62話
狂暴化した樹魔たちは我に返ったのか、ズルズルとこの場を去っていった。
永晶石は砕けていたから、魔石を大精樹討伐の証としてシルヴィに渡した。
「森林化の原因もわかったし、解決もした。シルヴィ、大手柄じゃないのか?」
「私が何かしたというわけではない。カザミや他の皆の力だ。そう上官には報告させてもらう」
クソ真面目だなあ、と思いながら帰る準備をはじめる。
アステはと言うと、大精樹のあった場所を見つめてぼんやり佇んでいる。
そこには、灰のように樹皮や枝や葉が積もっていた。
「もう、ボスはいないのにゃ……いなくなってしまうと、やっぱり寂しいにゃ……」
突風が吹き荒れて、細かく崩れた樹皮や葉が舞った。
ぼんやりとした緑色の魔力が大精樹だった欠片から滲む。
さっきまでとは全然違う……温かい魔力だと思った。
戦闘中の魔力は、魔石から発生したものだったんだろう。
「ボスの、本当の魔力にゃ……」
声を震わせながらアステがつぶやくと、クイナが悲しそうに言った。
「聞いたことがあります。長年生きた魔物は体中にも魔力が染みつくと。その一部なのでしょう……」
温かい魔力同士が繋がり合うと――声が聞こえた。
(――困ったものだ。どうして我が子をあっさりと捨てられるのか……人狼にしては珍しい毛色をしている。……たったそれだけで捨てられたのか。ああ、可哀想に……)
さらに魔力同士が繋がっていく。小さなスクリーンのようなものが出来た。
そこには獣の耳が生えた赤ん坊と大精樹が映っていた。
(ワシの寿命も幾ばくもない……赤子の面倒など……)
『にゃぁあ、にゃぁああっ』
『……』
大精樹が大木のような枝で抱えると、獣耳の赤子は大人しくなった。
(これも精霊グノモスからの使命か……ワシが果てるそのときまで、面倒を見てやろう)
『にゃあ! にゃあ! にゃにゃ!』
『にゃあ、ではないと何度言ったらわかる。いずれお前は森の外で生活していくだろう。人間の言葉をしゃべれないでどうする。……だから、にゃあではないと何度言ったら』
アステイルという名前をつけ、あっという間に時が流れ、赤ん坊は子供になった。
『ぼす、ウチ、くだものをとってくるにゃあ!』
『ああ。気をつけるのだぞ』
(間もなくワシは死期を迎えるというのに……あの子は、一人でやっていけるであろうか。人の世界では、獣人に対し未だに差別や偏見があるそうではないか。…………魔石が地中にあったの……立派になるまでは、何としても見届けてやらねば…………)
そうして延命処置として、大精樹は魔石を体内に取り込み制御をはじめた。
リーファが言っていた。
『寿命通りならとっくに朽ち果てているはずなんだけど』
……そっか、やっとカラクリがわかった。
(一人でも生きていけるよう、ワシが強く育ててやらねば――それまで守ってやらねば)
だから。
だから――体の中はボロボロだったのに……。
アステのために――。
『ボス、森の外はどうなっているにゃ? 外の世界の、色んなところへ行ってみたいにゃあ』
(楽しげにいつも森の外の話をする……。強くさえあれば……冒険者として、一人でやっていくことが出来るはず……食う物には、困らないだろう……)
アステが言っていた話とは少し印象が違う。
喧嘩したけど、本当は森の外で生活することを心配していたんだ。
鍛練と特訓の日々が続き、アステは森でも一、二を争うほど強くなった。
そして、あの日――。
『ボス。ウチは森を出て旅をするにゃ!』
『ならん。そうまでして外に出たいのなら、ワシを倒してからにせいッ!』
『言ったにゃあ? やってやるにゃあ!!』
(あぁ……どうして反対してしまったのか……。送り出すために育てていたというのに……。ああ……愛しくて離れられないのは、ワシのほうだったのか……)
そして。
永晶石にかすかに残った魔力も尽き、砕けた。
残った魔石が大精樹を支配し、狂暴化がはじまった。
それからは、おれたちが知っている通りだった。
その魔力は森を異常に発展させ、村を木々で呑みこんだ。
影響を受けた魔物たちは漏れなく狂暴化していった。
そうして、冒険者が多数森に入り込み、魔物を討伐し調査をはじめた。
