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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【27】君の居ない世界を憂う

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125/143

125.最後の

 大きな魔法の力を感じていた。
 魔法を発動する前後には、独特の波動というものがある。それこそハッキリと感じるようになったのは最近になってからだが、そういうものが空気を伝って肌に届くのだ。そしてそれが攻撃魔法なのか補助魔法なのか、はたまた回復魔法なのかも、術者が発する波動で発動前に把握することができる。不意打ちするためにはこの波動をできるだけ発しないよう素早く魔法を発動させる必要があるし、大きく複雑な魔法を発動させようとすればそれだけ時間もかかるわけだから、魔法の存在を発動前に知られる可能性が大きくなる。
 広場の奥からは明らかにディアナのそれだとわかる気配がしていた。力強く優しい彼女の性格が全部乗っかったような波動だ。かなり大きな魔法の準備をしているらしい。
 ライルや市民部隊のメンバーたちが背中から大声で俺の名を呼び必死に止めようとしているのは知っていたが、俺はそれに構わず気配のする方向へ走った。
 白い塔の前に広がる広場のもっと先には、並木で囲われた石畳の場所がある。魔法の訓練だったりちょっとした式典だったり、そういうときに使う広い場所。そこに、ディアナの気配があった。
 広場には殆ど人気(ひとけ)がなく、暗澹とした空気がいつも以上に漂っていた。空は相変わらずの曇天で、それでも今のリアレイトよりはずっとマシだった。普段はほぼ無風なのに、まるで空気が吸い取られるように広場の先に向かって風が吹いている。空気がゴッソリ動くほど大きな魔法だということなのだろうか。否応なしに胸が高鳴っていく。
 木々の合間を抜け石畳が視界に入る。
 部外者立ち入り禁止の結界が張ってあったのに、俺は気付かなかった。
 透明なガラス扉に思いっ切り真っ正面からぶち当たってしまったように、バンとはじき返されてすっ転んだ。ハッとして立ち上がっている隙にライルたちが近づいてくるのが見え、俺は慌てて体勢を立て直した。
――“結界よ、救世主たる我を受け入れよ”
 右手のひらを結界に当て、直接魔法陣を書き込んでいく。かなり硬い結界だったが、それに負けぬような強い魔力を注いだことで、どうにか魔法を実行できたらしい。結界の一部が扉状に切り取られ、そこから内部に入り込むことに成功した。俺が通り抜けた直後に魔法を解くと、結界は再び閉じた。直後に追いついたライルたちは、結界の前で歯がゆそうに肩で息をするのだった。
 灰色の石畳の上に、俺の足音が二つ三つ響いた。
 静寂の空間においては、些細な音さえ集中力を欠く原因となる。そこに居た誰もが顔を上げ、一斉に俺を見た。
 人垣の中に一際目立つ、真っ赤なマントと赤のとんがり帽子があった。ディアナだ。
 彼女もまた、俺を見つけるなり目を見開いていた。
「……凌。何故ここに」
 ディアナの声は石畳に反射して良く響いた。
 様々な色のローブを羽織った能力者たちがディアナと共に円陣を組み、石畳に描いた直径10メートルほどの巨大な魔法陣に力を注いでいる。魔法陣の美しい文様はディアナ独特の仕様で、レグル文字でギッシリと書き込まれた文字も決して単純ではなかった。あまりに大きすぎて、ぱっと見で全部は読めないが、手前には“リアレイトへ転移”という文章が見える。
「結界を勝手に破った。どうしてもディアナに会わなければと思って」
 下唇を噛みつつ、頭を下げた。
 ディアナは俺が頭を上げるまでの間に円陣から抜けて側まで歩み寄って来ていて、もの悲しそうな顔で俺をじっと見つめていた。
「もっと直接的な表現で警鐘を鳴らすべきだったとお前は思うか?」
 その場に居た二十人ほどの能力者たちは、俺たちから目を逸らして魔法陣へ魔法を注ぐことに専念し始める。もしかしたら俺たちに遠慮していたのかもしれないし、俺の存在を無視したかったのかもしれない。
「……どれが最良だったかなんて、俺にはわからないよ」
 俺は首を振って、長く息を吐いた。
「お前は優しいな。私を責めたい気持ちは人一倍だろうに」
 そびえ立つ白い塔と木々を背景に、ディアナは目を細めた。その表情は、過去を吐露したときに似ていた。
「この世の終わりが訪れたような顔をしてケイトが泣きついてくる少し前に、私は美桜の変化に気が付いていた。もっと時間があったのなら、洞穴へ行き、グロリア・グレイに相談したかった。けれどもう事態は差し迫っていて、私には考える時間は微塵もなかった。『ドレグ・ルゴラの血を引く白い竜が目を覚ました』と、私はそれだけ皆に周知した。一刻も早く白い竜を倒さねばならない。そして、白い竜を裏で操るドレグ・ルゴラを封じなければ、二つの世界は壊れてしまう。……そのボロボロさ加減を見るに、お前も相当やられたな?」
 破れたシャツ、擦り傷に打撲で、確かに俺の見てくれは散々だった。
 まぁねと軽く相づちを打つと、ディアナは小さく笑って、
「お前はいつでもそうだ。常に限界値に立っていて、それでも前を向いている。お前を見ていると、私はまだまだ自分を捨ててはいないのではないかと思い知らされる」
 パチンと指を弾き、かと思うと、俺はまた彼女のデザインした救世主らしい服装へと着替えさせられていた。
「最後の餞別だ。凌、それにテラ……だったかな。力を合わせて白い竜を止めておくれ。これ以上の悲しみを増やさぬために」
 ディアナはそう言って振り返り、元の場所へ戻ろうとする。俺は慌てて彼女の腕を掴み、「待って!」と声をかけた。ディアナはハッとして俺に訝しげな目を向ける。
「ディアナは、白い竜を殺せと言った。つまり美桜のことは見捨てろって、そういう意味だよな」
「……そうだ」
 ディアナの視線が若干泳いだ。
「美桜は何も知らなかった。自分に忌々しい竜の血が流れていることも、自分が原因で母親が殺されたことも、かの竜がいずれ美桜を利用して二つの世界を壊そうとしていることも。それでも、白い竜に姿を変えてしまったからには殺すしかないと、そう言ったんだよな」
「……そうだ」
「それって……、おかしくないか?」
 ディアナの右腕を掴む手に力が入る。彼女は俺の力を怖がって腕を引き剥がそうとしたが、俺は怯まなかった。怯んでいる場合ではなかった。

