。
「俺……、帰ろうかな。変な冷やかしするために引き留めただけなら、ここに居る意味ないし。飯はごちそうさま。結構美味かった」
 胸が変に苦しみだした。
 俺は居たたまれなくなって、よいしょと腰を上げて立ち上がろうとする。
「待て。凌」
 ジークが慌てて両手を伸ばした。
「言ったろ。『こっちには、それ相応の支度がしてある』って。連れて行きたいところがある」
「別に、今日じゃなくても」
「今日は土曜。君のスケジュールは完全に空いている。どれだけ長くこちらに居ても、誰も困らないはず」
「そりゃそうだけど」
「君にとって価値のある場所。決して損はさせない」
 ジークはそう言って、半ば強引に俺の同意を取り付けた。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 カフェを出ると、やはりというべきか武装した数人の市民兵が雑居ビル周辺を警護していた。来たときは誰も居なかったのに今こうして警戒してるってことは、何かがあったのか、それとも何かあるといけないからなのか。
「ご苦労さま」
 ジークが声をかけると、市民兵はスッと敬礼を返す。
 なるほど、態度には出さないが、“裏の世界の干渉者”だけあってそれなりに権威があるらしい。
「守備は」
「今のところ、問題は。ただ、先ほど、少し“ダークアイ”らしき黒い物体が例の路地に湧いて、殲滅したところです」
「了解」
 殲滅とは言ったが、実際は追い払ったってことだろう。確か“ダークアイ”に物理攻撃は殆ど通じなかったはず。分裂して、拡散して、酷いときには巨大化する。それがなかったってことは、ターゲットが近くに居なかったってこと。もしかしたら俺や美桜が“こっち”に飛んだのを嗅ぎつけていたのかもしれない。
 チラッとジークを見上げると、彼はさっきより一層引き締まった表情で辺りに目配せしていた。
「少し急ぐ必要があるな。エアバイクかエアカー、空いてるのある?」
「一台、エアバイクなら」
「じゃあそれでいいよ。借りてく」
 会話を聞いた別の市民兵がスッと物陰から一台のエアバイクを引いて現れ、敬礼する。
 ジークはそれを受け取ると、一緒に渡されたヘルメットを被り、エンジンをかけて悠々と跨がった。
 バイクとは言っても、銀色の車体に車輪らしきモノは見当たらない。宙に浮いて走るのだ。丸っこい卵形のフォルムは近未来的でいつ見ても胸が躍る。
「凌、後ろ」
 言われて後部座席へ。ヘルメットを被ってゆっくり跨がり、グラブバーを握った。俺の体重で車体が軽くバウンドする。フワフワとしていてあまり乗り心地は良くないが仕方ない。
「運転には自信ある方じゃないから、覚悟しといて」
 ――え? 何か今、ものすごく大事なこと、サラッと言った?
 シューッと車体後部から勢いよく空気が噴き出す。エンジン音は殆どしない。
 バイクはゆっくりと通りに出て、少しずつ加速した。
 普段なら多くの車や通行人で賑わっているはずの通りは、しんと静まりかえっている。俺たちの乗ったバイク以外、乗り物はない。
 貸し切り状態の道路をぐんぐん進んでいくうちに、車体は少しずつ浮いていく。車底からせり出した透明な羽が細かく振動して浮力を増すと、バイクは更に高度を上げた。
 人の背を超え、信号機を超え、空中へ。
 迫り建つビルとその間を縫うようにして伸びる高速道を横目に、俺たちは摩天楼の中心へと進んでいく。
 風が冷たい。Tシャツが風を孕んでバサバサ鳴った。
 コレで天気が良かったら最高なんだけれども、レグルノーラは何故か常に曇っていて、晴れ間を覗かせる様子はない。“悪魔”とやらを倒して全てが解決したら、この空にも日差しが戻ってくるのだろうか。
「ヤバイな」
 突然、ジークが呟いた。
「ヤバイって何が」
「“悪魔”に見つかった」
 右手で地面を指さす。俺にはよく見えない。
「4時方向で何かがうごめいてる。早くしないと、追撃が来る」
 振り落とされないようバーをしっかり握って、右に振り向いた。まだわからない。
 ジークには何が見えているのか。サイドミラーを覗こうとするが、角度が悪く自分の顔しか映らない。
「しっかり捕まって。加速する」 
 グリップを強く捻り、ジークはグッと、上半身を前に倒した。フォーッと更に勢いよく、マフラーから空気が噴き出す。
 こんな上空で振り落とされたら。俺は慌ててジークの腰に手を回した。
「――来た。凌、耐えろよ」
 何が、そう思っているうちに、車体が大きく左に傾いた。
 危ない、とっさに身体を丸めた俺の真横に、黒い影がスッと通り過ぎる。直後、更にススッと別の影。ドロドロの粘液が伸びたような――“ダークアイ”。
 と、今度は右へギュッと捻る。左からの攻撃をスレスレでかわす。
 ジークはぐねぐねと器用にハンドルを動かし、すんでの所で逃れていく。が、限界も近い。
 そびえ立つビル群に近づくにつれ、空中なのに逃げ場がなくなっていく。相手の攻撃如何では、エアバイクごとビルの外壁に突っ込んでしまいそうだ。
「武器、武器を出せ」
 ジークが、焦った声で言う。
「埒があかない。何でもいいから応戦しろ」
「で、でも」
 こんな状況で武器なんか出しても、俺に戦うことなんて。
「何でもいい、早く!」
 早くって言ったって――。
 躊躇している間も、あらゆる方向から、黒い触手が伸びてくる。
 ジークの肩越しに見えたエアバイクのタコメーターは、今にも振り切れそうになっていた。比較的静かだと思っていたエンジンも、少しずつ変な音を出し始めている。細かい振動が尻を介して伝わっていた。エアバイクで出せるスピードギリギリで走っても、ダークアイの攻撃からは逃れられないのだ。
 ジークは五感をフルに活用して、必死に操縦している。
 俺が、俺がやるしかない。
 こんなときは、こんなときはどんな武器を出せばいい。
 目を瞑ってじっと考えた。
 ふと、頭の中に美桜の姿。ダークアイと初めて戦ったあのとき、確か彼女は両手剣で戦っていた。今は、いいとこ片手しか使えない。軽い武器がいい。――が、刃物の類いは駄目だ。失敗したら、ジークまで斬ってしまう。じゃあ銃器は? いやいや。それも駄目だ。この状況だし、まともに目標めがけて撃つ自信がない。
 だったらどうすればいい? 
