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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【27】君の居ない世界を憂う

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124.黒い記憶

 ふいに、視界に白い物がワッと迫った。
 瞬きしている間に身体が突き飛ばさ、俺は高速で結界に打ち付けられていた。結界は分厚いアクリル水槽のように宙にそびえ、しっかりとその役目を果たした。自分で張ったにしては頑丈なのが幸いした。お陰でどうにか学校の敷地内にとどまれたものの、もし結界がなかったらと考えるとゾッとする。
 竜は咆哮し、長い首の先をグラウンドに向けた。そこには大穴から這い出し続ける骸骨兵軍団と必死に戦う仲間たちの姿があった。
「クソッ!」
 大急ぎで結界の壁を蹴り、勢い付けて白い竜の真ん前まで飛んでいく。
 竜は身を屈め、羽を広げて今にも地面へ降り立とうとしているように見えた。
「間に合うかっ!」
 頭をフル回転させ、どの方法が一番効率的かを考える。
 物理攻撃してる場合じゃない。一刻も早く白い竜の興味をグラウンドから逸らさなくては。
 大穴の真上まで飛んだところで俺は一旦停止し、右手に力という力を集中させた。魔法陣なんて悠長なことしてる場合じゃない。――エネルギーボールだ。駆け出しの頃は小さな玉一つで精一杯だったが、覚醒し、能力の解放を果たし、竜の力を手に入れた今ならばもっと威力の大きな玉が出せるはず。
「何だあれ!」
 誰かが地面で叫んだ。
「デカい!」「ひ……光ってる!」
 空に向けた手のひらの上に浮くようにして、一抱えほどの玉が錬成できていた。まるで恒星のように黄色く光る大きな玉。これだけデカければ何とかなるか。
 これを……、白い竜に向けて、放り――投げる!
 叫び声を上げながら、俺は必死に玉を放った。身体が勢いに負けて空中で半回転、それを逆方向に半回転戻して姿勢を直し、行く末を見守る。
 屋上から足を放し身体半分校舎から降りかけていた白い竜は、エネルギーボールを真っ正面から浴びた。玉が破裂すると、竜は校舎に身体を強く打ち付けた。轟音と共にその身体を縁取るように外壁が崩れていく。
 ゴメン、美桜。思いながらも足元の仲間たちに被害が及ばなかったことにホッとし胸を撫で下ろす――暇などなかった。
 竜は完全に俺の存在を認知した。
 大きく見開いた目で白い竜は俺を睨み、それからグンと足に力を入れて外壁を蹴飛ばした。勢い付けて滑空し、気付いたときにはもう――。

 それがどんな攻撃だったのか確認するまでもなく、俺は大穴の中へと叩き込まれた。

 色という色が消える。
 音という音が消える。

 生臭さと湿り気と、ねっとりした感触が全身を包み込む。

 どこかで誰かが俺の名前を呼んだ気がした。
 けれど既に音は消えていて、俺の耳に届くことはなかった。


 黒い湖の中へ突き落とされた。


 黒い水。ねっとりした水。
 二つの世界からこぼれ落ちたたくさんの悪意が溶け込んだ水。


 危険な水だ。
 この水は現実を曲解させる。
 こんな所に落ちたら、俺は――。




















     ・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・



















 微かに音が聞こえる。
 暗闇の中で、誰かが呟いている。
「……誰も居ない。どうして誰も助けてくれないの」
 小さな小さな、男の子の声。
「仲間はずれにしないで。お願い。僕も仲間に入れて」
 寂しそうに訴えるその声は、胸をチクチクと刺した。










