たぶん私が異世界へ
たぶん私が異世界へ
世界的な不況のあおりを受け、現在個人事業主のいわゆる町工場、「こうじょう」ではではなく「こうば」が減っていると聞いている。
私の工場もその影響を受け、短納期の安い仕事で何とか糊口をしのいでいる状態である。
金曜日に図面を受け取って月曜日の朝一まで、もしくは平日に受けて翌日朝までに。
そんな仕事もたまにある。そんなことができるのも個人の強みではあるのだけれど。
まあ本当に仕事が無いわけではないのでなんとか生きていることができていた。
さて、今日も何とか一日分の仕事を終え、軽く掃除をする。
フライス盤から飛び散った切粉をせっせとまとめる。
面白いと言うべきか厄介と言うべきか、切粉は靴や服にくっつき知らぬ間にいろんなところへ旅している。お昼のご飯に入っていた時は笑ってしまったものだ。
いつも機械の影に集めておくのだが、今日はなぜか集めた所に白いものが見えた。
図面でもまぎれたのかと確認するが、どうも床自体が白くなっている。
集めかけていた切粉をどかしてみると、1辺50センチ程度で白く変色していた。
これは何だろう?
その床に触れたとたん、強いめまいと違和感を感じた。何か自分が落ちていくような感覚。
危うくもどしそうにすらなってしまったが、何とか落ち着くことができた。
まじまじと床を見つめる。触れない程度に近づいてみたり、ライトで照らしたりと一応調べた後。
……もう一度触れてみるか否か。
ちょうど近くにあった加工前のステンレスの棒を使ってつついてみることにした。
だが床をつつこうと触れたとたん、それはしっかりと握っていたにもかかわらず忽然と消えてしまった。
ありえない。
その後そこらにあった切粉をかけたりもしてみたがそれはそのままだった。手の平サイズのアルミや鉄など各種金属も消えたりしなかった。
そうすると、ステンレスの棒が消えたことが余計分からない。
最後に意を決して触れてみたが、今回はなんとも無かった。
背中がぞくぞくする。私はこういう超常現象に弱いのだ。霊とかもっての他だ。
神様、ご先祖様お守りください。などと私自身が信じていなさそうな言葉を唱える。
ついでに家族誰も飲まないためにたまり続ける酒を何本か白い床に供え、塩も置き、逃げるように母屋に帰って寝た。
明日には元に戻っていますように!
入試の発表よりも切実に祈ったことは間違いない。
翌日、それでも機械の暖気程度はしなくてはならない。
急ぎの仕事は無くても、そのうちに来るだろう部品の在庫を作ってもいい。
恐る恐る工場の鍵を開け、中を覗く。昨日のままだったので幾分ほっとする。
そして問題の床だ。
……ない。 ……酒も塩も。
が、ただのゴミとも間違えそうな、小汚い紙と袋のようなものがあった。
紙には
「元の世界の私へ
塩、多め
酒、多め
A4コピー用紙
ボールペン
頼む」
紙の最後にはご丁寧に私しか知らないサインが入れてあった。誰だって一度はしたことがあるだろう、自分の、自身しか知らないサインだ。
小さな袋には金色の金属と、色のついたくすんだなにか鉱石のようなもの。
これが料金ってことなのだろうか?
まあ、紙に書いてある程度ならば小遣いで何とかなりそうだし、早速買いに行くとしよう。昨日で急ぎの仕事も終わったことだし。
それに紙の質が悪く、上手く書けないだろうことは分かるが、自分の筆跡にしては書くのをとても急いでいる感じがする。ちょっと急ごうか。
酒だけは良く分からなかったので、適当に。
小袋の金や鉱石は、知り合いのやっている宝石店に売却価格や価値を調べてもらうようにお願いした。
さて、一通りのものをそろえたところで床に近づく。
まず、酒を置いてみる。
……消えた! 音も無く。
続いてコピー用紙。これも消えた。
何か面白く感じかけた頃、言われたものを床に置き終えた。
ふと思い立ったので、メモを置くことにする。
「そちらの状況頼む
そちらの世界の私へ」
これもさらりと消えた。
結局この日一日仕事など手につかず、ちらちらと白い床を覗くことで終わってしまった。
元気であって欲しいと思いつつ、その日は眠りについた。
「現在の状況
剣と魔法の異世界
魔物あり
会話に苦労なし
識字率は低め、漢字はさっぱり
ちょっと重力が低いイメージ、もしくは体が軽い
過去にも異世界からの例あり
添付した地図の通り、周りの土地は魔物の住処が多く、塩は岩塩のみで価値がものすごい高い
まだ城から出してもらえない
白い床とこちらの神殿の貢物の台がつながっているもようだが、行き来する品をどのようにより分けているか、すべてが行き来しているかも不明
酒と塩のおかげで命拾いした
追加で電動エアガンと、それ用の充電池、充電器頼む。あと酒と塩。胡椒など調味料」
それが翌日白い床に置いてあったメモの内容だ。
箇条書き過ぎてよく分からない。地図も子供の落書きにしか見えない。すべてひらがなだったのが余計にそう思わせる。
今回も小袋があり、その中にいくつかの金属があったので、昨日の結果を確認がてらまた買い物へ行く。
宝石店ではそれなりの値段がついた。ほぼ金の値段だったが。よく分からない鉱石が混ざっていたらしい。
それはこちらではあまり公開しないほうがいいのかも知れない。
