31話
「住んでた? おれたちがガチャで当てたあの家に?」
こくこく、とひーちゃんはうなずく。
「どうして、このラインって人がひーちゃんにご飯を食べさせてたんだ?」
「それは、ボクもわかんない。でも、いつも森にやってきて、パインゴをボクに食べさせてくれたの。あとを追いかけると、あの家にかえっていったから、『家のひと』なの」
「ひーちゃんさん、違う方と勘違いしているってことはないのでしょうか?」
「めがねかけてたし、ボクがご飯をもらっていたころには、もうこのクエストが発生していたから、きっとまちがいないの」
ひーちゃんと知合う前に、ラインさんは行方不明になったってことか。
ご飯あげてたって言うけど、子供とはいえ一応ドラゴン。
見た感じ、戦いとは無縁そうな人だ。怖くなかったのか?
「今どこで何をしているのかって、ひーちゃんわかる?」
「わかんない。森から出ていってかえってこなくなったの。ご主人様たちがくる、5日くらいまえ」
「あ。もしかして、それで家に体当たり? してたの?」
「がう。家のひとの家なのに、しらないひとたちが入ったから怒ったの」
とんとん、と資料をまとめるアナヤさん。
「どうなさいますか?」
クエスト発生時期は半年前。
でもひーちゃんはおれたちと出会う前、この人にご飯をもらっていた。
おれが森でひーちゃんと出会ったのが10日前。
それよりもさらに5日ほど前、ラインさんは森を出ていった。
一番最近の情報がそれなら、まだ追えるかもしれない。
「受けます。このクエストやります」
「かしこまりました。ご報告は、最寄りの冒険者ギルドでも問題ございません。他にもクエストをお探しされますか?」
そっか、別に複数のクエストを並行してもいいんだ。
……けど、他に時間を割く余裕もなさそうだ。
「いえ。今回はこれだけでお願いします」
「かしこまりました。それでは、朗報をお待ちしております」
行儀よく頭をさげるアナヤさん。
おれたちはカウンターを離れ、冒険者ギルドを後にした。
「ジンタ、これからどうするの? 受けちゃったけど」
「うん、一旦家に帰ろうと思うんだ。家に何かしらの手掛かりがあるかもしれない」
「家、でしょうか?」
クイナが首をかしげる。
そういえば、まだクイナは知らないんだった。
「私とジンタの家なんだけど、エルム湖のそばに家があって、それをすこし前にガチャで当てたのよ」
「そのようなものまでガチャで当てられていたのですか、ジンタ様は。……それでは、その家はわたくしとジンタ様の家でもあるのですね」
「何で私を弾いたのよ」
「まあ、そういうことにもなるのかな? 誰の家っていうか、みんなの家だ」
「ボクも? ボクの家でもあるの?」
「うん、ひーちゃんの家でもあるぞ」
がう~、とひーちゃんはおれの背に飛び乗ってモチモチほっぺをすりすりしてくる。
「ねえ、クイナ。ジンタって、ひーちゃんには甘いわよね?」
「ええ、それはわたくしも感じておりました」
「そんなことねーよ。――ここからエルム湖まで、どれくらいかかりそう?」
「ここからだと、歩いたら6時間くらいかかるかも」
「そっか。ひーちゃんに乗れたら良かったんだけど……」
「がう?」
ひーちゃん、むしろ今はおれに乗ってるし。
サクサク歩けば日没までには着くだろうっていう話だ。
「それなら、馬車乗らないか? そっちのほうが楽だし速い」
リーファがこの世の終わりを迎えたような顔をしておれを見てくる。
なんつー顔してんだ。
不安そうにするリーファを励ましながら、おれたちは町はずれにいた御者さんを見つけ、エルム湖まで乗せてもらうことにした。
ガタン、ガタン、とやっぱり馬車は揺れる。
おれの隣に座るリーファは、じっと窓の外を見ている。
「う~……」
「リーファ、どうしたの? よったの? だいじょうぶなの?」
リーファの肩をひーちゃんが揺する。
「うん……大丈夫だから、ひーちゃん、揺らさないで、今、揺らさないで」
「相変わらずだな。横になるか?」
うなずいたリーファは、そのままコロンと座席の上で横になる。
座席は二人掛けで、横になるには少々窮屈で――。
自然とおれが膝枕する形になった。
「「……」」
白かった顔色が赤みを帯びていき、リーファがそっと目をそらした。
おれも、どこ見ていいかわからなくなって前を見た。
そこにはクイナがいて、静かに微笑んでいた。
「わたくしもあとでご褒美いただきますね?」
「え? ああ……うん?」
「ご主人様、ボクもあとでゴブリンほしいの」
「それはやめとけ。……え、なに、クセになる味なの?」
「がぅ……コリコリしてておいしいの」
軟骨の唐揚げ食ってる感じなのか?
そうだったとしても、やっぱゴブリンを食べたいとは思わないなあ……。
仕方ないから、パインゴをアイボから取り出してひーちゃんにあげた。
「がるぅ~」
ご機嫌そうにパインゴにかぶりつくひーちゃん。
ドラゴンのときみたいに一口ってわけにはいかず、小さな手には余る果実を持ってちょっとずつ食べている。
静かになったと思ったらリーファはおれの片膝の上で眠っていて、食べ飽きたのか、もぞもぞとひーちゃんがもう片方の膝の上に乗っておれにしがみつく。
抱っこしている状態でいると、すぐに小さな寝息が聞こえてきた。
「ふふ、ジンタ様、お父さんみたいです」
「まだそんな歳じゃねえよ」
「もちろん、わたくしがお母さんで妻なのですけれど」
「リーファは我がまま放題の長女で、ひーちゃんは甘えたい盛りの幼い次女ってところか」
「まあ、ぴったり。困るのが、娘たちがお父さんを好き過ぎるってところでしょうか」
そう言って、クイナは楽しそうに苦笑した。
冗談を言い合っているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。
クイナに揺すられて起きたときは、もう窓の外にエルム湖があった。
反対の窓には、ガチャで当てた我が家が見える。
おれは御者さんにお礼を言って運賃を支払った。
馬車が去るのを見届けて、家へと歩きだした。
――ここでおれたちは、ひーちゃん自身も知らない過去に触れることになる――