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81話



 シャハルを連れ帰ってきてから三日。

 クエスト報酬も受け取って、おれたちは湖畔の自宅でのんびり過ごしていた。


 今みんなは、シャハルの召喚獣と戦闘訓練中。

 ズガン、ドガン、と大きな物音が外から聞こえてくる。


 どんな魔物を召喚したのかと気になって窓から外を見ると、以前おれが倒した大蛇だった。


「倒してもまた召喚出来るのか? 結構便利だな――」


 後ろにいるだろうシャハルに話しかけたけど、ソファで昼寝してやがった。


「んふっ……」


 艶めかしい寝息をこぼして、寝返りをうつシャハル。

 こぼれそうな胸と、形のいいお尻が目に飛び込んだ。


「……」


 男として、色々と試されているような気がする。

 これ以上見てられん。


 おれに教えられるかわからないけど、訓練の様子を見てこよう。

 ん。待て。なんかもっと他にやることがあるような……。


「あ。そうだ、勇者のこと調べないと――おーい、みんな、集合!」


 訓練の手を止めてみんながおれを見る。

 大蛇だけは、びくぅ、と体を震わせて巨体をうねらせ木陰に隠れた。


 ……でか過ぎて隠れきれてないんだけど、この前の戦闘が相当なトラウマになったらしい。


「ジンタ様、どうかされましたか?」


 窓のところまで戻ってくるとクイナが訊いた。


「休みも十分とったし、そろそろ勇者のことを調べようと思うんだ」


 リーファに確認すると『魔神を倒した少年ザイードが後に勇者と呼ばれるようになった』程度の情報しか天界にないそうだ。


 勇者について新しい情報がわかって、それが世界的な常識となれば、天界にもそう反映されるらしい。

 だから、一般的にも、勇者については大まかなことしかわからないようだ。


 けど、公表されていない情報がもしあれば、それは天界には反映されない。

 調べれば、何かわかるかもしれない、という結論に至った。


「それなら、王都に行くのが一番かもしれないわね」


 と、リーファ。


「王都か。そういえば、まだ行ったことなかったな」

「家とログロの町付近でしか活動してなかったもんね」


 クエストで遠出しても、終わったら寄り道せずにまっすぐ帰ってたからなあ。


「クイナ、王都ってどんなところなの?」


 ひーちゃんが物知りなクイナに尋ねる。


「え、ええと。お、王都というのは、それは、もうスゴイところなのですよ、ひーちゃんさん」


 ほとんどわかんないから、濁してるな、クイナのやつ。

 森育ちのお嬢様なんだから、知らなくても当然と言えば当然なんだけど、見栄張ることないだろうに。


「支度してすぐに出よう。――おい、シャハル。出かけるぞ、支度しろー」


 ごろり、と寝返りをうつシャハル。


「……ジン君が口づけしてくれねば、妾は起きぬ」

「もう起きてるじゃねえか」


 口の減らない魔女をアイボに収納し、リーファに大まかな位置を教えてもらい、おれたちは王都へむかった。




 ひーちゃんに空を飛んでもらい、ひと際大きな城壁と町が見えた。

 クモの巣みたいな魔力的な何かをバサリと切って突き進む。


 ゆっくり降下し、町はずれの空き地に着陸した。


 ここが王都か。

 繁華街から離れると、どうってことはない普通の町みたいだ。


 収納した三人をアイボから取り出すと、ドタバタと足音が聞こえた。


「こっちだ、こっちのほうに降りていったぞ――」

「我々では手に負えない可能性もある。近衛騎士に応援を要請しろ――」


 騒がしいな。

 遠くから走ってくる槍を持った兵士を見ながら他人事みたいに思った。


「……ジンタ様、こちらに兵士がやってきていますけれど……?」

「みたいだな」

「みたいだなって。ちょっと、ジンタ、何したのよ」


 リーファが疑わしそうに肘でおれをつついた。


「いや、おれは別に何もしてないぞ?」

「がるがるー!」


 ……何言ってるのかわからんぞ、ひーちゃん。

 少しだけ険しい目つきをしている。


「ジン君、どうやらひーは、用を足したいみたいぞ」

「おお、シャハル、ドラゴンの言葉がわかるのか」

「うむ。恥ずかしがらずともよい。物陰にゆこうぞ」


 がるがるーって、ひーちゃん、めっちゃ首振ってるけど。


「やっつけよう! とか、そう言いたいのか?」

