34話
「ナーレ山ってのはあれでいいの?」
おれは港から見える山を指差す。
「うん。昔使われていた山道が一応あるけど、魔物も出るし港が出来てからは近づく人はいないみたい」
「あそこにひーちゃんママがいるわけか……」
クイナは悲しそうに眉を寄せた。
「成体の火竜を抑え込むほどの強い薬をずっと投与して……酷いです……」
「??」
ひーちゃんが不思議そうに首をかしげている。そういや、まだ言ってなかったっけ。
おれは山を指差した。
「ひーちゃんにはお母さんがいて、そのドラゴンがあそこに捕まってるんだ」
「ボクのおかーさんが……あそこに……?」
少し緊張したように言うと、ひーちゃんの体がピカッと光る。
っと、まぶしい。人化が解けたのか?
目をあけると、そこにはドラゴンひーちゃんがいた。
飲ませたのは一滴だけだったからか、今回は結構早かったな。
ひーちゃんに乗せてもらい、ナーレ山へ進み麓にやってきた。
「火竜は檻に入れられているって話だったよな。居場所じゃなくて、檻を置けそうなちょうどいい場所ってある?」
訊くとリーファが山を指差す。
「ええっと。中腹のあそこらへんに、ちょっとした平地があるわ。檻を置いてるとしたらそこかも」
さすがリーファマップは便利だ。
ただ、ひーちゃんママの居場所がそこかどうかはわからないんだよなあ。
たぶん、見張りもいるだろうし。
「まぁ、いっか」
「……何が『まぁ、いっか』なの?」
「ああ、ちょっとくらい無茶してもいいかなって」
「「?」」
リーファとクイナが首をかしげる。
おれは数歩だけみんなから離れ、剣を抜く。
『灰燼』を発動。
剣を山にむけて振る。
ザグンッッ――。もういっちょ、――ザグン!
山に切れ目を入れるように二度ほど剣を振った。
「うん。なかなかいいんじゃないか? ちょっと粗いけど」
山にでかでかと一本の切れ目が入っている。
その切れ目を通れば、リーファが指差したところまで簡単に行けるはずだ。
ポカンとリーファとクイナはまばたきを繰り返している。
「あっという間に……」
「道が出来てしまいました……」
「私、道案内しようと思ってはりきってたのにぃ……」
「そんなにしょぼくれるなよ。このほうが楽でいいじゃんか」
「わたくし、足をくじいたフリをしてジンタ様におぶってもらう予定でしたのに……」
「なんだよその計画!?」
「……じゃあ、私も足をくじくフリしようかしら……」
「予定に入れんなっ。目論見バレてんだよ」
明日腹痛で学校休みます、ってあらかじめ先生に言っちゃう奴か。
「実はわたくし、おぶってもらって、おっぱいを『えいっ』と当てる予定でしたのに……」
「まじか」
「だったら、私もおぶってもらうと当たっちゃうわよね……そ、それは、こ、困るかもっ」
リーファ、恥ずかしそうにモジモジしてるところ悪いけど――
「リーファさん? それは、おっぱいがある人のセリフですよ?」
「うん、クイナに同じく」
「あるわよっ、失礼ね! …………あるわよ!」
「何で二回言うんだよ」
これから荒事になるかもしれないのに、ウチのメンバーはどっかゆるい。
即席の通路をおれが先頭で進む。
超楽チン。
ただ、見張りにはバレてるかもしれない。大きめの音が出たし。
通路を進んでいると、なんとなーく違和感を覚えた。
なんだろう、この感じ。ピリピリする。
「たぶん、いるわよ、火竜……」
「ええ…………ベヒモスを見たとき以上の重圧を感じます……」
二人とも少し顔が強張っている。
そんだけ、ドラゴンの成体はおっかないんだろうなあ。
道が途切れ、ちょっとした平地に出た。
奥にでかい檻がある。その中に、赤い鱗を持つ巨大なドラゴンがいた。
あれだ、ひーちゃんママ。
檻から離れた場所には小さなキャンプが三つ。
監視兵のキャンプかもしれない。焚火のあともあるし。
檻の前には監視らしき傭兵風の男が二人いて、今は居眠りをしている。
よし、これならこっそり近づいて檻をぶっ壊せばいい。
火竜がこっちを見て檻の中で立ちあがり、
「ガァルゥウウウァアアアアアアアアア――ッ!」
どでかい鳴き声とともに檻の中で暴れはじめた。
尻尾や爪、牙が檻を傷つけていくが檻は壊れる気配を見せない。
もしかしておれたちのことを警戒してるのか?
