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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【25】カウントダウン

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114/142

114.真実

 誰かに必要とされているとか、誰かに信じてもらえるとか。
 そういうものには生涯無縁だと思っていた。
 嘘つきだとか気持ち悪いとか、何を考えているのかわからないだとか何言ってんのだとか。暗い言葉だけが俺の周囲を巡っていて、まともに人付き合いをしたいだなんて考える余裕すらなかった。
 人の目が怖くて、ずっと隠れていた。なりを潜めていれば誰も俺を見ないし、気にも留めない。その方が傷つかないし、気が楽だって信じてたのに。
 コイツらときたら。
「何はともあれ、これで勢揃いってわけだな。色々あったけど、Rユニオン再始動ってことで」
 意気揚々と陣が言う。
「来澄がいないと調子が出なくって。良かった。また一緒に戦える」
 そう言ったのは芝山だった。“表”でこれまで何があったのかは知らないが、なんとなく少しだけ男前になった気がする。
「それより早くどこか行かないと。こんな所で立ち話して、誰かに聞かれたら」
 と、周囲をキョロキョロ見まわしながら須川が言うと、美桜がうんうん頷きながら神妙な顔をした。
「須川さんの言う通りだと思うわ。また面倒なことになると困るし……。ちょっと人数多いけど、ウチ、来る?」
「え? いいの?」
 ゼロタイムで反応したのは芝山。
 女子の部屋に行くのは初めてだとばかりに鼻息を荒げている。
「一人暮らしだし、飯田さんにもこの間ちゃんと話したし、何の問題もないわ。部室だって安全とは言い切れないんだもの。部外者の一切居ない場所でしっかりと話したい。これまでのこと、これからのこと」
 そうだねと、そこに居た誰もが頷く。
 同意を得たことを確認すると、美桜は皆に近寄るように指示を出し、大きな二重円を地面に描きはじめた。
「ところでさ」
 魔法陣が完成するまえに、ノエルが一言。
「腹減った。飛んだら何か食わしてくれる?」
「勿論よ」
 美桜が優しく微笑むと、余程腹が空いていたのか、ノエルは目をいっぱいに輝かせていた。


