83話
GAノベルス様より、8月刊行予定です!!
気絶している魔法使い――ジェラールは会わせたい人がいるって言ったけど、誰のことだろう。
おれは今回、王都にはじめて来たし、縁のある人物って言えばシルヴィくらいのもんだ。
悪名が広まっているらしいから、そんなに期待出来る出会いとは思えない。
さっさと離れたほうが無難だろう。
「リーファ、行こう」
「うん。――ほんとにもう、変態か眼鏡か、キャラはどっちかにして欲しいわ」
リーファはまだ気分よさそうに気絶しているジェラールにべっと舌を出す。
「ちなみに訊くけど、覚えたスキルを消すことって出来る?」
「出来るわけないじゃない」
「そうですか……」
なるべく、ホモとは関わらないように生きていこう……。
図書館にむかって歩き出すと、すぐ後ろで悲鳴にも似た声が聞こえた。
振り返れば、美少女にジェラールが介抱されていた。
「ジェラール、大丈夫ですか!? だから単独行動は危険だとあれほど言ったのに……」
「済まないクリスティ……君の忠告を無視したばかりに……こんな素晴らしいご褒美――じゃなくて、こんな目に遭ってしまったよ、フフ……」
スルーだ、スルー。ツッコんだら負けだ。
「わかりました、わかりましたから、もうしゃべらないでください――すぐ治癒魔法を」
「いいんだ、もういいんだ、クリスティ……。最後の最後に、あんな最高のご褒美、じゃなくて、凶悪な一撃をもらうなんて、思ってもみなかったよ……」
「諦めないでください、大丈夫です、すぐよくなります。ミカエルももうすぐこちらへ駆けつけてきます」
茶髪の正統派美少女は治癒魔法を発動させた。
ちょんちょん、とリーファがおれの袖を引く。
「ちょっと、ジンタ、殺しちゃったの?」
「なわけねえだろ。HPはがっつり残ってる」
「ああ、ツッコんだら負けってことね」
「そういうことだ」
「……クリスティ、ジンタ君は君以上のご褒美スキルを持っている……気をつけるんだよ」
「まさか――『ガチャ荒らし』の実力を測るために……あえて単独行動を……?」
「フフ……」
ツッコんだら負け。ツッコんだら負け。
優しげな笑みを浮かべると、ジェラールは静かに目を閉じた。
「ジェラァ――――ル!? お願い、目を覚ましてくださいジェラール! ジェラール!」
なに、この寸劇。
戦士の非業の死みたいなワンシーン。
死人の顔の肌ツヤ、かなり良好なんですけど。
ズレっぱなしだった眼鏡、今自分の手で直したんですけど!
くッ、脳内ツッコミは止められなかった。
ぐすん、と美少女は涙を流しながら鼻を鳴らしている。
「ジェラール……。…………教えてください、ジェラール……ご褒美って、なんのことですか?」
「「今さらその話題!?」」
おれとリーファがスルーし切れず声に出す。
ん、と少女が顔をあげておれたちを見た。
「あ、貴方は――っ」
こほん、とおれは咳払いして、ちょっとだけ表情を作り少女に会釈する。
「――どうも」
「何でキメ顔してんのよ。ジンタのファンってわけじゃないから」
リーファが半目でツッコミを入れると、クリスティと呼ばれた少女が立ちあがる。
一目でそれとわかる良質の防具を装備している。
凝った意匠を施された鞘と柄。
こちらも、かなりレアな剣だというのがすぐわかる。
―――――――――――
種族:人間
名前:クリスティ・ラクルス
Lv:24
HP:28000/28000
MP:17000/17000
力 :1600
知力:1600
耐久:650
素早さ:750
運 :99
スキル
勇者(戦闘時全ステータス上昇。戦意高揚)
勇者の志(常人の三倍の速度でレベルが上がる)
号令(仲間の力・知力・耐久・素早さ上昇)
ジャイアントキリング(対象が自身より高レベルの場合、レベル差に比例して全ステータス上昇)
聖印(HPを自動的に五〇〇ずつ回復する)
治癒魔法
雷迅魔法
―――――――――――
スキル欄に、勇者……?
