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つばさ  作者: takasho
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 それにしても――

「なんて奴だ……」

 完全に剣を引き抜いたマクシムのほうを見ながら、ヴァイクは内心、戦慄に震えていた。

 こちらが背後をとったと思ったとき、うしろを振り返らずに勘だけで強引に横に薙ぎ払ったのだ。

 しかも無茶な攻撃を放ったことで体勢が狂ったはずなのに、間髪を入れずに詰め寄ってきた。

 恐るべきその戦闘能力。恐るべきそのセンス。

 翼人最強というその称号は、だてではなかった。

 だが、衝撃を受けているのは、かならずしもヴァイクだけではなかった。

「それはこっちの台詞だ。まさかすべての攻撃をことごとくかわされるとは思わなかったぞ」

 ここまで四撃。

 そのいずれもが、普通ならばほぼ確実に相手を仕留めているはずのものだった。しかし反対に、すべてをものの見事にかわされ、かすり傷ひとつ負わせることもできなかった。

 これは驚愕すべき事実だったが、マクシムはむしろうれしそうに微笑んでいた。

「ひとりの戦士として腕を上げたんだな、お前も」

「上から語るな。俺のことはどうだっていいんだ。それよりも……」

 剣を構えたまま、ヴァイクはマクシムを睨みつけた。

「マクシム。あんた、これだけの力があったのに、なんで部族を抜けたんだ? あのまま残っていれば、次の族長は確実だったのに」

 その出奔はあまりにも唐突だった。

 当時から最強を(うた)われていたマクシムが、みずからはぐれ翼人になる理由など皆無のはずだった。

 どんなに強い者でも、部族から離れては生きていけない。

それは、ひとりでは手に入れられる心臓(ジェイド)に限りがあるからだ。それこそが、翼人の世界の根底にある、冷たいほどの厳しさだった。

 部族での明るい将来が約束されていた者が、あえて何もかも捨て去るなどというのは常識的に考えて有り得ないことだった。

「俺には理解できない。兄さんも何も教えてくれなかった。どうして、よりによってあんたが部族を……」

「その部族こそが俺にとっては大問題だったんだがな」

「どういうことだ?」

「さあな。言っただろう、聞きたいことがあるなら俺を倒してみせろと」

 マクシムが再び攻撃の態勢をとった。

 だが、その前にヴァイクが別の言葉を投げかけた。

「ヴァレリアという女が言っていた。あんたがクウィン族を裏切ったのは女のためだと。それは本当なのか?」

「ヴァレリア……そうか、あいつと会ったのか」

 それまで余裕綽々だったマクシムの顔が急激に変わった。表情からは笑みが完全に消え、逆に憂いさえ帯びはじめた。

「あいつはファルクのことを……まあ、知っているだろうな」

「兄さんと何の関係がある?」

「お前はそんなことも知らずにあいつと会っていたのか――ああ、そういうことか」

「なんだ?」

「やっぱりお前は、本当に何もわかってないってことだよ!」

 言いざま、一気に上空へと舞い上がった。

 何をするつもりなのかとヴァイクが驚き、対応をわずかに躊躇していると、マクシムは剣を逆手にそこから急降下してきた。

 ――それか!

 ヴァイクはすぐにその落下地点を予測して、そこから飛び離れた。

 あの技は翼人が地上の敵に対してよく使う技だが、圧倒的な威力があるかわりに勢い余って微調整が利かないものだ。落ち着いて対処すれば、特によけるのが難しいものでもなかった。

 しかし、そうした安易な思いはあっさりと裏切られることになった。

「なっ!?」

 こちらが移動したのを見て、下へ落ちる寸前に方向を九十度、ほぼ直角に転換してみせた。

 気がついたときには翼を羽ばたかせ、目前にまで迫ってきた。

 ヴァイクは、とっさに上空へと逃れようとした。

 マクシムは、剣を腰の位置に構えている。左右に逃げようとしても刀身の長いそれで薙ぎ払われる。

 だが、そこでもまた、相手の動きはこちらの予測を超えていた。

 再び、九十度の急激な方向転換をいとも簡単にやってのけ、すぐさま追いすがってくる。

 ――なんでそうなる!