     □━□━□━□━□━□━□━□


 視界に色が戻って、懐かしい美桜の部屋が見えてくる。
 女子らしい花柄いっぱいの室内は、カチコチだった心をゆっくりと溶かしていく。
「あ! 土足! ゴメン!」
 咄嗟に声を出したのは須川で、声に反応して何人かがアッと言った。
 場に応じて転移と同時に靴を脱いでいたのは俺と美桜くらい。モニカとノエルに至っては、「そういう文化?」と目を白黒させている。
「大丈夫、掃除しとくから。それに、泥なんて付いてないでしょ」
 カーペットに少々砂が零れてしまったが、美桜は気にする素振りもなく、部屋の奥から空の段ボールを持ってきてその中に皆の靴を入れるように指示した。女子向けの通販会社のロゴが入った段ボールはあっという間に靴でいっぱいになる。彼女はそれを一旦部屋の隅に置いて、それからドアを開け、廊下を覗いた。
「飯田さん、居る時間?」
「ううん。帰ったみたい。リビングに移りましょう。お腹空いてるのよね? パンの買い置きとカップ麺なら直ぐ出るけど」
 カップ麺。
 美桜に似つかわしくない単語が耳に入り、俺は目をぱちくりさせてしまう。
 そういう大衆的なモノは口にしないようなイメージなのだが、偏見だろうか。
 短い廊下を抜けてカフェカーテンを潜り、リビングに入る。美桜が急ぎ足でキッチンに入り、棚を物色しているのを横目に、俺たちは各々ダイニングテーブルの椅子やらソファやらに座っていく。
 腹の空いた俺とモニカ、ノエルはダイニングテーブルの方に、陣と芝山、須川はソファの方に向かったが、芝山だけは興奮気味に室内をやたらキョロキョロ見回していた。
「やっぱり芳野さんち、趣味良いよね。ホントに一人暮らしなの?」
 須川がそう言うと、美桜は冷蔵庫を開けながら、
「そう、一人。私って孤独なの。家政婦の飯田さんが来てくれるから、それで結構持っている感じかしら」
「家政婦! うンわぁ~! お金もちィ! やっぱり良いとこのお嬢様なの?」
「それ、凌も最初に来たとき言ってたけど、お金持ちなのは私の伯父だから。誤解しないでよね。私は唯一の身内にも捨てられた、可哀想な少女なの。おわかり?」
 美桜に同じ言葉を投げかけたとき、俺はばつが悪くて何も言えなかったが、須川は「へぇ~、ドラマみたい!」と明るい調子で返している。
 もしかしたら美桜は何度となく同じ会話を繰り返していたのかもしれない。同じように一人暮らしのことを聞かれ、同じように自分の境遇をサラッと話す。深刻に考えているのは周囲だけで、本人はそれが日常。
 考えすぎは俺だけだったのか。そう思うと、それはそれでなんだか変な気分になってくる。
 美桜は人数分のグラスに冷たい麦茶を注ぎ、一人ずつに手渡しした。
 外出中もわざと付けっぱなしだったのか、冷房がきちんと効いて涼しい室内だったが、冷たい飲み物は本当にありがたい。氷を残して一気飲みすると、すかさず美桜がおかわりを注いでくれて、俺は一礼し、またグラスを傾けた。
「買い置き探してみたんだけど、辛い焼きそばと辛いラーメン、レトルトのカレーくらいなら直ぐに出そうだけど」
 美桜があまりにも庶民的な言葉を言うので、俺はブッとお茶を吹きかけた。咳き込み、息を整えて、
「美桜もそういうの食べるんだ」と言うと、
「飯田さんがね、自分が不在のときに食べ物に困ったら大変だって、色々と買ってきてくれるのよ。しかも、私が激辛好きだってわかって、辛いのばっかり。甘いのが良いなら、食パンがあるけど」
 美桜が最後まで言う前に、モニカがスッと手を上げる。
「その、辛いのください。そういう食文化はないので、興味があります」
 するとノエルも負けてたまるかと思ったのか、手を上げる。
「オレも。できればお腹いっぱいになるヤツで」
「じゃ……、俺はラーメン頼もうかな。よくよく考えたら、カップ麺なんて超久々だし」
 どの方向の辛いかはさておき、ラーメンが食えるなら。
 美桜はO.K.と手で合図して、キッチンに引っ込んでいった。
「ところで、凌は相変わらず竜と同化したまま?」
 突然話を変えたのは陣だった。
 俺は一旦息を整えて、首を縦に振る。
「一応。普段は俺に負担をかけまいとしてるのかじっと黙ってるけど、間違いなくテラと同化してる」
 胸の辺りをポンポンと叩くと、陣は唸り声を上げて難しい顔をした。
「……やっぱり、同化してこそのあの力か。僕たちが必死に閉じていた穴を一瞬で塞いでしまったもんだから、気になってたんだ。穴の開く回数がどんどん増えて、どうしようもないところまで来ていた。さっきみたいに魔物が出る前に穴を塞げれば一番なんだけど、うっかり塞ぐのが遅れたり、力が弱まっていたりすると、魔物が穴から這い出してしまう。より強大な力で一気に閉じるのが吉だって、思い知らされていたところなんだ」
 穴から魔物が現れる話は前にディアナの部屋で会ったときに言っていた。
 ただでさえ魔法の効きにくい“表”で魔物が現れたら大変なことになるのは、それこそ美桜の部屋で経験済み。面倒なことになる前に片を付ける必要があるのだが、理想と現実はだいぶ乖離している。
 竜の力を得た俺と違って、他のみんなは美桜を除いて普通の干渉者。自分の世界で魔法を使うので精一杯なはずだ。
「竜石は手に入れた?」と陣。
「まぁね。塔の方で時が来るまで保管してくれるそうだけど。こんな欠片ですら竜1匹の力を制御できるんだ。あれだけあればドレグ・ルゴラを封印するには十分だろうという量を確保したつもりなんだけど、果たしてそれで済むのかどうか。実際そのときが来てみないとなんともわからない」
 俺は髪を掻き上げて額の石を見せながらため息を吐いた。
 そう。
 対峙してみなければ何もわからない。
 図体がデカいだけの竜ならまだしも、かの竜はやたらと頭が切れる。
 真っ正面から立ち向かおうとしても、なかなかその姿さえ現そうとしない。
「俺からも……、ひとつ、聞いていいか」
 電子レンジの加熱する音がしんと静まりかえった室内に妙に響いていたが、俺は意を決して、あの質問をぶつけてみることにした。

