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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【6】嘘の代償

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18.崩れる日常

 正体は明かさないが、味方がすぐそばにいるというのは、ほんの少しだけだが心強かった。しかも、初心者の俺なんかよりも、下手したら美桜よりも、ずっと上位の“干渉者”だ。
 もし美桜に何かあったら、すぐに駆けつけてくれるはず。そんな淡い期待もあった。
 ヒントは名前。そう彼女は言った。
 簡単に見つかるだろうと高をくくったが、コレが案外難しく、一週間近く経ったが全く見当すら付かない始末。頼りにしていた生徒の名簿は、生徒会役員などでない限り閲覧がなかなか難しく、中間テストの成績表も気がついたときには撤去されてしまっていた。七月に開催される球技大会までは、全学年交流の機会もない。大体、ぼっちの俺は誰かに頼って情報を集めることもできないわけで、ハードルが高すぎたことを単に思い知らされただけだった。
 まぁ知らなければ直接ジーク本人に聞くという方法もあるわけだが、これもまた上手くいかず。というのも、ジークの住んでいたあの小さな青いビルの場所がよく思い出せなかったのだ。しかも、まだ“干渉者”として未熟な俺は、彼女のそばにいるとき以外“裏の世界”へ飛ぶことができなかったのだ。
 幸い、美桜の席は俺の真ん前。席替えがあるまでは、その存在を感じながら“あっち”へ行くことができる。授業中だろうがなんだろうが、とりあえずは美桜さえ近くにいれば、手を介さずに“あっち”へ飛べた。これは、俺の中ではかなりの進歩だった。
 だが、ほんの数秒しか続かない集中力のせいで……というのも、やっぱり授業中、小テストの合間だったり、板書の合間だったりに飛ぶしかないのだが、向こうに行っても時間切れで殆ど身動き取れずに終わってしまう。いつもの小路を出て、右か左か。何度か挑戦してみたが、どちらに進んでも似たような光景が広がっていて、その先どちらに進めば良かったのか思い出そうとする頃には、意識は教室の中に戻っていた。
 合図をするからと言ってくれている美桜とも、ここしばらく“あっち”で一緒になることはなかった。

「私と行動を共にしたいなら、タイミングを合わせることね」

 美桜は平気で、俺のキャパを超える要求を突きつける。
 前の席で彼女が髪をかき上げていることを確認し、ハッとして周囲の様子を探る。
 教室の廊下側から順番に答えさせられることが多い英語の時間、もうすぐ自分の順番が来るってわかっていたのに、美桜のヤツは合図を寄越した。
 無理だ。
 思ったものの、俺の席は美桜の後ろ。ペンで突こうか、それともメモでも渡そうか。考えているうちに「来澄、教科書○ページの○行目から」なんて声がかかったりする。
 授業が終わった後、美桜は振り向きざまにギロッと俺を睨み付け、飛ぶ気がないのかと無言で訴えてくる。
 悪いが、俺の成績は中の中。美桜は学年トップを争う優等生。
 授業に追いつくのが精一杯な俺にとって、授業の合間を縫うというのは、とても難しいことだった。

