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マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第二章 カレイドスコープ

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鉄壁のラヴァル1

 嵐はなんの前触れもなく突然訪れた。
 姉たちが頻繁に家を空けるようになって二週間ほどが経ったとき、中庭の転移ゲートからその者たちは現れた。
「おーい、誰かいないかァ! 誰もおらんのかァ!」
 ソファーに寝転がっていたリオナが飛び起きて中庭に駆けだした。
 何事かと僕も読んでいた本をテーブルに置き、中庭へ向かった。
 そこにいたのはヘッドドレスをかぶったスレンダーなドレス姿の貴婦人とロングコートを着込んだおとなしめの紳士だった。
「アールハイト王国第一王女マリアベーラ・カヴァリーニである」
 げっ! 何? 第一王女様? ってことはうちのギルドマスター? みんな留守なのに! ど、どうすれば?
「エ、エルネスト・ヴィオネッティーでございます。お、お初に…… お、お目にかかれて光栄です、王女殿下」
 僕は深々と頭を下げた。
「いらっしゃいませ。マリアベーラ姉様」
 リオナも僕の横でカーテシーをして挨拶した。
 余計な挨拶はいらぬとマリアベーラ様は手を上げて制止した。
「ええと……」
 僕とリオナは頭を下げたまま首を傾げて、隣の男を見た。
「どちら様で?」
「ミコーレ公国ジョルジュ・ブランジェ殿下だ」
「南の皇太子様?」
「殿下?」
 僕は目を丸くし、リオナは訳もわからず首を傾げたままだった。
「わたしの婚約者だ。驚くことはない。一連の事件の関係者でもあるのでな、連れ回している」
「左様ですか……」
「頼むから恐縮しないでおくれ。リオナの夫ならわたしの義弟も同じだ。実の姉に接するようにしてくれてかまわない」
 うーん、実の姉と言われてもなぁ…… 
「急に押しかけて悪かったね。わたしにも興味があってのことなのだ。余り気にしないでくれ給え。とりあえず事情を説明したいのだが……」
 ジョルジュ殿下に促され、僕たちは居間にふたりを案内した。
 リオナが甲斐甲斐しくお茶を入れている。やればできる子なのか?
「どうぞ」
「あら、ありがと、リオナちゃん。元気にしてた?」
「はい」と返事をするリオナはうれしそうだ。仲がいいのかな?
「あら、おいしい」
 温室に植えられているハーブのお茶だ。姉たちが趣味で掛け合わせている何種類かの茶葉のうちの一つだ。早摘みだから香りが勝ってしまうが、お口に合ってよかった。
 目の前の貴婦人はさすがヴァレンティーナ様の姉上らしく、花のように美しい方だった。胸元の開いたドレスにたわわに実る二つの果実。ウエストからヒップにかかる魅惑の稜線、その先に繋がる脚線美が女盛りであることをこれでもかと演出していた。だが、何というか真剣を首に突き立てられているような張り詰めた緊迫感を醸し出している。色香に火照った身体が一気に凍り付くような感覚。そこまで姉妹で似なくてよかったのに…… 
 一方、そんな麗人を生涯の伴侶にしようという剛胆な皇太子殿下は笑顔を絶やさない、おっとりしていて優しそうな方だった。手入れの行届いた口髭が妙にダンディーな御仁であった。
「話というのはこのことなんだがね」
 皇太子殿下がテーブルの上に丸められた地図を置いた。
 リオナが文鎮を持ってきて地図を伸ばした。地図にはこの国、アールハイト王国全土が記されていた。
 リオナと僕は黙ってのぞき込んだ。赤い丸が三点記されていた。
「これは?」
「これが、今ヴァレンティーナたちと対峙している敵勢力の砦の位置よ」
 僕ははっと息を飲んだ。
 それはミコーレ公国との南の国境砂漠に一つ、その北に位置する我がヴィオネッティーの所領の東にある森に一つ、そしてさらに北、この街の南東、『蟹の道』の東に広がる森に一つあった。
「妹たちは今この砦を攻略している」
 白手袋をした細い指が、この街に最も近い印、『蟹の道』の東に位置する森の奥地を指さした。
「最新の情報が今朝ようやく届いてね。妹殿に知らせてやろうとやって来たのだが、戻っていないとすると…… 苦労しているようだね」
 ジョルジュ殿下が言った。
 どういうことだ? 攻めてきてるのはジョルジュ殿下の国ではないのか?
 蚊帳の外の僕たちには何のことかわからなかったので、「聞かされていないので状況が飲み込めない」と素直に白状した。
「過保護にも程があるわね」と、マリアベーラ様は溜め息一つで済ませてくれたが、「頼みたいことがあるから」とおっしゃって僕たちを解放しようとはしなかった。


