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あれは本当にひどい戦だった。もちろん、『いい戦』など初めからあるはずもない。だが同じ戦でも、あのときのものは記憶がまったく薄らぐことがないほどに激しく、そして悲惨なものであった。
「過激な手段をとったそうですね、反乱者に手こずって」
「よく知っているな、当時のことはほとんどが内密にされたはずだが。それに、お前はまだ幼かった」
「ライマルから聞いたんです。あくまで噂としてですが」
「おお、あの道化か。自分の能力を巧みに隠す術を知っている」
「……気づいておられたのですか」
「当然だ。本物の男というのは、黙っていてもその霊光が内側からにじみ出るものだ」
ゴトフリートは、いつも気のない振りをしていながら、その実、常に鋭い感性を張り巡らしている若い男の顔を思い出し、薄く笑った。
「そのローエ侯の言うとおりだ。我々は予想外に手こずっていた。ロシー族と、そして翼人に」
「やはり、翼人も加わっていたのですか」
「そうだ。連中の神出鬼没の戦い方には、大軍をもってしても意味がなかった。いや、それどころか、かえってこちらの人数の多いことが欠点となってしまった」
ロシー族は森に潜み、こちらを誘い出してから各個撃破するという戦術を採ってきた。
それぞれの襲撃そのものは帝国の連合軍に針で刺したほどの被害しか与えなかったが、それが何十回、何百回ともなれば話は違ってくる。
反対に、自軍はまるで反乱者側に攻撃を仕掛けることができない。戦おうにも、相手はこちらの姿を見るとすぐに逃げてしまうのだからどうしようもない。
そうこうしているうちにいたずらに時間だけが過ぎていき、物資も不足しはじめ、兵の士気は下がる一方だった。
このままでは反乱の鎮圧に失敗するどころか、諸侯の軍は壊滅的な打撃を受けかねない。そうなれば反乱の火は帝国全土に広がり、もはや収拾がつかなくなってしまう。それほどまでに、あまりにも多くの火種をすでに帝国は抱えてしまっていた。
「だから、思い切った手を打つしかなかった。多少強引な方法であってもな」
そこで相手の戦士を直接狙うのではなく、その拠点を制圧することにした。
どんなに機動力の高い存在でも、かならずどこかで休み、補給をするはずだ。その場所を押さえてしまえば、必然的に相手は戦えなくなると考えた。
フェリクスは、そこに危険な匂いを感じた。
「ロシー族の拠点といっても――」
「そうだ、それらは大半が彼らの集落ということになる。一歩間違えば、無辜の民まで巻き込みかねない」
ゴトフリートは深くため息をついた。それは、彼にしてはひどく珍しいことであった。
「お前の父、ジークヴァルトは猛反対したよ。今の士気の下がった軍では統制が利かない、最悪、略奪や暴行が横行して集落が潰れることになってしまうとな」
「…………」
「ジークヴァルトの指摘はそのとおりだと思った。だが、それと同時にもしそうなったとしても、それはそれで構わないとも思っていたのだ、そのときの私は。相手はヴィスト人ではない、野蛮人どもなのだから――それが、すべてのあやまちの源だった」
当時の自分は、反乱を起こし、世の秩序を乱す側にも責任がある、だから彼らとかかわりのある民に、ある程度の犠牲が出るのは仕方がないことだと考えていた。
それがいかに傲慢な考えであったか、そのときはまるで気がついていなかった。
結局、周囲の反対を押し切り、その作戦を実行に移した。その結果は――
「おそらく、お前が噂で聞いたとおりだ。不満のたまっていた兵士たちは、集落を占拠するだけだという上からの命令を聞かずに、略奪の限りを尽くした。ひどい場合には、〝遊び〟で村をひとつ焼き払ったこともあった」
それによって、想像よりも長引いたアイトルフ騒乱は確かに収束した。
だが、その遺恨は凄まじく、ロシー族は処罰されることを恐れず、帝国の側に最後の最後まで怨嗟の言葉を吐きつづけた。