 こころの中で悲鳴を上げながらヴァイクはあえて反転し、相手を迎え撃った。

 剣と剣とが打ち合わされ、耳をつんざくような甲高い音が辺りに響き渡る。

 剣が重く、純粋な力でも勝っているマクシムに押される。だが、あえてそれには逆らわずにそのまま勢いに身を任せた。

「くっ!」

 横へ弾き飛ばされる格好になったが、これでいい。ここは地上ではなく空中だ。翼の扱い方さえ誤らなければ、体勢はいくらでも立て直せる。

 これで、もう一度距離をとることができた。といってもマクシムのことだ、またすぐに仕掛けてこないとも限らない。油断はまったくできなかった。

 しかし予想に反して、彼がさらに追いかけてくることはなかった。最後に剣を振るったところに留まり、ゆっくりと翼を動かしている。

「なるほどな、お前もお前なりの戦い方を身につけてきたというわけか」

「――俺にはあんたのような力も、兄さんのような技もない。臨機応変に動いて、身のこなしでどうにかするしかないんだ」

 自分にはこれといった特長がないことは、自分自身が一番よくわかっている。ある程度ものになるとすれば、動きの速さとその都度の正確な判断くらいだろうか。

 生き残るには、それらを磨いていく他なかった。

「あんたはずるい。力があって上手くて、その体でしかも速い」

「ばかやろう。それはお前の兄貴のことだ。あいつはお前と同じで細身だったが、俺の剣を力で押し返したこともあったんだぞ」

 マクシムはふっと笑った。

「世の中、上には上がいるんだよ。お前もあちこち旅をしているうちにそれに気づいただろう」

「上には上がいる、か。確かにそうかもしれない。ヴォルグ族の奴にも会ったが、やっぱり思ったより遥かに強かった」

「そうか」

「でも、あいつらも〝極光〟も結局は同じだ。なんでばかげたことをする? 部族を壊滅させるまで叩きのめしたり――」

 マクシムをきっと睨みつけた。

「人間の心臓を喰らったり」

「…………」

 どちらも異常だ。

 川で魚を捕りすぎればいつかはそこに何もいなくなってしまうように、部族を滅ぼせば〝ジェイド〟の供給源が絶たれて、やがては自分たちが困ることになる。

 だからといって、人間の心臓を喰らうなどということはさらに有り得ないことだった。

 しかし、マクシムはヴァイクの糾弾に臆するどころか、逆にわずかな怒りをにじませて言った。

「ばかげた、か……。それは、自分自身が正常だと思い込んでいるからそう感じるだけだ」

「どういう意味だ?」

「周りと己をよく見てみるんだな。お前は俺たちが狂っていると言うが、じゃあ正常なものが今の世の中のどこにある?」

「――――」

「人間は人間同士で戦いをつづけ、互いに互いを傷つけ合って『困った』などとほざいている。翼人は、自分が生きるために他人の命を奪いつづけている。それのどこかが正常だというんだ」

 人間の世界では、国同士だけではなくその内部でも争い、滅ぼし合っている。

 翼人は翼人で〝殺し合い〟という名の(くびき)にとらわれたまま、どこかでそれが当たり前だと思い込んでいる。

 どれもこれも異常だ。そもそも、正常と呼びうるものが今の世界では少なすぎた。

「だが、人間はみずから望んでそうしている、酔狂なものだがな。そこが、俺たちとの決定的な差なんだ」

「それは違――」

「違わないんだよ。人間は戦わなくてもいいのに戦っている。それは、こころのどこかでそう望んでいるからだ。だが、俺たち翼人はどうだ。生まれながらにして互いの命を奪い合うことを宿命づけられ、そうしなければ生きていけない。どうして似た種族でありながら、これほどまでに背負うものが違いすぎるのだ!」