「姿形が特異だからって、白い竜を殺す理由にはならない。そういうことをこの世界の誰かが声高に叫んでいたら、こんな馬鹿げたことは起こらなかったはずだ」

 知らず知らずのうちに、声を荒げてしまっていた。
 魔法陣に目を向けていた能力者たちさえ、俺の言葉に反応してこちらに目を向けている。

「みんなと違うとか、自分だけだとか、努力してもどうにもならないことを差別の理由にされたら誰だって苦しむだろう? どんなに努力しても埋められない孤独に、かの竜は耐えられなかった。決して味方するわけじゃない。けれど、俺にはわかる。苦しみ、悲しみ、孤独、絶望。全てを負わされて尚、誰も助けてくれないことで彼は破壊という道を選んでしまった。歪むには歪むだけの理由があったんだ。俺だって一歩間違ってたら、同じことになっていた。元々目つきが悪くて人付き合いが苦手で、それだけで爪弾き者にされていた。いっそ孤独を決め込めば楽になると思っていながら、結局はコミュニティの中で生きていかなければならない重圧が、俺を追い詰めていた。人間とは違って、もっともっと長い時間を過ごす竜が同じことをされたなら、きっと比べものにならないほどたくさんの黒い感情を溜め込んでいったに違いない。時に優しい声をかけられたところで、疑心暗鬼になっていたら届きやしない。要らない存在だと言われ続けることの苦しみを誰かと分かち合うこともできず、かの竜は苦しむだけ苦しみ抜いた。そして、この世界を呑み込むほどの黒い感情を得てしまった。……繰り返しなんだよ。同じことの繰り返し。美桜にしていることも、結局は同じなんだ。禁忌の子だから殺せば良いだとか、白い竜に変化したから殺せば良いだとか、結局は排除しか選択肢になくて、当事者の気持ちだとか生き方、価値観、全てを否定しようとしている。だから繰り返す。それに気付かず、ただ殺せって言われて、はいそうですかと俺が二つ返事でこんな馬鹿げたことを引き受けると思ってたのか。救世主と呼ばれる存在になったからには言うことを聞いてもらいますよと、そういうご都合主義に嵌まるような人間だと思ってたのかよ!」

