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つばさ  作者: takasho
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「悔しいが、やっぱりあんたは強い。なのに、どうして間違った方向へ進んでしまったんだ」

 この力量、そしてその器なら正道を歩むこともできたはず。

 そうすれば、かつての仲間と敵対することもなく、余計な犠牲者を出すこともなく、より建設的に事を進めることができたろう。もしマクシムがその道を採っていたのなら、自分も喜んで協力した。

 それが現実はどうだ。多くの無実の人々が一方的に巻き込まれ、そして死んでいき、〝極光〟でさえその犠牲者の数は尋常ではない。それなのに、その成果はほとんど見えていなかった。

 これのどこに希望があるというのか。

 これのどこに救いがあるというのか。

 自分には絶望しか見えなかった。

 だが……マクシムは、まったく違う考えのようだった。

「間違った方向、か。確かに(はた)から見ていれば、そう感じるのかもしれない。だがな、理想の追求に犠牲は付き物なんだよ。すべてを求めて、すべてが得られるはずもない」

 マクシムは声に力を込めた。

「まだ、我々の理想は成就されていない。それが叶うまで俺たちは戦いつづけなければならん。未完成のままでは、死んでいった者たちに申し訳が立たんのだよ。基礎だけを見て、その上に打ち立てようとするものを勝手に判断するな!」

「その基礎からして狂っているというんだッ! これほどの破壊、これほどの犠牲を強いていながらまだ基礎さえできていないというなら、その理想とやらの完成のためにいったいどれだけの血を流すつもりなんだ!」

「黙れ! 貴様に何がわかる。部族にいた頃は兄に頼り、そこを離れたあとも、のらりくらりと生きてきたお前に何がわかる。きれい事だけでは世は動かんのだよ! 優しさだけでは誰も救われんのだッ!」

 その声は震えていた。こころの底からの激情であり叫びであることが誰にでもわかる。

 しかし、ヴァイクは彼の思いをけっして認めようとしなかった。

「まだわからないのか。あんたは、自己弁護のために犠牲を正当化しようとしているだけの卑怯者だ!」

「!」

 その一言は、大男の逆鱗に触れた。

 かっと血走った目を見開き、技法も何も関係なくがむしゃらに襲いかかっている。その隙だらけの攻撃は、なぜか反撃を許さぬものがあった。

 力任せの大振りな剣撃が次々と放たれてくる。

 防戦一方、と言いたいところだが、今までにない迫力ある攻撃に守りきることさえできず、生傷が次々と増えていった。

 どうやら、マクシムを本気で怒らせてしまったらしい。遠い昔に似たようなことがあったようにも思うが、それを懐かしむ気になど到底なれなかった。

 ヴァイクも怒りに燃えていたからである。

 ――なんという身勝手な!

 これだけはっきりと怒りをあらわにするということは、すべて図星ということじゃないか。

 彼の言葉のすべてを否定するつもりはない。

 どれも一理ある。とはいえ、それを認めてしまったときにあらゆる堕落が始まる。そんな確信に近い思いがあった。

 ――結局、みずからを弁護するための詭弁になり果てている。

 世のため人のためと口では言っておきながら、その実、自分たちさえよければそれでいいという、自己中心的な浅はかな思いが見え隠れしていた。

 その最たるものが、翼人の定めのために人間を巻き込もうとしていることだ。

 自分たちは、生まれながらにして重い宿命を背負わされている――問答無用に。それこそが、伝説にある〝翼を得たゆえの罪〟なのかもしれない。

 しかし、それを他の者にまで転嫁していいはずがなかった。同じ苦しみを同胞に与えたいと思う者がいるだろうか。

 人間にも同様の辛苦をなめさせようとする行為は、彼らを敵とみなし、そして彼らを犠牲にしようとする意図が働いている証に他ならなかった。

「翼人のことしか考えていないのに、何が理想だ! 何が仲間のためだ! あんたが一番の悪じゃないか!」

「うるさい! 黙れッ!」

「人間にも悪いところはたくさんある。だけど、それは俺たち翼人にしたって同じじゃないか。どっちもどっちなんだ。それなのに、どうして一方にだけ責を嫁せる。今回の一連のことは、翼人じゃなく人間の犠牲のほうが大きすぎるんだよ!」

