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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【5】森の中で

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16.微妙な関係

 サーシャは、のっぺりとしたいわゆる“レグルノーラ”らしい服装ではなく、どちらかというと“表の世界”の俺たちに近い格好をしていた。如何にも森の中を駆けずり回ってきたと言わんばかりに汚れた服は、胸がはだけて谷間がくっきりと見えているし、ショートパンツは下半身の大事なところを辛うじて隠しているくらいピッチリとしていた。編み上げのサンダルを履いているからか、足がものすごく長く見えて、太ももの締まり具合が気になってしまう。
 目のやり場がない。
 重たい道具袋のようなモノを担ぎ、腰に結わえたポーチから銃身がはみ出している辺り、この世界の住人らしいっちゃらしいのだが。
 ショートよりももっと短いクセっ毛に、優しそうな黒い瞳。黒い肌にピンク色の厚ぼったい唇が、妙に色気を出している。
「またそんな格好で森にいたの?」
「まぁね。美桜が心配しなくても、ちゃぁんと虫避け塗ってるから大丈夫大丈夫。最近売り出された魔物撃退リングってヤツも腕に付けてるし。効果あるかどうか知らないけどさ。リリィはこっから出てる電波? が苦手なんだって。メチャクチャ嫌がられるけど、少しは慣れてきたみたい」
 サーシャは腕に付けた金属製のリングを美桜に見せびらかし、なにやら自慢しているようだ。美桜は興味なさそうに、そうなのと適当な相づちを打っている。
 美桜が同じくらいの年頃の女子と楽しそうに会話するのを初めて見た。
 ジークのときもそうだった。美桜はレグルノーラの人間とは親しげに話す。この差は一体何なのだろう。“表”と“裏”で彼女はどうしてこんなに。
 ぼやっと考え事をしながら二人の様子を見ていると、サーシャがズンズンと目の前まで迫ってきた。俺の顔を面白そうに覗き込んだ挙げ句、
「誰? 君。まさか美桜の彼氏?」
 胸の谷間が一層くっきりと見える。
 ヤバイ。
 必死に目を逸らすが、サーシャはそんな俺の視線が動く場所にわざとらしく身体を動かして、まじまじと観察してくる。
「か……彼氏じゃないです。いや、彼氏? 彼氏なの?」
 助けてと美桜に視線を送るが、彼女は相変わらず微動だにせず、ニヤニヤと笑いながらこっちを見るだけだ。
「いいんじゃないの、彼氏で」
 面倒くさそうにそんなことを言って誤魔化すから、サーシャはあんぐりと口を開け、
「ホントに! 趣味悪いね、美桜!」
 ……腹を抱えてゲラゲラと笑い出した。
 酷い。本当のことだけど、あんまりだ。
 自分の顔にはからっきし自信ないが、“こっち”の連中と来たら何の遠慮もなしに思ったことを口にする。もっとこう、言いようがあろうに、どうして心をえぐるような言い方をするかな。といっても、本人たちには自覚がないんだろうけど。
「それにしても、リリィは賢いわ。『美桜が来る』って教えてくれてね。そんで慌てて食料詰め込んで小屋に向かってきたら、本当に美桜がいるんだもん。ね、ちょっと休んでくでしょ?」
「ええ、そのつもり。彼も一緒だけど、構わない?」
「大丈夫、歓迎歓迎。食材は足りると思うよ」
「だって。凌、小屋に戻るわよ」