それとも、ひーちゃんに反応……?
居眠りをしていた監視の男たちも驚いて飛び起きた。
――――――――――
種族:竜族
状態:麻痺・混乱・衰弱
Lv:128
HP:150000/250000
MP:3600/3600
力 :1900(3800)
知力:2100(4200)
耐久:1700(3400)
素早さ:550(1100)
運 :29
スキル
咆哮 ブレス 飛行 人化
流峰(飛行時、素早さ300上昇)
逆鱗(残HP30%以下のとき、力・知力・耐久・素早さ50%上昇)
――――――――――
さすがに強いな……成長しきったドラゴンってのは。
って、なんだ、この異常状態。
そうか。薬使いまくって抑えつけてるって――。
ラインさんは麻酔剤って言っていたけど、捕まってもうずいぶんと経つ。
薬の過剰投与による副作用が出はじめているんだ。
早く出してあげないと。
ダダダとおれの脇をひーちゃんがすり抜けていった。
はじめて見る同族で母親で――しかも弱っている。
「がる――っ!」
ひーちゃんが駆けよるのを止めることなんて出来なかった。
「ガルァアアアアアアアアアアアア――ッ」
吠えると同時に、火竜の口内に巨大な炎が溜まっていく。
おいおいおいおいおいおいおいおい――何するつもりだ!
「がる! がう、がるう!」
ひーちゃんが何かを訴えてるけど全然届いていない!
火竜の胸元がぶくっと膨らむ。
絶賛混乱中かよ、クソ――ッ!
「ひーちゃん、下がれ!」
おれが言った瞬間、火竜がブレスを吐き出す。
「『黒焔』!」
即スキルを発動させ剣を振り下ろす。
ブレスに焔弾をぶつけると、爆音と同時にブレスは相殺され跡形もなく消えた。
爆風に吹き飛ばされそうになるけど、どうにか堪えた。
ひーちゃんは無事みたいだけど、火竜に何かを話しかけている。
リーファとクイナもこっちにやってきた。
「ひーちゃんママどうしちゃったの!?」
「麻痺、混乱、衰弱の異常状態だ。たぶん、今自分が何をしたかわかってないんじゃないか?」
まだひーちゃんは必死に何か話しかけている。
リーファが祈りの言葉をつむぎ浄化スキルを発動させる。
「『リカバリ』」
白い魔法が飛んでいくが、檻を通ることはなかった。
「火竜のブレスにびくともしないことから、抗魔力の高い鉄で檻が作られているようです」
「ブレス級の威力がないと貫通しないってことか……」
「おい何だテメェら!? 何モンだ――ッ!」
監視兵二人どころではなく、さらに数人の仲間がキャンプから出てきていた。
たぶん、シリアスなこの場面でポ○モンとか言ってボケると怒るんだろうなぁ。
あ、○ケモンてこの世界の人に言ってもわかんねーか。
「ジンタ様とわたくしは、そこの火竜を解放するためにやってきた正義の夫婦です!」
「私とひーちゃんも入れてよっ。そんでもって夫婦じゃないからっ」
「アァン?」「オん?」「んだコラぁあ」
とか言いながらガンを飛ばしてくる傭兵風の男たち。
傭兵ってか、威嚇の仕方、ほぼヤンキーだ。
「がぁあっ!」
ひーちゃんが男たちにむかって吠える。
「「「「ぅぉおおおっどどどどど、ドラゴンっ!? ん、ん、んだコラぁあっ……」」」」
「ビビってんのにそれ隠そうとして威嚇してるっ! けど超腰引けてる。しかも全員っ! ぶははっ」
あ、やべ、笑っちまった。
ヤンキー風傭兵はざざざざ、とひーちゃんから距離を取っている。
「ひーちゃん、よその人にむかって吠えちゃダメだろ?」
「がるう……」
しょんぼり頭を垂れるひーちゃん。
「こ、この男、ど、ドラゴンに言うことを聞かせてる、だと……!?」
「あ、あり得ねえっ」
「だ、だ、だが、今叱られたドラゴンが、しょぼんとしたぞ!?」
「お、おい、テメエ、ナニモンだコラぁあっ!?」
何者とか言われても……。
「最低ランクの駆け出し冒険者ですけど」
「「「「ウソつけぇええええええええっコラぁあ――ッ!」」」」
「あれ。デジャヴ? どっかで似たようなことを言われたような……」
まいいや、こいつらをとりあえず片づけよう。




