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72話 閑話

これ単体で読める短編となっていますー



 一応ひーちゃんママから預かっているからには、きちんと人間社会のことをひーちゃんに教えないといけない。

 そんなちょっとした使命感みたいなのもあって、今回ひーちゃんにおつかいをお願いすることになった。


「ひーちゃん、お店の人を見つけたらメモを見せてこう言うんだぞ? 『ジャガイモとニンジンとタマネギを四つずつ下さい』」

「がう。わかっているの。メモを見せながら『ジャガイモとニンジンとタマネギを四つずつ下さい』」


 うん、よしよし。ちゃんとわかってきた。

 このセリフを覚えさせるためにもう1時間くらい使っている。


「お金は?」


 おれが確認すると、ひーちゃんは首から提げている小さな財布をぱっと掲げた。


「ここっ! ここにあるの! 二千リン、入っているの」


 リーファやクイナを店員に見立てたシミュレーションも終えている。

 かなり心配だけど、何ごとも経験だ。


 玄関まで見送ると、

「行ってきますなのー」

 ちっちゃな手を目いっぱい振って、ひーちゃんは家を出ていく。


 ぱたり、と扉が閉じてから心配そうにリーファが言った。


「大丈夫かしら、ひーちゃん……」

「ええ、わたくしも心配です」

「だよなあ……おれも心配だ」


 おれたち三人は、顔を見合わせてうなずく。

 考えていることは一緒だったらしい。


「よし、後をつけよう」


~~~~


 ひーちゃんを追っておれたちはログロの町に入った。

 バレないように、少し距離を取って歩く。


 クイナがぽつりとこぼす。


「ひーちゃんさん、ちゃんと買えるのでしょうか……?」

「あんなに練習したんだぞ? 子供とは言えドラゴンなんだし知能は高……」


 てくてく歩くひーちゃんは、華麗に八百屋をスルーしていった。


「「「…………」」」


「そう言えばっ」


 何かに気づいたひーちゃんが足を止め、おれたちも慌てて物陰に隠れた。

 財布の中を見て、何してんだ?


「いち、にい……二千リンあるの……」


 金額を確認したひーちゃんはぱちんと財布を閉める。


 こっちに戻ってこないってことは、また別の店にでも行くのか……?


 見慣れた道をどんどん進んでいくひーちゃん。


 ……あれ。このルートってまさか……。

 とある店の前でひーちゃんは足を止める。


【アイテム賭場】


 ――こ、これあかんやつやっ!!


「ご主人様も、いいアイテムを当てたほうが、きっとよろこんでくれるはずなの……!」


 喜ばねえよ!


「ジンタ様、ここはわたくしがガチャ沼にハマったエルフに扮して……」

「待て。相手はドラゴンだ。正体がバレれば作戦も台無しになるぞ」


「そうよ! せっかくだし、まずみんなで一回ガチャを」

「しねえよ!」


 ひーちゃんが景品表を見上げていると、ライラさんが店から出てきた。

 ホウキを持っているあたり、店の前を掃除するんだろう。


「? カザミ様のところのクソガ……子供……。どうしたの、ガチャしに来たの?」

「がう。おつかいしにきたの」

「【アイテム賭場】に、おつかい?」


「がう~、んとえと、がう……ガチャのおつかいに来たの」


 違うけど!?

 ライラさん、止めろ! 止めるんだ! 翼のある子供は出入り禁止です、ってな!


「欲しいアイテムがあるの? お金は? ちゃんとある?」

「とうぜんなの。お金がないと、ガチャは出来ないの」


 ひーちゃんが、すげえドヤ顔をしている。

 リーファが深くうなずく。


「そうよ……お金ないと、ガチャ出来ないんだから……っ」

「実感込めて言うのをやめろ」


 ライラさんはひーちゃんが開けた財布の中を見る。