 たとえ一緒に“裏の世界レグルノーラ”で戦う“干渉者仲間”だとしても、周囲に交際を宣言しているといっても、一緒に勉強をやりましょうだとか、わからないところは教えてあげるわだとか、そんなことは一切ない。
 結果、彼女からは冷たい視線が常に浴びせられ、俺は何の情報も得ることができず、ただ虚しさだけが漂う日々を過ごすことになる。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 マンション前での変な合成画像が出回っていると知らされて以降、俺と美桜の周囲では少しずつ、おかしなことが増えていた。
 いわゆる、いじめの前兆のような気持ち悪さがあった。ヒソヒソと悪口を言われるのは慣れているとしても、物がなくなったり汚されたりすることが出てくると、流石に気分が悪い。が、こういった悪意が“レグルノーラ”での“ダークアイ”出現に繋がっているんだろうと思うと、ただ黙って耐えていればいい状況じゃないようにも思えた。
 美桜曰く、標的は彼女。
 だとすれば、俺の身に起きている出来事はとても些細で、彼女の方ではもっと重大なことが起きているのかもしれない。しかし、いつ見ても美桜は涼しげな顔で何ごともなかったかのように日々を過ごしている。
 日常茶飯事だと言っていたのも、あながち嘘ではなさそうだ。悪い言い方をすれば、“やられ慣れている”。
 彼女の表情から現状を探るのは難しい。向こうも向こうで、俺に気を遣っているのか、それとも頼りたくないのか、何が起きているのか一切教えてこようともしない。
 あの日昼飯を一緒に食った後、無理やり聞き出した彼女のメルアドと電話番号も、非常事態以外に使うのは気が引けて、「今日はどうだった」「何か、新しい情報は」簡単な言葉さえ打つのに躊躇する。
 結局、お互いの気持ちは一方通行だ。
 俺が彼女のことを一人の少女として心配しているのを、向こうが全く知らないのと同じように、彼女が俺のことをどう思っていて、どのくらい信用しているのか俺にはさっぱり理解できなかった。
 だのに、美桜が交際宣言をしてしまったことで、話はどんどん膨らんでいた。
 嫌がらせには段階というモノがあって、まずは陰口や悪口から始まり、それをネタに見えないところで“からかい”が始まる。それから、どんどんその“からかい”が表面化し、いずれ本人の目の前で、或いは本人に直接的な“からかい”“嫌がらせ”が行われていく。
 顔つきの悪さで常に”はぶられ状態”にある俺は、これらの行為を何度も目の当たりにした。どこまで“嫌がらせ”が発展するのか。その先には何があるのか。考えたこともあったが、幸い、直接的肉体的な攻撃に発展することがなかったのは、不幸中の幸いだった。
 ところが、今回は、何かが違う。
 学校一とも噂される美少女“芳野美桜”に手を出したという噂は、想像以上に手の付けられない状態にまでヒレを付け、いつの間にか学校内の誰もが知ることになっていた。
 クラスの担任や教科担任さえ、俺の顔と美桜の顔を交互にチラチラ見る始末。
「不節操はいかんよ」
 年配の地理教諭にコソッと言われたときは、自分の耳を疑った。
 不節操どころか何もしていない。手を握ったことがあるくらいで――それも、“レグルノーラ”へ飛ぶための儀式としてやっていただけで、お互い恋愛感情で成り立っているような関係じゃない。

 本当に、コレで良かったのか。
 面倒だからと交際宣言なんかしてしまって良かったのか。

 美桜の対応には未だ疑問が残る。
 なぜ、彼女は俺なんかを選んだ。お互い苦しくなるってわかっていて、なんで公衆の面前であんなことをしたんだ。

――『美桜は凌のことを、もしかしたらそれ相応か、もしくはそれ以上のモノだと思ってるかもしれないよ』

 サーシャの言葉が、たった一つの心の支え。
 信じていいなら、もしかしたら。
 でも、当の美桜はそんな素振りを見せようとはしない。
 彼女の本心を知りたい。
 だが、今はそれどころじゃない。早く“悪魔”の正体を突き止め、この状況から脱しなければ。
 そんなふうに結論の出ない答えを探して、俺の頭は堂々巡りを続けていた。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 金曜の放課後、それまで話したこともない連中が突然親しげに近寄ってきた。
 俺が最も苦手とする、制服を着崩した茶髪のヤツら。チャラチャラしていて素行が悪く、学内でも問題児扱いされている男子数名が、昇降口で俺を囲んだ。

「来澄ってさ、マジであの“芳野美桜”と付き合ってんの?」

 その中の一人、北河瑛司が、にへらにへらと胸くそ悪くなるような口調で、俺に迫った。
 北河は、チャラ男の中でも最悪な噂を持つ人物。数人の女子をはべらせハーレムを作っているだとか、他校の女子を妊娠させただとか。信憑性はともかく、かなり危険であることには違いない。
「それが?」
 下駄箱から靴を取り出し履き替えようとすると、北河はそんな俺の手をバシンと払った。ボタボタッと音がして、スニーカーがスノコに落ちる。腰をかがめて取ろうとすると、もう一人が襟を引っ張った。
「芳野、狙ってたんだよね。どうやって落としたんだよ」
 北河は俺の顔前に詰め寄り、普段誰にも見せないような鋭い眼光を浴びせてきた。
 周囲を見渡すと、数人の女子生徒の姿があった。怯え、驚いて動けない様子。だが、こんな所を目撃したんでは、彼女たちだってただじゃ済まないだろう。余計なことに巻き込まれるな、逃げろと目で合図すると、それに気がついたのか、彼女たちは足早に校舎の中に戻っていった。
「場所、変えないか。ここじゃ目立つし」
 ギャラリーがいようがいまいが北河たちは全く気にしていない様子。彼らがこうやって誰かを囲うのは、別に珍しいことじゃないからだ。
「じゃ、定番の体育館裏にでも行こうか」
 北河は日に焼けた顔で、にたりと笑った。

