12話
冒険者ギルドに行こうと思ったけど、その前にちょっと寄り道。
【アイテム賭場】にやってきて、景品表を見る。
やっぱ前に比べてちょっとショボくなってるなぁ……。
ま、おれのせいですけどね!
「ジンタがやりたいっていうなら、私もやるわよ?」
いや、それ、おまえがやりたいだけだろ。おれをダシに使うなよ。
景品表を眺めていると、小学校低学年くらいの小さな女の子が店から出てきた。
目元をごしごしこすって、ときどきしゃくりあげている。
その子の耳は、細長くて先端が尖っていた。
長寿で美形って噂の、あのエルフ……?
「リーファ、あの子ってエルフ?」
「うん、そうね。……どうしたのかしら」
色んな人がいるガチャ屋だけど、ここまで小さい子供を見るのははじめてだ。
リーファが近寄って尋ねた。
「どうかしたの?」
「ぐす。くすん。……あれ。欲しかった。けど、ダメだった……」
指差したのは、景品の一番上。
【金石:SR 剛弓ヨイチ】
欲しかったって……。この子が使うのか?
弓を引けるような力もなさそうだし……。プレゼントするつもりだったとか?
「誰かにあげるつもりだったの?」
「ちがう。……あげない。しんじゃった……おとうさんの、弓だから」
あぁ……形見……。
「なあ、リーファ。どうしてそんな物がここに?」
「アイテムを買い取って景品にすることがあるって前に説明したでしょ? だからここに流れてきたんじゃないかしら……」
「だから、何でここにそんな大切な品が」
「ジンタ、ここは日本じゃないのよ? アイテムを盗られることだってあるし、奪われることだってある。拾ったのかもしれないけれど……」
「じゃあ、『拾った』誰かがここに売り払ったか、道具屋に売ったものがさらに転売されたってことか」
リーファは小さくうなずいた。
訊くとエルリっていう名前だと、おれたちに教えてくれた。
エルリちゃんはたった一人で色んな武器屋を回って情報を集め、ここのガチャ屋に流れたって話を聞いてやってきたみたいだ。
「買取交渉はできないようになっているの。【アイテム賭場】に流れたら、そのアイテムを得るには……。ね、ジンタ」
「わかってるって。でも、おれのガチャは絶対じゃないんだぞ? たまたまが重なったって可能性だってある」
そもそも運なんだから、絶対なんてない。
思わせぶりなことを言っておいて、期待させるようなことはしたくない。
「まあ、やってみないこともないけど」
当てる、とは言わないでおく。
なでなで、とリーファはエルリちゃんの頭を撫でている。
「だいじょうぶよ、このお兄さんが、弓当ててくるからね!」
思わせぶりなことしないでおこうっていうおれの配慮が無駄に!?
「ほんと?」
目元がまだ腫れている顔でそんなふうに訊かれれば、ノーとは言えなかった。
「ま、やってみるよ」
お小遣い貯めてガチャしにきたのかな。
それがゴミに変われば泣きたくもなる。目当ての品が品だし。
なでなでをやめたリーファの顔がキリッとなる。
腕まくりして、何やらやる気満々。
「あの、リーファさん、どうされたんです?」
「どうしたもこうしたも、私も当てにいくから!」
こいつ……前回のこと全然懲りてねえ。
こんな援軍要らねえ……!
「リーファはやらなくても別に……」
「やるわっ、私もエルリちゃんのために」
はぁ……。
で、なに。また1万リンですか? ガチャしたいだけなんでしょ?
本当はガチャする口実が欲しかっただけなんでしょ?
フンス、と鼻息荒くするリーファは、どうやら本気で狙いに行くつもりらしい。
大した期待はしないことにして、おれはリーファに1万リンを渡す。
エルリちゃんを外で待たせて、おれたちは店内へ入った。
おれのことを見るなり、店員たちが緊張するのがわかる。おれのことを見て耳打ちしている。
うわ、めっちゃマークされてる。
でもまあ、不正やイカサマはしないっていう話だし、普通にガチャはさせてくれそう。
列に並んで、リーファに順番が回ってくる。
「見てなさいっ! 当てて見せるんだから!」
「おねーちゃん、がんばれー」
リーファの意気込みに声援を送るエルリちゃん。
大丈夫か……?
リーファの気合に反比例するように結果は散々だった。
【N 使用済みの紙コップ】
【N 使い古された雑巾】
【N 空ビン】
【N 短い毛糸】
【N タンポポの綿毛】×6
綿毛どんだけ引くんだよ。鼻息でフライアウェイするわ。
「ぐぬぬぬぬぅ……おかしいわ……このガチャ」
とか、なんとか言っているけど、だいたいそんなもんですよ、リーファさん。
涙目でこっちを振り返るな。おれは何も出来ないからね。
いやしかし、前回同様、見事にゴミしか引かないなぁ……。
「あと一回! これでぇええええ!」
グリグリグリ、――ポトン。
カプセルを手に取って、リーファが固まる。
どうした? またゴミ引いたのか?
くるっとこっちをむいて、抱きついてきた。
「うわっ、な、なな、なんだよ?」
「ジンタ! 私、やった! やったわ!」
「え。マジで!?」
うんうん、と何度も何度もリーファはうなずく。
なんだよ、やれば出来るじゃんか。
リーファは握り締めた石を見せてくれた。
色は青だった。
【青石:R 2千リン分お食事券】
当てるのこれじゃねぇよ!?
うわぁ……。ちょっと嬉し泣きしてるし。
「私、はじめてまともなやつがあたったぁ!」
すっごい嬉しそうなところ悪いけど、主旨変わってるぞ。
あぁ、エルリちゃんもなんか勘違いして嬉しそうな顔してる!