まあただ返すだけなのも癪なので、今日の分も含め、金は売却、鉱石は研磨してもらうことにした。
少し懐が暖かくなったので、頼まれた品と、ついでに日記帳、子供の使う絵日記の物を数冊、それからハンディカムを買った。
あんな箇条書きでは何も伝わらない。動画や画像、日記で見てみたいと思ったのだ。
それから数ヶ月。
向こうに送るものは酒類か調味料。もしくは向こうの私が必要としたもの。
たとえばエアガンは、魔法を込めた玉を打ち出そうと試行錯誤したらしく、壊れたとかで何丁も頼まれた。
そして6mmのBB弾代わりに使うその玉を選別するために、アルミ板に5.9mmから6.1mmの穴があいた板を作らされた。
自分自身が図面を書くのだから当然こちらで加工できるものなのだが、200mm角の平板数枚に合計数百の穴を開けるのは正直面倒だった。無理してでも自動機を入れておくべきだったかもしれない。
「刀ができるまで」などという図鑑のようなものも送った記憶がある。
植物図鑑や育て方の本などもどれほど送ったか。稲を送れ、苗を送れなど、私自身とは言え、私の扱いはひどかったものだ。
それから向こうから来るものは動画や画像がメイン。日記も少し。後は金。
日記はどうも向こうの私の奥方が書いたものらしい。
美人さんではあったが、隣が自分の顔と言うのが正直な話、とても気味が悪く感じてしまった。
まあ、こちらはまだ独り身だというのにうらやましいのも事実。
だが、向こうから言わせれば、安全ときれいな水がそれなりに整っているのはうらやましいとのこと。
さらに下水処理がやはり甘いらしく、どこかでにおうそうだ。それから風呂などとてもじゃないが毎日入れないと。
そしてある日、とある画像を見て気がついた。
時間の流れが違うのだ。
私自身はすでに30も半ばであるし、向こうの私は現代のようにきれいな身だしなみではないのでいまいち気がつかなかったが、向こうの私の子の成長が早すぎる。
恐る恐る聞いてみると、どうも5倍以上差がありそうだ。
では、もしも白い床をもう1日放置していたら? あちらでは5日たってしまう。
しかしそれは杞憂だったようで。
完全にネタ画像だと思っていた光り輝く数人の写真が、実在する神様の姿だそうで。
神殿などの神様のいる特定の場所では、加護という名で過ぎる時間が遅くなるんだそうだ。
最初に送ったものもすぐに来たそうで胸をなでおろす。
「神様には頭が上がりません」
という向こうの私からの一文はいまいち神様を信じられない私としては何か奇妙な感覚だった。
まあ私が感謝しているのならばと、各神様の引き伸ばし写真を劣化しづらいようにして向こうに送らせてもらったが、喜んだのかどうか。
数年のやり取りの後。
向こうの生活も安定しているかのようで、アレをくれ、コレをくれと言うことも無くなった。
こちらも動画などは満足するほど見せてもらったので特に催促することも無く。
徐々に心の片隅へと追いやられていった。
その間に結婚し、子ができ。
息子が家業を継いだ時には、機械の配置換えのため、その白い床はより目立たない場所になってしまっていた。
最初はもっと白かった気もするが、今では少しくすんで見える。
息子にはその話だけは信用されていない、動画もどこで拾ってきた?や、上手いCGだななどとしか言われなかった。
5歳の時に美を司る神様を見て、「この人と結婚する!」などと言ったことは忘れたのだろうか?
まあなんにしても、その床の上に何かを置くことをしないようにということだけは守ってもらえているようだ。
今では夢の中にいたのではないかと思うことすらある。
それほどまでに現実味の無い話ではある。
しかしもらったものや動画や画像は実際に存在し。
いつか、御伽噺のように、孫におもしろおかしく話してあげようと思う。
まだ孫はおろか、嫁すらもらっていない息子ではあるのだが。
まだまだ私はこれからだと自身で思うのだが、目も腰も昔のようにはいかなくなった。
白い床が現れてから日課になった、日記ともいえない程度の些細な文を書きながらそう思う。
仕事を引退し、年を取るごとにかの異世界のことを考えることが増えた。
明日は日曜日。たまには白い床の埃を拭いてやるのも悪くないだろう。
異世界にわたった私と、その家族のことを考えながら眠りにつく。
よい夢が見られそうだ。
「むこうのせかいのおじいちゃん おげんきですか こっちは 」
どこかでかさりと紙が触れ合う音がしたような気がした……。
終
実際に工場経営をしておられて、気分を害した方がいましたら申し訳ありません。
なぜステンレスの棒なのか、なぜ「電動」エアガンなのか。
ステンレスの棒は向こうへ行った直後の護身用、電動なのはそういう系の魔法での充電のテストもかねているという設定でした。
紙とボールペンはこちらとの通信用です。
向こうで欲しいと切に願ったもの、ステンレスの棒がこれにあたります。や、こちらの意を汲んで神様が面白そうだと思ったものなどが行き来するようです。
説明不足は多々ありますが、なんとなくでも楽しんでいただけたら幸いです。
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