 二人の女性に圧倒され、俺はただハイハイと気のない返事をしながら、長いため息をついた。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 小屋に着くと、サーシャはテーブルの上の魔法陣を見るなり美桜を叱りつけた。
「美桜ぉ、あんた、またなんかやったわね」
 ドサッと道具袋を机の上に降ろし、じっと魔法陣の縁に書かれたレグル文字を読む。
 それから、俺の方を振り返って、
「彼氏君、ちゃんと美桜を見張っててくれなきゃダメよ。この子、本当に無茶するんだから」
 なるほど。サーシャの目から見ても、美桜はそういう風に映っている。普段はツンとすましているが、変なところに熱かったり固執したりするのだ。
「失礼ねサーシャ。今日はちょっと運びモノをしただけよ」
 へぇ。
 ――『ちょっと』『運びモノ』
 あんな物騒なもん運ばせておいて、何が『ちょっと』だ。
 美桜はフンとそっぽを向くが、俺の視線が奥の部屋に向いていることに気がついて、サーシャはハハンと顔をにやつかせた。そっちに何かがあるわけねとサーシャが目で訴えるので、俺も後から確認してくれと訴えかえす。
「ま、いいわ。せっかくだもん、ご飯作るわね。ちょっと時間かかるから、彼氏君、手伝ってよ。ね、美桜。いいでしょ?」
 美桜は、濡らした布でテーブルの魔法陣を丁寧に拭きながら、「どうぞ。好きに使って」と、まるでその辺の道具でもぶん投げるかのように、俺の身をサーシャに預けた。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 台所は武器を格納した棚のある奥の部屋とは反対方向にあって、広間とは壁一枚で区切られていた。入り口にドアはなく、代わりにカフェカーテンで仕切られてある。美桜が広間でゴソゴソと片付けや掃除をする音がよく聞こえてくる。同様に、こっちで飯を作っている音も、美桜にははっきりと聞こえているんだろう。
 サーシャは作業台に広間のテーブルから持ってきた道具袋をドンと乗せ、次々に中身を取り出していった。
 作物は、“表の世界”のそれと大差ない。人参やジャガイモなどの根菜から、キャベツやほうれん草などの葉物まで、よく見たことのあるものが殆どだ。
 それから、粉。小麦粉か何か主食用のものだろうか。紙袋に入ったそれを金属製のボールに出して少量の水を注ぎ、塩と砂糖、粉状の何かを入れる。よく洗った手で捏ねるようにサーシャに言われ、俺は黙々と作業をする。
 サーシャに渡されたエプロンは、何故か薄ピンクでフリルが付いていた。もしかしたら美桜用なのか。あまり気が進まなかったが、発言権もない。とりあえず着けてみたが、微妙すぎて鏡を見るのは避けた方が良さそうだ。
 森の中はインフラ整備されていないそうで、都市部では“あっち”と同じように電気を使うが、小屋の中では井戸水とかまどで飯を作るらしい。L字型に組まれたキッチンの角に、古めかしい煉瓦製のかまどがある。
 サーシャは勝手口から外に出て、小屋の裏に積まれた薪をゴソッと持ち込んだ。それから、ライターのような道具で紙に火を付け薪と一緒にかまどの中にぶち込むと、しばらくして少しずつ火が回ってきた。
 まるでキャンプだなと思いながら粉を捏ねる俺に、サーシャはようやく名を尋ねた。
「凌、です。来澄、凌」
「きすみ……りょう? 変な名前。で? どっちがファーストネームだっけ?」
「凌、です。来澄は名字……ファミリーネーム」
 そういや、レグルノーラの連中はファミリーネームを使うことはないようだ。“こっち”に来てからやたら名前で呼び合うから、そういう文化なのかとも思ったが、自己紹介のときも相手に紹介するときも、彼らはファーストネームを教えるだけ。初めてこっちに飛んだとき、美桜に『“干渉者”として接するときは必ず、下の名前で呼ぶこと』と言われたのも、もしかしたらそういう文化が関係しているのだろうか。