「だからどうした。人間がなんだというんだ。奴らがどれほど我々との共存を拒否し、どれだけの犠牲を強いてきたのか、知りもしないくせに偉そうなことを語るなッ!」

 共存共栄の機会は、これまでにいくらでもあった。

 しかし、そのことごとくを拒絶してきたのはいったいどちらだったのか。

 それだけではない、こちらを虐げてきたのはいったいどちらだったのか。

 アイトルフ、ローエ、そしてカセル――翼人には部族同士の横の連携がないのをいいことに、代々の領主は平気でこちらの権利を踏みにじってきた。

「今のこの世界のどこに希望がある。このまま進んで、我々はどこへ行けるんだ。さあ、答えてみろ、ヴァイク!」

 マクシムのまっすぐすぎる問いに、ヴァイクは言葉に詰まった。

 今のままでは、翼人も人間も大変なことになるのははっきりとしている。

 互いの反目、そして同じ種族内での争い。両方とも、もはやあとがない崖っぷちにまで追いつめられていた。

 では、希望はないのか、光は見えないのか。

 いや、違うだろう。その輝きは今はまだか細く、弱々しいものかもしれない。

 しかし、確実にそれは存在する。

 ゆえにこそ、今の世界を大切にする必要がある。

 最大の問題は、マクシムたちのしでかしたことが、その芽を摘むことにつながりかねないということであった。

「希望ならいくらでもある。あんたがそれに気づいてないだけだ」

「――――」

「俺はいくつもの希望を見てきた。もちろん、絶望も見てきた。けどな、それを忘れさせてくれるくらいにあの光は強かったし、優しかった。それがわからないあんたじゃないだろう!」

 アルスフェルトで出会った人々。

 そしてジャン、セヴェルス、ノーラ。

 みんな、優しかった。

 翼人の自分を受け入れてくれた。それこそが希望じゃないか。

 それに、つい先ほど出会った屈強な男たちに囲まれていた若い女。どうやら、翼人と接点があるらしい。カセルと〝極光〟以外にも、そうした流れは確かに存在する。

 人間だけじゃない。翼人にだって傑物はいた。

 ――リゼロッテ。

 あの儚くも強かった少女のことを思い出すと、今でもこころの深いところから悲しみが込み上げてくる。しかしそれよりもずっと、明るい輝きを思い起こさせてくれる存在でもあった。

 あえて、他者を犠牲にすることを拒絶した少女。

 その決断のなんと潔く、美しいものか。現状では結果的にみずからの命を削ることになってしまったが、あの子は希望を捨てたわけではなかった。常に前を向いていた。

 誰よりも強く、誰よりもまっすぐに。

 それに比べて、自分たちのなんと情けないことだろう。なんと弱いことだろう。自分は、今でもあの子に顔向けできない。

「……あんたも俺も小物なんだ」

「なんだと?」

「あんたに……あんたに、みずからの命を犠牲にしてでもジェイドを拒絶した少女の気持ちがわかるかッ!」

 それまで防戦一方だったヴァイクが一気に跳ね返した。

 無茶苦茶なところもあるが、鋭く速い斬撃を立てつづけに見舞い、相手に攻撃に転ずる余裕を与えない。

 マクシムを圧倒するほどではないが、確実に流れはヴァイクに傾きつつあった。

「世の中には、人のために自分の命を差し出す者もいるんだ。俺の兄さんもそうだった!」

「!」

「俺は……俺は、兄さんの心臓(ジェイド)を喰ったんだ。それで生き長らえた。兄さんが自分を犠牲にしてくれたおかげで、今の俺があるんだ!」

 いつの間にか、ヴァイクの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

〝私の心臓(ジェイド)を喰え、ヴァイク〟

 今でもはっきりと耳に残る兄の声。

 そして、あのときの己の戦慄――

〝聴け、ヴァイク! お前には生き延びてほしい、なんとしても生き抜いてほしいんだ。私は生きる意義を見出せなかった。だから、道を誤ったのかもしれない。でも、お前なら翼人としての……〟

