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マイバイブルは『異世界召喚物語』 作者:ポモドーロ

第二章 カレイドスコープ

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なんちゃって万能薬

 Sランクギルドの『銀花の紋章団』の新人、僕とリオナは『依頼レベル、F。依頼品、角兎(ホーンラビツト)の毛皮。数、五。期日、水後月(みずのあとづき)末日まで。場所、アルガス北部の森。報酬依頼料、銀貨二五枚、全額後払い。依頼報告先、冒険者ギルドアルガス支部』の依頼をこなし、ようやく商店街が動き出す明け方、収穫のウサギの肉を抱えて帰宅した。
「大漁じゃあ」
 僕とリオナは余り汚れていなかったので正面玄関から帰宅した。
「あっ、すいません。今荷物どけますからぁ」
 正面玄関には大きな買い物籠が置かれていた。朝市で買った食材らしかった。大所帯だからその量も多い。
 裏手から出てきたのはヴァレンティーナ様付き分隊のひとり、マーガレット・ビアンコ嬢だ。商家の出という変わり種である。彼女は基本的に戦闘には参加しない。現に、何をしているのかわからない任務に全員駆り出されているにもかかわらず、彼女だけは留守番待機中である。彼女の任務は後方支援、物資搬送、情報伝達が主な任務である。
 そんなわけで我が家の食材買い付け担当も兼ねているわけだ。
「ウサギの肉獲ってきたのです」
「まあ、それはようございました。今夜はマトマソース添えにいたしましょう」
 和気藹々話をしていると、中庭の方からザワザワと話し声が聞こえてきた。
「お帰りになったのでしょうか? お早いお帰りですね」
 帰宅はいつも通り夕方だと聞いていたのだが。
 僕たちは中庭をのぞいた。
「くそっ、あの馬鹿ども、夜の間に逃げられるとは、なんのための見張りよ」
 珍しくヴァレンティーナ様が怒っていた。
「大丈夫だ、痕跡はまだ残っている。追跡者(トレーサー)に任せておけばいい」
「そうですよ。敵の中枢には間違いなく近づいているのですから」
 姉さんもエンリエッタさんもフォローする側に回っている。珍しい光景だ。
「みなさん、お帰りなさいませ。鎧を脱いだらお茶にいたしましょう」
 マーガレットさんの一言で、一気に場が和んだ。
「マギーの方は問題なくて?」
「一件だけございます」
 ヴァレンティーナ様の問いにマギーさんは鎧を受け取りながら答えた。
「それがですね、例の薬の件なんですが」
 後を追いかけてきた僕の方をみんなが一斉に見た。
「薬?」
 あーッ! まさか。
 僕は自分の部屋に飛んでいった。
 そして荷物のなかにあるはずのものを探った。あるはずのものはどこにもなかった。
 まだ実験中の『なんちゃって万能薬』!
「姉さん、盗ったなぁ」
 僕は階段を駆け下り、姉さんに詰め寄った。
「まだ実験中だったのに。勝手に飲んだのか!」
 僕の剣幕に、マギーさんが慌てて答えた。
「いいえ、騎士団の薬剤調達部に効能調査を依頼しただけですよ」
「効能調査?」
「誰かに勝手に飲ませるわけにはいかないだろ?」
「いつ盗った?」
「お前が地下に生き埋めになっていた間にな。薬は置いておくと劣化するから、倉庫に保管しておいてやろうと思ってな」
 悪びれる様子もなく姉さんは言った。
「それで、その薬がどうかしたんですか?」
 エンリエッタさんが話題を戻した。
「それがですね。返却できないそうなんです」
「あー?」
 怒ったのは僕ではなく姉さんの方だった。
「どういうこと、マギー?」
 ヴァレンティーナ様が姉さんの顔をマギーさんから引きはがしながら尋ねた。
「近衛騎士団に搾取されてしまったそうです」
 話が長くなりそうなので、一行は居間に移動して、お茶の席で行うことにした。
「弟さんの作られた薬はまぎれもなく万能薬だったそうです。それも高濃度で、希釈したら小瓶に千本ほどになったそうです」
「万能薬千本……」
 分隊のみんなが絶句した。時価にすると途方もない金額になるらしい。
「それで?」
 姉さんは完全にふてくされている。原因はあんただろうに!
「実験を兼ねて『前線で使ってやろうと』と騎士団長が言い出しまして、西部方面の砦にすべて持っていかれました」
 場がシーンとなった。
