43話
台座をよく見ると命令が書かれているのは、手のひらサイズの細長い石版だった。
着脱も可能みたいで、取り外してみる。
表にその命令が書いてあって、裏には何も書いてない。
文字だけでその通りになるのかにわかに信じがたいけど、物は試しだ。
石版を小さなナイフで削り文字を書く。
『風見仁太の命令には絶対服従』
「ジンタ、何してるのー?」
ゴーレムが動かないのを確認して、みんながこっちにやってきた。
「あぁ、ちょっと実験をな」
「ゴーレムの体の中は、こんなふうになっているのですねえ」
「ジンタの持っているのって、魔石じゃないの?」
「ああ、そうらしい」
「さすが未踏破の地下遺跡ね、珍しいものがたくさん出てくる」
ひーちゃんは目を輝かせながらゴーレムを見あげている。
「……もしかしてこのゴーレムも珍しかったりする?」
「ええ。ジンタ様、知らないのですか? 旧世暦時代の物語」
「何それ」
「勇者が魔神を倒した物語。この世界じゃみんな知っているおとぎ話の類よ」
うんうん、とクイナはうなずく。
「精霊、人間、その他種族が力を合わせて魔神を倒すのです。大地の精霊グノモスが作った精工物のひとつが、この【不死の巨兵ゴーレム】なのですっ!」
おおっと、熱く語りはじめたぞ?
ぺしぺし、とクイナは興奮気味にゴーレムを叩く。
「精工物というのはですねジンタ様! 文字通り精霊が作った武器や道具、兵器のことでして、精霊のみが使える精霊文字で指示を与えることで力を増幅させることが出来る代物なのです中でも一番の精工物と言えるのが古代兵器の――」
「ちょっとクイナ、熱過ぎ。……ジンタが引いてるわよ?」
「あうっ、わ、わたくしったら……申し訳ございません、ジンタ様」
我に返ったところで、クイナがぺこりと頭をさげた。
「いや、いいよ。あ、あるある、こういうの。自分の好きな物の話だと見境なくしゃべっちゃうこと。ええっと、要はすごい兵器のひとつってことでいいんだろ?」
「すごいの一言で片付くような代物じゃないんですジンタ様」
目がマジだった。ガチ勢こわい……。
クイナの前では、この話にあまり触れないようにしよう。
「ゴーレムかっこいいから、そんなのどうでもいいの」
ズバッと切るひーちゃんであった。
「ひーちゃんさん――、あなたにもわかりますかこのゴーレムの良さがっ」
「くっ、食いついてきたの……ハンパじゃない食いつき方なの」
ててて、とクイナから逃げるようにひーちゃんはおれの後ろに隠れた。
「クイナのことは置いておいて。ジンタが手にしているそれ、何なの? 精霊文字書いてあるわよね?」
「ああ、これ? これが裏面で、文字はおれが書いたんだ。表には『此処 侵入し者排除 精霊槌 護』って書いてあって」
「ちょ、ちょっと待って。……書いたの? ジンタが?」
「うん。I’m Japanese」
「何よ、そのドヤ顔。でもジンタだけが読めて、書けるってことは……」
「日本語にすげー似てるんだ、この古代精霊文字。細部が若干違ったりしているけど」
「なるほど、それが理由だったんだ。それで、その石板の上に魔石が固定されていたのね……魔石の状態を見ると、相当まだ魔力を溜め込んでいそうだから、それだけであと10年ちょっとは動くと思うわよ?」
魔力の放出を続ければただの石になるらしいけど、ゴーレムが埃を積もらせているあたり、相当長い間動いていなかったのはわかる。
新しく文字を書いたほうを上にして元の位置に戻し、魔石をおく。
魔石から光が溢れ、例の自己再生がはじまりゴーレムは元に戻った。
手が固定されている石柱を切り倒すとゴーレムがおれのほうをじっと見てくる。
さっきみたいに排除排除とは言わない。
「ええっと……。おれがお前の主だ。ひざまずけ」
「――――」
無言のままゴーレムはおれの前で片膝を立てた。
「す、すごい……ゴーレムがジンタに従った」
「仕組みはともかく、ジンタ様……ドラゴンに続き古代兵器のゴーレムまで……」
「さすがご主人様なの」
色々と命令を出してみる――腕をあげさせたり回らせたり足をあげさせたり――と、すべてをこなしたゴーレム。
「す、すごいのっ! ゴーレム、かっこいいのに何でも言うこときくの! ご主人様、ボク見たいの、ゴーレムが――ドラゴンの真似をするところっ」
「え」
で、出来るのか……?
ひーちゃんは無垢な眼差しでおれとゴーレムを見つめてくる。
出来ないってなると、サンタさんが家にやってきけどプレゼントはありません、みたいなことになりかねない。
「ゴーレム、ドラゴンの真似をしろ」
「……………………………………………………………………………………………………っ」
ピタ、と微動だにしないゴーレム。二つの目が、左右に泳いでいる。
め――めっちゃ困ってる!!
それから、腕をちょっとあげてみて、いや違うなと言いたげに首をかしげ、今度は足をあげてみて首をかしげて……。
ゴーレム、無茶ぶりに応えようと必死だ!
「ひーちゃん、やっぱり今のは難しかったんじゃないかしら」
「ええ……さすがにドラゴンの真似は……」
と二人は言うけれど、提案した本人は、キラッッキラに目を輝かせている。
「はぁぁぁぁぁぁ……真似できてるのっ!」
「出来てたのかよ!」
「あの動き、かんせいど高かったの」
「よくやった。ゴーレムGJ!」
子供の夢を守ったゴーレムに拍手を送りたい。
ただ、『ゴーレム万能説』がひーちゃんの中に根づいたのは言うまでもないことだった。