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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【3】黒い魔物

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11.“ダークアイ”

 一度感じた“恐怖”を払拭するのは困難だ。深層意識に刻まれた感情は、自分の意思とは裏腹に手足の自由を封じ込める。
 眼球の化け物は、俺の弱点を見事に突いていた。
 俺は、人の“目線”が怖いのだ。
 誰にどう思われているのかなんて気にしないと口では言いながら、本当は他人より数十倍、人目を気にしていた。評判、陰口、噂、どこからともなく聞こえてくる根拠のないものに振り回され一喜一憂する。
 愚かだ。
 わかっていながらも、俺は自分を見る周囲の目が怖くてどんどん自分の殻に閉じこもっていった。そしてその結果が“ぼっち”状態を生んでいると知っていても、そこから這い上がろうとはしなかったのだ。
 人の目が怖い。目線が怖い。
 真ん前にある巨大な眼球は、そんな俺を嘲笑うかのようにじっと俺を見つめている。
 怖い、嫌だ、逃げたい。
 俺の心にはずっと、マイナスのイメージしか浮かんでこない。
「凌の馬鹿! 何を怯えてるの!」
 美桜の声が半分だけ耳に入る。
 わかってる、わかってるさ。
 こんなのに怯えてる場合じゃない。
 俺は完全に狙われてるんだ。奮い立って攻撃しなければ。
 しかし、手足はおろか口もまともに動かない。
 躊躇している間に、眼球を包む黒くねっとりしたモノからニュルッと細く長い触手が何本も伸びているのが見えた。放射線状に伸びたそれは、ぐねぐねと自在に動き俺の身体に絡みついてくる。
 ネトッと、耳元で音がした。
 粘液を含んだ触手は、握っていた銃もろとも俺の手を掴み、足を掴み、身体を引き寄せていく。触手は水生動物のように、異常にひんやりしていた。
「凌、気を確かに持つのよ! 凌!」
 励ましてくる美桜も、黒い眼ン玉に追われ必死だ。彼女は抵抗していた。長い剣を振り回し、触手をなぎ払っている。美桜の長い髪が乱れる。苦しそうな表情を垣間見る。
 こんなときに限って身体が動かないなんて――。