 痛いほどに強くはっきりと伝わってくる兄の思い。あのときは混乱していたこともあって、その真意を測りかねたところもあった。

 しかし、今ならわかる。

 兄ファルクは、自分が翼人の業から脱し、翼人としての生きる道を見出すことを望んでいた。

 まだ部分的にではあるが、それができつつあるような気がする。今なら、兄の霊と素直な気持ちで向き合うことができるかもしれない。

 だが、そのためには絶対にこのマクシムを止めなければならなかった。そうしなければ、それこそ死んだ兄に顔向けできない。

「あんたならわかるはずだ、俺が出会ってきた人たちや兄さんの思いが! だから――」

「とんだお笑いぐさだ」

 マクシムはすべてをはねつけた。そこには、一抹の説得の余地すらなかった。

 そして、絶望的な表情になったヴァイクに畳みかけるようにして言い放った。

「周りを犠牲にするなだと? そう言うお前自身も、同じことをしてるじゃないか! いったいこれまで何人の翼人を殺してきた!? どれだけの心臓(ジェイド)を喰ってきた!? 言ってみろ!」

「…………」

 ――もはや駄目なのか。

 ヴァイクは、マクシムに対する希望の光が急速に失われつつあるのを感じた。

 すべて、マクシムの言うとおりではある。自分自身も他者に頼り、ときには犠牲にしてしまうことでこれまで生きてきた。

 だが、今伝えたかったのはそういうことではなかった。自分やマクシムだけでなく、人は誰しもが他者に迷惑をかけながら生きていくものだ。

 ゆえにこそ、互いに手を取り合ってその限界を克服していかなければならないのではないか。それに気づいてほしかったのだが、もう難しいのかもしれなかった。

 よくも悪くも、マクシムは覚悟を決めてしまった。たとえどんなに弊害を引き起こし、どんなに罪を背負おうとも、自分の道をひたすらに進むつもりだ。

 それもひとつの生き方ではある。しかし、それでは周囲の被害があまりにも大きすぎた。

 ならば、誰かが止めなければならない。それは、他の誰かでは駄目だ。

 ヴァイクは不思議と穏やかに、ひとつの覚悟がこころの中に宿るのを感じた。

「俺も確かに、いろんな人を犠牲にしてきた。さっき言った少女も、俺が殺したようなものだ」

 ヴァイクが、ただ静かに相手の目を見すえた。

 それに圧倒されたか、マクシムは珍しく気後れしたように顔をしかめた。

「だけど! 俺は、その事実から逃げるつもりはない。己のあやまちを正当化するつもりもない。どんなにつらくても重くても、すべてを受け止めて生きていくだけだ! それが、俺の償いなんだ!」

 人は他者の犠牲を自明だと思いはじめたとき、歯車が狂い出す。

『あいつが犠牲になって当然』という思いは、周りを切り捨てる冷酷な感情に他ならない。そんな機械のような冷たい論理のどこに未来への希望があるのか、どこに明日への勇気が感じられるというのか。

 他の人々に頼り、ときには犠牲にしてしまうことがある程度仕方のないことならば、なおさらそれから目を背けてはならない。逃げてはならなかった。

 すべての思いを背負って生きていく。それしかなかった。

 だが、悲しいかな、マクシムにその思いは届かなかった。

「お前は夢を見すぎなんだ、ヴァイク。現実を見ろ! いったい、どれだけの人々が犠牲になっていると思っているんだ。本当にそのすべてを受け止められると思っているのか? 受け止めたところでなんになる。つまらん感傷なんかに浸っても、現実は何も変わらないんだよッ!」

「感傷なんかじゃない! それは、前へ進むための糧なんだ! それを感傷だと切り捨てるほうが、よほど身勝手じゃないか!」

「俺はそんな生ぬるい論理など認めない。犠牲が必然だというなら、どんなにそれが増えようと剣を振るいつづけるだけだ」

「…………」

 どうせ犠牲が出てしまうというのならば、それに構わずやるべきことをやる。一見正論ではあるが、それは犠牲を正当化し、人々の悲しみを無視する冷徹すぎる考えであった。

 しかし――

「じゃあ、あんたは自分が犠牲になる覚悟はあるのか。自分や自分の大切な人が他の奴らに踏みつけにされたとしても、同じことが言えるのか」

「何を言っている。己を犠牲にしてなんになるとういんだ。それで何が得られる!? みずから命を捨てるなど愚か者のすることだ。自分を幸せにできない人間が、どうして他人を幸せにできるというのか!」

「それが自分勝手だと言ってるんだ! だいたい、あんたは人々のために人々を犠牲にするという矛盾を犯してるじゃないか!」

「――堂々めぐりだな。だからこそ、多少の犠牲は仕方がないと言っているんだが……。しかしな、勘違いするなよ、ヴァイク。俺だって、もしものときの覚悟はとうにできている。さすがに周りを犠牲にしておきながら、自分だけが生き残るつもりなど毛頭ない」