 大きなクマのぬいぐるみがパンと割れた。
 中から綿が勢いよく噴き出し、床板の上に散らばった。
 色が戻った。しかし、暗すぎる。目を凝らしてやっとそういう光景なのだとわかる程度の暗さだ。
「な……、なんてことするのっ!」
 女性が声を荒げる。
「違うの。遊ぼうと思ったの」
 女の子が困ったように言う。
「優しい遊びは? こんなの遊びじゃない。傷つけたり、壊したりするのはダメ。大切に扱わなきゃダメだって何度も」
「でもね、クマちゃんと遊ぼうと思ったの。クマちゃんも遊ぼうって言ってたよ」
 若い女性が、自分の娘らしき幼い少女に必死に言い聞かせている。
 古びたアパートの一室。日本じゃない。家具にも窓の外に見える景色にも、妙に既視感がある。
「魔法は、幸せになるために使うものよ。わかる?」
「わかるよ。だから、クマちゃんも楽しくなるかなって思って」
 女性は首を横に振った。
「楽しくないよ、こんなの。壊れたら元に戻らないんだよ?」
「ママがチクチクして?」
「チクチクは無理。チクチクしたって、元のクマちゃんには戻れない。大事なことだよ」
 女性が屈んで少女に訴えると、その子は急に泣き始めた。女性がギュッと少女を抱きしめると、その子は一層声を大きくして泣いていた。










「強大な力を得れば、皆は僕を認めますかね?」
 また画面が暗転し、声だけが響く。
 しっかりとした青年の声。どこか聞き覚えがある。
「力というのは持っているだけでは意味がない。誰かの役に立ってこそ認められるもの。そこを勘違いしてはいけない」
 年老いた男が青年を諭すように言った。
「けれど、どの方法を採っても、僕は誰にも受け入れてもらえなかった。他に手段がないのです。誰にも存在を認められず、価値も認められないというのがどれほど辛いか、翁にはわからないでしょう。苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、それでも何の救いもない。となれば、もう方法はひとつしかない。つまり、認めさせるということです。心を外部から変えるのは難しい。だから、内部から自発的に僕のことを認めさせる必要が出てくる。そのために僕は、力が欲しい」
「危険思想だ。即刻裁かねばならない」
「危険? どこがですか。では、僕の存在をなかったことにしようとする彼らの思想は危険ではないと? 皆がおかしいのか、僕がおかしいのか。皆は僕がおかしいというのでしょうね。大多数がそう言えば、少数の言葉は消し去られる。どの世界でも同じだ。だから話し合いなんて意味がない。不要なんです。最初から結論の決まっていることを話し合いとは言わない」
「……追い詰めた責任は感じている。考え直してはくれないか」
「翁には感謝しています。僕と唯一会話をしてくれた。けれど、孤独はあまりにも大きすぎた。限界なのです」










 唇を重ね、肌を撫で合う。荒い息づかいが耳に響く。
「ねぇ……、これ、何ですか。身体が、身体が熱い」
 それは明らかに、そういう現場だった。未だ年端のいかない少女と、彼女に身体を重ねる男の姿が目に入った。
 くたびれた部屋の一角、ギシギシとベッドが軋み、少女は何度も甘い声を漏らしている。
「大丈夫。君が一人にならないための儀式だから」
 抵抗することもできず、されるがまま男を受け入れる彼女は、その行為自体の意味を知っているのだろうか。
「君と僕が繋がることで、君は孤独から解放される。大丈夫。君は幸せを手に入れるのだから」
 男の口がニヤリと不敵に笑った。









 広大な砂漠の上には青空が広がっていた。ゴツゴツとした岩山や波打つ砂山を眼下に飛ぶ誰かと、俺は視界を共有している。
『誰もいない所へ行こう』
 俺が入り込んでしまった誰かがそう思った。
『居場所もない、生きていく価値もない、死ぬことすら許されないなら、孤独と共に生きるしかない。未開の地へ――世界の果てへ行けば、僕は自ずと束縛から解放される。誰にも縛られない、誰にも嫌われない、そういう世界がきっと待っている』
 声の主は激しく追い詰められていた。
 ふと見下ろした地面には、羽を広げた竜の影が落ちていた。










