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レグルノーラの悪魔〜滅びゆく世界と不遇の救世主〜 作者:天崎 剣

【24】時空の狭間へ

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107.異常事態

 あのとき、砂漠の真ん中に無理やり放り投げられた俺は、命からがら生き延びた。サンドワームに襲われ、岩サソリに襲われ、力尽きたところを救ってくれたのが砂漠の帆船だった。
 帆船には、時空嵐に呑み込まれた男たちが船員として乗り込んでいた。自分の生きていた時空から飛ばされた彼らに戻る術はなく、いつか戻れると信じてただひたすらに船を走らせているのだと聞かされた。そして、その帆船を操っている(おさ)がクラスメイトの芝山だと知らされたときのあの衝撃の大きさは、今でも忘れない。クールで美形な(おさ)・シバを演じ続ける芝山を、俺は責めることができなかった。彼は彼なりにこの世界で生きている。そのタフさに、寧ろ尊敬の念を抱いたくらいだった。
 彼のプライドの高さは言うまでもない。“表”ではキノコ頭のガリ勉眼鏡でしかない芝山の理想型が、砂漠の帆船の(おさ)・シバなのだ。
「つまり、シバ様が帆船を操り続けることに対して、救世主様はよろしく思ってはいないということなのですね」
 身支度を調えながら、モニカが聞いた。
「ああ。恐らく(おさ)はドレグ・ルゴラにそそのかされた。帆船には何も知らない男たちがたくさん乗ってる。巻き込むわけにはいかない」
 橙の館、一階のリビングに集まった俺たちは、今まさに砂漠へと向かおうとしていた。
 洞穴へ向かったときの重装備から砂漠仕様の軽装備に変えるため、少々時間は要したが、これでどうにか戦えそうだ。
 前回砂漠に飛ばされたとき、俺は半袖ワイシャツとスラックス、下着、スニーカーという、虚しい装備だった。ポケットに入っていたスマホや財布は当然役に立たず、結局ほとんど触ることもなく……それどころか度重なる攻撃を受け、ただのゴミと化した。あれからいろんなことがあって、俺も俺なりに成長したらしい。蒸れぬよう素材を考えて服も靴も変えたし、無駄な持ち物は置いてって、必要になれば具現化させれば良いというところまで頭が回るようになっていた。
 ノエルは相変わらず丈長のコートを羽織ろうとしていたが、せめて通気性の良い素材のものを選ぶかマントにしろと言うと、渋々薄手の丈長いフード付きカーディガンに変えていた。持ち物も軽くしろと言ったのだが聞いていたのかどうか、大きめのリュックを背負い、中身は大して入っていないと大いばりだった。
 装備を夏仕様に変えたモニカはというと、長く細い足を存分にさらけ出していた。日に焼けると言いたいところだったがあの曇天、紫外線という概念がこの世界にあるのかどうかすら怪しいので、何も言わず黙っておく。せめて日焼け止めクリーム的な何かを塗っておいた方がと言うと、保湿剤ならいつも塗ってますよと返ってきたので、もしかしたら日焼けという概念自体がないのかもしれないとさえ思った。
 丈の短いフリルの下に、三分丈ほどのスパッツらしきものを履いてはいるようだが、太ももの大部分は素足のままだし、腹回りは冷えそうなのにヘソ出しだし、あまりふくよかでない胸はしっかり隠してはあるが、ほとんど下着だった。だが彼女らしくゴシックロリータ系は譲れないらしく、黒一色でもしっかりと細かなフリルや刺繍が入っていた。大丈夫です、朝晩の冷え対策のために着替えは持って行きますと、ボストンバッグ大の荷物を見せられたときには困惑したが、そういう問題ではないだろうというツッコミさえ受け付けないオーラが漂っていた。黒いマントも洞穴の時より短めで、足元も編み上げのサンダルだし、一応時と場合を考えての装備らしいが、戦いに行くという格好じゃないよなというツッコミはあえてしない方が良さそうだ。
(おさ)って言うと、あの深手を負っていたキザったらしい男のこと? 強そうには見えなかったけどな」
 ノエルがツンとして言うと、
「また外見で人を判断して。ノエルったら何度言えば」
 モニカが呆れたようにぼやいた。
 俺は二人に目配せしながら、
「二次干渉者としてはかなり強い方だと思うよ。ほぼ一人の魔力で帆船を動かしているんだからな。実際戦ったときもかなりヤバかったし」
「特にあの切れ方がな」
 壁にもたれかかり、俺たちの準備を待っていたテラが皮肉たっぷりにそう言った。
「人の話を聞かないからな。これと信じたら突き進む。自分の信念は曲げない。ああいうのが一番厄介なんだ。素直に助言を受け入れようという気持ちが全くない。だから凌が警告しても砂漠を突き進むことを止めなかったんだろう。それにしても、何故彼はあんな力を」
「――ドレグ・ルゴラだ」
 俺が言うと、一瞬で場が凍りついた。
「干渉者に化けたかの竜が、芝山……(おさ)をたぶらかした。帆船を与えたのも、変化(へんげ)の方法を教えたのもそいつらしい。けど、(おさ)からかの竜の気配は感じられなかった。となると、例えば俺がディアナにされたように、(おさ)は能力の限界値まで引き出して貰ったのかもしれない。だから、他の二次干渉者とは違う力を発揮できていると考えたら辻褄が合わなくもない。元々勉強家なのもあって、更に独学でいろんな知識を手に入れてるんだ、とても敵わないよ」
「しかも、彼はご友人なのでしょう」とモニカ。
「ただ単に止めると言っても、力尽くでやれば良いというわけではないようですし。救世主様は、一体どうなさるおつもりですか」
 言われて一瞬、言葉が詰まった。
 確かに方法など思いつかない。けれど、芝山を止められるのは俺しかいないわけで。
「考えるよりもまず、砂漠へ向かおう。現状を把握しないと何も始まらない」
 俺は自分に言い聞かせるように、少しだけ声を大きくした。


