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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【25】カウントダウン

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115/134

115.因縁

 楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
 くだらないことで盛り上がって、くだらないことで腹を抱えて。
 それまで失っていた日常を必死に取り戻している感覚は本当に不自然で、緊張しっ放しだった顔が変に歪んでいないかとか、眉間の皺が深すぎやしないかとか、余計なことを考えながらも久々に笑っていた。
 久々のカップ麺を堪能し、皆でじゃれ合った後で、ふと不安がよぎる。

「こんなに……のんびりしてて大丈夫なのか。もしかして今にもゲートの穴が広がっていたり、魔物が出たりしてるんじゃないのか」

 非日常が日常になりつつあった俺は、自分の中で不安を押し込めておくことができなくて、ついにそう呟いてしまった。
 陣たちが急に表情を曇らせ、目線を逸らす。やっぱり、無理していたらしい。
「大丈夫よ」
 言ったのは美桜。
「レグルノーラから干渉者が来てくれるようになってからは、私たちが居ない間彼らがきちんとゲートを見張ってくれているから。姿を変えて紛れ込むよりも潜んでいる方がやりやすいって、殆ど顔を見せてくれないのが難点だけど。協会から毎日数人が派遣されているみたい。無理してディアナに頼みに行って良かったと思ってるわ」
 彼女はテーブルを拭きながら淡々と答えた。
「なるほどねぇ」と、わざとらしく大きな声で口を挟むのはノエル。椅子の背もたれに身体を預けて腕を組み唸っている。
「気持ちはわかるな。『紛れ込むより潜んでた方が』ってのは。ここじゃ確かにオレたちは目立ちすぎる。“こっち”の連中は揃いも揃って黒髪に平ら顔だしね。容姿を変える魔法は高度で、持続させるのも難しい。それが苦にならない阿呆も偶に混じってるようだけど、普通ならそんなところに魔力を割こうとは思わないもんな」
 最後までノエルが言い終わる前にセリフに反応したのは芝山。
 のっそりとソファから立ち上がり、丸い眼鏡をキラッと光らせた。
「それ、ボクと陣君のこと貶してる?」
「とんでもない。褒めてるんだよ。かなりの魔力をお持ちだとね」
 馬鹿にしたようにノエルが言うと、芝山はカチンときて拳を高く上げた。とっさに陣が割って入り、
「まぁまぁ。考え方は人それぞれだから。気にしない気にしない」とフォローに回る。
 芝山は渋々座り直して、不機嫌そうに顔をしかめた。
「そういうわけだから、確かに少し余裕はできたんだ。ただ、穴の広がるタイミングはランダムだ。同じ時間に複数の穴が広がる場合もある。そうなると、お互いが連携しなければ事態の収拾が付かなくなってしまう。そのときは彼らも姿を現してくれるだろうから、今は黙って彼らのやり方を見守るしかないよ」
 ……まるで忍者だな。
 けど、確かにここじゃ“裏”の人間は動きづらいだろう。ゲート拡大の可能性が高い学校の付近を中心に、Rユニオンのメンバーが動けない時間に見張って貰う方が確かに効率的なのかもしれない。
「で、古賀は? あいつはどうしてる?」
 黒い湖の底では真っ先に出てきたあいつを、“ここ”では未だ見ていない。
「相変わらず、普通にテニス部の顧問してるよ」
 答えたのは須川だった。
「Rユニオンにはほとんど顔出さなくなったけどね。偶に来ては『ジュース缶の差し入れだ』とか言ってあとは帰るだけかな。良い意味でも悪い意味でも放置されてる感じ。それが逆に気持ち悪くって」
「コガ……とは、あの半竜人のことですか? あの湖の底で出会った」
 首を傾げながらモニカが訊く。
「ああ。どうやら“表”の人間の身体にヤツらは入り込んでしまうらしい。……って、アレ? モニカも知ってるってことは、やっぱりあれは夢じゃなかったのか? ってことは、アレ?」
「アレじゃありませんよ、救世主様。あの黒い湖は夢であり現実であり……、説明の難しい場所だったということです。できる限り、もう行きたくはありませんけどね」
 全くだ。
 俺とノエルも顔を見合わせてため息を吐く。
 本当にできれば二度と行きたくはないが、そこにドレグ・ルゴラが潜んでいたかもしれないのだから、いずれまた――などと、頭に余計なことが浮かんで、俺は咄嗟に頭を振った。
「あのさ、さっきから気になってたんだけど、その“黒い湖”って……何」
 恐る恐る陣が尋ねると、モニカは「それはですね」と前置きして、皆の顔をグルッと見渡しながら丁寧に解説を始めた。