「つまり、一度に百人運べる新型の転移ゲートを使って跳ねっ返りたちが侵攻しようとしていると。そのための砦がこの三カ所だというのですか?」
「転移距離には限界がある。魔力の消費量によって航続距離が変わることは知っているだろう? この新型もその例外ではないんだ。砦の間隔がそのまま限界、最大移動距離だと推察できる訳さ」
「殿下のお力でこの国境の砦を押さえられないのですか?」
「押さえる側もあわよくば領土拡大をと狙っている始末でね。うまくいけばよし、失敗すれば詰め腹を切らせる、そういう魂胆だろう。参加こそしないものの結果が出るまでは動かんだろうな。我が家臣ながらずるがしこいというか…… 恥ずかしい限りだ」
 おふたりの婚約をよく思わない者がミコーレ公国側にはいるということか?
「ところで、この真ん中の砦はいつ確認されたのですか?」
 僕はある疑問を抱いた。それはたぶんヴィオネッティーでなければ気づかぬ疑問だった。
「いつとは?」
「ここに砦があると確認した日付です」
「それなら……」
 別の用紙を広げ、ジョルジュ殿下は日付を確認し始める。
「記録では四日前になっているね。調査隊が森を抜けるのに三日程かかっている」
 皇太子の言葉に僕は深く息を吐いた。
「殿下、この砦はたぶんもう存在していないと思います」
 僕の言葉に優雅にお茶を楽しんでいたマリアベーラ様が身を乗り出した。
「どういうことかしら?」
「見ての通りこの森はヴィオネッティー家の所領の東に当たります。この地域は過去に何度か我が一族も手を出したことのある土地なのです。山と山に挟まれた肥沃な盆地で、良好な狩り場でもあるのですが、それ故の危険もはらんでいるのです。ここにだけ生息するある魔物がそうさせているのでございますが」
「ではそなたはその魔物がすでに砦を破壊していると言うのだな?」
 僕はうなずいた。
「魔物の名は地獄門(デーモンゲート)。土のなかに潜み、地上を徘徊する獲物を丸呑みする巨大な魔物です。二日間は様子見、三日目の夜、獲物が寝静まった頃合いを見計らって地面ごと捕食するのが地獄門のやり方です」
「いくら何でも砦を丸呑みとはいくまい」
「地面は泥のように柔らかくなり、その上に築いたどんな堅剛な建物も倒壊させます。破壊できなかったとしても地底深くに引き込まれますから、痕跡すら残るかどうか」
「その場にとどまった中継部隊は……」
「たぶん全滅してますね。この辺りの魔物はただでさえ手強いですから。だから我が一族も共食いしてくれる地獄門を野放しにしているわけですし。素人のような連中ではとても刃が立たないでしょう」
「素人?」
「例の偽装盗賊団レベルではと言いなおした方がよろしいでしょうか? どう見ても訓練を受けた正規兵には見えなかったもので」
「そういえばそなたが撃退したのだったな」
「たまたま手を貸しただけです、殿下」
「あれは、新型転移ゲートの情報を持ってわたしがお忍びで姫に逢いに行くというニセ情報を流して先遣隊の動向を探る、そのための罠だったんだ。迷惑をかけたね」
 死んでもいい人選をなさったんでしょうが、ほんとに迷惑でした。あの豚商人。
 そういえば雇われた傭兵たちは知っていて引き受けたんだろうか?
「傭兵たちは?」
「弟は知っていたよ」
「弟?」
「傭兵隊長のアランはわたしの弟だ」
「あの隊長が?」
「フッ、君は期せずしてわたしの弟の命を救ったというわけだ。礼を言う。ありがとう」
 僕が言葉を失って、真っ赤になったからといって誰が咎められよう。
 男としての格の違いを見せつけられている気がした。
「だが、そうなるとますます君の仕事が重要になるな」
 マリアベーラ様が言った。
「仕事?」
「急ぎ、現状を妹に伝えてもらいたいのだ。敵の増援を気にしてさぞや焦っているだろうからな。もちろん今君が話してくれた情報も含めてだ」
 マリアベーラ様はジョルジュ殿下が微妙な立場ゆえに動けぬと言っていた。
「ここまで来たら後一歩ですよ」とは僕の口からは言えなかった。
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