「それで、今でもロシー族による暴動が多いのですね」
「ああ。元々は、どちらかといえば従順な存在だったのだ、彼らは。あまり定住することはなかったうえに、帝国などどうでもいいと思っていた節があるからな――たとえ、ヴィスト人から差別を受けようとも」
ロシー族が帝国を明確に敵として見るようになったのは、あのとき以来だった。それまで散発的だった反乱も徐々に組織立って行われるようになっていき、今ではだんだんと手が付けられなくなってきた。
「アイトルフ、ダルムの両侯には申し訳なく思っている。今もあの地域が苦しんでいるのは、半分はあのとき私が判断を誤ったせいだ」
「大変なのは、他の諸侯も同じでしょう。ロシー族が帝国そのものを憎んでいるのなら、狙うのはまず諸侯のはず。特に……」
「私だな。今では、あのときの総指揮官が私であったことはよく知られている。だが――」
そのとき、初めてゴトフリートの表情に明確な変化があった。
悲しみ、怒り、悔い、そして憎しみ。
「だが、〝奴ら〟は私を直接狙うような真似をしなかった。私がしたのと同じことをした」
「まさか……」
ゴトフリートは、はっきりとうなずいた。
「私の家族への襲撃は、この私自身への報復だったのだよ」
愚かな男が重要な局面で判断を誤ったことのとばっちりが、よりにもよって最愛の存在へ向かってしまった。
後悔という言葉では言い表せないほどの重い悔い。
今でもたびたびこころを苛む、人生最大の失敗。
誰かを恨むことも、誰かのせいにすることも許されなかった。
すべては、己の責任だ。
「考えてみれば、当たり前のことだったのかもしれない。だが、私は彼らに対してひどいことをしただけでなく、なお彼らを甘く見ていたのだ。選帝侯に対し、直接的な報復に来るとは思ってもみなかった」
「…………」
フェリクスは言葉を失った。
あの事件の裏には何かがあるとずっと思ってはいたが、まさかここまで深い理由、悲しい現実があるとは想像だにしなかった。
ゴトフリートの自業自得という面は確かにある。しかし、そもそも彼は自分のためではなく、兵士のため、そして帝国で生きる民のために決断した。それが最悪の形で返ってくるとは、あまりにも理不尽ではないか。
そうした同情の念とともに、ひとつの違和感を覚えてもいた。
「ですが、小父上。本当にロシー族にそれが可能なのでしょうか。ヴェストヴェルゲンの館は、たしか近衛騎士の精鋭が守っていたはず。変則的な戦い方を得意とするロシー族では、そもそも守備の堅い館や砦を攻めるようなことは苦手なはずですし、大人数が必要になります」
「そうだな」
「しかし、実際には襲撃者はほとんど証拠を残さなかったと聞きます。ということは、比較的少人数で動いていたはずです」
ここに、ひとつの矛盾がある。
ロシー族が館を襲撃するには大部隊が必要だ。しかし、隠密裡に動いていたということは、実際にはその数は少なかったということになる。
「つまり襲撃の際、それを実行したのはロシー族ではないか、もしくは別の大きな要因があったということではないのですか?」
「――相変わらず冴えているな、フェリクス。そのとおりなのだよ」
ゴトフリートが、ゆっくりと息をついた。
「襲撃者はロシー族だけではなかった。そこには――翼人も絡んでいたのだ」
あとになってから知ったことだが、ロシー族は翼人の戦士たちを館の位置まで導いただけだった。館にいた全員を殺害するということを完璧なまでに遂行したのは、翼人の一部族だった。
どんなに手練の騎士であっても、空からの攻撃を、しかも〝生まれながらの戦士〟と言われる翼人によるそれを防げるはずもない。
音もなく近づき、まったくの死角から挑んできた相手にほとんどどうすることもできなかった。
しかも、空から突然やってきたのだから、館の周囲に足跡などなんらかの証拠も残らない。これでは現場にいた者以外、真相を知りようもなかった。
「ですが、どうして翼人までもが……」