違うよ!? これは違うからね!? 弓じゃないから!
景品を受け取ったリーファが軽い足取りで出て行く。
「私たち、これで美味しいもの食べてくるね!」
おれだけのけ者?
なんだよ、くそぅ……。
「おにーちゃん、がんばってー!」
「ジンタ、がんばれーっ」
「――よしっ、やりますか!」
うん。我ながら単純だと思った。
カウンターの受付のお姉さんが、ハンドシグナルを出すのが見える。
何か不穏な気配。
店員がザザザザ、と配置につく。
「標的の接近を確認」
「プランをフェイズ2へ移行」
え。なになに。何がはじまんの??
「新型の配置を急げ」
「通常タイプをパージ。換装状態グリーン。……配置開始します」
何が始まるのかと思って黙って見ていたら、ガチャボックスが交換された。
ただそれだけだった。
でも、交換した新しいガチャボックスは、かなりでかい。
……おい。
カパッと新型(?)の蓋を開ける店員さん。
ガラガラガラガラ――、と大量のカプセルを投入しはじめた。
「ダミー注入。3千……4千、5千……注入完了。準備整いました」
今ダミーって! ダミーって言いましたけど!?
魔焔剣を当てたときのお姉さんがカウンターでクールに一礼する。
「――いらっしゃいませ」
いらっしゃいませじゃねぇえええええええええええ!
なんでおれ対策練ってんだよ!
なに対おれ用のガチャ用意してんだよ!!
「あのすみません、交換する前のほうのガチャを引かせてください」
「あちらは不調のためメンテナンスに入りました」
「今さっき、店ぐるみの不正を目撃したんですけど」
「? 何のことでしょう」
こいつ……ッ!
「だって、ダミーがいっぱい入っているガチャなんでしょ、これ?」
「今回の【SR 剛弓ヨイチ】が当たる確率は同じです」
「ビフォーアフターでガチャボックスの容量10倍くらい違うんですけど」
「ちっ、うっせぇな」
「素の言葉が出た!」
お姉さんは5mほど後ろにある、交換されたガチャボックスを親指で差す。
「後ろにあるガチャボックスは、遠近法によって今小さく見えています」
「遠近法の使い方雑っ!」
いや、遠近法がどうとかじゃなくて、物理的に小さいんですけど。
「ガチャはされるのですか?」
「こんなことしていいんですか?」
「お客様には、このようなことは致しません。ただ……ガチャ荒らしを目的とされる方にのみ、適用させていただく例外的な処置でございます」
「ガチャ荒らし!? おれ荒らし認定されてんの!?」
けど、普通そう思うか……。あんなに目玉景品当てたら。
「ガチャしないのならとっとと出て行っていただきたいのですが」
『とっととゴミ引いて帰れ。ゴミ』
的な目をお姉さんにされています。
「一回だけお願いします。後に引けないんで」
「1万リンで11回引けますがよろしいですか?」
「これでいいです」
巨大ガチャボックスの前でガチャを回す。
グリグリ回して、出てきたカプセルの中身を確認する。
「あ。金」
「「「 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!? 」」」
店員さんたちが一斉に悲鳴をあげた。
クク……フフフ、フハハハハハハハ!
ひれ伏せぇ! ひれ伏せぇッ!! この圧倒的剛運の前に!!
はっ。
またお姉さんが白目むいて痙攣してる!!
ビクンビクンしてるっ!!
介抱しに他の店員さんが慌てて駆けつけ、そのまま奥へ連れていった。
……フ、悪は去った。
では、貰える物は、きちんといただいておきましょう。
おれはカウンターに金石を叩きつけた。
「交換――してもらえますよね? ここは【アイテム賭場】ですもんね?」
へたり込む店員が多数続出。おれを畏怖の眼差しで見つめている。
おれはこっちを見てくれているであろう、店外の二人にむけてガッツポーズした。
ちょっと目を細めてみたりして、カッコつけてみた。
『ジンタすごいー!』
『おにーちゃん、すごい! ありがとうー!』
てな声援を期待していたわけですが。
「美味しいね、このアイス」
「うんっ、おいしい!」
「見とけやこっちぃいいい!」
何でアイス食ってんだよ、美味そうだな!
リーファのやつ早速お食事券使ったな?
例のごとく奥の部屋へ案内されたおれは、そこで弓を受け取った。
武術素人のおれには弓の良し悪しなんてわからない。
でも、誰かが大切に使っていたってことだけはわかった。
弓を包み布ごともらって、また地下道を進み地上に出た。
そこには、リーファとエルリちゃんが待っていた。
「ジンタ!」
手を出してくるので、パチンとリーファとハイタッチ。
「おにーちゃん、おにーちゃん!」
ぴょんぴょんジャンプするエルリちゃんもハイタッチをご所望らしい。
ぱち、と小さな手にタッチした。
「これ、景品の弓」
渡すとエルリちゃんは中を確認して、ぎゅっと抱きしめた。
「まちがいない。お父さんの……。おにいちゃん、おねえちゃん、ありがとう」
ぺこん、と頭をさげるエルリちゃん。
「じゃあね! ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん!」
小さな手を振って、天使みたいな笑顔を振りまくエルリちゃんとおれたちは別れた。
「エルリちゃん、一人で大丈夫かな?」
「大丈夫に決まってるじゃない。今まで一人で弓を探していたのよ? 魔力だって魔法だって、そこらへんの魔法使い並みだし」
エルフってすげーな、と遠ざかる小さな背中を見ながらそう思った。