シルヴィが言っていた例の勇者――それがこの人のことか。
チートなスキルが列挙されている。
「貴方があの『ガチャ荒らし』で間違いないですね――?」
ビリリ、と空気が痺れるのを感じる。
うなじのあたりがゾワゾワして妙に落ち着かない。
目を合わすだけで、相当な重圧を受ける。
放たれた敵意とプレッシャーは、正直シャハルよりもキツい。
息を呑んだリーファが一歩あとずさると、おれは庇うようにリーファの前に出た。
「ああ。おれがその『ガチャ荒らし』だ。何か用でも?」
「ジェラールの仇――!」
「いや、生きてる生きてる!」
「町を自分の物にして、娘たちと毎晩不埒なことを繰り返しているそうですね。卑劣な男です……!」
どこでそう伝わったんだよ……。
このシリアスな感じじゃあ、何を言っても信じてくれなさそうだ。
「違うけど――まあいいや。で、あんたが噂の勇者様? その勇者様がおれに何の用だよ」
「貴方を倒しにきました! これ以上、不正ガチャはさせません。支配された町だって私が解放してみせます――!」
あー……。
おれ、本気で悪いやつだと思われてんのな。
ちょっとだけショック。
「それに何よりも、ジェラールの仇!」
「――いやだから生きてるって!」
殺気立つクリスティにおれは両手をあげて降参のポーズをする。
「倒しにきたって、おれは別にあんたと戦うつもりはない。戦うにしても、ここ町の中だし。人様の迷惑を考えずにバトるのは違うだろ?」
冗談めかして笑ってみせると、どうやらお気に召さなかったらしくクリスティは眉を寄せた。
「……何人も、らない、ん、す……要らな、んです……」
ぶつぶつ、と口の中で何か言い続ける。
ぱっと足元に黄色の魔法陣が広がった。
「――ジンタ、雷系の攻撃魔法よ」
背後のリーファが慌てて声をあげた。
そりゃそうだ。
こんなところで勇者様が魔法をぶっ放せば――。
「――最強は、何人も要らないんです!」
本気で撃つ気だ、こいつ――!
おれは一気にクリスティに迫る。
一瞬驚いた顔をしたけど、さすが勇者様、おれの速度に対応して剣を抜き放った。
それと同時だった。
【灰燼】を発動させ、黒い焔をまとった魔焔剣がクリスティの剣を切り飛ばす。
ひゅんひゅん、と折れた剣が空に舞った。
そのままジェラールの尻に刺さる。
「アォチ――ッ」
おいしいとこ持っていくなあ、あいつ。
尻に刺さった剣は、どことなく墓標みたいで哀愁が漂っていた。
信じられない物を見るように、唖然とした表情のままクリスティは硬直していた。
変態のせいで気がゆるんだけど、まだシリアス真っ最中だ。
「……何しようとしてんだよ、おまえ。こんなところで」
「私は――私は負けられないんです――誰にも――それが私の全部だから――ッ」
「――!」
また魔法を発動させようとするクリスティの首筋を柄頭で強く打つ。
ふらり、と足元から崩れそうなところを抱き止めた。
私の全部……?
「おい、ジェラール、どういう意味だ。この子、何かおかしくないか?」
ジェラールは、死んだフリをしていたことは隠す気もないらしく、刺さった剣を抜いてあっさり立ちあがった。
「勇者の宿命なんだよ。とにかく、クリスティを返して欲しい。未熟な部分はあるけど、いずれ立派な勇者として世界を守る子だから。――君の仲間と交換だ」
交換?
不思議に思ってリーファを見ると、三メートルはありそうなゴーレムの肩に担がれていた。
うちのゴーレムよりはちょっと小さいかな。
黒い縮れ毛に背中には大槌を背負っている。
丸太みたいな腕と太もも。
胸は筋肉で押しあげられていて、服が今にもはちきれそうだった。
「離して! ちょっと、離しなさいよ――っ!」
ぽかぽかゴーレムを殴るリーファ。
足をジタバタさせているから、おれの位置からはパンツ丸見えだった。
「ミカエル、離してあげて。彼女とクリスティを交換するんだ」
「――これミカエル!? ごっつッ! ミカエル体格ごっつ!」
名前は聖属性なのに、ビジュアルは完全に土属性じゃねえか……。
てか、ゴーレムじゃなかったのか。
そうでないなら、ゴーレムが人化したのかとばかり……。
「素敵な仲間だろ? 彼女は――」
「ミカエル女の人!? 『ヌォオオ』とか言いながら攻撃しそうなんだけど」
「盗賊の彼女の手にかかれば盗めない物はないからね!」
「今すぐジョブチェンジしろ! 目立って仕方ないだろ!」
ツッコミどころの宝庫かよ。
のしのしとやってきてリーファをおろすと、おれは彼女に(女と認識するには抵抗があるが)クリスティを渡した。
ジェラールもミカエルの肩に乗った。
「ジンタ君。……クリスティは勇者だから、自分よりも強い存在を許容出来ないんだ」
「この子のこと、何か知ってんのか?」
「そこまで知らないかな。……けど、聖印のある彼女は、常に敵無しでなくちゃならないし、最も強い存在でなくちゃならない。僕の言っている意味がわかるかい?」
「おれを倒すために挑んでくるってことか……何のための勇者なんだよ……」
「いずれ魔神が復活するって――いつだったかクリスティが口を滑らせたことがあったなあ……ただの僕の独り言だから、もし聞こえていたら気にしないで欲しい」
ジェラール、もしかしていいやつ?
……ホモで変態だけど。
のしのし、と二人を肩に乗せたミカエルが遠ざかっていく。
ジェラールがおれを振りかえって、さわやかな笑顔をする。
「また会いにくるからね! 絶対に! 君の心を奪いにっっっ!」
「二度と顔見せんな」
手を振るジェラールに背をむけて、おれとリーファは図書館にむかって歩き出した。