第39話「叡智の島の考古学者」
一雨きそうな気がした。
夜空を移動するハルとヴァンの二人。彼らを運ぶのは新たな仲間、巨大な白い竜“セフィロト”だ。
その羽ばたきは雲一つ動かさないほど、華麗で優雅なものだ。
しかし、この層に入ってから急に雲の数が多くなってきた。
風はそこまで感じられないので、どこからか流れてきたというのは考え難いが。
だが、本当に雲の数が多いのだ。数百メートル後ろの層は雲一つなかったのに対し、ここは視界が雲で塞がれてまるで見えない。
さすがのセフィロトも困惑気味な表情と共に鳴いていた。
「雲にぶつかるって変な感じね」
ぼふん、と雲を突き抜けながら話すハル。
「けっ、鬱陶しいだけだな。こんなの」
ばしっ、と寝転がった体勢から蹴りを放つヴァン。
「つーか、こっちで本当にあってるのかよ?」
「ああ、最果ての島のこと?」
ヴァンは半身起こし、
「他に何があんだよ。まっ、他に目的地があんなら別だがな」
「いや、ないわけじゃないわよ。ただ……」
「ただ?」
「場所が分からないのよね」
「地図でも何でも使えば分かるじゃねえか」
「地図には載ってたら苦労しないわ」
「どういうこと……あだっ!」
ふと、ヴァンの額に頑丈な何かがぶつかった。といっても、そこは見渡す限りの雲しかない。鳥でもぶつかったか?
「ちょっと、どうしたの? 急に」
「っ、何かぶつかりやがった」
不快感たっぷりに声を出し、徐にヴァンは銃を一丁抜き、後方の雲の中にぶっ放した。
ガガガガ! と激しいような空しいな銃声だけが鳴る。
「日頃の行いが悪いからね。罰が当たったのよ」
「けっ、気に食わねえ」
ヴァンは気分を損ねたのか、再び横になってしまった。
と、その時なって気付く。
心地よい風が届かないことに。
「どした、セフィロト」
セフィロトが動かないのだ。
「キュー……」
竜の言葉は理解できないが、何か声調を聴く限りではお困りのご様子だ。
ハルがせっせと四つん這いになりながら頭部まで移動し、顔を乗り出した。
「どうしたの? セフィロト?」
「キュー……」
くんくん、と鼻先を動かすセフィロト。
ん−? とハルは唸りながら、手を前に出した。
「雲が……カタ、」
「っのわあああ!」
と、急にヴァンが奇声を上げた。
「何よ!? そんな声上げて!」
「裸のおっさんがいる!」
「はあ? 何言って……」
「ふふーふふん」
とっても上機嫌な鼻歌が聞こえた。同時に肌をゴシゴシと擦る音まで。
音は、近い。
「……セフィロト! 上! 上に行ってみて!」
言われるがままにセフィロトは体を転換させ、上空へと羽ばたいた。
「ばっ、落ちる落ちる!」
必死に背中にしがみつくヴァン。ハルは首に跨っている。
そして、長い雲の階層を突き抜けた。
そこから見下ろした光景は、あまりにも奇妙なものだった。
「出たー!」
雲の上に人が住んでいた。家具など一切なく、一面が雲だらけの空間だ。
雲の間には分厚い本が螺旋状のように突き刺さっており、階段の役割を果たすその最下層には、呑気に温泉に浸かる白髪の老人がいた。
ドラム缶のような形をした窪みには素っ裸の老人がいて、そこからは湯気が立ち込めていた。
「……ん? 何だね、君達は。珍種の覗きかね」
素っ裸の老人は目を凝らし、上空にいる来客を覗き魔扱いした。
この世界のどこかに移動する島があるという。
しかし、その島を目撃した者はおらず、故に悪戯の可能性は否めない。
だが、その島には世界中のありとあらゆる知識が“ある”らしい。
考古学者達の夢が元凶なのではと飽きられていたが、
伝説は、確かに存在した。
叡智の島・エルデン。
またの名を、本の楽園。
エデンの書架と呼ばれる。
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