星採り
夜道の先に変な爺さんが居た。
右手には大きな虫取り網を持ち、麦わら帽子を目深に被っている。こんな夜更けに童心に帰って虫を追いかけるつもりなのか、それとも単なる徘徊老人か。
こんな時は何処に電話すればよいのかと考えながら見張っていると、爺さんがおもむろに虫取り網を振りかぶった。そして腰を痛めるのではないかというほどに全身全霊を込めたスイングを見せる。
「嘘だろ……!」
俺は呆然と呟く。爺さんが虫取り網を振り抜いたことでその先にあった夜空の星々が消えてしまったのだ。
視線を爺さんに戻すと俺の呟きが聞こえたらしくこちらを振り向いていた。
「おやおや、見られたか」
さして重要でもないと言いたげな軽さで爺さんは笑っている。その手に握られた虫取り網の中でビー玉くらいの大きさになった星が輝いていた。
「そ、それ……。」
「これか? 見ての通り、星じゃよ」
震える指先で俺が示す物を見て爺さんが答える。
「傷が入っとらんか検分しとるんだ。なあに、すぐに戻すさ」
白い顎髭を触りながら爺さんは網の中を探る。
「こいつはいかんな」
そう言って持ち上げたのは青白く朧気な光を放つ三等星だった。目を凝らしてみるとひびが入っているのが分かった。
「どうするんですか?」
「勿論、取り替えるんじゃ」
当たり前とばかりに言い換えされ再び呆気にとられる。そんな俺を置いてきぼりに全部の星を確認したらしい爺さんは傷物の星を右ポケットに仕舞い込み、虫籠を取り出した。
「三等星は確かこの辺に……。」
がさごそと中を探っていた爺さんは一つの星を取り出し手の平で転がして確認する。満足げな表情で頷くとその星を夜空に放り投げた。目で追うと打ち上げ花火のように空へ上った星は空中で静止して夜空に瞬きだした。爺さんは次々と星を放り投げ、しばらくして見慣れた星空が戻った。
そんな光景を見て俺の心にある感情が沸き起こった。
「俺でも星を採れますか?」
俺の言葉を聞いた爺さんは少し驚いたようだが、相好を崩して虫取り網を渡してくれる。
「この業界も若手不足でのぉ。大歓迎じゃわい」
俺は虫取り網を振りかぶって夜空に狙いを定める。本当に採れるのだろうか?
「せいや!」
勢い良く振り抜いて網の中に目を凝らす。一つも入っていなかった。
「お前さんも最近の若者じゃのぉ。自分の力を疑っとる奴が星を掴める訳なかろう」
やれやれと、爺さんが肩を竦める。
「いいか。雑念があるほど採れなくなるんじゃ貸してみろ。手本を見せてやる」
肩を回しながら爺さんが説教臭く言う。
せっかくなのでもう一度見せて貰うことにした俺は爺さんに虫取り網を手渡した。
「雑念によって採れない星が決まるんじゃ。無心になってやればほれ、この通りっ!」
「おぉ」
足を大きく踏み込んでの打ち下ろしに虫取り網がしなる。爺さんが得意げに見せてくれた網の中にはたくさんの星が輝いていた。俺はそれらがあった夜空を見上げる。
「あれ? 一つ残ってますよ」
暗くなった空に一つだけ星が浮いていた。
「あちゃ。しくじったわい」
「どんな雑念があったんです?」
「後継者が出来そうだという期待じゃ」
「ということは、あれは期待の星ですね」
俺は一つだけの星を見上げる。そんな俺を楽しげに肘でつつく爺さんは言った。
「お前さんもじゃよ」