「がるぅ♪」


 あ。当たった。


「だめよ、やっつけちゃ! とにかく、ひーちゃんは人化して、早く」

「ジンタ様、わたくし、おのぼりさんだと思われないでしょうか」


 自分の服を見てクイナはその場でくるくる回る。


「んー。大丈夫なんじゃないか?」


「なに呑気なこと言ってんのよ」


「妾が契約獣を召喚して追っ払ってもよいが」

「手を出しちゃだめっ。お尋ね者になっちゃうから」


「んふ。魔女の愛妻とエルフの許嫁、ペットのドラゴンに家政婦。みんなで逃避行というのも、なかなかどうして、楽しそうではないか」


「なんでわたしがただの家政婦なのよっ、頭にちゃんと『女神の』ってつけなさいよ!」


「不満なのそこかよ」


「あと、わたしをオチに使わないでっ」


「不満な部分、本当にそこでいいのかリーファ!?」


 そうこうしているうちに、五、六人の兵士がやってきた。


「貴様ら、そこで何をしている! どうやって魔封陣を破って入った!」


「リーファ、まふーじんって何?」

「魔封陣っていうのは、王都にだけ張られている特別な対空魔力結界よ?」


「空から王都に侵入するなど、大胆な輩め――! 目的は何だ」


 厳しい口調で隊長風の男が言って、槍をおれに突きつけてくる。


「あー。それがマズかったのか」

「え。どういうこと? ジンタ、城門で冒険証見せなかったの……? それにさっき、魔封陣を破ったって……」


「あ。あのクモの巣みたいなやつ? それなら、邪魔だったから切ったぞ」

「切っちゃだめぇぇっ!」


 ざわざわ、と警備兵たちがざわめく。


「切る、だと……!? あ、ありえん!」

「天才魔導士が設計し、三〇人の魔導士が常時魔力を注いでいる結界を切るだと……」


「へえ、なんかスゴそうだな」


 おれは心にもないことを、鼻クソをほじりながら言った。


「お空からびゅーん、だったの」


 ひーちゃんが補足すると、あぁ、とリーファはうなだれた。

 ともかく、弁解する必要がありそうだ。


「怪しい者じゃないんです、ほら、これ。冒険証」


 おれが冒険証を取り出して、警備兵に渡す。

 冒険証とおれを見比べる兵士たち。


「隊長、こいつ、噂の『ガチャ荒らし』ですよ」

「……失礼だが、今回アルガスにやってきた用件は何だろう」


 一応、不審者じゃないってことはわかってくれたみたいだけど、まだ何か疑われているっぽい。


 そりゃ対空結界ぶち破ってきたんだから無理もないか。


「わたしたち、今回、調べ物をしなくちゃならなくて。それで、王都で調査を……」


 リーファが説明しているとガシャガシャ、と音が聞こえてきた。

 首を伸ばしてそっちを見ると、フルプレートアーマーを着こんだ一騎がこっちにむかっている。

 ご丁寧にフルフェイスのヘルムも装着していた。


 後ろにはその部下らしき数名の重装備兵士が銀製の防具を揺らしながら走っている。


 近衛騎士がどうのってさっき聞こえたけど、この人たちがそうらしい。

 なんか、どんどん大ごとになってきてるなあ……。


 ざざ、と警備兵たちが踵を揃えて槍を立てる。


「騎士長様、この男が先ほどの――」


 兵士がおれたちを指差すと、フルフェイスの騎士が馬をおりる。


「ん? 誰かと思えば――カザミではないか」

「?」


 おれが首をかしげると、くすっとフルフェイスが小さく笑い声を出して、ヘルムを脱いだ。

 あ。

 誰かと思いきや、シルヴィじゃねえか。


「よお、久しぶり。この前のザガの森以来だから……」

「もう三か月ほど経っている」


 ぽかん、としている兵士たちにシルヴィが知人だということを説明し、事なきを得た。


「バルムント家の名にかけて、彼らは危険人物ではないとこのシルヴィ・バルト・バルムントが保証しよう」


 シルヴィがそう言ってくれたおかげで、兵士と部下を持ち場に戻っていった。


「ありがとう、シルヴィ。助かったよ。まさか対空結界があるなんて思ってなくて」

「普通は破れないし入れないのだが……ま、まあいい。久しぶりだな」


 シルヴィが求めた握手におれは応えた。

 もうその結界の復旧は完了しているらしい。


「てか、シルヴィ、相変わらずフル装備してるんだな」

「気持ちの問題だ。べ、別にビビッているというわけではないからな? それにしても、王都に空から侵入者がやってきたなんて聞いて驚いたぞ。相変わらずむちゃくちゃをする」


