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つばさ  作者: takasho
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 風が冷たかった。

 日陰をずっと歩いてきたせいか、まだ真昼といってもいい時間だというのに体は冷えきってしまった。

 それも仕方がない。自分はどうやら、人間の町では表に出てはいけない存在のようだった。

 どうして、という思いはある。

 なぜ翼人であるというだけで、蔑まれ、疎まれ、排除されなければならないのか。

 軽蔑の目、奇異の視線、嫌忌の情のほうが、よっぽどかこの冷たい風よりもつらい。

 しかし自分は生きつづけようと思う。

 母の遺言を守るために。

 自分自身、|まだ生きたい|(、、)という思いがあった。

 されど、体力は限界に近かった。気がつけば、もうかれこれ三日も何も食べていない。

 人間の町は寒かった。ここへ安易に入るべきではなかった、町の外にある森に留まっていたほうがよかったと後悔ばかりが先に立つものの、あの森はいかんせん食べ物が少なすぎて、子供である自分の分さえも確保するのが難しかった。

 人間も森から糧を得ることがあるらしいが、自分たちと決定的に異なるのは、彼らは根こそぎ奪っていってしまうことだ。

 あれでは、来年に実をつける分が残らない。先のことを考えていないのだろうかと不思議に思った。

 ――早く食べ物を。

 もはや空腹がどうこうという次元ではない。体力も意識も、限界に近い。どうにかして食べられる物を手に入れるしかなかった。

 今、自分の手には、金色の輝く粉の入った袋が握られている。

〝どうしても人間の力を借りたいときは、この粉と人間が宝石と呼ぶ石を渡しなさい〟

 と、母が生前、それらの手に入れ方を事細かに教えてくれていた。

 ――でも。

 問題はそれよりも、人間の前へ行くのが怖いことだ。

 あの目が怖い。

 あたたかみの感じられないあの目が、怖かった。

 ――お母さん、行くよ。

 それでも勇気を振りしぼり、意を決して震えながら路地裏から飛び出した。

 視界がぱっと広がる。久しぶりに陽光を浴びて気持ちがいい――が、そんなことを感じられたのはほんの一瞬だけのことだった。

「何、この子?」

「よ、翼人だぞ」

「翼がある……」

「それにしても汚いな」

「翼人ってあの野蛮な……」

「衛兵を呼んだほうが……」

「なんでこんなのが町に……」

 悪意という名の刃が奔流となって無数に突き刺さる。

 リゼロッテという名の少女は、その場から逃げるようにして立ち去った。しかし、なんのいたずらか、こういうときに限って周りに人の数が多い。

 どこへ行っても、どこへ逃げても、人、人、人。

 そして、悪意、悪意、悪意。

 空腹に、ひどい疲れ、そこに黒い波動が重なり、体がよろめいた。

 自分が休めそうなところはどこにもない。どこにも嫌悪と嘲笑とがある。

 ――早くここから逃げ出したい。すぐ町を出よう。森へ帰ろう。

 そのためには、さっさと食べ物を手に入れるしかなかった。

 たまたま視界の片隅に映った、自然の森では見かけることの少ない色とりどりの果物。リゼロッテは、我知らず唾をのみ込んでいた。

 くず折れそうになる体を叱咤して、なんとかそれらの前へ行く。周りの人たちが、動揺とともにあからさまに引いていった。

「あの……」

「な、なんだ」

 果物の並ぶ棚、その後ろにいる男に思いきって声をかけると、なぜか相手のほうが怯えている様子だった。

 敵視するかと思えば、今度は恐怖。

 ひょっとして人間という生き物にとって、敵意と恐れは同じものなのだろうか。やっぱり、人間と翼人とは違う生き物なのだろうか。

 ――今はそれより、食べ物を分けてもらわないと。

「この果物を少し分けてもらえませんか」

「た、ただでやるわけにはいかねえ!」

「じゃあ、これを……」

 リゼロッテは、砂金の入った小袋をおずおずと差し出した。

 それを引ったくるようにして奪った店主がその中身を見たとたん、顔色が目に見えて変わった。

 男はまるでみずからが泥棒でもするかのように、自身の店の果物を見すぼらしい麻袋に詰め込んでいく。その袋は小さいが、多少の良心はあるのか、物がいい果物から選んで取っているように見えた。

 それを少女に押しつけると、自身は逃げるようにしてどこかへ去っていった。

 ――やっと手に入った。

 リゼロッテは、ほっと息をついた。これでようやく、冷たい空間から逃れられる。あの男の真似をするわけではないが、身をひるがえしてすぐに走りだした。

「…………」

 その間、またしても方々から奇異の視線をぶつけられた。しかし、もう気にしてはいられなかった。どんなに蔑まれようと、ここから出てしまえばおしまいだ。

 だが、残念ながらその歩みはすぐに止められることになった。

「|痛(いた)っ」

 どこからともなく伸びてきた足に引っかけられ、リゼロッテは派手に転んだ。胸に抱えていた袋から大切な果物が生きた鼠のように次々と転げ出て、道の方々へ逃げていった。

 それをあっという間に拾っていく影がある。

 ようやくのことで体を起こして見やると、自分と同じくらいの歳の子供たちだった。しかも、自分と同じくらいにみずぼらしい格好をしている。

 ――みんな、一緒だ。

 みんな、苦しみながら生きている、そう思うと、振り返りもせず逃げていくその後ろ姿を見ても、少しも憎む気にはなれなかった。

 幸い、袋の中にはまだいくつかの果物が残ってくれていた。これで十分だった。

 ――どうせ自分は、長くは持たないから。

| 普通の食事|(、、)だけでは足りなくなってきていることは、自分自身が一番よくわかっていた。

 リゼロッテは立ち上がった。胸の赤いペンダントをぎゅっと握りしめ、またゆっくりと歩きだす。

 これは天罰だ。友を、仲間を裏切り、そして母を犠牲にした自分への。

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