「その理由はすぐにわかったよ。オトマルが当時の連合軍を徹底して調べてみたら、一部の兵士たちが白状した」
盛大なため息。重く、深すぎるそれは、死ぬ間際の老人であるかのようだった。
「ロシー族の集落だけでなく、たまたま見つけた翼人の集落をも襲っていたのだ」
後者への襲撃は、前者に対するものを遥かに凌ぐ峻烈さがあった。
人間の翼人に対する偏見は根強く、激しい。その結果、暴走した兵士たちは〝遊び〟で翼人たちを狩り、〝楽しみながら〟女も子供も老人も殺していった。
集落へ帰ってきたときに、無惨にもすべてを失ったことを知った翼人の戦士たちの怒り、悲しみ、その慟哭はいかばかりであったか。
狂わんばかりに泣き叫んだろう、血を吐くほどに罵ったろう。
もし自分が同じ境遇になれば、同じように怒り狂い、同じように報復したはずだ。
その思い、その苦しみを共感できるからこそ、相手を一方的に憎むことはできなかった。
真相を知ったからこそ、彼らを許さずにはいられなかった。
「私は思った、何が根源にある理由なのか、何がそれぞれの道を誤らせることになってしまったのかとな。確かに直接のきっかけは私がつくった。直接手を下したのは兵士たちだ。そして、同じ卑劣な手段を用いて復讐したのは、翼人とロシー族だ」
「――――」
「だがな、私がすべて悪いのか? 兵士たちの徳が問題なのか? 卑怯を卑怯で返すことをした翼人たちに責任があるのか?」
ゴトフリートは、首を横に振った。
「そうではない。それぞれに一定程度の責任があることは事実だが、どれもこれも些細なきっかけでしかない。ということは、それによってとんでもないことが起こる下地がすでに存在していたのだ。それは……なんだと思う、フェリクス」
「帝国の不完全さ、ヴィスト人による他種族、他民族への偏見、少数民族の鬱屈した思い」
「そうした限界の根底にあるのはなんだ?」
「――人の弱さ」
ゴトフリートは大きくうなずいた。
「すべては、人の弱さが招いたことだ。すべては、そこに行き着く。自然の世界は美しい。一見峻厳なように見えて、あらゆる存在の調和がとれている。おそらく、神の最高傑作はこの自然だろう。だが、人の世界はどうだ。すべてが連係するどころか対立し合うことが多く、くだらないことばかりに囚われて、花には花のよさが、石には石のよさがあることを認められない。人間だ、翼人だと叫んでばかりいる。それがどれだけ卑小なことか知りもせずに、な」
フェリクスも、その意見にはまったくの同感だった。
「おっしゃるとおりかもしれません。実は、私も似たようなことを以前から感じていました。人は、特に人間という存在は脆弱すぎる。この国だけでなく世にある大半の問題が、そこを起源とするのではないかと」
ですが、とフェリクスはゴトフリートの目を真正面から見すえて言った。
「だからこそ、人は協力し合い、助け合う術を身につけてきたのではないでしょうか。それが似た者同士で集まる国であり、民族であり、仲間なのではないですか」
「そうだ、お前の言うことは確かに正しい。まったくの正論だ」
窓の外からわずかに煙が吹き込んできた。
「しかしだ。では、国のあり方はどうなのか。翼人やロシー族とのかかわり方はどうなのか。すべてうまくいっていないではないか。協力し合うことに社会組織の存在意義があるというなら、かえってそれを疎外する形骸化した制度になんの意味がある。それ自体が悪ではないのか」
「…………」
「だからこそ、この世界の機構そのものを根底から変えなければならぬのだ。でなくば、いつまで経っても、人は自身の弱さという軛から脱することはできない」
辺りに沈黙が下りた。
窓の外では未だに喧噪というより地鳴りのような音が響いているが、だんだんと静けさを取り戻しつつある。
この大混乱も、収束のときは近づいていた。
「小父上、あなたはそれであえてこんな――こんな無茶なことを謀ったのですね」
「我々がやろうとしていることを無茶と思うかどうかはその人しだいだ。だが……そうだな、確かに無茶な面は多かったのだろうな」