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 館の庭に、エアバイクが4台用意されていた。モニカとノエルは手分けしてエンジンをかけ、俺とテラに乗るよう合図した。
「竜に戻って飛んだ方が早いのだが」
 テラはブツブツ文句を言いながら、渋々ヘルメットを被った。
「エアバイクはそれぞれの位置を確認できる仕様になっていますし、障害物のない砂漠ではかなりのスピードも出ます。体力の温存にもなりますし、無理せず乗っていただいた方が良いと思いますよ」
 なだめるようにモニカが言うと、テラは頬を膨らませて手近な1台に跨がった。
 俺がその横の1台に、モニカとノエルが後方の2台にそれぞれ跨がると、モニカは咳払いして4台を囲うほど大きな魔法陣を地面に描き始めた。
「帆船のスピードはかなり速いと聞きます。移動地点が帆船とイコールになるのは難しいでしょう。時空の歪みやねじれに巻き込まれぬ呪文も書き込むため、魔法の発動まで少し時間がかかります。なるべく近くへ飛びますが、その後は各自帆船に向かって移動お願いしますね」
 魔法陣が光り出す。
 一文字一文字丁寧に刻まれていく。
「カウントが0になったら、一斉に飛びます。飛んだら直ぐに帆船へ。いいですね。行きますよ。5……、4……、3……、2……、1……、0!」


