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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【24】時空の狭間へ

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110.黒い湖

 (あるじ)を失った帆船は、なおも暴走を続けた。船長室も船内も真っ黒い穴に侵食され、(おさ)が船を操るためにかけていた魔法を解くのは困難だった。
「だめですね……。どんな魔法も弾かれてしまう。やはり、シバ様の意思でしか船は止められないようです」
 ギリギリまで踏ん張ってくれてたが、モニカでもどうにもならない。
「こっちもダメだ。船長室はどこもかしこも穴だらけで先に進めない。書棚の裏にある隠し部屋だとは思うんだけど」
 船長室の奥には隠し部屋があった。そこに描かれた魔法陣で、シバは“表”と“裏”を自在に行き来していたのだ。あのときはさっぱりレグルの文字が読めず、魔法陣の効果がどういうモノなのかすらわからなかった。俺が見たのはほんの一部だったし、もしかしたらあの小さな部屋のどこかに鍵となる文字や魔法陣が刻まれていたかもしれないというのに、船長室はボロボロで見る影もない。壊れたのなら壊れたで魔法効果が失われるはずなのだが、そういうわけでもないとすると、おれたちの見逃しているどこかに手がかりがあるのじゃないかと、俺とノエルで帆船じゅうをあちこち走り回ってみたが、最早船の形を保っているのがやっとという状態で、どうすることもできなかった。
 そうこうしているうちに船は地平線の間際まで進み、断崖絶壁から白い砂が噴き上げるのが甲板の上からも見えた。ビョウビョウと不気味な音を立てて、地面のずっと下から生温い風が吹いている。地平線の途切れた場所は黒く、まるで暗闇の中にレグルノーラという平面世界が浮いているのではないかと錯覚するほどだった。
「このままでは船もろとも真っ逆さまです。もう一度、エアバイクに乗りましょう」
 モニカはそう言いながら、甲板の隅まで押しやられたヘドロだらけのエアバイクを指さした。
「えぇ……、アレに乗るのかよ」
 ノエルはガックリ肩を落としたが、モニカは軽くウインクし、
「大丈夫、汚れを落とせば使えますよ。なにせ、下ろし立てだったのですから」
 指先をくるんくるんと回してパチンと指を弾く。それだけであっという間にヘドロが消え、新品同様の銀色のエアバイクが姿を現した。
 流石だなモニカと感心していると、彼女は俺の格好に気が付き、
「ちょっとお待ちください、救世主様」と、まるでもうすぐ時空の狭間に呑まれてしまう船の上ではないような冷静さで俺を呼び止めた。
「お召し物が汚れています。それからお怪我も」
 モニカが魔法をかけてくれる。
 これくらい俺でもやれるとわかっていて、彼女はわざとそういうことをする。
「たいしたことない。今はそれどころじゃ」
 けど、彼女は引き下がらない。

「程度の問題ではないのです。私は常に、救世主様にはシャンとしていていただきたい。嫌なのです、辛そうになさっているのを見るのは。傷ついたお姿を見るのは」

 魔法のお陰で、さっき強酸に溶かされた服も皮膚もほぼ元通りになっていた。モニカの癒やしの力は強い。
 彼女は魔法をかけ終わると、俺の袖をギュッと掴んだ。その手が、僅かに震えている。

「時空の狭間がどんなところなのか、全く想像できません。生きるモノが赴く場所ではないと、古来より忌み嫌われてきた土地です。遙か昔にテラ様がかの竜を封じた恐ろしいところです。あれだけの文献を調べても何も出てこないのは、恐らく一度足を踏み入れたら二度と帰ってこられないからなのでしょう。そんな場所に行くのは……。いいえ、大丈夫です。救世主様がお決めになったことですもの。私はどこまでも、付いて行きますから」