「黒い湖とはすなわち、時空の狭間です。テラ様曰く、『“表”と“裏”の間にある真っ暗闇』で、『たくさんの暗い感情が二つの世界からこぼれ落ちてできた場所』。私も初めて知ったのですけどね、レグルノーラはその湖の上に浮いた盆のような世界だったのですよ。世界が途切れた場所から望むと、そこに真っ黒な湖が広がっていて、帆船は真っ逆さまに湖の中へ落ちていきました。大丈夫です、乗組員の皆様はきちんと森へ転送しましたから、ご無事なはずです。で、その湖の底に私たちも落ちてしまったと。救世主様はその湖の底に“リアレイト”すなわち“表”のこの世界を見たと言います。気が付くと“学校”の中庭にいて、そこに半竜人が現れた。皆さんも登場しました。ですからてっきり、私たちはあの場が“表の世界”そのものなのだと錯覚してしまったのです。けれど、実際は違った。幸いでした。あまりにも世界が暗く沈んで歪んでいて、もしかしたらと魔法を使ってみると案の定です。これは臆測ですが、かの竜はわざとそうやって救世主様を苦しめている。何故かの竜は、執拗に救世主様を狙うのでしょう。何かご存じでありませんか?」

 モニカは最後に俺の方を見て、首を傾げた。
 何か。
 この場で言えと。
 言えるわけがない。本当のことなど。
 皆がまじまじと俺を見ているが、俺はギュッと唇を噤んだ。
 まかり間違って美桜のことを喋ってしまったら、一巻の終わりなのだ。

「それは、私が原因だろうな」

 急に自分の声が聞こえてハッとする。いつの間に、ずっとなりを潜めていたテラが身体を乗っ取っていた。
「私の(あるじ)だからこそ、かの竜は凌を苦しめるのだろう」
「――テラか!」
 芝山が驚いたように声を上げた。
 俺はこくりとうなずき、更に話を続ける。
「過去にドレグ・ルゴラを封じたという金色竜が私だということは話したつもりだ。かの竜は私が再び人間と同化して立ち向かってくるのを目障りだと感じているんだろう。あの手この手で私たちの行く手を阻もうとしている。同時に、そうやって追い詰められていく凌や私を、かの竜は面白がって見ているらしい。後にも先にも、かの竜を封じ込めたのは私だけ。私が300年前と同じように自分を封じようとしているのだとしたら、邪魔をするのは当然のこと。それ以上でもそれ以下でもない」
 テラは俺の身体を借りて、ピシャッと言い放った。
 助かる。
 俺では恐らく、余計なことまで話してしまっていただろう。
『礼には及ばない』
 テラの声が頭に響く。
『君と私が過去に行ったことが知れれば、今度は美桜が壊れてしまう。何も喋るな。喋りそうになったら、いつでも私が前に出よう』
 すまない。俺が不甲斐ないばっかりに。
「……そういうものでしょうか」
 モニカは何か引っかかるという風に何度も首を傾げ、
「もっと根底には複雑なものが隠れているのではないかと思ったのですけれど」
 流石と言うべきか、なかなか一筋縄ではいかないらしい。
「そうだな、強いて言えば、かの竜は私に裏切られたと思っている。だからこそ、私を疎ましく感じるのだろう」
「裏切られた? テラ様に?」

「そう。遠い遠い昔のことだがな。未だ幼かった白い竜は、私たち竜の間でさえ浮いていた。白い鱗も大きく白い羽も、見ようによっては美しく神秘的なものであったはずなのに、竜たちはそれを受け入れようとはしなかったのだ。中には優しく声をかける竜もあったが、どこかで一線を引いていた。自然界にあり得ない白に、竜たちは怯えていたのだ。私もグレイも幼すぎて、彼を守ることができなかった。だからきっと、かの竜は捻くれた。名前も付けられず、誰にも呼ばれず、孤独に過ごすかの竜と、私たちはもっと話すべきだった。だのに幼い私ときたら、大人たちの陰に隠れて逃げて回った。かの竜はそれをじっと見ていたのだ。本当は、友達になりたかったのかもしれないと思ったのは、相当な年月が経った後だった。気付くのが遅すぎた。私は人間に飼われ、グレイは卵と石の番人となり、かの竜と出会うこともなくなった。長年蓄積された黒い感情が溢れ出し、かの竜がドレグ・ルゴラと呼ばれ恐れおののかれるようになって初めて、私たち竜は己らの愚かさに気付かされたのだ。まして同じ時期に幼少時代を過ごしてきた私が敵として現れるのだから、面白くはなかっただろうな。私は暴走してしまったかの竜をどうにか止めたいという一心だったのだが、彼には伝わることもないだろう」