 ――ガバガバッと巨大な何かが風を孕ませ、大きな音を立てた。
 視界が急に暗くなり、俺は慌てて眼球の化け物から顔を逸らす。

 竜だ。

 青碧の翼竜が、ビルの影からニュッとトカゲのような顔を出していた。
 いつも空を飛んでいる竜だ。俺は咄嗟にそう思った。
 今日は姿が見えないと思っていたが、竜が数体、突如大通りに侵入してきたのだ。
 ブワッブワッと竜が羽を動かす度に、眼球は風に煽られてゴロゴロ動いた。
 俺に絡まっていた触手も、美桜に迫っていた眼ン玉も、竜に怯えて触手を引っ込めゴロゴロゴロゴロと転がっていく。
「美桜! 大丈夫か?!」
 男の低い声が響く。
 一体の翼竜の背に、男が跨がっていた。
「ライル!」
 手綱を引きこちらを見下ろす男のシルエットが目に入るも、俺の位置からじゃ顔がよく見えない。どうやら、美桜の知り合いらしいが。
 グオォと竜が雄叫びを上げると、眼ン玉はブルブルッと一斉に震えあがった。ギロッと竜が睨みつける。眼ン玉は驚いたように何度かまばたきをする。
 もしかして、こいつらは竜が怖い、のか。
 黒いねっとりした物体もろとも、眼ン玉の化け物は地面に逃げ込むようにして、徐々に姿を消していった。
「た、助かった……」
 途端に、俺は金縛りから解放された。
 力を入れ過ぎていたらしく、思い切りよろけてビルの壁に背を寄りかかった。
 ぐったりだ。全身から、滝のように嫌な汗が噴き出ている。拭っても拭っても汗は止めどなく出てくるし、息も一向に落ち着かない。
 美桜も道の真ん中で腕をだらんと下げ、両肩で息をしている。
 真っ黒だった空はいつもの曇天に戻り、あの妙な気配はすっかりなくなっていた。
 翼竜の一頭が、ゆっくりと地面に降りてくる。大きな羽は辺りのほこりを舞い上がらせ、俺は思わず腕で顔を覆い隠した。
 竜は間近で見ると、巨大で雄々しい。普段は空の随分高いところを飛んでいるのかものすごく小さく映っていたが、体長は何メートルだろう。広げた羽としっぽの先まで合わせると、二階建ての民家1軒分かそれより少し大きいようにも見える。
 手綱を付けられた翼竜は、驚くほど慎重に着地した。かなり飼い慣らされている。
 竜はおもむろに足を折り、首を低くして、背中に乗っていた男を丁寧に降ろしていた。
 美桜は握りっぱなしだった両手剣を手の中から消し去り武装を解くと、足早に竜と男のそばに駆け寄っていった。
「ライル! フューも、ありがとう。助かった」
 長い翼竜の首に腕を回し、頬ずりしながら優しく頭を撫ぜる美桜。
 ふと、ついこの間自分も美桜にああやって無理やり首に腕を回されていたのだと思うと、何だか妙な気分になってくる。
 もしかしたらあの行動は、美桜にとって竜を手懐けるのと同等程度だったのかもしれない。扱いづらい男を無理やり自分のペースに巻き込むための、調教行為だったのかも。
 美桜は“この世界”で誰かに会うと、とても機嫌がいい。“あっちの世界”では、本当に笑うことがないというのに。ライルとかいう男とも、随分楽しそうに話している。何を話しているのだろうか。自分の呼吸がうるさくて、ほとんど会話が聞こえてこない。
 そう思っていると、美桜がライルに何か話しかけながらこっちに近づいてきた。
 褐色の肌に黒い短髪。筋肉質の上半身に羽織ったシルバーのジャケットは、他の翼竜に乗っている男たちと揃いである所を見ると、制服みたいなモノなのだろうか。胸に何かのエンブレムがついている。
「やっと会わせることができたわね。凌、彼が市民部隊のリーダー、ライルよ。ライル、彼が新たな“干渉者”凌」
 声を弾ませながら、美桜は互いを紹介した。
 市民部隊、か。確かに何度か美桜から話は聞いていた。
 ここぞというときに意識が“あっちの世界”に戻って、なかなか会うことができなかったんだ。
「よろしく。美桜から話は聞いている。何度か、君の活躍を遠目に見たことがあるよ」
 ライルはそう言って、ゴツゴツした右手をスッと俺の前に差し出した。
 ジークとは違って、しっかりした如何にも大人らしい大人だ。俺たちの親世代と同じか、少し若いくらいの中年男は、ニコッと笑うと顔中に年季の入ったシワができた。
 俺は壁によりかかっていた背中を引きはがし、背筋を伸ばしてこちらこそと手を差し出した。
 ライルといいジークといい、こっちのヤツらは背が高い。小柄な美桜が並ぶと、まるで小人みたいに見えてしまう。俺も決して背が低い方ではないのだが、ここでは特に自分の存在そのものまで小さく見えてしまうのだ。
「アレが、今朝話した“魔物”よ」
 ライルとの握手が終わるなり、美桜は間髪入れず話題を振る。