「“特別な力”って、“気持ち悪い”ものなんでしょうか」
 少女が俺を見上げている。
 美桜……じゃない。似ているが、美桜よりももっと可愛げがある。眼鏡もない。
「どうして?」
 視界の男が低い声で言う。
「私にとっての当たり前が、みんなにとっては全然当たり前じゃない。こうやってレグルノーラに飛んで、あなたとお話ししていることさえ気持ち悪いと兄が言うんです。兄にはこの世界のことはわかりません。二つの世界が繋がっていることも、行き来することのできる人間がいることも、何も信じてくれない。……病気、だと。私は病気だと思われてる」
 少女が肩を震わすと、男はそっと彼女の肩に手を回して、そのままギュッと抱きしめた。
「君は病気なんかじゃない。とても繊細な、優しい子。だからこそもう一つの世界の存在に気付くことができた。素晴らしいことだと思う。君のお兄様は勘違いをなさっている。責めてはいけないよ。皆、自分と違うものを認めたくないだけなのだから。君の不安は全部私が受け止めよう。大丈夫、安心していいんだよ」
 男の口元が、また奇妙な笑みを浮かべた。










『黒い水を飲めば、身体が黒くなるだろうか』
 黒い湖の湖面に足を付けながら、そいつはそう思っていた。湖面には真っ白な竜のシルエットがクッキリと映っている。まだ大人になりたての若い竜だ。
『黒くなれば、暗い森の中でも目立たないだろうに。僕は何故白く生まれたのだろう』
 白い竜はぼんやりと湖面の自分を見つめている。
『世界は残酷だ。望んでこの姿をしているわけではないのに、皆、僕を責め立てる。竜が気高い……? 気高すぎて他者を受け入れられないだけだ。妙な誇りに囚われて、簡単に僕を切り捨てた。この世界で一番賢いと言われている竜でさえこれだ。……こんな世界は、滅びてしまえば良いのだ』
 湖面が揺れた。
 白い竜を中心に、黒い水柱が次々に上がる。小さな水柱は徐々に徐々に高さを増し、白い竜の身体よりも高く上がった。
 黒い飛沫が身体にかかると、水滴は滑るようにして白い鱗を撫でていった。










「取り返しの付かないことになってしまった……、私の責任だ」
 黒い肌の女が崩れるように言った。
 白い塔の展望台だった。
 赤い服を着た黒人の女と、お腹を大きくした女子高生が二人で砂漠を眺めていた。
「美幸、お前は誰に何をされたのか、理解しているかい?」
 言われて美幸は、困ったように首を傾げている。
「犯されたのだというのは、そのお腹を見ればわかることだと思うし、お前がその男のことを信頼し、愛しているというのもわかる。けれどね、問題はもっと別のところにあるんだ。私は塔の魔女として、もっと細かなところまで目を配らなければならなかった。様々なことに忙殺されて、気付けなかった私が一番悪い。だから、お前を責めることはしない」
 額を押さえて窓に手を付き、苦しそうに話す彼女に、美幸は困惑の目を向けた。
「それは、私が未だ大人じゃないから? だったら大丈夫。私はもう“表”になんか戻らない。ここで赤ちゃんを産んで、ここで彼と暮らせば」
「――違うんだよ、美幸。そういうことはできないんだ。お前の身体はあくまでも“表”にある。だから、子どもを産むのも育てるのも“表”じゃなくちゃならない。けど、それが問題の本質じゃない。“表”と“裏”が交わった。それだけでも大問題なのに、お前はよりによって竜と交わってしまった。つまり、お腹の子は人間じゃないってことさ」
「嘘……!」
 美幸は両手で顔を覆い、ガタガタと震えだした。顔が一気に青ざめていく。
「竜の中には人間に化ける者もいる。人語を話し、竜の気配を消されれば、気付くことは難しい。ごく少数のそうした竜の中に、1匹だけ最も警戒すべき竜がいるってことを、私たちは努めて話題にしないようにしていた。それがいけなかった。知らなかったでは済まされない事態が起きてから後悔する。残念ながら、お前の話を聞いた限り、相手はそいつだ」
 ディアナは不安をかき消すように何度か首を振り、クルッと美幸に向き直った。
「護衛を付けよう。人化できる竜を。丁度いい竜が居ないかグロリア・グレイに頼んでみる。人間では太刀打ちできないだろうからね。――いや、竜であっても無理かもしれない。けれど、牽制にはなる。その腹の大きさではもう……、産むしかないのだろう?」
 こくりと美幸は頷いて、後ろめたそうな顔をディアナに向けた。