「自分の大切な人が死んでも同じことが言えるか」

「大切な人? 俺にはもう、そんな存在などいない。ファルクは死に、部族もヴォルグ族の連中に消された。そして、お前とはこうして戦う身だ」

「…………」

「〝極光(アウローラ)〟の仲間も、俺と志を同じくしている。自分が犠牲になる覚悟はとうの昔にできているんだ、それぞれが部族を失ったときにな」

 マクシムは決然と言い放った。

「俺には守るべき存在などいないんだよ、ヴァイク。だから、思い切って前へ進める。自分の身を気にせずに済むんだ」

 ヴァイクはずっとうつむいていた。そして、消え入りそうな声でぽつりと言った。

「――そうだな、あんたにはもう大切な存在などいないだろうよ」

 悲しげな目でマクシムを見た。

「アリーセも死んだんだから」

 一瞬だけ空気が止まった。

 そのとき、初めてマクシムがこころの底からの狼狽を見せたのかもしれなかった。

「……何を言っている?」

「アリーセは死んだんだ、アルスフェルトで。崩れていく神殿の中で、炎にのまれて死んでいった!」

 マクシムが本人も気づかないうちに、一歩、二歩と後ずさりした。

「あんたのその身勝手さがアリーセを殺したんだ。あんたが殺したんだよッ!」

「ばかな! アリーセは実家にいるはずだ。あいつは……人間としての人生を歩むことにした、だから俺とは――」

「レラーティア教の神官になったんだ、すべてに絶望して! それを知らずに、あんたは神殿を襲わせた。あんたは結局、自分が愛した女さえ守れなかった!」

 明らかに衝撃を受けた様子のマクシムに、ヴァイクは一切の容赦なく言い放った。

「大切な人を守ることを忘れたあんたが、世界を救うなど笑い話でしかない! 多くの犠牲のうえに成り立つ世界には絶望しかないんだ。アリーセのような悲しみを背負う人は少なければ少ないほどいいに決まってるだろう!」

「黙れ! アリーセがあの町にいたはずがない、ましてや神官になどなっているはずがないッ! でたらめなことを言うな、ヴァイク!」

「俺が嘘を言わなきゃいけない理由がどこにある!? いくつかの偶然が重なって俺はアリーセに直接会った、彼女の最期のときに。彼女の姉にも話を聞いた。どこにも偽りなんてない、それを言う必要がない」

「アリーセが……そんなはずはないッ!」

 すべての思いを振り払うかのように剣を一閃し、マクシムが無防備に突っ込んできた。

 ――ガキみたいなことを。

 今のヴァイクには余裕があった。しっかりと相手の動きを見すえ、それを迎え撃てるだけのこころの準備ができている。

 一撃目は、予想どおりの突きだった。マクシムが最も得意とする攻撃。それはとにかく速く、鋭く、そして力強い。

 普段の自分だったら、それに対して逃げてかわすことしか考えなかったかもしれない。だが、今回はあえて一歩前に踏み込んだ。

 凄まじい勢いで剣の切っ先が迫ってくる。

 それに臆することなくさらに半歩足を進め、ぎりぎりのところで鍔をぶつけるようにして剣を出した。

 相手の剣の刀身がもろに当たり、軌道がそれる。その切っ先は肩をほんのわずかにかすめていくが、こちらは相手のふところ深くへと入り込めた。

 かといって、距離が近すぎて剣を振る余裕などない。そこで無理なことはせず、剣を体に引き寄せてその柄頭ですかさず相手の無防備な腹部をしたたかに打ち込んだ。

 当たりどころは鍛えようのない鳩尾。それで倒すことはできなくとも、一定のダメージを与えることはできた――はずだった。

 ――効いてないだと!?