「で、凌はさ、美桜の何がいいの?」
 同じ作業台の上で、根菜の皮をむきつつ、サーシャはチラチラと俺の様子を覗っている。手際よくくるくると手元で根菜を回しながら、皮が途切れないようナイフでむいていく様は、見事としか言いようがない。
「何がいいって……、言われても……。えっと、何が。そ、そうだなぁ」
 困惑しながら、よいしょよいしょと粉を捏ねる。大分、混ざり合って、コシが出てきた。
「……っていうか、凌は、美桜の彼氏なの?」
「ハァ?」
 思わず声が出た。
 するとサーシャは、ハハンと顔をにやつかせ、「やっぱり」と小さく呟いた。
 壁の向こう側を覗くようにして身を傾けるサーシャを見ていると、嘘をつき続ける気にもなれない。
「なんでわかったんですか」と、俺はばつが悪そうに小さく返した。
「隠さなくてもいいよ。あの子、本当に人付き合いが苦手でね。小さな頃から知ってるけど、友達の作り方も話題の広げ方も知らないクセに、彼氏なんかできるわけないって思っただけだから」
 むき終わった根菜を流しで洗い、ざるに上げて戻ってくると、サーシャはそれらをまな板の上で大きめにカットした。かまどの火は丁度よく大きくなってきていて、彼女はそれを確認し、手を止めて鍋に火をかけた。カットし終わった根菜が次々に鍋の中に投入され、一息ついたのかと思いきや、今度は葉物野菜をザクザクと大きめにカットし、コレも一緒に鍋へ投入する。固形ダシを何粒か入れた後フタをし、ようやくサーシャは動きを止めた。
 同年代の子にしてはものすごく手際が良くて、俺はうっかり頼まれていたことを忘れるところだった。
「ほら、凌。急がないと。捏ね終わったら千切って丸めて、少し寝かせてから焼くんだよ。何作ってるか、わかる?」
「い、いや……」
「パンだよ、パン! かまどの温度は丁度よくなってきてるんだから、急がないと」
「ハァ……」
 サーシャは見かねて俺からボールを取り上げ、まな板の上に小麦粉を散らすと、小さく千切った生地をくるくると丸め始めた。
 そして、手元にあったまな板をもう一つ俺の前に置くと、また小麦粉を散らして、お前の分だ、丸めろとばかりに生地を千切って渡してきた。
「でもさ、パンって、確か発酵やら焼くやらに随分時間がかかるんじゃ……。俺、そんな長いこと“こっち”に居たことないんだけど」
 いくら頑張って作ったところで、食えないんじゃ意味がない。そう思ってため息をついていると、サーシャはまた何も知らないのねとばかりに鼻で笑った。
「今日は、美桜ンちから飛んで来たんでしょ。なら、大丈夫よ」
 いつ、俺が美桜の自宅にいたことを話しただろうと首をかしげると、
「美桜ンちはゲートになって、この小屋と繋がってるのよ。それにここは、美桜の大切な場所だからね。翼竜のリリィも護ってくれてるし、加護の魔法で魔物から感づかれることもない。街にいるときよりリラックスできるから、きっといつもより長くレグルノーラに居られると思うよ」
 サーシャは俺が聞いてもいないことまでペラペラと喋ってくる。
 美桜はこの会話を壁の向こうでどんな気持ちで聞いているのだろうか。さっきまで聞こえていた物音がぴたりと聞こえなくなった気がして、俺は何となく、変な後ろめたさを感じ始めていた。
 俺の視線が壁の向こうばかり気にしていることに感づいたのか、サーシャはふぅとため息をつき、声のトーンを少し落とした。