 真っ黒な雨が湖面に降り注いでいた。ねっとりと纏わり付くような雨は、白い竜の身体に容赦なく叩き付ける。
 竜は自分の身体や尾をじっと見つめ、黒い世界に浮く白の異様さに打ちのめされていた。
『黒い水を飲んでも、黒い雨を浴びても、白いまま。このまま僕は、世界から切り離されて生きていくのか』
 白い竜は明らかに絶望していた。
 空っぽの心で、ただただ自分の身体を見つめていた。
『何故僕だけが苦しまなくてはならない? この感情の行き場を、僕はどうしたらいい?』
 黒い湖の上に浮いて、白い竜は考えた。
 黒いもやが立ちこめ、黒い雲に覆われた湖は、徐々に白い竜の感情を歪めていった。
『僕だけ……? いいや。皆がこの感情を共有すべきだ。等しく絶望し、等しく運命に悔いれば良い。僕を除け者にした竜たちも、奇異な目で見る愚かな人間たちも、みんなみんな絶望してしまえば良い。そうすれば、僕の絶望は僕の物だけではなくなる。そしてこの感情がもう一つ存在するという別の世界にも届き、その世界とこちらの世界が混ざってしまえば、もっともっと面白いことが起こる。絶望が絶望ではなくなり、苦しみから解放され、新たな感情が生まれるかもしれない。……そうだ、それがいい。そうするべきだ』




















     ・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・




















『――凌! 目を覚ませ、凌!』
 テラの声が頭にガンガンと響いた。
 目を開けた瞬間、視界にたくさんの色が入ってきて、俺は思わず目を強くつむり直した。
 眩しい。何だ。さっきまで真っ暗な世界に居たから、反動が。
 必死に目をパチパチさせ、徐々に目が慣れてくる。
 芝生だ。俺はいつの間にこんな所にうつ伏せて。
「きゅ……、救世主様!」
 慌てた様子で誰かが走ってくる。一人じゃない。ぞろぞろと足音がする。
 銀のジャケット……、市民部隊。ってことは、ここは。
「凌!」
 聞き覚えのある男の声が俺を呼んだ。
「大丈夫か? どうしたんだ? 砂漠に向かったはずじゃ……?」
 ゆっくりと身体を起こし、頭を振ってから男の顔を見た。市民部隊の隊長ライルだ。
 見知った顔に頬が緩む。
 ライルはサッと屈んで俺の背を擦ってくれた。どうやら竜化が解けたらしく、背中の羽も消えている。代わりに、半袖ワイシャツはボロボロだった。
「そう、砂漠へ行った。で、“表”に戻って……、気が付いたらここに」
 キョロキョロ周囲を見まわして、今どこに居るのか必死に把握する。
 緑の生い茂る広場。噴水や遊歩道、それから斜め後ろには大きな白い建造物。思い出した。――塔の前の広場か。
「人が倒れてると通報があって来てみたらこれだ。怪我は? 具合は大丈夫なのか?」
「ああ。それよりディアナは? ディアナはどこに?」
「え? あ、ああ。ディアナ様なら丁度魔法の途中で」
「魔法?」
「ああ。ちょっと時間がかかるらしいから、誰も近づけぬようにと俺たちが警護を」
 ライルがチラッと後方に目をやったのを、俺は見逃さなかった。
「あっちか」
 俺はライルの視線の向こうに急いで駆け出した。
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