 モニカは俺がセリフに反応するより先に、エアバイクめがけて走り出した。その背中が酷くもの悲しい。彼女の言い分はわかる。けれど、今は。
 俺は自分が剣を突き刺した肉塊と、血だらけのままヘドロの中に放り投げた剣に目を落とし、それから強く目をつむった。
 シバ。
 芝山哲弥。
 俺は、お前が見ようとしたものを見に行く。
 それが例えドレグ・ルゴラの企みだとしても。
 戻れる保証が皆無だとしても。
 この船はもうじき時空の狭間に呑まれる。
 弔う余裕が微塵もないのを許してくれ。
 お前のことは絶対忘れない。
 絶対に。
 絶対にだ。
「おい、凌! 速くしろ!」
 ノエルの声にハッとして顔を上げる。
 先に辿り着いていたノエルは倒れた機体を起こしてそれぞれにエンジンをかけ、その1台に跨がってヘルメットを被り待っていた。
 俺はすまないと手で合図し、ヘドロを避けながら二人の元に急いだ。
「位置情報もわかるし、確かにこっちの方がいいのかもな。飛行魔法ができるわけでもないし、あの真っ暗闇の先に地面があるのかも怪しい。けどさ。ホントにあんなところに行く気……? 理解できないな」
 パネルを見ながらノエルが呟くと、
「救世主様がお決めになったことです。私たちは全力でサポートする。そういう約束だったじゃありませんか」
 さっきまでの弱気を振り払うように、モニカが言う。
「悪いな。付き合わせて」
 俺も言いながらエアバイクに跨がる。ヘルメットを被るモニカを横目に、さて俺もとハンドルに引っかけたヘルメットの紐を手に取って被ろうとしたその瞬間、ガクンと船体が前方に大きく揺れた。
 エアバイクが傾くのを足で踏ん張って必死に止める。テラが乗るはずだった1台が甲板を滑り、またヘドロの中へ突っ込んでいく。
「浮上しろ!」
 ノエルが叫んだ。
 そうだった。飛んで船体から離れれば傾きの影響は受けない。
 思い切りエンジンを吹かして急浮上、
『乗らずに飛んだ方が早くないか』
 頭の中でテラが言う。
「そりゃそうだけど、単独行動したら二人の位置を把握できなくなる」
『面倒な』
 呆れたように言われたが、二人を見捨てるようなことは絶対にできない。
 機体は高く上がった。
 ノエルとモニカはとうに帆船から脱出していた。
 傾いていく帆船に巻き込まれぬよう、更に急上昇する。
 足元を見ると、地面が途切れているのがハッキリとわかった。白と黒。光と闇。二つの境目に接した船が激しく壊され、崩れるようにして暗闇に呑まれていく。
 船体が割れる音はまるでこの世の終わりを告げているかのような轟音で、塞げるなら耳を塞いでしまいたくなるほど全身に響いた。
 砂煙は空へ届くほど高く上がり、その衝撃の激しさを伝えてくる。
 ゴーグルで視界を守っていても、砂煙で前が見えなくなる。最早、ノエルとモニカがどこにいるのかさえ、目では確認できない。二人とも無事は無事なんだろうけど。手元のパネルにある位置情報は、確かに近距離で二人が飛行していると伝えている。
 衝撃波が何度も襲った。
 船体が壊れていく、そのときの衝撃が空気を伝って、エアバイクごと身体を揺らす。
 次第に砂煙が納まり、徐々に視界が晴れてきたところで、俺は息を飲んだ。

 黒い湖だ。
 恐ろしいまでの黒。
 今まで見たことのないくらい色のない世界。

 何百メートルも下に広がる黒い湖に、たくさんの砂と共に帆船が落ちていくのが見える。
 音もなくゆっくりと落ちていく帆船、高く上がる黒い水しぶき。
 あんなに大きなモノが落ちていったのに、全てを呑み込んでも波一つ立たない水面は、静けさの中におぞましい狂気を含んでいるようにさえ思えた。

――『たくさんの鬱憤とたくさんの不満、欲望、嫉妬、憎悪、恐怖、悲哀。そういう暗い感情が二つの世界からこぼれ落ちてできた場所』

 黒い湖の上に、レグルノーラが浮島のようにぽつんと乗っかっているのが見える。
 まるで全てを掌握されているかのような、小さな世界。

 そして、湖の中に透けて見えるのは――。

「リアレイト? どういうことだ?!」
 俺は叫んだ。
 見えたのは見慣れた街並み。俺たちの通う翠清学園高校、丘の上の高級住宅地や美桜のマンション、それから坂の下の雑多な街。そこで生きる人々の姿が見える。
 俺たちはリアレイト、つまり“表”から下に落ちてくるわけで、だのにどうして足元に街が見えるんだ?
『違う! 凌! 君が見ているのは――』
 テラが頭の中で叫ぶ。
 違う?
 何が――。


 目の前が突然真っ暗になった。




















     ・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・




















『よく、ここまで辿り着いた』

 聞き覚えのある声がする。

『思惑通り、君はここに来た。あの忌まわしい金色竜と共に』

 賢そうで、それでいて冷徹な。
 ……ドレグ・ルゴラ。

『私と君は似ている。全てを失い、絶望の淵にある』

 似ているとは失礼な。
 俺はお前なんかとは違う。
 どんなに追い詰められたって、残酷なことは。

『君はその手で親友を殺した。それが残酷ではないと? 君は追い詰められれば追い詰められるほど力を発揮するらしい。これまでの力が限界だとは思っていない。本当は世界を砕いてしまうほどの狂気を隠し持っている』

 何が……言いたい。

『本当の君が見たい』

 ハァ?
 どういう意味だ。

『これからが本当のお楽しみだ。私は本気で君を、君が大切にしてきたモノを潰す。その先に何があるのか、楽しみで仕方ない。……私は今、興奮しているのだ。あの金色竜に封じられて以来、私は退屈で仕方がなかった。ようやく封印は解けたが、どいつもこいつも私を畏怖して近づかない。そんな中、目下君だけが私を愉しませた。最後まで愉しませてくれよ、異界の干渉者リョウ……。そして、我が娘の愛しき人よ』