 開いた口が塞がらなかった。
 調査依頼の薬を前線に回したのか? 得体の知れない薬を? 制作者ですら疑心暗鬼の薬を? 豪快というか、思慮が浅いというか…… なんというか。全員腹くだしたらどうするんだ。いや、もしかしたら中毒死で部隊全滅もありうる。
 静寂を破ったのはヴァレンティーナ様だった。
「呆れてても仕方ないわ。何かあったら本人が責任を取るでしょ。あの老人のことだからきっと何か確信があったのでしょ」
 その場にいた全員が頭を振った。
「それで、まさか誰が制作者か、ばらさなかったでしょうね?」
「はい、それはもう…… レジーナ様のお知り合いとだけ…… も、申し訳ございません!」
 ばらしたようなもんだ。姉さんの知り合いで、最近接触した怪しい人物は僕だけだ。
「あの団長に詰め寄られたんじゃ仕方ないわね」
 ヴァレンティーナ様が姉を諭すように言った。
「で、見返りは?」
 姉もあきらめたようで、ソファーの背もたれに身を投げた。
「はい! こちらより好きに選べと。金での支払いは会計院を通さないと出せないからすぐには無理だそうです。というか不可能かと」
 そういって、マギーさんが目録を提示した。全員がのぞき込んだ。
「すごい!」
 と言ったのは近衛師団の面々。
「たいした物ないわね」
 と言ったのは、ヴァレンティーナ様と姉さんだ。
 姉さんはしばらく、うなりながら考えていた。
「西部方面、かなりまずいのかしら?」
 姉さんから意外なつぶやきが返ってきた。
「近衛騎士団から交代で二千人規模の増援をすでに一月行っているそうですが」
「どういうこと?」
「この目録に書かれている景品が主に西部地方の魔物からとれる品ばかりなのよ。どれも大物からしか獲れない品ばかりよ。数も異常に多いわ。たとえばこれ、『岩蛙(ロツクトード)の革』。岩蛙は全長十メルテの大物よ。この時期獲れてもせいぜい数匹。それが二〇枚以上。巣でも見つけたのかしら?」
「魔物が大量発生していると噂では聞いておりましたが、確かに…… そうですね」
 エンリエッタさんも真剣に目録をのぞき込む。
「急がないといけないかもしれませんね。もしかするとこちらへの増援は望めなくなるかも」
 姉さんたちの任務にも支障が出るのか……
「マギー、他には?」
 マギーさんは言い淀んだ。
 ヴァレンティーナ様も姉さんもすでに察しは付いている様子だった。
「薬の増産をお願いできないかと! 『万能薬でなくてもかまわぬから数をそろえてくれまいか』と申しておりました」
 直立敬礼して、涙まで浮かべている。
「備蓄ならあるだろうに。何が万能薬でなくてもかまわぬだ。催促しているようなものだろうが」
 ふたりは、騎士団長の強引さに呆れ、マギーさんの恐縮ぶりに同情した。
「エルネスト」
 姉さんがまじめな顔で僕の名を呼んだ。
「同じ物でいいなら前の金属瓶で五つ用意するよ」
「対価はどうする? さすがに払える額ではないでしょ」
 ヴァレンティーナ様が姉さんに尋ねた。
「全員、最高の材料で装備とリュックを新調しましょう。弟とリオナには『銀花の紋章団』謹製の転移石と収納鞄を。それとマギーとリオナには上級魔石で銃を作りましょう。希少な物は保管するとして、残りはこちらで売り払って現金に換えましょう。みんなもほしいものがあったら今のうちに言ってちょうだい。足りない分は団長に付けておくから」
 姉さんの決定は早かった。
 とはいえふたりに銃とは?
「マギーは体術専門だから遠距離専用の武器がほしかったのよ。いつも狩りではハブられてたから丁度いいわ」
 へー、体術なんだ。
「あんたじゃ身体に触れる前に投げられて終わりよ」
 姉さんが僕に釘を刺した。僕の下心によくお気づきで。
「というわけで、設計はおおまかでいいからよろしく。あとは専属の鍛冶屋に任せるから」
 専属の鍛冶屋? 近衛騎士団のかな?
「じゃ、いい時間だからお昼の準備をしましょ」
 ヴァレンティーナ様の号令で全員が席を立った。
「おっひるー、おっひるー」
 リオナまで使用人部屋のエリアに消えていった。
 ちょっと待て。
 これって、もしかして…… 
 僕だけ仕事増えてないか?
 僕はひとり居間に呆然と立ち尽くした。
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