「違うんだ、マクシム。俺も前はそう思っていた。けど、人間も……」

「黙れ! 俺は納得がいかん。納得するわけにはいかん、飢えで死んでいった者たちのためにもな。だから、『なぜ俺たちだけが苦しまねばならぬ』と叫びつづけるのだ!」

 言葉の迫力そのままに、マクシムが再び突っ込んでくる。

 だが、今度はヴァイクもほぼ同時に動いた。そう何度も何度も同じように奇襲を受けるわけにはいかない。

 どちらも小細工はしない。真正面からぶつかり合い、激しく剣を打ち合わせた。

 ヴァイクはなぜか、力で押されることはなかった。なぜか、今は負けない自信があった。

「確かに、俺もその運命を呪ったこともある。だけど、それが卑劣なことをする言い訳になんかならないはずだ! 翼人の誇りを捨てたのか? 俺は運命がどうこうということよりも、そのことに失望した! 誇りなき理想になんの意味がある!?」

 剣を思いきり押し込んでいく。マクシムはそれを横へ受け流そうとするが、うまく回り込んでそうはさせない。

 マクシムはそのままの体勢を保ちながらも、ヴァイクの厳しいが真摯な糾弾にしばらく黙りこくっていた。

 だが、相手をきっと睨みつけると、一気に押し返していった。

「貴様には、本当に弱い者の気持ちなどわかるまい」

「なにを……」

「貴様には、心臓(ジェイド)を得たくとも得られずに死んでいった者たちの思いなどわからないだろう!」

 力任せに相手を弾き飛ばし、強引に間を空けた。その隙を利用して、勢いをつけて相手の懐へ飛び込んでいく。

 マクシムは、あらかじめ狙いを定めていた。

 ここまでの戦いで、ヴァイクの弱点が見えてきた。

 ――こいつは、空中での戦い方をまだ心得ていない。

 いい機会だ。今のうちに稽古をつけておくのも悪くはない。

 もしかしたら、これが最後かもしれないのだから。

 ――狙いどころはひとつだ。

 ヴァイクの比較的すらりとした足が弱点だ。

 地上で戦う際にはその足を軸とするのが当然だが、空中では違う。

 我々には翼があるのだから戦い方を変えなければならないのに、奴にはそれができていなかった。昔からの悪い癖が、未だに直っていないようだ。

 ――捉えた。

 こちらが足を狙っていることを悟ったのか、最速でよけようとする。しかしその際に、空中で足を動かすなどというまったくもって無駄な動きが加わっている。これこそが弱点なのだ。

 それによるわずかな遅れが致命的になる――はずだった。

 ――何っ!?

 しかし、すべての予想に反して、ヴァイクは左の翼だけを羽ばたかせ、その位置を中心に体を横へ回転させてみせた。

 当然ながら足も横へ流れ、元あった位置から剣に追われるようにして動いていく。

 マクシムの剣は完全に空を切った。まず間違いなく当たるものだと思っていただけに、剣の勢いを止めきれずに大きく流れていってしまう。

 一方、ヴァイクは天地が逆さになるのも構わず、むしろその回転の速さを利用してマクシムのがら空きになった脇腹に一撃を見舞った。

 ――やった。

 ――やられた。

 奇しくも二人が同時に同様のことを確信し、その次に起こるであろうことを想起した。

 ヴァイクの剣〝リベルタス〟の刃が、マクシムの(たくま)しい脇腹の筋肉にくい込んでいく。

 それは肉を断ち、そして――

 だが当のヴァイクは、その事実に驚愕した。

 ――止まらない!?

