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05 密かな野望と衝撃の現場、そして水 Side.悠


 木々の装いは色とりどりの花々から若々しい葉へと姿を変え、夏の兆しを感じさせる。そして、来たる体育祭に向けて忙しくなりつつある今日この頃。
 悠の心身は、そんな忙しさとは全く無縁なところで、疲弊していた。
 その原因である陽太は、目の前でテレビに噛り付くようにしてゲームに熱中している。
 遊ぼうと誘ったのは悠だった。自宅へ招いたのも。

「お前、理紗さんと付き合いたいんだろ?」

 学校で、毎日のように繰り広げられる理紗さんを称える、を通り越して崇拝しているかのような自慢話。話し手はもちろん、目を輝かせた陽太。
 そして自慢の後には気持ち悪いくらいにへこんだ陽太による、愚痴のオンパレード。はっきり言ってものすごい迷惑。ちょっとはこっちのことも考えてくれ。

(これまでの経緯を詳しく聞きだして、こちらからアドバイスをしたほうが自分へのダメージは低いかもしれない!)

 密かな野望(?)を胸に、悠は質問を開始した。だけど、これが更にダメージを受ける結果になるとは(冷静になれば思い至ったかもしれないが)思いもよらなかった。

「いや、結婚したい」

 どこまで突っ走る気なんだろうか、この馬鹿は。まだ付き合ってすらいないのに!
 遥は自分の頬が引きつるのを感じた。

「で、告白はまだしないのか?」
「今の関係より悪化するのが怖いから。徐々にほのめかしてる」

 ほのめかしている。
 聞いてると随分と控え目だ。普段のあの暴走っぷりが嘘のように。
 だから信憑性が無さ過ぎて中身を聞くのが怖い。でも聞かないとあの野望(?)は叶わない。

「例えば?」
「例えば、疲れたーって言って抱きついてみたりとか。後は、いつもお世話になってるから、時々プレゼントとか買ってる。それからこの前は」
「悪い、もういい! 分かったから!」

(どこがほのめかしてるんだ! あからさま過ぎる!)

 これなら確実に理紗さんは気付いているだろう。
 悠は頭を抱えた。何だろう。すごく力が抜ける。
 そんな悠の横で、陽太はお菓子を食べながらいまだゲームに熱中していた。


*****


(陽太にアドバイスをするつもりが、思わぬダメージを……)

 悠は早々にそれを放棄し、いつもと同じように遊んで陽太はいつもと同じ時間に帰っていった。理紗さんと一緒に住む前とは、多少お互いの家の距離は離れたが、それでも徒歩圏内。そこそこ遅くなったとしても、男だから問題ない。むしろ。

(あいつの頭ん中が問題だ)

 そんなことを考えながら、悠は良い感じにジメッとした夜の中、近所のスーパーへと向かっていた。
 玄関先まで陽太を見送ったのが悪かったのか。だがしかし。仮にも友人だ。帰宅を見送るくらいはするだろう。
 要するに、今日の悠はとことん運が無かった。



「……何してんの?」

 玄関を出た陽太を見送り、自室へ戻ろうと振り返れば。
 にこやかにこちらを見る母親の姿。その手にはメモと財布。うん、なんだかすごく嫌な予感。

「はるかぁ~」
「……何?」
「買い物、行ってくれるよね? 買い忘れがあるのよ」

 哀しいかな扶養家族。おまけに胃袋は母の手によって掌握されている。抵抗する前に完全に服従だ。

「……何買うの?」
「ありがとー、これに書いてあるから! 行ってらっしゃいっっ」

 ハートを振り撒くようにしてキッチンに戻っていく母親に脱力した。
 脱力しても、買い物には行かなければいけないわけで。一体何を買うのかと渡されたメモを見る。書かれたものは。

『水』

 ……。
 ……。
 なぜこれだけ。何で今から。てゆーか、ひとつならメモいらねえよ。どんな馬鹿でも覚えられるよ。



「水道水でいいじゃん! うちでは誰も水にこだわってねーよ!」

 心の底からなのだろう、悲痛な声は、ジメッとした空気の中に溶けて消えた。ついでに悠の心もジメッとしている。なんともいえない哀しさで。
 自分の不運さを回想している間にスーパーに到着する。
 閉店間近のそのスーパーからサラリーマンらしき中年男性が、ビジネスバッグと買い物袋を持って出てくる。そして足早に去っていく。

(あなたも使いっ走りですか……?)

 なんとなく親近感。抱くほうも抱かれるほうもあんまり嬉しくはないだろう。サラリーマンの背中には哀愁が漂っていた。
 と、ぼんやりしている場合ではなかった。早く水を買わないと。
 水、と呟いて、げんなりしそうになる気持ちを奮い立たせる。
 そしてスーパーの入り口へと向かい、すぐさま回れ右をしてそばの自動販売機の陰に隠れた。

「ちょっと、ついてくんな」

 そう言いながら出てきたのは、陽太の想い人である理紗さん。手には二つの買い物袋。当然ながら買い物に来ていたらしい。

「そういうなよ。持ってやるって。優しい俺が」

 その後を追うように続くのが、我らが担任の啓ちゃんである。なんで!?

「だいたい、何でこんな家の近所であんたなんかと……」
「いいじゃねえか。これを気に今まで以上に友情を深めようぜ」
「今も昔も、深めるような友情はなかったと思うけど?」

 足音と声が遠ざかる。
 悠は息を殺して見送った。
 どうしよう。これは、結婚したい発言よりもびっくりだ。まさかの展開だ。
 どう見てもあの二人は担任と、生徒の保護者と言う間柄ではない。憎まれ口は叩いていたけど、その分、気安さがにじみ出ていた。

(え……陽太に告げるべきか?)

 その考えは一瞬で却下した。これ以上のダメージは俺が死ぬ。
 啓ちゃんの雰囲気が、学校のそれとはぜんぜん違う。口調も、一人称も。けれど、そんなのは些細なことだった。すぐ目の前に迫り来る嵐を見ている気分だ。俺は確実に巻き添えだ。
 あまりの衝撃に、しばし呆然としたまま突っ立ていた。
 その間に、スーパーは閉店した。
4/28修正、というか、ほとんど変わってません。


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