しかし、すべては承知の上でしたことだった。
たとえ大変なことであっても、やらなければならない、やる必要があると判断したからこそ、あえて実行した。無茶かそうでないかは、根源的には関係のないことだ。
そこにあるのは、〝やるべきか否か〟ということだけだ。
「考えてもみろ、フェリクス。ロシー族も、翼人さえもが平等に共存できる世界になったら、それはすばらしいことではないか」
「…………」
「ただ、それを夢想することだけなら容易い。その実現のために何かを実行しなければ、永遠に夢は夢のままだ。私は、空想の世界の中だけで夢を見るような人間にはなりたくなかった」
だから強引にでも実行に移した。
一切の、妥協なく。
願いの、成就のために。
たとえ多くの重い業を背負うことになろうとも、未来の子供たちが笑顔になれるのならそれでいい。
「小父上……」
ゴトフリートのそういった気持ちは、フェリクスにも痛いほどよくわかった。元より、彼が利己のために何かをするような人物でないことは他の誰よりも承知している。
それでも、全面的に認めることはできない部分もあった。
「理想を追求することは、言うまでもなくすばらしいことかもしれない。けれど、今回に限っては犠牲が大きすぎた。そうではありませんか?」
「…………」
これだけの混乱だ。現時点ですでにどれだけの犠牲者が出ているのかと思うと、背筋が凍りつきそうになる。
また、施設などの物的な損害も大きく、今すぐにこの騒乱が終わったとしても復興までに何年かかるか見当もつかない。
理想の実現のために費やされた代償はあまりにも大きく、あまりにもその傷は深かった。
「私は、やはり善のために悪をなす矛盾を認めることはできません。それを容認してしまったら、犠牲を出すことを正当化する偽善を暗黙のうちに許容することになってしまいます」
「――お前の意見はいつも正しい。その若さで、よくぞそこまでの知恵と徳を身につけたものだ」
「いえ、私は……」
「お前の言うとおりなのだ。善のために私自身が悪となっていた。そして、それで構わないと割り切ってしまった。だが、初めから許しを請うつもりなど毛頭ない。すべての罪を負う覚悟はできていた。だからこそ……」
珍しく言い淀んでから、ゴトフリートはフェリクスのほうへ目を向けた。
「お前までも犠牲にしようとした」
フィズベクでは暴動にまぎれて翼人をけしかけ、飛行艇フィデースを墜とそうとしたこともあった。そして先の選帝会議では相手を反対に逆賊に仕立て上げ、己の保身を図った。
だが、当のフェリクス自身はそのように感じてはいなかった。
「本当にそうでしょうか?」
「――――」
「私には、すべてがそうだったとはとても思えません。確かに、ある面では私を利用しようとしていたのかもしれない。しかし、あえてそうしなかった面もある」
ずっと違和感があった。それがあったからこそ、ゴトフリートを疑いきることができなかった。
「そもそも、フィズベクで翼人にこちらを襲わせた理由がわかりません。あれは、こちらに『これから大きなことが起きるぞ』と警告してくれたのではないのですか」
「それは、お前の買いかぶりすぎだ」
ゴトフリートは苦笑を浮かべた。だが、フェリクスは取り合わなかった。
「実際、カセルの側に、あれをあえて行う特別な理由はないはず」
アルスフェルトのことに関しては半信半疑だったものの、こちらからすればあのフィズベクでの一件で疑いは徐々に確信に変わりはじめ、結果としていろいろな準備や対策を採っていくことになった。
確かに、あの戦いでこちらにも多少の被害は出た。しかしそれ以上に、戦いを未来への警告として受け取り、態勢を整えられたことの意味合いは、とてつもなく大きかった。
「フィデースの件にしてもそうです。あの襲撃で、飛行艇の決定的な弱点を知ることができた。もしあの戦いがなかったとしたら、今頃オリオーンは他の飛行艇と同じように墜とされていたでしょう」