 このまま、ボコられるのだろうか。
 俺はブルッと身震いしながらも、ある程度予想できていただけに、心の中は意外と冷静だった。
 北河がいつも連れ歩いている4人は、まるっきり彼の言いなりで自主性がない。それは何となく噂で聞いて知っていた。だから、北河さえ何とかなればこの場から逃れることもできるのじゃないか。そんなことを頭の片隅で考えていた。

「お前の噂知ってるぜ。芳野と寝たんだって?」

 体育館裏にたどり着くと、北河は早速、本題を突きつけた。
 六月に入って日が高くなったせいか、薄暗いイメージのあるこの場所にも、初夏の日差しがジリジリと照りつけていた。
 体育館の中では女子バレー部がサーブ練習をしているらしい。半開きになった高窓から、バシンバシンと床にボールが跳ね返る音と、威勢良いかけ声が聞こえてくる。
 体育館の周囲には背の高い木々が生い茂っていて、その奥には、騒音対策だろうか2メートルを越す高いコンクリ製の塀がある。
 北河の声は、壁に跳ね返って増幅されたバレー部の練習音にかき消されたようになって、辛うじてなんと言っているのか理解できる程度だった。
「なんで“芳野美桜”は、お前なんかと付き合ってるわけ? どっからどう見てもブサメンのお前が良くて俺はダメ? 意味わかんね。なぁ来澄。お前どうやって芳野を落としたんだ? 言えよ」
 ポケットに手を突っ込み身体を揺らし、威圧するような態度で、5人は俺に迫った。如何にも頭の悪い連中がしそうな仕草だ。
「知ってどうするんだよ」
 第一、俺は美桜に告白したことも、彼女とやましいことをしたこともない。
 それどころか日々奴隷のように見下され、冷たい視線に耐えていたくらいだ。付き合ってるなんて、一緒にいるところを不審に思われないようにするために、彼女が適当に作った言い訳に過ぎないのに。
 北河といい、ガリ勉眼鏡の芝山といい、一体、美桜のどこがいいんだ。
「そういう態度が気にくわねぇんだよ。来澄、お前何様のつもりだ? 芳野と付き合ってつけ上がってんじゃねぇぞ」
 つけ上がるという状態がどんなだか、さっぱり思い当たらない。
 俺は無言で体育館の外壁に背を付け、5人から目を逸らした。
 しかしそれがまた北河の怒りを買ったらしい。ヤツは怒りに堪えきれず、腰をかがめて右足で大きく俺の足にケリを入れる。左のふくらはぎに激突し、俺は思わず身体をふらつかせた。
 体勢を立て直し、上目遣いに北河を見る。ヤツは握り拳を作って、今まさに俺をぶん殴ろうとしていた。
 腹のど真ん中を狙ってくる。――俺は無意識に、身体を右にずらしていた。
 北河の拳が宙を斬り、その勢いのまま体育館の壁に激突する。
 間一髪。
 俺はふぅと息を吐いて、背負っていたリュックを地面に落とした。
「そっちこそ何が気にくわないんだよ。たかが女子一人落とせなかったくらいでリンチかよ」
 そうさ、たかが美桜一人落とせなかったくらいで。
 ブサメンに美桜を奪われたのが余程ショックだったってことなのか。それとも過去に何かあったのか。
「……ンだとぉ? 来澄、てめぇ!」
 北河は顔を真っ赤にして突進してくる。俺は攻撃を避けながら、体育館の縁に沿って後ろへ後ろへと下がった。
 レグルノーラでの戦いに慣れてきたこともあって、相手の動きがはっきり見える。悪いけどコレじゃ攻撃は当たらない。軌道が見えすぎている。
「お前らも、なに突っ立ってんだ!」
 連れの4人がハッと顔を見合わせ、駆け寄ってくる。
 日焼けた拳が三つ四つランダムに襲ってくるが、動きが遅い。北河に言われ、その気もないのに、場の雰囲気で殴りかかっているのが見え見えだ。
 身体を右に左に揺すって攻撃をかわす。次は蹴りが来る。左に避け、まんまヤツらの背後に。今度は右からパンチ。左へ大きく首を振り身体を屈め、勢いで足払いをかける。殴りかかってきた一人がすっ転んで別の一人の身体に当たり、尻餅をついて別の男の行く手を阻む。突然の障害物に前のめりになった男は、ぐるんと前回りをする格好で背中から地面に倒れ、その勢いでもう一人の仲間を道連れにした。
 気がつくと、北河以外の4人は草地にバラバラと倒れていて、うなり声を上げている。
 ……やってしまった。
 こんなつもりじゃなかったんだが、身体が自然に動いていた。
「来澄……、お前、なんてことを……」
 肩で息をしながら、北河はわなわなと震えている。
 尻ポケットに、手をやるのが見えた。
 銀色に光るモノを手にしている。
「お前が悪いんだからな、来澄。お前が俺を、怒らせるようなことをするから」
 ナイフだ。
 コイツ、マジで何考えて。
 目がギラギラと光っていた。北河の身体から、気のせいか、ねっとりとした黒いもやが立ち上がっているように見える。
 何だ。目の、錯覚か。
 汗が目に入って潤んでいるから、そう見えるだけか?
 ごしごしとシャツの袖で額の汗を拭ったが変わらない。やっぱり、変な黒いものが北河から吹き出ている。