 ドレグ・ルゴラは嗤った。
 背筋が凍る。
 いくら俺が救世主としての力を得たとしても、この言われ方は尋常じゃない。
 何を考えている?
 これから一体、何をしようと。




















     ・・・・・‥‥‥………‥‥‥・・・・・




















 身体を誰かが激しく揺する。
 葉のこすれる音と、人が動く気配がする。
「おい、いい加減にしろ。起きろってば」
 緑の匂い、手を動かせば柔らかい土の感触。
 それになんだかやたらと暑い。
 おかしい。
 確か俺は、真っ暗な時空の狭間に。
「クソ救世主。目を覚ませって言ったろ。ったく、図体ばかりデカくて動かないんじゃ話にならない。モニカ、こんな奴ほっぽって、さっさと探索しようぜ。どうもここはレグルノーラとは違う」
「そういうわけにはいきません。ノエルは何を考えて」
 ……レグルノーラとは、違う?
 俺はパッと目を開け、ガバッと身体を起こした。
 庭。
 どこかの庭だ。しかも見覚えがある。四方を壁に囲まれた中庭。噴水、手入れの行き届いた花壇、バラのアーチ、青々と茂る桜の葉。そして、ベンチ。
 翠清学園高校。
 俺は思わず目を泳がせた。
 何が起きているのか、瞬時には理解できない。
「目が覚めたのですね、救世主様」
 モニカが隣で膝を折り、嬉しそうに目を輝かせている。
「ここは」と眉をしかめると、
「わかりません。気が付いたらここに。エアバイクもいつの間にか消えていて」
 不安そうに辺りを見まわすモニカ。
「眩しすぎる。大体なんだよ、空でビカビカ光ってるあの白いの。それに砂漠より暑いし。最ッ悪だ」
 ノエルは袖で汗を拭いながら、吐きそうな顔をしている。
 そうか、レグルノーラで育った彼らには太陽ってモノがわからない。あんな曇天の世界じゃ、確かにわかりようがないのだが。
「確かに異常ですね。私もなんだか、さっきから肌が痛くて。あの光のせいでしょうか」
 紫外線に免疫がない? まさか。
 俺はゆっくり立ち上がって、じっくりと周囲を眺めた。
 本当に? 本当にここはウチの高校なのか?
 狐につままれた様な変な気分だ。
 だってついさっき、ドレグ・ルゴラは俺を脅した。『私は本気で君を、君が大切にしてきたモノを潰す』と凄まれた後で、この場所に来たってことは、ヤツの標的は“リアレイト”、つまりこの世界ってことになる。
 戻れたことに感謝しなければならないのだろうが、干渉者ではないノエルとモニカまで連れてきてしまった。これはちょっと面倒なことになりそうだ。
「ここは“表”。多分ここに俺たちを寄越したのはドレグ・ルゴラ。魔法の概念はないし、ましてや“レグルノーラ”の存在はほとんど知られていない。みんな黒髪だし、武器も持ってない。“今”がいつなのかにも寄るけど、誰かに見つかるとちょっとヤバイな」
「ヤバい? どういうことですか?」
「捕まる。建造物侵入ってヤツで」
「捕まる? 何に?」
「警察」
「ケーサツ?」
 レグルノーラの二人は顔を見合わせ、首を傾げている。
 とにかく。警察なんかに捉えられたらドレグ・ルゴラを倒すどころじゃなくなる。
 3人とも“向こう”じゃ普通でも、“こっち”じゃ奇抜な格好にしか見えないからな。それぞれの服装もだが、俺の額やノエルの頭も何とかしなければ。
 ぼんやり考えていると、モニカが突然悲鳴を上げた。
「きゅ、救世主様! 水が……!」
「水?」
 中庭で水と言ったら噴水しかない。彼女の言葉通りに水に目をやる、すると。
「な、何だあれ!」
 水が、黒い。
 墨汁を混ぜたような、いや違う。アレは時空の狭間で見たのと同じ。
 噴水から黒い水と共に真っ黒なもやが立ちこめ、鮮やかな緑で彩られていた中庭を黒く染め始めた。同時に魔物の気配。黒い水が噴水からあふれ出し、どんどんあつまって魔物の形に変化していく。
「“表”だぞ、ここは……!」
 俺は腰を落として歯を食いしばった。
――『“表”の“ゲート”付近に魔物が湧くようになってしまった』
 ジークが言ったのを思い出す。
――『特にゲートの多い翠清学園は一人では太刀打ちできないようなレベルの魔物もちょくちょく現れる』
 そうだ、“ゲート”。中庭はジークが普段使っているゲートだった。
 辺りを見まわす。今のところ、人の気配はない。
 こんな狭いところで戦ってるのか、ジークたちは。
 今までやりたい放題力尽くで戦ってきたが、この場所で戦えってのは確かに酷だ。
 封じる、だけでは済まされない。根本を絶つつもりでやらないと。
 徐々に黒い塊が人ほどの大きさになっていく。
 俺たちは各々に武器を構えた。
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