そんな中、断片的に大精樹の声が聞こえた。
(――ワしの、――を、マモらねバ――娘ヲ――)
元は魔石の魔力とはいえ、それを発したのは大精樹。
狂暴化した樹魔やチグーたちも、その影響を大きく受けている。
魔物が互いに攻撃せず外敵の冒険者しか攻撃しなかったのは、たぶん、きっと……。
最初から、大精樹が守りたかったのは、この森なんかじゃなかったんだ……。
魔石に支配され意識を失くしても。
狂暴化していても。
それでも娘を――アステを守りたかったんじゃないのか。
「――にゃぁああ、うああぁあああん、にゃぁぁぁ……ああああああああ――っ」
わっとアステが声をあげて泣きはじめ、続いてリーファとクイナが嗚咽をもらす。
「がうぅ……」
寂しくなったのか、ひーちゃんがおれの首にひしっとしがみつく。
「……うっ、……ふうええ、っ……」
シルヴィは、ヘルムを被りフルフェイスにしている。
泣き顔を見られたくないらしい。
風に舞った大精樹の欠片の後に、赤胴色の魔石のような結晶体を見つけた。
【大地の加護 (精霊グノモスからの贈り物。耐地属性70%上昇)】
これは、おれが持つべき物じゃないだろう。
目元を真っ赤に腫らしているアステにそれを握らせた。
「?」
「大精樹からドロップした物だ。アステが持っておけよ」
うなずいて、きゅっと胸に抱いた。
それとは別に、真っ赤な石が二つあった。
【王の左足 (王の器を備えし者の左足。王になるための資格の一つ)】
【王の右足 (王の器を備えし者の右足。王になるための資格の一つ)】
これ……いつぞやキンゴブがドロップしたアイテムと同じ種類の……?
しかも二つ。
何かに使えるかもしれないから、アイボにしまっておいた。
みんなが泣きやんで、いよいよ帰ろうかというとき、アステが叫んだ。
「ボスぅう――行ってきます、にゃぁあああああああああああああああああ!!」
「はは、声でけえ」
おれが呆れていると、こっちにやってきて魔砕槌をずいっとおれに渡す。
「返すにゃ。ウチは、まず一人で旅をする。それで、またジンタくんたちに出会うときがあれば、そのときまた貸して欲しいのにゃ」
そっか、とおれは笑って、魔砕槌をアイボの中へしまった。
そして森を出たところで、また明日会えるようなノリで、おれたちはアステと別れた。
アステは旅がしたい、けど、おれは世界中を回りたいなんて願望は欠片もない。
まあ生きていれば、またどっかで会えるだろう。
「ジンタくんになら、おっぱい揉まれても良かったにゃぁあああああ! ありがとうバイバイにゃぁあああああ!」
デカイ声で何言ってんだ、あいつは。
おれが手を振っている間、みんなにゴミを見るような目で見られました。
おれ悪くないよな!?
帰りの途中、森林化した村付近を通った。樹木はもうなく、傷痕だけが残っていた。
町に戻ってきてから、おれたちはまた一人と別れることになった。
「今回のクエストでは、本当に世話になった。感謝する」
「クソ真面目だなぁ。礼を言われるようなことは何もしてないぞ?」
「そういう性分なのだ。活動評価に関しても心配しないで欲しい。カザミたちの行動は私が詳細に報告させてもらう。……王都を訪ねることがあれば、バルムント家で歓待させてもらおう。そのときは声をかけてくれ」
「いいって、そんなの。大げさだな」
「それだけ君に――君達に感謝しているということだ」
シルヴィと別れの握手を交わす。
報酬は、後日もらいに行けばいいらしい。
ばさっと上着をはためかせ、シルヴィは姿勢よく冒険者ギルドの中へ消えていった。
うん、とおれはひと伸びした。
「さて。帰ろうか、おれたちの家に」
みんなの口数が少ない。
大精樹とアステのことを知ったばかりだし、少しホームシックにかかったのかもしれない。
本当の親子じゃないけど、本当以上の親子だった。
親か……。
現世のおれは事故であっさり死んじまって、もしかすると両親を悲しませたのかもしれない。
もしそうだったら――。
そんで、もし伝えられるんなら、伝えてあげたいなと想う。
父さん母さん、死んで転生した異世界で、今おれは楽しくやっています――。