32話
家に帰ってくるのは、相当久しぶりな気がする。
到着してもひーちゃんは起きなかったので、おんぶしたまま寝室へむかいベッドへ寝かせた。
ここでうるさくして起こすのも可哀想なので、おれたちは隣の書斎へ入った。
「良い所ですね。魔物の気配もほとんどありませんし、森も静かです」
窓の外を見ながらクイナが言う。
「だからかな、行方不明になったラインさんがここに居ついたのは」
「ひーちゃんにご飯をわざわざあげていた、っていうのも気になるわよね……」
「リーファ、ライン・フリードマンが何者でどこにいるのかってわからない?」
「さすがに個人の居場所は特定できないわ。天界にいたときでもそれは無理ね……。ライン・フリードマンが何かしら世間的に認められた著名人だったりすれば、何をしていた人かっていうのはわかるんだけど……」
リーファが持っている情報は、ステータス上で見えるものと教科書的な事実としての情報、あとは地理地形って言っていたっけ。
壁際の本棚は小説や学術書のような小難しいタイトルがつけられている。
一冊だけ背の低い本を見つけた。
1ページ目を開くと、植物らしき物の名前が記されいる。
「何だこれ? メモ帳……?」
調合した植物の名前。その量。その他様々な考察が走り書きされている。
難しい単語をすっ飛ばしながら、おれは手帳の中身に目を通すことにした。
次のページからは少し丁寧な字に変わっている。
日付が書かれていて、その下に文章がある。どうやら日記みたいだ。
「何読んでるの?」
リーファが手元をのぞくとクイナもやってきて手帳を見る。
「これは……日記、でしょうか」
ちょっとだけ読んでみる。
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新世暦1024年11月10日
王国から研究員として士官の話が来た。
永晶石から魔力の抽出なんて研究したいわけじゃないっつの。断った次の日、てか今日、今度はアッチェロっていうアルダディース商会の男が来た。
一言でいうとウザい奴だった。
金を出してやるから、薬を研究開発しろってのが用件。出来上がったらそいつを売らせて欲しいって。
やっべぇ。オレの才能ついにバレた。溢れすぎて隠しきれんかったわぁー。
天才まじツライわぁー。
オレ氏、ついに歴史の表舞台へwwww
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草を生やすな、草を。いや、まあ日記だからいいんだけど。
そんなわけがあり、アルダディース商会で薬を研究しはじめたらしいラインさん。
それから数日分の日記を読んだ。
ところどころ、『オレ氏天才過ぎクソワロタ』的な発言が目につく。
思ってた研究者像と違う……。人相書きは、真面目な研究者っぽかったのに。
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新世暦1024年12月21日
いや、つか、オレ最初に言ったっしょ。作る薬、人のためになるもんじゃねえと嫌だって。
麻酔剤、強力なもんにするとか、イミフなんだが! 人に使う薬じゃなくなるんだが!
って思ってたら、事情がわかった。どうやら、対魔物用の薬だったらしい。
……で、改良……いや、改悪したった。
ま、こういう応用力も? オレが天才だから出来ること、みたいな!?(ここ、突っ込みどころw スルー厳禁w)
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誰に言ってんだ。()がうぜえ。
って思いながら次の日記を読むと、目を引く一行があった。
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新世暦1025年1月4日
オレが作った強力版麻酔剤は、ナーレ山で成体の火竜(♀)捕獲に役立ったらしい。母竜が守っていた卵もおまけに盗ってきたそうな。
ナーレ山に檻を用意し、そのまま火竜を抑え込むために麻酔剤を大量投与し続けているって話。
マジ萎える。そういう使い方、ないわー。
あれ、万一人に使うとエライことになるんだが。
いや、アッチェロには言った。オレ、そういう薬が作りたかったワケじゃねえって。
そしたら次の日、研究室に外から鍵をかけられオレ氏、軟禁されたwww
これ、マジでやばいパターン! あwせwるwww
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だから草を生やすな、と。
「――えっ、軟禁!?」
「にしては緊張感のない文章ね……」
「ええ……この他人事みたいな言い草はどうにかならないのでしょうか」
「しかも、母竜と卵を捕獲って書いてるわよ……?」
「ひーちゃんとお母さん、かな」
それから十数回分の日記を要約すると、だいたいこんな感じ。
・新薬の研究開発をするように指示があった。
・軟禁されているし仕方ないから作るかー。
・半年後、強制人化剤が完成。試薬品を母竜に投与し成功。
・オレ、やっぱ天才。けど囚われたまま薬作らされるのは嫌。よし、脱走すんべ。
・研究資料として必要って言うと卵を貸してくれた。ドラゴンの雛が、商会のところにいれば酷い扱いされちゃうじゃん?