「見ての通り、“ダークアイ”は追い払うくらいしかできない、やっかいな“魔物”でね。原因を絶ち切らなきゃ、いくらでも溢れてくる。恐らく“表”の何かが影響してるのではと思ってるんだがね」
 “表”と“裏”の存在は市民部隊も認知している。どこかでそんな話をしていたのを思い出す。あれは、ジークと初めて会ったときだったろうか。
 “あっち”じゃとても考えられないが、“こっち”では上層部の人間や世界の治安を守っている市民部隊、学者連中はみんな、“二つの世界”が存在して影響し合っているということを知っている。“表の影響”はかなり強い。
 事態を早期に収拾させるためにも、彼ら市民部隊は二つの世界を自在に行き来する“干渉者”に頼っているということなのだろう。
「このことについて、ジークは何か言ってた?」
「……そうだな、“ダークアイ”に関してだけ言えば、特に“日中時間帯”によく出没する、とか。それから、こうも言ってたな。“小路のゲート”周辺によく出てくる、とも」
 つまり、どういうことだ?
 俺が首をひねっていると、美桜は厳しい表情を俺に向けた。
「あの“ゲート”は見張られていた、ということみたいね」
「見張られてた?」
「多分、私たちが飛んでくるときの波動か何かを察知して、あの場所を特定したんだわ。別の“ゲート”を利用することも考えないと」
 待ち伏せしていたようにぬめっと現れたのは、そのせいか。
「“ダークアイ”の厄介なところは、集団で現れ、知性を持ってデータに基づき行動するところだ。今のところは我々市民部隊が翼竜に乗って警戒し、威嚇することで何とか追い払ってはいるものの、仮にコレが単なる威嚇であって、攻撃まではしてこないと知れれば、たちまちヤツらは猛威を振るうだろうな」
 ライルは難しい顔で腕を組み、大通りのど真ん中にどっしりと腰を据え(あるじ)を待っている竜を横目に、じっと何かを考えている様子だ。
「威嚇しかしないのか。攻撃は?」
 ライルは首を横に振った。
「竜は、動物型の魔物には盛んに攻めの姿勢を取るが、ああいう不定形生物にはめっぽう弱い。特に、あの目線を浴びせられると、怯えて全く動けなくなる。本能で危険を感じ、守りの姿勢に入ってしまうんだ」
 さっきの俺と同じ状態か。
 俺はゴクリと唾を飲んだ。
「物理攻撃は殆ど効かない。あのぬめぬめした粘膜と体型の割にすばしっこい動きに、俺たちもほとほと手を焼いている。“干渉者”の、君たちの力で何とかなるなら――頼みたいところだ。とにかく、“ダークアイ”が出没するようになった原因を探って、魔物を“こっち”に送り込んでいる“悪魔”を突き止めるしか方法がない。このままじゃ、郊外に避難している一般市民の我慢も限界に達してしまうだろうな」
 避難、か。なるほど。だから人気(ひとけ)が無かったわけだ。
 この街の人口が一体どのくらいなのかはわからないが、“ダークアイ”の出没するこの界隈だけでもかなりの人数になるはずだ。それも郊外への避難となれば、相当大変だったのでは。市民部隊は武力を持って街を守るだけじゃなく、人の命を本気で守ろうとしていたのか。
「郊外の森には魔物が住んでいるんじゃないの?」
 美桜は不安げに言った。
 そういえば、そんなことも聞いた覚えがあるのを思い出す。この世界で人が住めるのはこの都市部だけ、みたいなことを。
 だがライルは、心配ご無用とばかりにニッコリ笑って見せた。
「郊外と言っても、森の手前、開けた場所に竜を従えてキャンプを張った。当面は竜と手持ちの武器で何とかなるだろうが、そこはあくまで仮の住処。早く事を解決させて、元の生活に戻れるよう、君たちの協力を仰ぎたい」
「わかったわ。なんとかできるよう努力してみる」
 美桜は簡単に返事した。
 努力か。言うのは良いが、果たして期待通りに……なんてネガティブなことを言えば、また彼女は俺を睨むだろう。
「最近、徐々に魔物が強くなってる」ライルは言った。「変な予兆じゃなければ良いと思ってるんだけどね。以前から都市部への魔物の出没は何度もあった。けど、ここ最近件数が急激に増えている。ジーク始め、いろんな干渉者や能力者が必死に原因を探ろうと努力しているが、“こっち”でできることには限界がある。凌も、“表”で何か異変が起きているのなら、どうか美桜と協力して解決して欲しい。難しいお願いで済まないが、頼まれてくれないか」
 ライルの目は真っ直ぐだ。
 頼られているというのは、嫌な気分ではない。
 本当に彼らは困っている。“干渉者”の力を信じている。
 例え俺がまだ駆け出しだとしても、彼らにそんなことは関係ない。“干渉者”は“干渉者”なのだ。
 けど、期待されても、それに応じられるかどうかは別の話。
 何となく居心地が悪くなった俺は、視線をずらしてから「はい」と小さく返事をした。