 本当は寸止めをするはずだったのが、勢いを殺しきれない。ようやく剣を引いたときには、マクシムの脇腹は裂け、鮮血が流れ出していた。

 思わぬ事態に顔をしかめるしかない。

 当のマクシムは、逆に笑っていた。

「甘いな、ヴァイク。なぜ振り切らなかった」

 今のは、この戦いを決定づける一撃になるはずだった。それをみすみす逃すとは、戦士としてあまりに甘い。

 とはいえ、ヴァイクにはヴァイクなりの考えがあった。

「……初めから寸止めするつもりだったんだ。話を聞く前に死なれたら、元も子もない」

 だが、止めきれなかった。

 今になってはっとして気づく。このリベルタスは、以前使っていた剣よりもかなり重い。それが、剣を振るうときのわずかな感覚のずれにつながってしまった。

 まだ扱い慣れていなかったことに、後悔の念が先に立つ。こんなことなら、空いた時間にもっと剣を振っておくんだった。思わぬところで経験不足のあらが出てしまった。

 一方マクシムは、ヴァイクの行為に対してわずかな怒りを見せていた。

「寸止めとはな。俺より強くなったつもりか、ヴァイク」

「――――」

「最初はまともに剣を振ることすらできなかったくせに、たいした自信だな」

「初めのうちはそうだった。けど、実際に戦ってみてわかったんだ。あんたが実戦から離れてることが」

 改めて言うまでもなく、マクシムは強い。事実、先ほども紙一重のところまで追いつめられた。

 ――だが今は、どこか動きに精彩がない。

 遅いわけではない、判断を間違えているわけでもない。それでも、何か以前とは違うところがあった。

「〝極光(アウローラ)〟の長となったことで、自分自身で戦うことが少なくなったんだな」

「…………」

 図星であった。

 鍛錬を怠ってはいないものの、前のように自分が最前線へ出て戦うことが圧倒的に減った。

 それによってヴァイクの言うとおり、実戦の感覚がいつの間にか鈍ってしまっているのかもしれない。

「といっても、お前に手加減してもらうほどじゃない。お前は確かに強くなったがな」

「――何が狙いだ。マクシムが俺を褒めるなんて気味が悪い」

「そう言うな。お前をひとりの戦士として評価してやると言ってるんだ。お前もいろいろと経験してきたようだ、いいことも悪いことも」

 と言いながら、ヴァイクの剣を見やる。

「お前も〝(つるぎ)(たが)え〟をしたんだな」

「――ああ。迷ったけど、そうすることに決めた」

 ヴォルグ族の男、アセルスタンと交わした剣。

 あれは兄の形見、そして元はマクシムのものであったが、他部族の戦士とこころを通わせた証として互いに剣を取り交わした。

 先ほどはその影響で思わぬ事態になりかけたが、まったく後悔はなかった。

「まさか、仇と剣違えをすることになるとは思わなかったけど」

「ヴォルグ族とか? まあ、いい。剣とは、次々と受け継がれていくものだ。相手が同じ部族だろうと違う部族だろうと関係はない」

「そうか」

「それにしても、さっきはしてやられたぞ。まさか、すべてが引っかけ(フェイク)だったとはな」

 てっきり、空中でも足を軸にしようとしてしまう昔の悪い癖が直っていないものだとばかり思っていた。

 しかし、先ほどの一連の動きからして、それは完全な騙しだったのだ。己の劣勢を悟り、はじめから昔の癖をわざと出して相手がそれにかかった一瞬の隙に賭けた。

「だが、ばかな奴だ、最大の好機をみすみす逃すとは」

「騙されたほうにばか呼ばわりされたくない」

「言うようになったな、ヴァイク。いつもファルクに泣きついていたガキだとは思えん」

「うるさい! それより、今の一撃で本当ならあんたは死んでいた。さあ、もう教えてくれたっていいだろう!」

「わからん奴だな。俺は『倒せ』と言ったはずだ。こんなのは、俺にとってはかすり傷と同じなんだよ」

 と言って、その傷口を撫でてみせる。重傷というほどではないものの、浅い傷でもない。指先にべっとりと血が付いたが、言葉どおり当人にそれを意に介した様子はなかった。

「俺を見くびるなよ、ヴァイク。たとえ戦いの勘が鈍っているとしても、お前ごときに二度もやられるこの俺ではない!」