 テラの意外な告白に、皆しんと静まりかえった。
 信じられない。テラとグロリア・グレイが、ドレグ・ルゴラの幼馴染み……?
 想定していたよりももっと昔からテラは存在していた、ということなのだろうか。数え切れないくらいたくさんの人間と契約を交わして、卵と成体を繰り返していた。
 グロリア・グレイはそういうのも全部見ていて、ドレグ・ルゴラのことも知っていて、人間と同化して戦おうとするテラを必死に制していた。
 そういうことか。
 俺が隠している事実に匹敵するほど、テラの言葉は衝撃が大きい。
 モニカは納得しただろうか。
 確認しようにも、テラは視線をずらさない。誰とも目を合わさず、ただじっと、前だけを見ている。
「その、白い竜の気持ち、わからなくはないかな」
 ノエルがぽつり、呟く。
「どの世界でも、他とは違う者を排除しようって動きはある。誰にもわかってもらえず、どんどん自分の殻に閉じこもったんだ。人間と違って、竜は長く生きる。あまりにも長い時間孤独に過ごしたから、かの竜は捻くれた。偶に優しくされたところで、それが優しさなのかちょっかいなのか区別が付かなくて、どんどんどんどんネガティブな方向に思考を偏らせてしまったんだろうな」
 幼い頃から大人の能力者たちと肩を並べていたノエルの一言は、妙に重い。
 身体と不釣り合いの力を得てしまったことで、彼もかなり苦労したのだろう。決して口にはしないが、人間不信っぷりはドレグ・ルゴラに通じるところがあった。彼が完全に心を開かないのも、彼なりの葛藤があるからなのだろうし、そこは周囲の大人が気を配り、少しずつ解してやらなければならないはずなのだが、竜の世界にそのようなものがあるとは思い難い。
「同情したとしても、かの竜を倒さねばならないという事実は変わらない」
 テラは言った。
「感情を押し殺すことも誰かに同調することもできなくなったかの竜は、ただ己の興味の赴くままに私と凌を標的にしている。これ以上悪いことは起きて欲しくはないが、いずれ“この世界”にも刃は向けられるだろう。そのためにも、なるべく信用できる者同士で情報を共有化し、いつでも戦える準備をしなくてはならない。そういうわけだから、私はしばらくこうして凌の中に身を潜めることにする。私に用があれば遠慮なく凌に話しかけてくれ」
 ようやく視界が動き、全体をゆっくりと見渡したと思ったところで、ふいに意識が戻ってきた。
『これである程度は誤魔化せたか』と脳内でテラ。
 十分だと思うけど、まさか嘘は吐いてないよな?
『嘘ではない。言うまでもないと思って今まで黙っていただけのことだ』
 口元を押さえ考え込んでいると、
「あれ? 戻った?」と、ノエルが覗き込んだ。
「凌かテラか、どっちが表面に出てきているのか、なんとなくわかってきた。目つきが悪くて頭も悪そうなのが凌で、シャンとして手強そうなのがテラだな」
 まぁ、八割方当たってる。
「コロコロ変わって気持ち悪いとか? 生憎、俺にはどうしようもない」
 皮肉たっぷりに言い放つが、ノエルは「いいや」と前置きして、
「二重人格みたいで面白い。これはこれでアリかな」と、はにかんだ。
 難しい話が一区切り着いたところで、美桜が冷蔵庫から冷えたジュースを持ってくる。グレープの炭酸と、リンゴジュース。グラスに氷をたくさん入れて、人数分をトレイのままテーブルに置いた。菓子入れの器には個包装の洋菓子が山のように積まれている。
 まるで誰かが来るとわかっていたかのような待遇だなと思っていると、
「凌のことを話したらね、飯田さんが『私が居ないときでもおもてなしできるように』って、買い置きたくさんしててくれたんだ。よっぽど嬉しかったみたい」
 なるほど。飯田さんの仕業か。
 飯田さんは美桜のことを本当に心配してくれてる。彼女がいなかったら、美桜はまともに生活できていないだろう。
「飯田さんの中からも、俺の記憶は消えているだろうけど」
 あの気品いい飯田さんに奇妙な目で見られたらとても堪えられないなと、俺は短く息を吐いた。
「大丈夫よ。凌のことは毎日のように話してるし。また、最初みたいに挨拶すれば良いだけじゃない」
 美桜は笑った。
「そ、う……だな。うん、そうする」
 杞憂ならばそれに越したことはないが。
 俺は小さく笑って、菓子に手を伸ばした。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 気が付いたら日が傾き始めていて、カーテンを透かして夕日が差し込み、薄暗くなった部屋全体がオレンジ色に染まっていた。
 時計を見ると結構な時間で、芝山が小さな声で「しまった、塾の時間」といっているのが聞こえてきた。
「来澄が無事で良かった。とりあえず帰るよ」
 芝山がグンと背伸びしながらソファから立ち上がった。
 それはこっちのセリフだと思いながら、俺は芝山にまたなと手で合図する。
「あ、待って。靴持ってくる。魔法で家まで送りましょうか? 家をイメージすれば飛べるように魔法陣描くから」と美桜。
 すかさず須川が、首を横に振る。
「ダメダメ! 歩いて帰る! イメージ不足で違うところに飛んじゃったら大変だし」
「なら、僕が怜依奈を送るよ。僕は自分で“向こう”に帰ればいいわけだから」
 ジークが須川の肩を抱きフォローすると、須川は一瞬顔を赤らめて、
「し、下心ないわよね?」と聞く。
「ないない。単純に君が心配だから。まかり間違っても万が一なんてない。僕は美桜一筋」
 気を利かせているんだか利かせていないんだかさっぱりわからないような話し方で須川が納得するとは思えないが、陣は堂々と言い放った。