「メモが入っているけれど、これが、買う物のリストなんじゃないの?」


 ライラさんファインプレー!!


「がう。でもご主人様、アイテム当てたほうがよろこんでくれるの」


 リーファみたいにガチャしたい、ってだけなら良いんだけど、ひーちゃんは本気でそう思ってそうだ。

 これはなかなか難儀だ。

 小さくクイナが挙手した。


「ジンタ様、わたくしが手紙を書いて矢文でライラさんに事と次第を説明するというのはどうでしょう」

「待て。まだだ。もうちょっと様子を見よう」


「じゃあ、わたしが天から舞い降りた女神に扮してひーちゃんを諭す作戦を」

「しねえから。無理あるから」


 ぱぁぁぁ、て光とともに降りてくんの? 演出からしてめんどくせえな。


 二人の提案を却下して、もうちょっとだけ様子を見ることにした。

 ガチャ屋に入ったら、今日のおつかいは残念だけど失敗ってことになる。


「ジンタ様は今日は一緒ではないの? いらっしゃるなら婚約について話を進めたいのだけれど」

「ご主人様に、ひとりでおつかいするようにって言われたの」


「ちゃんと買わないとカザミ様が怒るものね?」

「ご主人様、やさしいから怒らないの。でもドーテーって言うと怒るの」


 おい、誰だ余計なこと教えたやつ!


「ぷふっ、ふふふ、そ、そうなの……っ」


 ライラさん笑い過ぎだろ! クソ……。


 クイナが小さく挙手する。


「ジンタ様、どうでしょう。一旦わたくしがジンタ様に抱かれるというのは」

「何だ一旦て!? 今問題なのはひーちゃんだから。『童貞』のほうじゃねえから!」


 ライラさんがメモを読む。


「ジャガイモとニンジン、タマネギ……」


「買ってきなさい、ってご主人様に言われたの」

「それなら、買わなくてはいけないのでは? お金、ガチャに使ってはいけませんよ?」


 ライラさんナイス。


「がう……よろこんでくれると思うの。でも、買ってきなさいと言われたのも、じじつなの……」


 悩むひーちゃんに、ライラさんは八百屋の位置を丁寧に教えた。


 おれと会ったときは、ガチャ屋の店長だったり、家に上がり込んで服脱いだりするから、どんだけ変な人なのかと思ったけど、ライラさん、意外とちゃんとした人だった。


「ありがとなのー」


 ひーちゃんはライラさんに手を振って想定されたルートへ戻る。

 ぽつりとライラさんはつぶやいた。


「あのクソガ……子供を使って、カザミ様の私への印象操作を行えばよかった……」


 ひーちゃんを助けてくれたし、腹黒発言は聞かなかったことにしよう。


 八百屋にむかっててくてく歩くひーちゃんが、また不意に足を止める。

 きょろきょろ、とあたりを見回して突然走り出した。


 慌てておれたちも追いかける。


「ひーちゃん、またルートからそれてるわよ?」

「おれに言うなよ」

「あ、路地に入っていきました」


 そっと路地をのぞくと、奥のほうでひーちゃんが屈んで何かを見ている。

 ミィ、と小さく猫の鳴き声が聞こえた。


「子猫、のようですね」

「はぁぁ……可愛いぃ……。ジンタ、飼いましょう?」

「可愛いのは同意だけど、飼わねえから」


 通りからでも、路地の子猫の声がひーちゃんには聞こえていたらしい。

 ひーちゃんが子猫を抱き上げた。


「にゃーにゃー、おかーさんどうしたの? もしいなくても、だいじょうぶなの。ご主人様に言ってボクの家でいっしょに暮らせばいいの」


 こらこら、勝手に話を進めないの。


 反対側から、子供三人がひーちゃんのほうへやってきた。

 六、七歳くらいの、男の子二人と女の子一人だ。


「おい! おまえ、オレたちのネコに何してんだよ?」

「がう? ――これは、ウチのにゃーにゃーなのっ! キミたちのにゃーにゃーじゃないの!」