 しかし、マクシムはそれを意に介することはなかった。まったく怯んだ様子もなく、逆に反撃してくる。

 姿勢を低くしていたヴァイクの顔めがけて、マクシムの大きな左の膝が飛んできた。

 とっさに腕で防御しようとするが、攻撃をした直後の腕はすぐには動いてくれなかった。

 それが顔を覆いきらないうちに相手の膝が眼前にまで迫り、中途半端なガードの上から思いきり頭を打ちすえられた。

 問答無用に襲いかかってくる衝撃。

 一瞬からだがふらつき、気がついたときには下へ落ちはじめていた。

 ほんのわずかだが意識が飛んでしまったらしい。すぐに体勢を立て直そうとするものの、翼さえもうまく動かせず、地面にしたたかに打ちつけられた。

 それでも、なんとか受け身をとって体へのダメージは最小限に抑えた。

 その上から、すぐさまマクシムが再び襲いかかってくる。

 こちらが立ち上がらないうちに急降下し、剣を腰の位置に引き寄せた。

 今度は、突きを使わないつもりのようだ。横に薙ぎ払うようにして振るえば、確かに剣の届く範囲は広がり、相手をとらえやすくなる。

 ――剣での防御は間に合わない。

 無理やりに足と翼を動かして後方へ跳んだ。マクシムの狙いからは逃れた、と思ったのだが、重たいリベルタスを握った右手だけが遅れていた。

 マクシムは、己の大剣をこちらのそれに思いきりぶつけた。甲高い音とともに、衝撃が右腕にもろに伝わってくる。飛び退くことに意識を集中していたせいか、右手にはほとんど力が入っていない。

 ――しまった、それが狙いか!

 と思ったときにはもう遅い。剣を握り直すこともできず、次の瞬間には風を切ってリベルタスが遠くへ飛ばされていた。

 一連の動きは、初めからこれが目的だった。

 相手から剣を奪い去り、無力化する。剣によって争う翼人の戦いでは、もっとも効果的な方法だった。

「…………」

 ヴァイクはさっと立ち上がったものの、剣が転がっているところまでは十歩ほどもある。簡単にそれを取り戻せる距離ではなかった。

 マクシムはもう、いつでも次の攻撃に移れる体勢を整えている。余計なことをしていたら、その隙に今度こそ確実にやられる。

 だが、このままでもかなり不利な状況であることに変わりはなかった。案の定、マクシムは間を置かず、すぐさま距離を詰めてきた。

 ――やっぱり、マクシムを怒らせると怖いな。

 場違いだとは知りつつ、ヴァイクは昔を懐かしく思い返していた。

 ――そうだ。子供の頃、悪さをしたことでマクシムの逆鱗に触れ、本当に一晩中追いかけ回されたんだった。

 それもいい思い出ではあるが、今はそんな悠長な感傷に浸っている場合ではなかった。

 ――どうする?

 マクシムは容赦のない勢いで突進してくる。

 次は、まず間違いなく剣でこちらを仕留めにくるだろう。

 だが、自分にはもう防御する手段がない。このままでは、やられるのをただ待っているようなものだ。

 ――どうする!?

 もう一度自分に問いかける。マクシムがあっと一歩で間合いに入りそうになったとき、ふと昔日(せきじつ)の言葉を思い出した。

〝まだまだ甘いな、ヴァイク〟

 にやりと笑う、マクシム。あのとき、自分はふてくされていた気がする。

〝お前は剣にこだわりすぎなんだよ。実戦のときには、全身を有効に使えと何度言ったらわかる。戦いの場においては、利用できるものはなんでも利用するんだ。周りの自然さえもな〟

 ――周りの自然さえも。

 はっとしたその瞬間、ヴァイクはすかさず下の土を思いきり蹴り上げた。

「!」

 とっさに顔を覆おうとしたマクシムの勢いが、わずかにだが衰えた。

 その隙にヴァイクは翼を広げて舞い上がり、近くにあった木の枝を蹴って一気に剣のあるほうへ向かった。

 マクシムは間を置かずそれを追撃しようとするが、ヴァイクの踏み台にした枝が上から落ちてきてその動きを阻害する。

 そうこうしているうちに、ヴァイクはどうにか剣をその手に取ることができた。しかし、無茶な動きをしたせいで、そのまま飛ぶこともうまく着地することもできずに地面の上を転がった。

 そのあからさまな隙を逃すマクシムではない。ヴァイクが顔を上げたときにはすでに、地上すれすれを低く飛び、こちらの近くにまですでに迫っていた。

 もうこれ以上、奇策は通用しない。あとは、正面から打ち合うしかなかった。

 悲鳴を上げはじめた体を叱咤して、すぐさま立ち上がった。

 剣を構える間もなく、〝突風〟が吹きつけてきた。

 あまりにも速く、あまりにも強い連続した攻撃に悲しいまでに翻弄される。

 先ほどまで比較的対等に戦えていたのが嘘に思えるほど防戦一方になり、だんだんとそれさえも追いつかなくなる。体に、けっして浅くはない傷が次々と刻まれていった。


(つづく)

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