「で……、凌はどうするの」

 須川が俺の顔を覗き込んだ。
 場の空気がピタッと止まって、皆が一斉に俺を見た。
「ど、どうって……。家に帰ったところで、俺の存在はなかったことに……だろ?」
 テラと同化したまま“裏”に飛んだことで、変な魔法が発動した。俺の存在はレグルノーラに関係する人物除いて、この世界から全部から消えてしまったのだ。美桜の話では、俺は小さい頃に死んでしまったことになってるらしいから、家に戻っても絶望しか待っていないはずだ。それに、一緒に来てしまったモニカとノエルをどうするかという問題もある。まさかコスプレ外国人状態の二人を放置するわけにもいかないし……。

「凌たちはここに泊まれば良いわ」

 美桜が言うと、今度は一斉に目線が彼女に移った。
「けど、同級生の家にお泊まりってのはちょっと……。寝床くらいどっかで」
「その様子じゃ、“こっち”のお金だって持ってないでしょ。どうやって過ごすつもりよ。ここならば寝るところもあるし、食べるモノにも困らないわ。さっきも言ったけど、凌のことはきちんと飯田さんにも話したし、問題はないと思うけど」
「いや、そういう意味じゃなくて。俺が困るってのは、その……」
 頭を掻きつつ困っていると、モニカがサッと前に出た。
「せっかくのご厚意です。甘えましょう、救世主様」
「俺も、よく分からないところで野宿はゴメンだね。泊まらせて貰えば良いじゃん」
 ノエルも口を尖らせている。
 そういう問題じゃなくて。
 気にするだろ、色々と。
 俺が渋っていると、美桜は馬鹿じゃないのとばかりに鼻で笑った。
「別に、二人きりってわけでもないし。“救世主様”が変な気を起こさないよう、きちんと“見張り”が付いてるじゃない。モニカにノエル、それにシンだって。空いてる部屋もあるし、気にしなくても大丈夫よ。それとも何? ウチじゃ不満?」
「いや、そうじゃ、ないけど。っていうか、迷惑かな……って」
「本当に融通聞かないわね。とにかく、泊めるから。O.K.?」
 両手を腰に当てて前屈みになり、美桜が頬を膨らましている。
 これはもう、他の返事はできないヤツだ。
「お……、オー、ケィ」
 右手でO.K.の形を作ったが、顔は完全に引きつっていた。
「お熱いわねぇ」
 背後から須川の嫌味たっぷりな声が聞こえて、俺はブルッと背中を震わした。
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