 もう飼うことになったんだ……。


「何言ってんだ、オレたちがここでずっと世話してきたんだぞ!」

「がう……。となれば、ボクも、スティンガーのお世話したいの。遊びたいの」


「このネコはスティンガーじゃねえっ、勝手に名前つけんなっ」

「『スティンガー』は、だめなの?」


 ひーちゃんが小首をかしげると、ガキ大将ふうの男の子は困ったように目をそらした。


「じゃ……いいよ、それで」


 ははーん、ひーちゃんが結構可愛いもんだから、照れてやがる。

 子供めが。


「んー、ジンタも人のこと言えないと思うけどね」

「まったくもって同感です」


 ……。口で言っていたらしい。


「おまえ、名前は?」

「ヒカリっていうの。この前、ご主人様がつけてくれたの」

「ヒカリ、おまえをオレたちの仲間にしてやるよ!」


 ひーちゃんは腕を交差してバツマークを作った。


「それはだめなのっ」

「なんでだよ!」


「トモダチならセーフなの。仲間は、もういるから」


 おれたちは小さく笑い合った。


「じゃ、オレたちは今からトモダチな!」


 みんな簡単な自己紹介をして、子猫を囲んでおしゃべりをはじめた。

 聞こえてくる話の内容から、この近所に住んでいる子供たちらしい。


 ひーちゃん中心のおしゃべり。

 特に男子二人はひーちゃんの気を引こうとしているのがよくわかる。

 ウチのドラゴンは、同年代の男子にモテるらしい。


 クイナがその様子を見て微笑ましそうに言う。


「残念ですね、あの男子たち。叶わない恋です」

「ふふ、そうよね。最大で最高の想い人がひーちゃんにはいるんだもの」


 あの子たちが恋しているかはさておいて。

 ひーちゃんにトモダチが出来たことは良かった。


「――となれば、ボク、スティンガーのご飯買ってくるの!」


 ててて、とこっちにむかって走ってくるひーちゃん。


 うぉわぁああああ!?

 ヤバい! 見つかる!


 三人それぞれ樽の陰だったり、柱の陰だったりに隠れ、ひーちゃんをどうにかやり過ごす。


「待てよー、オレも行くって!」


 と、子供たちも後に続く。

 おれはほっとひと息ついた。


「……ん? 待て。ご飯買うって言ってたな?」


 クイナが楽しそうに笑った。


「きっと、渡したお金を使うのでしょう」

「いいじゃない、どうせ町に来てるんだし、このままお買い物して帰りましょう?」

「それもそうだな」


 ミッションはたぶん失敗だろう。

 けど、ひーちゃんには同年代の知り合いはほとんどいなかったわけだし、これはこれで結果オーライな気がする。


 このまま買い物を済まして家に戻り、ひーちゃんの帰りを待った。

 夕方頃。

 バタンと玄関扉の開く音がして、リビングにひーちゃんが入ってきた。


「ご主人様、ただいまなのー」

「おう、お帰り」


 やっぱり手ぶらのひーちゃんは、勢いよくおれの胸に飛び込んできた。

 興奮気味に、おれの服を掴む。


「聞いてほしいの、ご主人様、スティンガーが、ご飯、食べたの!」

「まあまあ、落ち着け。スティンガーが何なのかはさておき。……おつかいは?」

「見ての通りなの! ――全然だめだったの!」


「ははは、すげー開き直りかた。うん……素直でよろしい」

「がう~褒められてしまったの! ご主人様大好きなのーっ」


 おれの首に腕を回し、ほっぺをすりすりしてくるひーちゃん。


「褒めてねえから。おつかいは、また今度もう一回しよう」

「がう! となれば、明日、明日行きたいの!」


 スティンガーの様子を見に行きたくて仕方ないらしい。

 しばらくは、せっかくトモダチも出来たことだし、好きにさせてあげようと思った。




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