     ■━■━■━■━■━■━■━■


 生温い空気が急激に肌に纏わり付いた。
 息苦しさと暑苦しさが一辺に襲ってきて、吐き気がする。
 辺り一面の砂。地平線の向こうまで続く灰色の空。
 砂漠だ。
 モニカに言われていたのを思い出し、エンジンを吹かした。
 既に先を進んでいるエアバイクの尻に付いていく――モニカだ。自分で発動させた魔法だけあって、反応が早い。少し腰を浮かせてバタバタと黒いマントをはためかせているのが良い目印になる。
 モニカの進む先に帆船の影。スピードアップしたと芝山が言っていた通り、かなりの速さで進んでいる。
 俺の後ろにテラとノエルが続く形で、砂漠を進む。
 とにかく速い。砂が波飛沫のように飛び散るのを避けながら、なるべくモニカに離されないよう、食らいつくようにスピードを上げていく。砂が機体に当たり、パチパチと弾けるような音を出す。もう少し高度を上げなければ、エンジンの中に砂が入り込んでしまうんじゃないかというくらい激しい音がする。ハンドルを後ろに傾け数十センチ浮き上がると、そうした音も少し減った。
 ヘルメットに装着されたゴーグル越しに、周囲をグルッと見まわす。いつもならどこかにサンドワームの砂煙が立っているのだが、影すらない。砂地の中にポツポツと存在していた岩山もない。まるっきり砂だらけだ。
 当然、砂漠なのだからこの光景は当たり前。けど、何かが違う。空の色がいつもと……、そう、白っぽいところがある。曇天の砂漠というちぐはぐな空間の一辺に、白く濁った影が見える。それはまるで、大きく羽を広げた竜のようにも見えなくはない。
 あれが、ドレグ・ルゴラ?
 まさか。
 俺が見たかの竜とは全然違う。大きさも、存在感も全然。
 けど、遠くから見ればそれは同じものに見えたのだろうか。竜に向かって帆船が進むように見えたのだろうか。
 帆船との距離はなかなか縮まらない。このままだと、エアバイクで進む俺たちの方が疲れてしまいそうだ。モニカもそう思ったのだろう、右手でハンドルを持ち、左手を高く掲げ、手元に魔法陣を出現させている。
 ――“帆船の速度を落とせ”
 単純だが確実な魔法を放つ。
 帆船が魔法に反応し、心なしかスピードを落としたところで、モニカは俺たちに大きく手を振った。
 モニカの機体が思いっきり高度を上げて進んでいく。帆船の甲板の高さまでグイッと上がるのに、俺たちも続く。どうにかこうにか甲板の内側がのぞけるくらいまで浮き上がったところで、俺は自分に手を振る男たちに気が付いた。
「おぅ~い! リョウ!」
 ヒゲだらけのアゴ、薄汚れた服を纏った中年男がびょんびょんと飛び跳ねながら両手を振っていた。ザイルだ。
 他の乗組員たちにも見覚えがある。帆船の中で世話になった。
「ザイル! ちょっと降りたいんだけど!」
 大声で叫ぶと、一応意味がわかったらしい、親指を高く上げて甲板の中央を空けるよう指示してくれた。
「降りよう」
 モニカに合図して甲板へ機体を寄せ、ゆっくりと降下する。
 当然ながら、動いている帆船に速度を合わせて降りるのは至難の業。降りるタイミングを間違うと大怪我してしまうわけで、ここは慎重に慎重に。エアバイクの底が甲板の床と接触する直前にエンジンを切り、そのまま重力に身を預けた。
 よし、どうにか。
 モニカもノエルもテラも、次々に着地しては機体から降りていた。
 全てのエアバイクがエンジンを停止したところで、男たちがわっと寄ってくる。相変わらずの男臭さが充満して面食らうが、これもまた懐かしい臭いだ。
 紅一点のモニカが甲板に降りたときには歓声も上がった。そういや、しばらく女すら見たことがないと言っていただけあって、モニカのあの格好は目の保養になっているんだろう。気の良いおっさんばかりだから大丈夫だとは思うが、一応女性なのだし、しっかり守ってやらないと色々と危なさそうだ。
「お前、本当にリョウか! ハハッ! 見違えたなァ!」
 一歩出て嬉しそうに話すザイル。あれからそんなに時間は経っていないはずなのに、何故かゲッソリと疲れ切っているように見える。
「お前が本当に救世主になったと(おさ)に聞いて、俺たちはワクワクしてたんだ。その額の石は間違いなく救世主の証。頼むぜ、リョウ。この世界を救ってくれ。そして俺たちを、元の時間に」
 差し出された手は震えていた。
「わかってる。そのために来たんじゃないか」
 俺はしっかりとザイルの手を両手で握る。あんなにゴツゴツして力強かった手が、なんだか急に年老いたような弱々しさ。
 何があったんだ。
 みんな疲弊してる。目の下の隈も、痩せこけた頬も気になる。前はこんなんじゃなかったのに。
「ところで(おさ)は? シバはどこに?」
 話題を変えると、急にザイルは黙りこくった。
 他の乗組員たちも、下を向いたり目を逸らしたりして、なかなか答えてくれない。
 風が頬に当たり、帆がバサバサと音を立てる。高速で進む帆船の上、しばしの沈黙。

(おさ)は変わりやした……」

 ザイルがぽつり、呟く。

「何が(おさ)をかき立てるのかわからないが、俺たちの話に耳も傾けてくれなくなっちまった。この前、塔の魔女が来たんでさァ。むっちりとしたいい女で、強そうで、優しそうで。あの人が言うなら(おさ)も話を聞いてくれるんじゃないかと思ったんだが、全く、どうにもならなかった。それどころか、(おさ)は力尽くで塔の魔女を追い返しちまった。『芳しくない』と魔女は言った。つまり、異常だってことだ」