「おいっ……!」

 マクシムが再び、真正面から襲いかかってきた。そのややもすると無頓着な攻撃はしかし、よけようのない迫力と正確さとを持ち合わせていた。

 鍔近くの刀身と刀身とが、甲高い音を上げてぶつかり合う。

 さすがに押し返すことはできないが、ヴァイクも負けてはいない。腕力で劣る分を、翼を激しく羽ばたかせることで補う。

「なんでそこまで戦いを求める!? もう俺の力量はわかっただろう!」

「だからこそ、試してみたいんだよ! 男にとって、戦うことに理由など必要ない。そうしたいからそうするまでだ!」

 弾かれたように互いに離れると、今度は激しい打ち合いとなった。

 上下左右、そして斜めのあらゆる方向から剣撃を放ち、そのすべてを両者が防ぎ、切り返していく。

 それを幾度となくくり返し、やがてヴァイクに疲れが見えはじめた頃、マクシムが一気に押し込んで力任せに下へと叩きつけた。

 ヴァイクは防御したものの、体重の乗ったその一撃はあまりに重く、その勢いにこらえきれない。バランスを崩すと、下の地面に叩きつけられるようにして落ちていった。

 着地の際、右の膝に激痛が走る。

 どうやら足のつき方がまずかったらしい。しかし、戦いに差し障りがあるほどではなかった。

 ――それにしても……

 と、怒りがふつふつと込み上げてきた。

 なんで、こんなになってまで戦わなければならないのか。こころの底では、マクシムに優しく迎えられることをどこかで期待していた。元は同じ部族、そして義兄弟の契りを交わした間柄だ。

 それがどうだろう。まるで目の敵のようにして剣を振るわれ、一切の容赦なく襲いかかってくる。

 すべての攻撃をこちらが紙一重のところでかわしているから大事には至っていないものの、並の戦士だったらすでに命を落としていてもなんら不思議はなかった。

 これがマクシムの結論だというのか。それならば、こちらにも考えがあった。

「やってやるさ……」

「――――」

「そこまで力での勝負にこだわるんなら、俺もあんたに力ずくでも吐かせてやる!」

「そうだ、その意気だ。初めからそうしておけばよかったんだよ!」

 飛び上がったヴァイクに対して、マクシムは急降下して迎え撃った。

 両者の剣が再び打ち合わされる――かと思われたが、ヴァイクはマクシムの突きを横へスライドすることでかわし、完全に相手の側面をとった。

 ――決める。

 今度は、迷わず全力の一撃を見舞う。相手が防御を意識している脇腹ではなく、その上にある太く逞しい二の腕に狙いをつけた。

 さすがのマクシムも、腕を傷つけられて剣を握れなくなれば、もはや戦いをあきらめるしかなくなるはずだ。そのとき、こちらの実力もはっきりと示すことができる。

 だが、それはやや――否、相当に甘い考えだった。

 マクシムの腕に到達しようとしていた剣の切っ先が、ふと目標を見失った。

 気がついたときにはマクシムは逆にこちらの真横にいて、すでに次の攻撃態勢に入っていた。

 ――しまった!

 と思っても遅い。回避動作は間に合わず、マクシムの剣〝イリア〟がその冷たい指先でこちらの腕を撫でていく。

 左の肘から肩にかけてを浅く斬られる。

「ちっ!」

 なんとか、ぎりぎりのところで最悪の事態だけは免れることができた。マクシムが手加減をしてくれただけなのかもしれないが。

 相手の腕を封じて無力化するつもりが、まったく同じことを反対にその相手にやられてしまった。一筋縄ではいかない、こちらの手の内はお見通しということか。

 そのマクシムは、薄く笑っていた。

「お前はばか正直というか、人がいいというか……さっきお前がやったことを他の奴がやるとは考えなかったのか?」

「――――」

 やられた。

 最初の突きによる攻撃はフェイクだった。それをかわして側面をとられることまで見越し、それ自体をおとりとすることで逆に相手の隙を突いてみせたのだった。

 とんだ食わせ者だ。

 わかっていたつもりではあったが、狙いどおりに戦わせてくれるような相手ではなかった。


(つづく)

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