 俺は畳みかけるように言いまくった。
『最後の餞別』と彼女が話したように、俺もこれが最後のチャンスなのだと思った。ディアナに俺の気持ちを話す、最初で最後のチャンスなのだと。
 興奮していくのが自分にもわかった。感情が高ぶると竜の鱗が浮き出てくる。身体の隅々まで血液が循環して、更に竜化の速度が上がろうとするのを、理性で必死に押さえ込む。
 ディアナはそんな俺を、唇を真一文字にしてじっと見ている。本当は言い返したいことがあるだろうに、俺の言い分が全部終わるまで彼女はひたすら我慢しているようだった。
 俺のセリフの後に何分かの沈黙があり、俺とディアナは互いに食いしばり睨み合った。
 拮抗していた力がバランスを崩し、ディアナの腕が俺の手から逃れたところで、彼女は長く細い息を吐いた。
「体制の中に組み込まれていると、冷静な判断ができない。変わらなければと思いながらも一番変われなかったのは私かもしれない」
 俺に押さえられていた右腕を擦りながら、ディアナは目を逸らした。
「何かを変えなければと、苦しみ抜いた果てに誓ったはずなのに、私は何ひとつ変えることができなかった。……きっと、怖かったのだ。変わるということに対して、極度に恐怖していた。それを悟られまいとして、私は必死に自分を繕う。どれだけ着飾ったところで、私は単なる村娘に過ぎないというのに、とんだ背伸びをしていたモノだ。凌……、お前のように自分を正直にさらけ出せるなら、どれだけ良かったか。お前が心底羨ましい」
「……話題を変えるなよ、ディアナ」
「変えてるつもりはなかったのだけれど。困ったな……、まるで私が大事なことを隠してはぐらかしてるみたいに映るじゃないか」
 三角帽子を目深に被り直し、彼女は居心地悪そうに肩をすぼめた。黒い肌に映える赤色は、彼女の弱い心を包み隠すための鎧だったのだろうか。彼女は時折、俺の前で悲しそうな顔をする。
「ひとつ……、聞いてもいい?」
 もうこれが最後とばかりに、俺はずっと胸につかえていたことを口に出す。