 何ができる?
 イメージするんだ。力尽くで敵をなぎ倒す。足止めでもいい。目くらましでも。
 ほんの少しでもいい、ジークの操縦の妨げにならないようダークアイから距離を取る方法……。
「何やってんだ! 早くしろ!」
 ジークの怒号。
 わかってる。早く何とかしなきゃならないのは、俺にだってわかってる。
 でもどうしたらいいのか、全然わからない。
「体育館裏で追い詰められた、あのときを思い出してみろ! 君はどうやってあいつらを撃退したんだ?!」
 た、体育館、裏……。
 北河たちに追い詰められ、俺は“覚醒”した。
 あのとき、刃物や飛び道具は出せなかった。出せるような状況じゃなかった。だから何とかして吹き飛ばそうと――。
 それ、か。
 あの方法なら確かに、振り回した武器をジークに当てる心配も、命中率の悪さにがっかりする必要もない。
 この間のが風のイメージだとすれば、今回は光。どっかの少年漫画のパクリでもいい。俺の中のイメージを具現化させるんだ。
 目を開き、ジークの腰から右手を放して、拳を強く握る。
 手の中らに全ての意識を集中させ、光の弾が大きくなっていく様を想像する。大きく、大きくなった光の弾は、やがて黄金色に輝くエネルギーボールに変化していく。
「まだか?!」
 言いながらジークは左に大きくハンドルを切った。ビルが真ん前まで迫っていた。
 右後方から触手が伸びてくる。
 ぐっと振り向くと、ダークアイの本体らしき黒いものが見えた。巨大でおぞましい、黒い塊。俺たちが逃げるのを見て、せせら笑っているかのような不気味な黒。
「早くしろ、凌!!」
 ジークの声が更に大きくなった。
 ビルを避けたと思った矢先、目の前に新たな黒い塊。俺たちの真上から、カーテン状に触手を降ろし、行く手を阻む。
「ちっく……しょぉぉぉぉぉ――――!!!!」
 更にハンドルを、左に……駄目だ。別のビルの外壁が、もうすぐそこまで迫っている。
 バイクはやむなく、スピードを落とした。逃げ場がない。そこに、(とど)まるしか。
 早く。急げ、急ぐんだ俺。
 大きな光の弾。黒い触手をはね除ける、光の弾。――手が、熱くなる。
 そう、これだ。ジリジリと熱い光の弾が、俺の手の中に――。
「で……、きた。できた。何かできた!」
 ゆっくり広げた手のひらに、明るく光る何かが見える。
 イメージしたそのままとは言いがたいが、ハンドボールより少し小さめの、黄色い光が一つ。
「凌、満足してる場合じゃない、何とか、し、ろぉ!!」
 ジークに後押しされ、俺は思いっきり、そいつを天空めがけてぶっ放った。
「うぉぉりゃぁぁぁぁぁぁ!! 行っけぇぇぇぇ!!!!」
 音もなく弾は飛ぶ。
 熱と光にやられ、触手が次々に縮れていく。
 だが、それだけじゃ駄目だ。光の弾から逃れた触手が、まだ勢いを付けて伸びてくる。あれらも全部何とかしないと。
 しかしもう弾が出てこない。イメージでは、この弾が無数に……。
「――チッ。やはりコレが限界か」
 ジークの舌打ちが聞こえる。
 そう、限界だ。半端な大きさの弾一つひねり出しただけで、力が尽きてしまった。
 もう肩じゃないと息ができない。意識だって朦朧としてきて、バイクから落ちないよう掴まるので精一杯だ。
 ジークはそんな俺の様子を察したのか、少し振り向いて、ふぅと長めに息を吐いた。
「人の尻拭いをするのは好きじゃないんだけど。僕自身も危険に晒されるのは嫌だからな」
 失速したバイクに跨がったまま、ジークはすっくと立ち上がった。右手をグリップから離し、俺の放った光弾に手のひらを向ける。
「弾けろ!」
 途端に光が散った。
 まばゆい光の粒が八方に広がり、黒い触手を消し飛ばしていく。
 ビルの外壁に光が反射して、辺りは白い光に包まれた。ヘルメットのシールドがなかったら、目が潰れて何も見えなかったくらいの光だ。
「こういう場合は、拡散させるんだ。あんな弾一つきりじゃ、足止めにもならない」
 ジークの言う通り。強い光のないこの世界では、効果覿面だ。
 まだまだ力が足りない。俺の貧困な想像力じゃ、ピンチのときも力になれそうにない。
「行くぞ」
 姿勢を直し、ジークはゆっくりとエンジンを噴かし始めた。
 徐々に光は消え、辺りは元の薄暗い世界に戻ってゆく。
 行く手を阻んでいた黒い影はもうない。黒く巨大なダークアイ本体と思しき影とも、大分距離が取れた。
 エアバイクは更に宙を進んだ。
 眼前に、目的地だろうか、一際高い塔が見えていた。
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