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Shorty!〜僕の彼女〜
作:風海南都



おまけ スピンオフ2


「かわいいお嫁さんだったね、花子」

 美由紀はカウンターの隣に座っている長身の男に話しかける。
 男は美由紀に返事をする代わりに口角をほんの少しだけあげた。
 美由紀と一緒にいるのは龍次郎だ。
 二人は秋田で行われた海渡と花子の結婚式に出席し、龍次郎は神戸へ戻る前に二日程、東京にいた。 

 龍次郎は社長とミーティングをしたり、新しい技術の講習など忙しくしていたが、合間を縫って二人で飲もうということになり、カウンターに並んで座っている。

「龍もいろいろあったんでしょ? 大変だったねえ」

 聖子のことを言っているのだろうかと龍次郎は思った。
 美由紀だけは昔から龍と呼ぶ。

「昔っから……なんていうか、変ってないよね、ストイックなとこ」

 バレッタを外しながら美由紀は言った。無造作に束ねられていた黒髪がさらさらとこぼれ落ちる。

「え? 俺? 別にそんなんやないよ。美由紀さんには入社の頃から世話なってるからかなわんなあ……」

 龍次郎は苦笑いしながらグラスを手で弄ぶ。
 美由紀は龍次郎が入社した時、その店のチーフだった。
 龍次郎をあれこれ指導したり、手荒れで苦しんでいる時に面倒を見てくれたのも彼女だ。

「聖子ちゃんと別れたって聞いたときはびっくりしたわ、嘘でしょって思ったし。あ、ほら、もっと飲みなさいよ」

「もう三年も前の話。ちょっと……俺を酔わせてどうするつもりやねん」

 龍次郎は冗談めかして笑う。

「どうもしないわよ、馬鹿ね。龍さあ……花子のこと、もしかして?」

 美由紀が体を近づけて、悪戯っぽく顔を覗き込んでくる。
 龍次郎はちょっと口を尖らせて、さあねと呟いた。

「まさか、二人を見届けるまで……なんて坊さんみたいに暮らしてたの?」

「おお。俺って聖人君子にでも見えるん?」

 龍次郎は呆れた笑顔を浮かべながら天井を仰いだ。

「酔った勢いで俺だって普通の男ってとこ、見せようか?」
 
 ニヤリと笑う龍次郎。

「あら、いいわよ。それならあたしから襲う手間が省けていいわ」

「ええ?」

 涼しい顔でシレっと答える美由紀に、龍次郎は驚いてグラスを倒しそうになる。
 美由紀は龍次郎のほうを向きなおして、ニッコリと微笑んだ。

「そうねえ……あたしは美容師のキャリアと腕はそこそこあるつもりよ」

「なんや、いきなり。まあ、そこそこどころかかなり確かですよ、俺なんか頭上がりません」

 少し慌てながら美由紀の話に耳を傾ける龍次郎。

「それに……神戸に行ってあげてもいいし……」

「え?」

「なんだか気難しそうなことばっか言ってる人を甘えさせてもいいし……っていうか甘えさせるの好きかな」

 龍次郎は頬杖をついて美由紀を見つめた。複雑な表情で眉を寄せる。

「ただねえ……」
  
 うーん……と困ったような顔をしてみせながら美由紀は俯いた。

「ただ何? なんですか?」

「あなたよりちょっとアンティークな物件なのよ。だから2割引までは負けとくわ。でもそれ以上は絶対値引きたくないから、断ってもいいわよ」

 は? と龍次郎は目を丸くした。
 美由紀は拗ねた子供みたいに俯き加減で、カウンターに置かれたグラスを見つめている。
 それが龍次郎の目には、いつものしっかり者の美由紀とは違ったかわいらしい仕草に映る。

「あ、ええと、その……むしろ貴重品ってことで俺が高値で買取りましょか?」

 ぷっと美由紀は吹き出す。

「そうね。直感で選んで頂戴? あんまりグズグズしたくないのよ、龍となら……」

 お互いの視線がぶつかりあった瞬間、沈黙が走る。
 ゆっくりと微笑む美由紀に、龍次郎はなぜか安堵感を覚えた。

「あんたって甘えるの下手くそよね、昔から」

 小さなため息と共に美由紀は呟く。指先を持て余し、グラスの脚をきゅっとつまんだ。

「美由紀さんには甘えてたような気いするんやけど……」

「そうかなあ。でもほんと、トンガッてたよね、昔。ずいぶん柔らかくなって驚いちゃう」

「直感で言うてもええ?」

 じっと美由紀を見つめる龍次郎。美由紀は思わず息を呑む。
 その表情が思いがけない色気を含んでいたからだ。

「ちょっと口説きたい気分」

 低いけれど微かな甘さの漂う声。

「そう? でも押し倒すのはあたしよ」

 美由紀がペロッと舌を出す。

「うーん……美由紀さんにならそれもええかもしれんな。初体験や」

 龍次郎は笑いながら頭を抱えた。

「試してみる?」

 龍次郎がゆっくりと視線をあげ、美由紀の顔を見つめると穏やかに微笑んでいる。
 不思議な感覚だったが、その微笑に龍次郎は包まれるような錯覚を起こした。

「今夜は家に泊まっていかない?」

 美由紀の声は落ち着いていて、そのセリフが龍次郎の耳に自然に流れ込む。
 やがて二人は店を出て、肩を並べながら地下鉄のホームへと降りていった。


「ねえ、龍……正直に言うとさあ」

 二人は美由紀の部屋のベッドに腰掛けていた。

「入社の頃から、たぶん……あんたに恋してたと思うの」

 美由紀は龍次郎の肩に手をかける。瞳がくるくると動いていた。

「もちろん、聖子ちゃんのことは知っていたし、あたしもいろいろ付き合ってたけど……今思うとそんな気がするの」

「……俺にとってはずっと憧れの人って感じやったけどなあ……しっかりしてて、大人で」

 龍次郎は自分の肩に置かれた美由紀の白い指先をそっと握った。

「それ、ホント? いつもうるさそうにしてたくせに」

 クスクスと悪戯っぽく笑う美由紀を男の腕が引き寄せる。

「うーん、やっぱり美由紀さんには甘えとったんやな、俺」

「あたしはかわいいなって思ってたけど」

「え? そういうキャラちゃうやろ?」

「ううん。すごくかわいかった。今もそう思ってるけど?」

 困惑した表情を浮かべた後、龍次郎は苦笑いをした。
 ふいに美由紀が唇を重ねてくる。
 龍次郎は黙ってそれを受け止めた。

「言ったでしょ? あたしから押し倒すって」

 唇を離し、耳元で甘く囁く。

「あたし達って自然に流れ着いちゃったのかもしんないね」
 
「はあ……どうぞお手柔らかに」

 龍次郎は観念したような、少し照れたような声で答える。


 美由紀は静かに頷くと部屋の明かりを落とした。










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