 森で一緒に戦ったときを思い出してか、シルヴィは楽しそうに肩を揺する。

 新入りのシャハルを紹介して(ややこしくなりそうだから正体は伏せた)、リーファたちも挨拶をした。


 そのあと、千年前の勇者について調べにきたことを伝えた。


「そうか、それで王都に。……しばらく滞在するのであれば、我がバルムント家に部屋を用意するが?」

「え、いいの?」

「何を言う。ザガの森で世話になった礼だ」


 宿屋を見つけて宿泊する予定だったんだから、シルヴィの申し出は渡りに船だった。


「じゃあ、お願いするよ」


 シルヴィと再会を果たしたおれたちは、貴族様の家に案内されることになった。



◆Side Another◆



 王都アルガスの町はずれの一画にある冒険者ギルドは、今日も大勢の冒険者で賑わっていた。


 二人の仲間を従え、冒険者ギルドへやってきたクリスティは、さっそくカウンターの席に着く。


「指名クエストがあると聞いたのですが」


 受付嬢に告げて冒険証を渡す。


 周囲にいる冒険者たちの視線が感じた。


 クリスティの凛とした面立ちと麦穂のように綺麗な茶髪。

 身を包んでいるのは高価そうな防具。勇壮とも言える長剣を腰に差している。


 だが、冒険者の目を釘づけにしているのは、クリスティの美貌や装備ではなかった。


 注目されているのは、クリスティの首筋にある十字架のような赤い痣。


 ――勇者も同じ痣があり、いつしかそれは聖印と呼ばれるようになった。


「……おい、あの女が噂の『勇者』なんじゃないのか」

「ホントだ。首んとこ、聖印がある。……にしても綺麗な女だな」


 ざわざわ、と遠慮のない話し声がそこかしこから聞こえる。


「へっ、何が勇者だ。首に痣があるだけじゃねえか」

「アンタ知らないのか、SS(ダブルエス)ランクに史上最速でなった冒険者があの女なんだぜ?」


「そ、そいつは驚きだな……。今はSSランク、一〇〇人もいないんだろ……?」

SSS(トリプルエス)になるのも時間の内だとか……」


 小さくため息をついて、クリスティが周囲を一瞥するとひそひそ話がやんだ。


 ランクで自分を定義することにどれほど意味があるのか。

 クリスティよりも強い人間など、存在してはならないのだから、客観的な評価などどうでもよかった。


 いずれ復活するとされる魔神と戦うことを宿命づけられている。

 そう言われ続けてきた。

 その者を勇者と言うのなら、自分は勇者なのだろう。


 受付嬢がクエスト票を机の上に広げる。


 指名クエストの依頼主は、いつも同じだった。

 内容を目で追って、クリスティは小さく眉をひそめる。


 また遠くから噂話が聞こえた。


「――おい、ミズラフ島調査のクエストが完了したらしいぜ?」

「魔女がいるかもしれないっていうあの島か? 魔女の召喚獣が強すぎて近寄れないって話だったろう。ちなみにどのユニオンがやったんだ?」


「ユニオン『暁の紅蓮』――リーダー、カザミ・ジンタ……誰のことかわかるか?」

「誰のことかと思ったら『ガチャ荒らし』のことじゃねえか」


「ああ、あいつのことか。近頃、『ガチャ荒らし』が冒険者最強かもしれねえって聞くが……領主を追い出して自分の町にしちまった、なんて話も聞く。町の娘に救世主サマだなんて呼ばせて毎晩ヤリまくりだとか……」


「アイテム賭場の女を手篭めにして、不正ガチャしているらしい」

「許せねえ奴だな」


 そういう人物なのか、とクリスティは安堵の息を漏らす。

 それなら遠慮することはない。


――――――――――――――――――

 クエストランク【SSS】『最強狩り その7』

 成功条件:冒険者カザミ・ジンタに勝利すること。

 条件:冒険者クリスティ・ラクルス

 依頼主:アルガスト王国

 報酬:なし

――――――――――――――――――


 依頼主は国――。

 国名義を使っているだけで、本当の依頼主が誰なのかクリスティは知っている。


 王国内部の秘密機関――魔神対策機関の所長が依頼したクエストだろう。


 脳裏に染みついた彼の声が一瞬蘇った。


『最強であることこそが、おまえの存在意義だ』


「貴方様だけに依頼された極秘クエストです。このことは」

「わかっています」


 受領しない、なんて選択肢のない強制クエスト。

 いわば命令だった。


 直接言えばいいのに、と以前似たようなクエストを受けたときに言ったところ――。


『このほうが、冒険者ランクも上がるから周囲に実力を示しやすくなる』

 と、そんなふうに返された。


 勇者という肩書きだけでは、あまりよろしくないらしい。


 今回の極秘クエストも『最強狩り』だった。


 望むところだ。

 世界最強は、複数要らないのだから――。



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