 忠告したとディアナは言った。
 ここまでわざわざやって来て、(おさ)を止めようとしたのか。トラブル続きで限界だろうに、海賊まがいだと馬鹿にしていた帆船に赴くなんて、余程の事態だ。
 ディアナ……、なんて無茶を。
「船長室?」
 鎌をかけて尋ねてみる。彼らは何も言わない。だが目線は明らかに船長室の方を向いているようだ。
「行ってみよう」
 俺はきびすを返して船長室へと足を向けた。甲板の先にある小さな扉。碇のマークと丸窓が目印だった。
 急に歩き出した俺のあとに、テラも付いてくる。
 当然のようにモニカとノエルも続く。
「ちょ……っ、ちょっと待ってくれ」
 ザイルが慌てて行く手を塞いだ。
「一つ、言っておきたいことがある。船長室には入らない方が良い。俺たちは勿論入れないし、塔の魔女さえ入るのを躊躇した。今の(おさ)は前の(おさ)じゃねぇ。もし直接話をしたいなら、(おさ)が船長室から出てきたところで話した方が良い」
「そんな悠長なことできるわけないだろ?」
「塔の魔女もそう言って、結局まともに話もできずに帰っちまった。それじゃ意味がない。しっかりと話をして、その上で納得して貰わないと埒があかない。もうお前しか頼れないんだ。せっかくのチャンスを無駄にして欲しくないから言ってるんだ。頼む」
 両手をパチンと合わせて頭を下げられたところで、ハイそうですかというわけにもいかない。俺は立ち止まり、長くため息を吐いた。
「で、(おさ)は船長室からしょっちゅう出てくるのか? 籠もりっぱなしなら、尚更こっちから出向かないと」
「だ、だからそれは止めてくれってさっきも」
「感情の起伏が激しいのは前からなんだし、今更気にするほどのことか? そんなことより、さっさとこんな航行止めてくれって言わなきゃならないんだ。帆船をこれ以上進ませるのは危険だ。あいつの魔法で進んでるなら、あいつ自身に止めさせなきゃ」
(おさ)をこれ以上怒らせるわけにはいかねぇんだ。頼む、出てくるまで待って」

「――闇の気配がします」

 モニカが突然、俺とザイルの間に割って入った。
 怒鳴り合う俺たちの口を人差し指で次々に塞ぎ、1人、ゆっくりと船長室に進んでいく。
 船長室の扉に手を当て、反対の手で皆に静かにしろとジェスチャーすると、皆口を塞いで黙りこくった。

「船長室……。ここにシバ様が? けど、あのときのシバ様とは違う邪悪な気配がします。本当に、ココに居るのはシバ様で間違いないのでしょうか」

 モニカの高い声が甲板に響いた。
 グルッと見まわすモニカに、誰も反論しない。
 どういうことだ?
「邪悪な気配……って、魔物、みたいな?」
 ノエルが尋ねると、
「そうですね。魔物よりももっと、よろしくない気配です」
 モニカの表情は厳しい。
 言われてみると、いや、言われなくても本当は感じていた。乗組員たちの表情が冴えないのも、この妙な気配が原因だってことに本当は薄々感づいていた。けど、気のせいだと思いたくて、気付かないフリをしていた。
 この船には思い出がある。
 いろんな出会いがあって、いろんな衝突があって、今がある。それを崩されたくないという思いが、迫っている危険から目を逸らそうと働いてしまっていた。
 モニカは第三者で、そうした感情とは一線を画している。だからこそ、客観的におかしいと判断し、そう断言できたのだ。
「これは干渉者の気配ではありませんよ。救世主様も気付いておられたのでしょう」
「あ、ああ」
 言葉を濁す。
 本当に、モニカは優秀で助かる。
「手荒い真似だとは思いますが、皆様、少し離れてくださいませんか。船長室からその原因を引きずり出します」
 モニカはクルッとこちらに向き直って、あくまで丁寧に皆を諭した。
 女慣れしていない男たちは、直ぐにモニカの言葉に従った。なるべく船尾へと移動し、マストの陰や荷物の陰に隠れ、様子を覗っていた。
 乗組員たちがすっかりと居なくなったところで、モニカは再び船長室の扉に手を当てた。
「救世主様、テラ様、そしてノエル。私の魔法が発動したら、直ぐに食い止めてくださいね。いくら私でも、あれもこれも一度にこなすのは難しそうですから」
 二つ三つ平気で魔法を併用するモニカでさえ、苦慮しそうな相手だってことか。
 それは本当に、シバなのか?
 モニカが魔法陣を描き始める。
 ――“閉じこもりし邪悪なる者よ、光の下に姿を現せ”
 文字の一つ一つが光り始めると、船室の中で何かが反応し、ガタンガタンと激しく帆船を揺らし始めた。
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