「ディアナはかの竜と、――ドレグ・ルゴラとは懇意だったのか?」

 ただでさえ静かな空間が、更に静かになった。
 魔法陣に注がれる魔法が弱まり、その発動が危ぶまれるほどに、皆集中力を切らしてしまう。それほど衝撃的な質問を、俺はさらりと浴びせてしまう。
「どういう……、意味だ」
 ディアナは眉間にしわ寄せ、俺を睨み付けていた。
「13年前のあの日、ディアナ、あなたは男に化けたかの竜と対等に話していた。庇うとか庇えないとか――そういうセリフは、旧知の仲でなければ出てこない。だからずっと引っかかっていた。美幸の相手がかの竜の化身だと知っていて、あなたは彼を止めなかった。美幸を彼から遠ざけなかった。それってつまり……、なるべくして、こうなってしまったと。美桜を支え、ずっと秘密を隠し通してきたあなたは、ある意味彼女の保護者だったかもしれない。けれどそれは、もしかしたら単なる罪滅ぼしで」
「――止めろ!」
 ディアナが叫んだ。
「違う! 断じて違う! 私は何もできなかった。男の正体を知ったところで、手も足も出なかった。私は私であり続けるために、必死に抵抗していたのだ。あの闇に呑まれぬようにするのが精一杯で、それ以上のことを、本当のことを美幸にどう話せばいいのか迷ってしまった。今でも考える。あのときの最善とは何だったのか。手遅れになってからどうこうしようとしても、元には戻らない。わかっていても、どうにもならないことが世の中には沢山ある。私には、かの竜を倒すことも、かの竜とまともに話し合うこともできなかった。それを……、お前は責めるというのか」
 俺はゆっくりと首を横に振った。
「責めてない」
「だったら!」
「もしそうだったら、どうしようかと思っていた。疑って悪かった。かの竜の捻くれ具合は俺も知ってるから、その辺は安心して。伊達に殺されかかってない」
 頭を軽く下げ、申し訳なく小さく笑うと、ディアナはこいつめ図ったなと、俺のことを鼻で笑った。
「ところで、これ何の魔法? ちょっと大きすぎて字が」
「――ああ、これはな」
 ディアナはズンズンと進み、円陣の元いた場所まで俺を引っ張った。そして足元の文字を指さし、そこから時計回りに字を辿っていくよう目配せする。
「リアレイトとレグルノーラを一時的に繋ぐ人工的なゲートを作るための魔法陣だ。ここから直接竜石をリアレイトに送り込む。ケイトに持たせた小さな竜石だけでは、白い竜の力を吸い取ることすらままならなかったようだからね」
「けど、竜石を転送するだけならそこまでする必要は」
「もちろん、それだけではない。そこにも記してあるように、私も自分の竜と共に“表”へ向かう」
「――ハァ?」
「二つの世界は表と裏。どちらか一方で解決できりゃそれに越したことはないが、互いに影響し合うところが難点だ。リアレイトの危機はレグルノーラの危機。普段魔物の居ないリアレイトに出た魔物や竜を制しなければ、レグルノーラにだって影響が及ぶ。だから早急に事態を収拾させねばならない。そのために、私が一肌脱ぐというのだ」
 ディアナの横顔は涼しかった。
 そして、こんなあり得ないことが書かれた魔法陣に力を注ぐ能力者たちも、一様に迷いのない顔をしていた。
「頭……おかしくなった?」俺が言うと、
「お前よりはマシだ」とディアナは鼻で笑う。
「詰まるところ、私はお前に尻を叩かれたのだ。私はまだ自分を失うほど精一杯に生きていたわけではなかったと思い知らされ、ならばこの世界のために何ができるだろうと必死に考えた。私は自分の大切なモノは全て失ったと思い込んでいたが、まだまだ大切なモノが一つ残っていたことに気が付いてね。ならばいっそのこと、それすら失ってもという覚悟で挑んでみようかと思ったのさ。……笑うがいい。この年になって何が惜しかったのかと」
 魔法陣に書き込まれた文字の一つ一つが光り始めた。
 丁度塔の倉庫から、車の荷台に積まれた竜石が運び込まれてきた。屋根のない運転席に座った二人には見覚えがあり、俺は大きく手を振った。
「アッシュ! エルク!」
 洞穴で共に竜石を採掘した二人がにこやかに手を上げている。
「また会ったな」
 アッシュが髭面をくしゃっとさせて笑うと、エルクも満面の笑みで親指を立ててきた。
「ついこの間のことなのに、随分前のことみたいだ。会えて良かった」
 宙に浮いた車の荷台には様々な色をした竜石が、これでもかと積まれている。曇天下でも光を集めキラキラと輝く様は、かなり幻想的だ。
 能力者たちが道を空け、車を魔法陣の真ん中へと通す。一緒にディアナが前に進んで、美しい文様の光が彼女の赤い服に写し出された。指笛を吹き、竜を呼ぶ。バサリバサリと羽の音がしたかと思うと、竜はそっと地面に降り立ち、ディアナの側できゅっと羽を畳んだ。
「凌、お前も」
 言われてハッとする。
 そうだ、俺も“表”へ戻らなければならない。
 車の運転席からアッシュとエルクが降りて、大急ぎで魔法陣の外へ走って行く。つまり、魔法陣の輝く中にあるものだけが転送される、そういう仕組み。
 最後の文字が光ると、二重円も光を増した。光に包まれながら、ふと俺はディアナに訊いた。
「ところで、最後の一つって」
 すると彼女は言いづらそうに一度深くため息を吐いた。
 やはり訊くのかと口の中で蓄えたように唇をひん曲げ、それから意を決したようにぽつりと言った。
「“塔の魔女”だよ。私の大切なモノ。それは“塔の魔女”としての、私の立場だ」
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