     □■□■□■□■□■□■□■□


 真っ昼間の日差しが照りつける屋上に意識を戻し、目を開けると、美桜が俺の顔をじっと見つめて立っていた。
「どう? 急いでいる理由がわかった?」
 俺は、何度か自分を納得させるように頷いた。
「物理攻撃も効かないような相手に、どうすりゃいいってんだよ」
 それに、俺はあの眼ン玉に睨まれるのがとても嫌だ。
 美桜はそんな俺の気持ちなどお構いなしに、
「それでも、私たちがどうにかするしかないのよ」と言い放った。
 彼女の眼鏡には青い空がくっきりと映っていて、表情を覗うことはできない。
「俺たちにしか、できないことなのか」
 こんなにも非力だというのに、レグルノーラの平和を背負うのは荷が重すぎる。
「いい? 凌。あなたはもっとレベルアップしなければならない。そして自分にしかない力を引き出していくのよ。いつまでも私に頼って、私の力の陰に隠れていてはダメ。自分を信じて。“レグルノーラ”は、“心の力を反映する世界”なのよ。あなたが苦しいと思えば、状況はもっと苦しくなる。あなたが勝てると思えば、あの魔物だってきっと倒すことができるはず」
「“心の力”って、抽象的な」
「“あの世界”そのものが抽象的なのよ。抽象的な力で成り立っている、不安定な世界。だから“こっちの世界”の影響を強く受ける。“強い心”で支えなければ、すぐにでも崩れ去ってしまうかもしれない“脆く、儚い世界”なのよ」
 随分“あっちの世界”を知ったような言い方だ。
 一体美桜はいつから“レグルノーラ”に関わっていて、どれだけ“レグルノーラ”のことを知っているのだろう。
「わかったよ。で、具体的にどうすればいい? 俺は今後どうやって、“心の力”とやらを強くしていけばいいんだ?」
「それは……」
 言いかけて、美桜は何かに気がつきハッと息を止めた。
 手で口を押さえ、酷く慌てた素振りでじっと何かを見ている。
 何だ?
 彼女の目線の先にあるものを探そうと急いで振り返ったが、何もない。ただ、彼女はずっと屋上の入り口ドアを見つめている。
「誰か居たのか」
 美桜は答えない。
「とりあえず今日はここまで。明日、土曜日は身体空いてる?」
 目線をドアから離さずに、彼女は言った。
「は?」
「空いてるの?」
「空いてるけど」
「じゃ、会いましょう。二人で」
 ようやく視線を戻し、美桜は俺の顔を見つめながらOKの返事を待っている。
「い、いいけど」
 デートの誘い、なんて。ま、まさかな。
 この間俺との交際を認めたばかりだし、美桜が何を考えてるのかわからないが、普通男女二人で会おうと言ったらデートの誘いと相場が決まっていても良さそうなモノだが。
「二人きりの時間を多く持った方が、何かといいと思うの」
 二人きり。
 学校でコソコソと出会うのとは違う、ときめきがあった。
 休みの日に二人きり。制服じゃない。私服。美桜の私服が見れる。
「朝9時に、学校そばの公園で待ってるから。二人だけの時間が欲しいの」
 ふ、二人だけの、時間が……欲しい。
 やはり誘っているのだろうか。誘われているのだろうか。
 邪推すべきでは……ない。
 わかっていても、胸の鼓動は否応なしに高まった。
「お昼ご飯まだなんでしょ。早く食べないと午後の授業に遅刻するわよ」
 相変わらず淡々と、彼女は言う。
 確かに腹は減っていた。グウグウと音が出るほどに。
 だけれども、彼女の誘いで俺の心はどうしようもないほど満たされてしまっていた。
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