「一歩間違えば、部下もろともお前も死んでいたかもしれぬのだぞ?」
「そうかもしれません。ですが、小父上のことです、他の翼人が助けにくることを予測していたのではないですか?」
「それも買いかぶりすぎだ」
事実、あの集団の登場はまったくの予想外で、しかも〝極光〟より遥かに強いときている。
それに関してはこちらとしても、別のはぐれ翼人の集団がいるということを確認できたことは、確実な収穫だったのだが。
――他の点で予想外なこともあった。
てっきり、ノイシュタット側はオリオーンを出すと思っていた。あれは、大弩弓を搭載した飛行艇と戦うための訓練の意味合いもあった。
そのはずが、実際には中型のいたって普通の飛行艇だった。
どれほどやれるか確認できれば早々に退却するつもりだったのだが、思った以上に順調に進み、もう少しで飛行機関を破壊できるところまで行ってしまった。
とはいえ、どんな言い訳も無意味であることには違いない。自分は確実に、身内とも呼べる存在を殺しかけたのだ。
しかし、フェリクスにはまだ大きな疑問があった。
「それに、どうしても聞いておきたいことがあります。なぜ、あなたは自分の飛行艇を利用しなかったのです?」
「――――」
「オリオーンの兵装に最初に気がついたのはカセルのはず。ならば、今回の作戦のために準備する期間は十分にあった。それでも、あえて使おうとしなかったのはどうしてなのです?」
他の諸侯は、あっという間に同じように飛行艇に大弩弓を搭載してきた。カセルの側が犠牲を厭わず大きなことをなそうと考えていたのなら、真っ先にその利用を考えたはずだ。
しかし、それをすることは遂になかった。その理由は――
「あなたは、本当の悪にはなりきれなかったのですね。もっと苛烈な手段を採ろうと思えば採れていた。しかし、それをしなかったのは、あなた自身の内に強い良心が残っていたからでしょう」
他にも密偵を用いて邪魔な存在を暗殺するなど、たとえ卑怯な手段ではあっても目的の達成のためにやれることはいくらでもある。それをあえてしなかったということは、ゴトフリートは本当の暴君のようにはなれなかったということだ。
その指摘を、ゴトフリートは表情を変えずに黙って聞いていた。そして、不意に笑みをこぼした。
「やはり私を過大評価しているよ、そなたは。飛行艇を利用しなかったのにもそれなりの理由がある」
「理由?」
「実際には、考えないこともなかった。しかし、〝極光〟の側が猛反発したのだ、かえって自由に動くことの邪魔になると。だが、それだけではなく、まず間違いなくフィズベクで一隊が壊滅させられた苦い記憶のせいもあったのだろうな」
現実問題として、揺れる飛行艇の上でバリスタの狙いを正確に定められるわけではない。味方の翼人への誤射も十分に有り得るし、狙いの外れた太矢が地上の兵士に当たってしまうことも考えられた。
「それだけに、まさかそなたや他の諸侯が実際にこの場で利用するとは思わなかった。予想を超えることをしたのはお前たちのほうだ、フェリクス」
ゴトフリートの声は穏やかであったが、フェリクスはうつむき、下唇を噛んだ。
「……そう、善のために悪をなすという意味では私も同じです。私は、被害が大きくなってしまうのを覚悟のうえでオリオーンを使いました。やっていることそのものは、あなたと大差ないのかもしれない」
「お前にとっての正義とはなんだ、フェリクス」
静かに、ゴトフリートは問うた。
「私にとっては――より多くの民を幸福にすることです。もっとも、多数のために少数を切り捨てることはあってはならないのですが、今の未熟な私では他に方法を思いつかなかった」
「お前が未熟だからではない。誰しもが、完全な解答など持ち得るはずがないのだ。何かをすれば、生きていれば、かならず他の誰かを犠牲にしてしまう。弁解などするつもりはないが、それこそが人の生まれながらにしての罪なのかもしれぬ」
その言葉はあまりに深く、重たかった。フェリクスとしては、背筋を伸ばしてそれを聴く他ない。
(つづく)