 おかしい。
 ここは、“裏の世界・レグルノーラ”じゃない。
 “表の世界”なのに。
 頻繁に“あっち”に飛びすぎて、おかしくなったのか。
 なんであんなに黒いモノが、俺の目には、はっきりと見えるんだ。

「うぉりゃぁぁぁぁぁ!!!!」
 勢いを付け、黒いもやをまとった北河がナイフで切りかかってくる。
 ダメだ、止めないと。
 相手は人間だ。“あっちの世界”の魔物じゃない。
 俺は思いっきり身体をひねって、北河の攻撃を避けた。
「止めろ、北河! 正気に戻れ!」
 もう言葉など通じない。
 北河は血走った目で振り返り、またナイフで切りつけてくる。
 右へ左へ、斜めに横に。
 これでもかこれでもかと勢いに任せナイフを振る北河は、いつものチャラ男の気配をすっかり失っていた。
 ただの、獣だ。
 サクッと、腕をナイフがかすった。
 ヤバイ。
 思っても、もう遅い。俺の真っ赤な血がバシュッと北河の顔にかかった。
 はらっと右腕の袖がめくれ、あの刻印が晒される。
――“我は干渉者なり”
 ダメだ。
 こんなもの、誰にも見せちゃ――なんて、言ってる場合じゃなかった。今はとにかく、コイツを止めないと。
 足元に倒れるヤツの仲間たちを踏まないように、気をつけながら後退る。
 怪我をさせようとか倒してやろうとか、そんなつもりはなかったんだ。結果的にこうなってしまっただけで、お互い傷つけあう理由なんてない。
 できるだけ平穏無事に、全てを解決させなきゃ。


 どうする。どうしたらいい。


 “あっちの世界”だったら。これがもし、“あっちの世界”での出来事だったら“力”を使えるのに。
 頼りなくてまだ操りきれない力。
 だけれど、敵を仕留めてきた力。
 “イメージを具現化できる”力。

 “こっち”でも、使うことができたら。

 何のための“能力”だ。
 “干渉者”って何だ。


――『この世界と、“レグルノーラ”を行き来できる、数少ない人間』
――『二つの世界に干渉し、問題を解決することができる力を持つ、選ばれた人間』


 “二つの世界に干渉し、問題を解決することができる力”……?
 だとしたら、“こっち”でも、“力”を使えるのか?
 まさか。
 いや、だけど、何もせずに結論を出すのは早すぎる。


 “力”が、欲しい。


 弱くて惨めで、殻に閉じこもってばかりいるのは嫌だ。
 自分だけじゃ何もできなくて、周囲が何かしてくれるのを待っているだけなのは嫌だ。
 窮地に追い込まれても、這い上がって行けるような“力”。
 肩書きだけじゃない、“本物の力”――。
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