「そこに居る芝山は……、ホントに、芝山?」

 一瞬、時間が止まった。
 陣が目を丸くして、須川が困惑の表情を向けてきた。
 それからしばらくの沈黙があり、芝山がブッと盛大に噴き出した。
「あんまりだな、来澄。いくらボクのことが嫌いでも、そういう言い方はないと思う」
 どうしたんだよと首を傾げながら笑う芝山を見て、モニカがスッと立ち上がり、頭を下げた。
「シバ様、申し訳ございません。救世主様は今困惑なさっているのですよ。ここに来る前に色々あったものですから。とりあえず、間違いはないのですね?」
「間違いない。どうすれば信じてもらえる? シバの姿になればいい? ……って、ここは“表”だから、姿を変えるのは難しいな。けど、間違いなくボクはボク。と……、あれ? もしかして、“裏”で何かあった……?」
 何かを察したのか、芝山は急に顔を曇らせる。
「実は」
 俺が椅子を芝山の方に向けると、すかさずモニカが間に割って入り、厳しい表情を向けてくる。
「私が説明いたしますから、救世主様はどうぞおかけください」
「けどモニカ」
「いいえ、私が説明いたします。救世主様はまず、おかけください」
 モニカの目力は凄かった。
 俺は渋々椅子に座り、彼女が咳払いしてから話し始めるのを待った。
「シバ様は最近砂漠へは向かわれましたか?」
「へ?」
 間抜け多様な声を出す芝山。
「砂漠へは、向かわれましたか?」
 何故そんな質問をされるのだろうと、芝山は陣や須川、俺たちの方を交互に見て、困ったような顔をする。
「砂漠って、“裏”の」
「そうです。シバ様は(おさ)として帆船を魔法で動かしているのだと伺いました。その船へ、一番最後に向かわれたのはいつです?」
「いつって……、言われても。最近はバタバタが続いていて、意識的には行くことができなくて。船のみんなには悪いとわかっていながら、だいぶ長いこと顔を見せてない。最後に顔を出したのはいつだったかな……3日くらい前? 航行に問題ないようだったから、何かあれば船長室の奥にある魔法陣に手を当てて話しかけてくれって、何人かには頼んだんだけど、それが何か……」
 芝山はおどおどしくモニカの問いに答えた。
「では、帆船にディアナ様が訪れたことはご存じで?」
「ディアナ? 塔の魔女? 帆船に?」
「ご存じないのでしょうか」
「砂漠の真ん中に塔の魔女が来るなんて、そんな馬鹿な」
「ありがとうございます。質問は以上です。これで……、わかりましたね、救世主様」
 モニカは口角を上げてニコッと笑い、ゆっくりと息を吐いた。

「帆船の化け物は、かの竜の罠だったのですよ」

「罠……? あれが……?」
「そう。かの竜は私たちを、いえ、恐らく救世主様を貶めるための罠を仕掛けていたのです」
「ちょ、ちょっと待って! 砂漠で何があったって?」
 芝山が大慌てで立ち上がり、大声を出した。
 水分を取った反動か、顔中汗で濡れている。

「帆船に時空の穴が開いて、巨大な黒い魔物が現れました。その中にシバ様の姿があり、私たちはシバ様が魔物になってしまったのだと判断してしまったのです。ザイル様の話では、ディアナ様が帆船を訪れ航行を止めるよう説得しても船長室の扉さえ開けなかったとのことでしたが、なるほど、そういうことでしたか。元々シバ様は帆船には居なかった。不在中、いつの間にかかの竜の手の者にすり替わっていたということなのでしょう。シバ様のフリをして返事をしたり、声を荒げたりして船長室から徐々に皆様を遠のけ、時空の穴を広げていった。私たちが到着したときにはその穴は閉じることができないくらいにまで広がっていて、制御不能になった帆船は最初から時空の狭間に落ちていく算段だったわけです」

