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風が後方へすっ飛んでいく。
自分たちのこころを表すかのように澄み渡った空は、笑ってしまうほどに青く抜けていた。
完全な快晴。
前方を遮るものは何もなく、この世界のすべての支配者になったかのごとく気分がいい。
〝狩り〟は今日も順調だった。相手は三部族の精鋭を集めたつもりのようだったが、どうということもない。
自分たちにとっては雑魚と変わりなく、正直少し物足りないくらいだった。
「アセルスタン、やっぱりお前は強いな」
「世辞はよせ。そんなものは、なんの役にも立たん」
後方を飛ぶ男が親しげに、しかしどこか卑屈に声をかけてくるものの、赤い髪のアセルスタンは一顧だにしなかった。
事実、後ろにいる連中から褒められても何もうれしくない。
唯一自分が認める人物は、族長のメイヴだけであった。
「くだらんおべっかを言う暇があったら、剣の腕でも磨くんだな。今のお前らじゃ足手まといになることはあっても、戦力の足しになることはない」
「相も変わらず手厳しい」
後ろから苦笑の声が聞こえた。
アセルスタンという男は、いつもこの調子だった。
歯に衣着せぬ言動、横柄な態度。
しかし、ある程度はそれが許されるほど、実際に力を持っていることもまた疑いようのないことであった。族長からの信頼も厚く、剣の腕はひとり図抜けていた。
「お前らは、族長や俺のような強い存在のために働けばいい。それが弱いことのせめてもの償いになる」
アセルスタンが少し振り返って言うと、また笑い声が上がった。
しかし彼が前を向いたとたん、それぞれの顔はざっと憎しみに彩られ、歪められた。
悪意の視線が、燃えるような髪の色をした男の背中に注がれる。
それでも、アセルスタンに悪気はなかった。彼は、あくまで事実をはっきりと語っているにすぎなかった。それが、結果的に周囲の敵意を惹起する要因となってしまっているにしても。
アセルスタンは確かに最も強い男ではある。だが、彼ほど部族内で憎まれている存在も他になかった。
ただ当の彼は、そんなことを|毫(ごう)も気にしてなどいなかった。
――他人からの評価など知ったことじゃない。自分は自分の道をゆく、それだけだ。
彼がいつものように後ろを顧みることなく風に乗って高速で空を飛んでいると、下方の森にたまたま人影を見つけた。人間だろうか。
――いや――
「どうした、アセルスタン?」
返事はない。全員がいったん止まった。
「早く帰ろうぜ。もたもたしてると、また族長にどやされちまう」
前回もアセルスタンの寄り道のせいで集合に遅れ、族長のメイヴからこっぴどく叱られた。今回ばかりは、いくら相手がアセルスタンであろうと他の面々に引くつもりはなかった。
「お前らは先に帰れ。俺は、やることができた」
「またかよ。あとでどうなっても知らないからな」
呆れつつ、同族の者たちは北東の方角へさっさと飛んでいった。
アセルスタンをそれを見届けることなく、少し高度を下げた。
――面白い組み合わせだな。
今や、すっかり対象を視認できる。
人数は、三人。
ひとりは、人間の女。
ひとりは、翼人の子供。
そして、もうひとりは――
――あいつは俺を楽しませてくれるか?
アセルスタンは、愛剣〝リベルタス〟を一気に引き抜き、迷うことなく急降下していく。
風が弾ける。下の三人は、未だ狂気の接近に気づいてはいなかった。