「――さっきは『彼氏なの』って変なこと言ったけど、美桜は凌のことを、もしかしたらそれ相応か、もしくはそれ以上のモノだと思ってるかもしれないよ」

 手が、止まった。
「へっ?」と、変な声を出して、正面を向く。
 サーシャはあくまで真面目に、「私は、そう思ったよ」と続ける。
「まさか」
 そんなことはない。
 美桜は、俺に恋愛感情など向けたことはない。彼女にとって、俺はレグルノーラを救うための道具の一つに過ぎない。それでもいいと、俺もついさっき自分の立場を納得したばかりだったのに。
「美桜は、否定すると思うけど」
 更に声のトーンを落とし、サーシャは言う。
「あの子が信頼するほどの人物、なんだよ、凌は。もっと誇ればいいのに」
 突然、何を言い出す。
 パン生地を丸める手が、完全に止まってしまった。
「“干渉者”はね、“自分のイメージを具現化できる”存在なんだよ。知ってる?」
 それが、どうした。
 俺はいぶかしげにサーシャを見つめる。
「自分のことを卑下しているウチは、強くなれないし、力も発揮できない。もっと自信を持ちなよ。あの“美桜”の心を射止めたんだから、きっと凌はスゴイ男なんだと私は思うけどな」
 ……別に、射止めてなんかいない。美桜が勝手に“見つけた”まで。
 そんなことをサーシャに言っても、信じてはくれないだろう。
 それに、だ。『自信』なんて曖昧なことを言われても、どうすればいいのかわからない。
 俺のどこにそんなモノがある? 容姿にも、頭脳にも、体力にも自信がない。何の取り柄もない俺に、初対面で『自信を持て』だなんて、本当にレグルノーラの連中はデリカシーがなさ過ぎる。
「ま、話半分に聞いときゃいいから。いずれ意味がわかってくると思うけど、それまでは嫌味にしか聞こえないかも、だね」
 わかっていて、サーシャは俺に言ったのだ。
 俺がこういう性格だとわかっていて、わざと。
 クスッと、サーシャは小さく笑い、何ごともなかったかのようにまた生地を丸め始めた。かまどが近く、気温が高いせいか、鉄板の上で順調に発酵した生地たちは、早く焼いてくれとばかりにツンと上を向いて均等に並んでいる。やる気を失った俺の手から再び奪い取った生地を丸め並べ終えると、サーシャはもういいよありがとうと笑った。
 彼女は手伝って欲しくて俺をキッチンに呼んだわけじゃない。きっと、さっきの言葉を伝えたかったのだ。だがその真意がわからず、彼女のセリフはずっと、俺の頭の片隅に引っかかり続けることになる。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 かまどで焼いたパンに、じっくりと煮込んだ野菜のスープは、“向こう”では味わうことのできない濃厚な味だった。だけれど、残念なことに俺はじっくりと味わうための心の余裕を有してはいなかった。
 サーシャは自分の言葉など気にするなとばかりにさっきの話題には一切触れないでいるし、美桜は美桜でどこまで聞こえていたのか知らないが、やはり俺の存在などあってもなくても変わらないくらいの自然さでサーシャとの会話を楽しんでいる。
 俺はせっかく出された飯を前にずっと上の空で、今こうして腹に入れている食い物は果たして“向こう”の俺の中ではどう扱われるのだろうとか、今は一体何時で向こうに戻ったら何分ぐらい経過しているんだろうとか、そんなことばかり考えていた。
 結局のところ、俺は美桜のなんなのだろうか。

――『何て……、答えて欲しいの。凌は』

 彼女の一言が、胸に刺さる。

――『美桜は凌のことを、もしかしたらそれ相応か、もしくはそれ以上のモノだと思ってるかもしれないよ』

 サーシャは、なぜあんなことを言ったのだろう。

――『自分のことを卑下しているウチは、強くなれないし、力も発揮できない。もっと自信を持ちなよ』

 無責任だ。
 どいつもこいつも巻き込むだけ巻き込んでおいて、正確な答えをだしてはくれない。
 美桜との溝は狭まるどころかどんどん広がって、深くなっている気がした。
 俺は結局、美桜のことを何も知らないし、美桜も俺に何も教えてくれない。
 そして、彼女が俺のことをどう思っているのか、俺は彼女にどう映っているのかもどんどんわからなくなってくる。

――『自信を持ちなよ』

 普段耳にすることのないこの言葉が、俺の心を強く揺さぶっていた。
+注意+
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