・卵と強制人化剤(完成品)を持って脱走に成功する。ウエーイwww
・【悲報】オレ氏、ゴブリンに強制人化剤を奪われるwww
うんうん、とリーファはうなずく。
「ノリが軽いのがかなり気になるけど、事情はだいたい呑み込めたわ。……ラインさんが脱走したのは、久しぶりにガチャしたかったからなのね!」
「違うけど!? おまえと一緒にすんな。すげー読解力だな」
「うふんっ。ありがとう」
「褒めてねーよ、皮肉だ」
はっとクイナが目を開く。
「真実はそのような意味だったのですね……わたくしてっきり、研究目的や内容、薬の使用方法が商会と食い違う上、強制的に薬を作らされるから脱走したのだとばかり……」
「クイナ、それで合ってるぞ?」
日記によると、それからラインさんはこのエルム湖に来て、身を潜めた。
それと同時に卵が孵り――これがひーちゃんで間違いないだろう――雛の面倒をしばらく見ていた。
『もしここにいて見つかれば、オレも仔竜も捕まっちまう。そうなる前にここを離れよう』
日付は今年の4月1日。だいたい2週間前のこれが日記の最後だった。
「ジンタ様……ライン氏のことはどうされるおつもりです?」
日記を読む限り、ノリは超軽いけど悪人ってわけじゃなさそうだ。
それに無茶苦茶なことをしたのはクエストを依頼した商会側だ。
クエスト上、この日記を情報として渡せばそれなりに報酬はもらえるんだろう。
この家にしばらくいたことや、ガチャ屋に家を売ったこと(逃走資金稼ぎ目的か何かだろう)がわかる。
でも、ラインさんはひーちゃんの恩人でもある。
商会の手にあった卵を持ち逃げして、ひーちゃんを育ててくれた。
……おれに、この人は売れない。
「クエストは、破棄しようと思う」
二人は同時にうなずく。
「……ねえ、ジンタ……ひーちゃんのことだけど……」
「ああ。このことは最初に言ってただろ?」
それを覚えていたのか、リーファは少し寂しそうにうなずく。
「ナーレ山ってところにまだいるんなら、お母さんに引き合わせようと思う」
リーファが場所を教えてくれた。ロマの港町近くの山だそうだ。
「そう言えば、作った麻酔剤を人に使うと大変なことになるって書いてあったわよね?」
「はい。それと、強制人化剤は飲ませる量と人化していられる時間が比例するようです」
日記をクイナがめくってそのページを見つける。
「……リーファ、魔物使いってこの世界にいる?」
「うん、いるにはいるけど、どうかした?」
「麻酔剤で魔物を捕まえる、そいつらを魔物使いが従わせて、強制人化剤を使う……そうなると、魔物の兵士が出来あがるわけだ」
リーファとクイナの表情が強張る。
「魔物使いのいるユニオンや傭兵団や軍には、薬が高く売れそうね」
「一気にきな臭くなってきました……」
強制人化剤の完成品はラインさんが持ち出したし、もう一度作るまでに時間がかかるだろう。
「人化剤を大量生産されると争いの元になるわ」
「麻酔剤も人化剤も研究資料は、ロマの商館にあるとここに……」
クイナが日記の一部を指差す。
その商館ってのが、アル商の本拠地みたいだ。
麻酔剤の薬自体はある程度作られているだろうけど、レシピである研究資料を破棄させておけば、人化剤は作られないし被害は食い止められるはずだ。
「ロマに行こう」