「え? ちょっと待って。今、帆船が、何だって?」
 芝山の顔が青い。
「帆船はバラバラになって、時空の狭間に落ちてった」
 補足するようにノエルが言う。
「オレたちはそれをしっかりと見た。魔物になったシバを凌がぶっ殺しても、帆船は止まらなかった。そこでもっと疑問に思うべきだったのに、すっかりと騙されたってわけだ」
「ボクを……、殺した? 来澄が?」
 芝山が困惑している。
 当たり前だ。
 俺は誰の顔も見ることができず、両手で頭を抱えてテーブルに伏した。

「砂漠の果てへと向かおうとする帆船を止めるには、それしか方法がなかったのです。魔物化したシバ様を元に戻す方法など存在しませんでしたし、そうでもしなければ、私たちが生き残ることすらできなかったでしょう。ですが、今思えばそれすらもかの竜の罠だったわけですね。救世主様を苦しませようと、次々に仕掛けられた罠の一つ。あの場でシバ様を倒させておいて、それから黒い湖の底で更に悪夢を見せた。そうすることで、救世主様に更なる絶望を味わわせようとしたのでしょうか。いずれにせよ、そこから脱出して無事“リアレイト”に来ることができたのですから、これ以上後ろ向きな話は止めましょう。お互い、何もなくて良かったと思うべきです。いいですね、救世主様」

 良くは……ない。
 何一つ、良くはない。
 自分の中に黒い感情が生まれるところをしっかりと見せつけられて、それで良かったなんてこれっぽっちも思わない。
 けれど。
「芝山……、ゴメン」
 俺は無意識にぽつりと呟いていて、目に熱いモノがこみ上げていた。
「俺は、あのとき芝山を」
 言いかけたところで、誰かが肩をポンと叩いた。
「馬鹿だな。誰が君のことを責めるんだよ。それしか方法がないのなら、そうするべきだった。それだけのことだろ」
 顔を上げる。芝山が、いつの間に直ぐ側に立っていた。

「もし誰かが暴走して、誰かを傷つけたり世界を壊してしまいそうになったら、全力で止める。当然のことだ。もしボクが君の立場でも、ボクは君と同じことをした。ギリギリのところで判断を迷うことは誰にでもある。けど、その結果正義を曲げるようなことだけは絶対にしてはいけない。だから気にするなよ」

 芝山はキノコ頭のクセに、偶に格好いいことを言う。
 これがシバの方のセリフだったら、もっと様になっていただろうに。
 ありがとう、と口の中で小さく呟いて、俺は口を歪ませた。目から涙が零れないよう、堪えるのに必死だった。
「話は終わった? はい、カレーとラーメン。丁度できたところ。本当に辛いのしかないけど、大丈夫かしら」
 美桜が言いながらテーブルの上に一つずつ器を置いていく。
『超激辛特盛豚キムチラーメン』と書かれたカップラーメンからは、いかにも食欲をそそる酸っぱい匂いが湯気と共にもくもくと上がっている。
 ノエルの前に出されたカレーも、あり得ないくらい辛そうな色をしているし、モニカに出されたカップ焼きそばには、真っ赤な唐辛子系のソースがこれでもかとまぶされていた。
「ありがとうございます。いただきますね、美桜様」
「美味そう! じゃ、遠慮なく」
 モニカもノエルも満面の笑みで食べ始めたが、その後悶絶し、お茶のおかわりと食パンを懇願したのは言うまでもない。
 俺はというと、久々の辛口ラーメンをつゆまでペロリと平らげた。手作りのご飯もありがたいが、偶にはこういうのもいいものだ。
 一口だけで残されてしまった激辛カレーと超辛焼きそばはというと、結局美桜と須川、それから芝山が取り分けて空っぽにしていた。その様子を端で見ていた陣は、「“表”の連中は味覚が壊れてるのさ」と、モニカとノエルを慰めていた。
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